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    y_r4iu

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    y_r4iu

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    真澄くんの大学に咲也くんが訪れる話です。円くんと福永さん(芙蓉大学演劇部の方)も出てきます。
    真澄くんと咲也くんのお互いがお互いの面倒見てあげてる感が本当に本当に好きです。
    あと真澄くんの弟に間違われる咲也くんにそこはかとない良さを感じています。

    どきどき学校訪問「あ、真澄くん!」
    2限の授業を終え正門へ向かうと、よく見なれた顔が門の前で突っ立っていた。いかにも余所者ですといったふうに、小鳥みたいに忙しなく辺りを見回していたその男はこちらを見つけるなりぱっと表情を明るくして、こちらに駆け寄ってくる。それから背負っていたリュックサックを探り、中身をこちらに手渡した。
    「はい、これ教科書!」
    「……ありがと」
    珍しいね、真澄くんが忘れ物なんて。咲也はそう言って、なにが楽しいんだか分からないが妙に嬉しそうな笑顔を浮かべた。変なやつ。

    教科書、忘れたから届けに来てほしいんだけど。そう咲也にLIMEを送ったのは丁度二限の始まる直前のこと。ノートを取り出そうとバッグを開けて、三限で使う教科書を昨晩課題のために使ったまま机の上に置き忘れてきてしまったことを思い出したのだ。
    三限の授業は教科書代わりの分厚い専門書を頻繁に参照して、それありきで講義が進んでいく形式だったので本がないとまともに授業を受けられない。が、寮から大学までは電車を乗り継いで片道大体40分。どう足掻いても昼休みの間に取りに帰る時間はない。かと言って教科書を見せてほしいと言えるような友人もいなかった。
    別に全部で十数回ある講義のうち一回程度なら理解出来なくたって問題はなく、なんなら今日は欠席にしてしまっても単位自体にはさして影響はないのだが、三限は演劇学の授業だ。今までもこれからも演劇に関わる身として、できる限り取りこぼしなく勉強しておきたい気持ちがあった。
    困ったな、と一瞬悩んで、春組のLIMEグループに「今日の昼間、暇なヤツいない」とメッセージを送った。会社にいる至や千景は難しいかもしれないが、シトロンや咲也、綴はひょっとすれば届けに来てくれる可能性があるかもしれない。さすがに寮全体のグループで忘れ物をしたことを自己申告するほど恥知らずにはなれない。特にアイツに知られて、ダサい男だと思われたらそれだけで死ねる。監督が人のことをそんな風に思う人間だとはこれっぽっちも思っていないが、アイツには格好いい俺だけ見ていてほしかった。
    これで駄目なら諦めて教科書抜きで授業を受けようと思っているとすぐにスマホが震えて、見れば「オレ、今日一日暇だよ!」「どうかした?」と続けて二件、返信が。教科書忘れたから届けに来てほしいんだけど、と送ると、すぐに既読が1つついて「いいよ!」と吹き出しが下から上に飛び出してきた。咲也、ナイス。すぐに個人のチャットに飛んで、俺の机の上にある青い表紙のやつ、と指示を送ると、少しして「これ?」と写真が送られてきたので「そう」と返事をする。それから昼休みの時間に来てほしい旨を説明して、今から授業だからと打ち込んで電源を落とした。

    教科書を手渡した咲也はまた物珍しそうに辺りを見渡して、大学ってこんなところなんだね、と俺に話しかけた。
    「オレ、オープンキャンパスも行かなかったから。大学に来るの実は初めてなんだ。わくわくしちゃうなあ……!」
    紬さんや丞さんもここに通ってたんだよね。そう言って、建物や学生たちの様子を目に焼きつけるようにじっと眺める。ひとしきりそうした後、「じゃあ、午後の授業も頑張ってね!」と踵を返して帰ろうとする咲也に「昼、もう食べたの」と声をかけて引き止めたのは、ここまでわざわざ来させておいて本だけ受け取ってとっとと帰れ、はさすがに咲也に悪いなと思ったからで、別にそれ以外に大した理由はない。……多分。
    「え?まだ食べてないけど……」
    「じゃあ、うちの食堂で食べてけば」

