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    y_r4iu

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    y_r4iu

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    ちょっと拗らせてる町東。勢いだけで書いたので色々修正するかも…。
    音楽の知識が本当に本当にゼロなので、全てを大目に見ていただけると幸いです。

    【町東】春は来ない「失礼します、町田先生はいらっしゃいますか」
    「おお、西園寺」
     名前を呼ばれて入口まで行くと、色素の薄い髪を後ろで結わえた少年がぴんと背筋を伸ばして立っていた。レッスンを受けてそのまま来たのだろう、背中には大きなバイオリンケースが背負われている。これを、と手渡されたのは校内で行われる演奏会の参加申込書で、先日西園寺が参加した室内楽コンクールでカルテットを組んだ向井も出場するとのことで丁度いいからと俺が薦めたものだった。皇帝がせっかく育み芽を出した縁を途切れさせたくないと思ったのが八割、西園寺が出てくれれば毎年なんとなく影の薄いまま終わる校内演奏会も盛り上がるだろうと打算的に思ったのがもう二割。西園寺は初め渋っていたが、どうやらあいつに背中を押されて出ることにしたらしい。
    「遅くなりましたが」
     あっさりとした口調で言いながら、俺の方を向けて書類を差し出す。
    「はい、受け取りました。ありがとな」
     西園寺の差し出した書類を会釈しつつ受け取ると、そのまま立ち去るかと思った少年は何故かその場に留まり、俺の方を見上げた。
     どうかしたか、言うより先に向こうが口を開く。
    「つかぬ事をお伺いしますが」
    「ん?なんだ」
    「町田先生は、もうヴァイオリンは弾かないのですか?」
     どこでそれを──言おうとして、やめた。こんな噂の出どころなんてたったひとつだ。
    「東條先生から聞いたのか」
    「はい。町田先生より良いヴァイオリニストを知らないと仰っていたので」
    「おいおい、随分な過大評価だな」
     思いがけない言葉に吹き出した。自分には凡そ似つかわしくない大層な褒め言葉が小っ恥ずかしい。もう何年も弾いてないからとっくに錆びついてるよ、そう笑いながら返してやる。
    「ですが、東條先生はまた町田先生と弾きたいと……」
     気崩さない制服のやけに似合う少年はなにか気がかりにするような表情を浮かべながら、そう口に。……西園寺、丸くなったなあ。他人を気にかけるようになったなんて。孤高の皇帝の成長に感動してそう声をかけると、別にそういうことではありません、はぐらかさないでくださいと一蹴される。どうもこいつはなかなか俺に心を開いてくれない。なにか答えようと思って、あいつの淡くくすんだ緑の髪色が浮かんで一瞬返事につまった。
     
    「──音楽だけは、もうしない」
     答えれば、目の前の西園寺が短く息を吸うのがわかった。語気が少しばかり強くなってしまったので、それに驚いたのかもしれないし、言い切る口調に怯んだのかもしれない。春は好きじゃないんだ。繕うように、口角を上げて言う。「……はあ……?」西園寺は意味がわからないと顔に大きく貼り付けて首を捻った。

     *
    「よ」
    「奏斗」
     練習室で相棒を手入れしていた彼に声をかける。校内でも評判のヴァイオリン講師は驚きと喜色の混じった声で俺の名前を呼んだ。窓がないせいでせっかくの春の陽気も届かず、フローリングからの冷気で室内の空気は少し冷たい。
    「お前、西園寺を伝書鳩にしただろ」
     後ろ手に扉を閉めながら彼に近づいた。少しして、遠くでこの長方形が密室になる重たい音が聞こえる。冗談交じりに笑ってそう言うと、彼は「なんのこと?」と怪訝そうに首を捻る。
    「さっき、聞かれた。もうヴァイオリンは弾かないのかって」
     言えば、ああ、と気まずそうに男は視線を角を揃えていた楽譜から外した。
    「別に、そういうのじゃない。ただ思い出話をしただけで」
     言って、また彼は紙の楽譜を整え始める。ふぅん、そうひとつ相槌だけを返すと、数秒沈黙が続いて、「……可愛い生徒の口から聞けば、気持ちも変わるんじゃないかと思ったのは事実だけど」と男は白状した。不服そうな声色に笑ってやると、彼は悪事のばれたような顔で肩をすくめる。