    *
    え、と戸惑う咲也を引っ張って、あれは図書館、あれは実験棟、などと軽く構内を案内しつついくつかある食堂のうちのひとつへ行けば、食券機の前には同じく昼食を求めて学生たちが長い列を作っていた。げ、と思う。そうだ、普段は利用しないので忘れていたが、昼休みの食堂は戦場なんだった。ようやく見つけた列の一番後ろについて早々、もう諦めてコンビニへ行こうかなどという考えが頭をよぎるが、初めての大学の食堂に隣で目を輝かせている男を見るとその言葉は喉より先にはいかなかった。
    「人気なんだねえ……!」
    高校の食堂とは全く違う様相に咲也はいちいちすごい、と感嘆のため息を。安いし、ここはメニューも多いから。そう返せば、そうなんだ、と咲也はやっぱり興味深そうに頷く。そんな他愛もない会話をして待ち時間を潰していると、向こうから寄ってくる男が一人。
    「あれ?やあ、碓氷くん!偶然だねぇ」
    「げ……」
    馴れ馴れしく話しかけてきたのは芙蓉大学演劇部の福永とかいう男だ。入学してからこちら見かける度にやたらと絡んでくるので正直鬱陶しい。
    「そうそう、碓氷くんに出てもらう予定の学祭の舞台なんだけどね、最近ちょっと進展があったから近々話したいと思ってたんだよねー!」
    いやー丁度良かった、目の前の男は相槌を挟む間も与えないまま勝手にペラペラ話し出す。面倒なのが来た、と思っていると、真澄くん学園祭のお芝居に出るんだね、と隣で咲也が福永の話を妨げないためかやや小さな声で話しかけてきた。
    「出ない」
    え、出ないの!?福永の一方的な話しか聞いていない咲也は目を丸くする。出るなんて一言も言ってないのにコイツが勝手に話進めてるだけ。言えば、咲也はそ、そうなんだ…?と不思議そうな顔をして、緩やかに首を捻った。
    そこでようやく、福永は咲也の存在に気づいたようで。
    「おっと、お友達と一緒だったんだね。ごめんごめん」
    「友達じゃない」
    言えば目の前の胡散臭い男は一瞬首を傾げて、それからああ、となにか納得したように頷く。それから一言、「弟くんか!」
    「おとッ……!?」
    予想外の言葉に絶句する咲也。そんな咲也を気に留めた様子もなく、キャンパス見学ってところかな、ここの食堂はパスタがお勧めだよ、受験勉強頑張ってね等と立て続けに。弟でもない。そう言えば福永はまたそうなのかい?と首を傾げた。
    「あの、オレ佐久間咲也って言います!真澄くんと同じ劇団に所属していて、今日は忘れ物を届けに来たんです」
    咲也は律儀に自己紹介をして、それから一瞬間をあけて一応真澄くんより一つ年上です、とややボリュームを下げた声で。俺の弟扱いされたのがよっぽどこたえたらしい。福永はああ碓氷くんの劇団の!と合点のいった様子で、それからなるほどなるほどと数度頷いたあとじろじろ咲也を色々な角度から眺めたかと思えばがしっとその両肩を掴んだ。
    「いいね、すごくいい!少年から青年までこなせそうなそのビジュアル、しかも演技力は劇団のお墨付きと来た!キミ、良ければ今年の学祭の舞台に──」
    「咲也、聞かなくていい」
    え、え、と混乱している様子の咲也の腕を引っ張って、悪質な勧誘から逃げるように列を詰める。気がつけばもうかなり前の人との間に空間ができていた。お人好しの咲也はあのまま放っておくと「人手が足りなくて困ってるんだ」などと泣きつかれて二つ返事で承諾しかねない。案の定咲也は「考えておいてよー!」とこちらへ向かって叫んでいる男の方をよかったの?と心配そうに振り返っている。
    「いい。アイツ、そういう奴だから」
    「そうなんだ……」
    やっぱり咲也は不思議そうな顔をして小首を傾げていた。それから神妙な顔つきをして一言。
    「……オレ、そんなに子供っぽいかな……」