    「ああ、そういえば、先週のコンサート見に行った」
     あらかた荷物を整え終えた男に、そう話しかけた。
    「来てたのか?言ってくれればよかったのに」
    「お前も出ること言わなかっただろ」
     反論してやると、なにか思うところがあったのだろう、まぁ、とどこか濁したような返事が。
    「いいデュオだったよ」先日の光景を思い出しながらそう本人に感想を伝えた。ありがとう、と頷く男は講師業の傍ら単純にヴァイオリニストとしても活躍していて、定期的にコンサートや演奏会といった表舞台に立っている。先週のコンサートでも彼はもう1人の奏者とヴァイオリン・デュオを披露していた。鼓膜を震わせた二本のヴァイオリンによる鮮やかな音色が蘇る。「今までで一番いいパートナーだったんじゃないか?息も合ってたし、音の出し方も東條の……」
    「君とじゃないなら、誰だって同じさ」
     彼の演奏への感想は落ち着いた、けれど意志を持った口調で遮られた。薄く笑みを浮かべていた男はいつの間にか拗ねる子供のように唇を尖らせ、いかにも不機嫌を顕にしている。
    「性格が悪いな。僕が君と演奏したがってるの、知ってるくせに」
     自分へ向けられる恨みがましい視線。その傷ついたような眼差しに、俺の胸に不健全な高揚が灯った。釣り上がりそうになる口角を表に出さないようつとめ、ただ「ああ」とだけ微笑んで返す。

     君以外に一番なんかいない。男は視線を床の木目へ落としながら、ぽつりと。そのまま、
    「君との音楽は何よりも楽しかった。君のおかげで僕は孤独を抜け出した。君は、僕の人生の春なんだ」
     なにか訴えるような、それでいて独り言のような口調で続ける。ぷつりと途切れた言葉と上目遣いに向けられた眼差しは、俺の言葉を待っているかのようで。「……俺もあの頃、楽しかったよ」言えば分かりやすく男はほっと頬を緩ませ、それからすぐにまた顰めた。
    「なら、もう一度弾けばいいのに」
     上向きの弧を描く唇から、そんな言葉が。まったく、諦めの悪い男だ。思いながら、「考えておくよ」と半端な返事を返す。
    「……頑なだな」
     呆れと不服を声色に滲ませ、それでも俺の答えを予め知っていたような言い方で、男は。俺は彼にどの言葉も返せず、ただ曖昧な笑みだけを浮かべた。

     ……彼も。いいや、彼こそが俺の春だった。今よりももう少し背が低く、今よりももう少しがむしゃらだったあの頃のことを思い浮かべる。
     褪せた冬のような日々の扉を開けて、あの日あの時、お前が春風をあの練習室へ吹き込んだんだ。あの瞬間を、俺はきっと忘れない。あのつらいくらいに鮮やかな時間のおかげで、嫌いなばかりだった音楽をうっかり楽しいと思ってしまった。音楽とは縁を切るつもりでいたのに、それでまんまと未練を植え付けられて今になってもこんなところにいる。とんだ呪いをかけられたものだ。あの頃とそう変わらないこの練習室を見渡して、自嘲気味に片口角を上げた。
     
    「なあ」控えめに、男は俺に話しかける。その澄んだ瞳が真っ直ぐこちらを向いている。「君は、どうしたら弾く気になる?別にコンサートに出ろと言っているわけじゃない。僕にだけ聞かせてくれればいい」下手だって構わない、ヴァイオリンがいやなら、ピアノでも指揮でもなんだっていいんだ。縋るような口調が哀れで、下がった眉尻をそっと撫でてやりたい衝動に駆られた。唇の裏を犬歯で噛む。上がる口角を抑えるために。
     俺の心の内にあるのは同情なんかではなく、ただ、泥のように重たい悦びだけが沈んで渦を巻いている。
    「さあな」
     俺は愚鈍で適当な男の振りをして、曖昧な口調ではぐらかす。そして心の中で思った。逆だよ、響。お前にだけは聞かせたくないんだ。

     もうどうすればいいのかわからない。そう言いたげな、助けを求めるような視線が真っ直ぐ俺を焼く。彼の眼差しはものを知らない幼子のように澄んでいて。
     馬鹿だな、と頭の中で嘲笑した。彼は自分があの日何をしでかしたか、まだ気がついていないのだ。
     自己嫌悪と劣等感の塊がとつぜん清廉で美しい天才に不相応に慕われて、唯一だとはにかまれて、気を違えないはずがないのに。
     
     音楽は楽しい。けれど目の前の男は、音楽の愛し子は、きっと一生かかっても理解出来ないだろう。俺は言葉の頭に全部「お前との」と枕詞をつけてからでなければ話にならないことを。俺とお前は似ていて、そして決定的に違っている。お前は練習室にいる俺を愛して、俺はお前のいる練習室を愛した。その違いは些細で、されど一生埋まることはない。腹の奥で煮詰まった呪いと愛着がぐつぐつと音を立てる。
     
    「君はもう僕に春をくれないのか」
     レンズ越しの澄んだ瞳が控えめに、けれど熱心にこちらを見る。視線と一緒に絡みつく彼の強い執着がほの暗く愛しい。お前に春なんかやってたまるか、と思う。
     本当は、ヴァイオリンの一曲ぐらい、弾いてやったっていいのだ。昔はどうあれ、今となっては別にもう音楽を憎んでいるわけではない。ヴァイオリンを弾くこと自体にさしたる抵抗はないし、きっと俺の腕は少し練習すれば多少聞ける程度の音は奏でられるだろう。けれどそうしないのは。

     彼の、明けない冬でありたい。
     春に焦がれるお前をこのまま呪って俺の元に引き止めていたい。
     ただ、それだけが俺の望みだった。お前は俺を夢だなどとのたまうが、そのくせ、夢が叶ったあとのことなどひとつも考えちゃいないのだ。もはや現実になってそこらに打ち捨てられた夢の残骸など。被害者面で恨みがましく俺を見つめる彼が可愛く、心の底から憎くもある。
     春が来て咲いた桜は、ただ散るのを待つだけなのに。

     お前は俺がどんなに怯えているか知らないだろう。お前が次の春へ視線を逸らしてしまうことを。お前がこの練習室から一人で抜け出して行ってしまうことを。お前を俺に繋ぎ止めているのは結局のところたったひとつでしかないから。一度でも気の迷いで彼とまた音楽などやろうものなら、彼はそれで満足して、美しく微笑みながら次の春へと飛び立っていくに違いない。大層晴れやかに、ここへ俺をぽつんと残して。──そんなのは御免だ。
     だから俺は彼の夢を決して叶えず、かといって粉々に砕くこともせず、この冷たい鳥籠でただ飼い殺している。
     
     お前に出会って、音楽を続ける理由がお前になって。
     そして俺が音楽をしない、たったひとつの理由もまたお前だなどと、わざわざ言ってやるほど俺は優しくもあくどくもない。

    「奏斗」
     言いながら、彼はそっと俺の手に触れる。それを握り返すと、彼の手に出来た硬いタコが指先に触れた。ヴァイオリン弾きの手だな、と漠然と思う。「……酷い男だな、君は」うつむき加減でかけられた言葉に、ただ、「うん」とだけ答えた。それが気に入らなかったのか、彼は拗ねた目つきで俺を見て、
    「僕はただ、君とまた音楽がやりたいだけなのに」
     そう、口をあまり開けないまま呟いた。
     俺はそれをはっきりと聞き、しかしどうとも返事をせず、代わりに彼の髪にしがみついている忌々しい花弁を空いた方の手で払ってやる。……お前の方がよっぽど。そう、心の中だけで語りかける。
     
     響。俺はお前と、音楽以外の全てをしたいよ。

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