    *
    食券機で目当てのメニューを選び、空いている席に座る。咲也はナポリタン、俺は週替わりメニューのカルボナーラ。メニューをよく見れば和風やタラコなどソースの種類は存外多く、福永が言っていた通り確かにパスタにはやけに力をいれているらしかった。ちなみに先程咲也が先程食券機の前で「今日は俺が出すよ!」と年上ぶったため、今日の昼食は咲也の奢りである。向かい合っていただきますと手を合わせた。
    「おいしい!麺がもちもちだね…!」
    一口食べるなり咲也はん、と感嘆の声を上げ、そう続けた。俺も倣って一口、フォークに巻き付けた麺を口に運ぶ。確かに美味い。ここの食堂でパスタを食べるのは初めてだったが、麺が平打ちになっていて、しっかりと弾力がある。そこらのレストランにこのまま出しても気付かれないだろうクオリティに仕上がっていて、これが学食で、しかもこの値段で食べられるのは素直にすごいなと感心した。ただ、目の前で麺を一口食べる度に何度もすごいね美味しいねと壊れたおもちゃみたいに繰り返しているこいつには初めての学食という色めがねがかかりにかかっている気がするが、まぁ、楽しそうなのでいいかと思うことにする。LIMEを見れば咲也をパシらせるななどと綴からお小言が入っていたため、少しムッとしてスマホを数タップし、目の前で頬袋を作っている男に向けた。パシャリ。突然のことにわ、何!?と慌てる声を無視して大学を満喫している様子の咲也の写真をグループに貼ってやる。
    咲也に昼食を奢ってもらったことは、また小言が飛んで来かねないので秘密。

    昼食を終えればもう三限の授業まであと少し。咲也がもう帰るねと言い出す前に少し考えてからまた声をかけた。
    ……このまま、授業受けていく?

    *
    えっ、俺が行っても大丈夫なのと食堂に誘った時の数倍狼狽えている様子の咲也に、大教室だしバレないと言ってやって、それから講義の内容を教えてやれば、咲也の目は一瞬彼の内心を如実に表すようにぱっと輝いて、それからいいのかなと少し悩む素振りをして、うーんうーんと何度か唸ってから、「じゃあ……」と期待を隠しきれない声色でおずおず首を縦に降った。

    昼休みが終わるよりもやや早めに着いた大教室は、それでも席が半分ほど埋まっている。俺の後ろを隠れるようについてきた咲也は、扉をくぐりながら「お、お邪魔します」と律儀に呟いていた。部屋いっぱいに並んだ横長の机に視線を滑らせて見つけた後方の席へ二人並んで腰を降ろす。
    そわそわとひっきりなしに体のあちこちを手のひらで触って、時たま足をぶらつかせる咲也の様子を眺めていると担当の教授が黒板の前に立ち、何やら資料の整理を始める。それから少しして始業のチャイム。
    「えー、みなさんこんにちは。では、早速授業を始めていきますが……」
    教科書の78ページを開いてください、という教授の指示に従い、本を開いて自分と咲也の間に置く。今日は前回の続き、演劇史について。日本における演劇の元祖は、それがこんなふうに形を変えて、そしてこの頃よく使われていた手法が、これが現在のこういった演出技法に繋がる訳ですが。教授の話はやや早口で、メモを取るので精一杯だ。隣を横目で見れば咲也は教授の話に大真面目に相槌を打ちながら、同じように真剣な顔つきをして、唇を尖らせ一心不乱に紙にペンを滑らせていた。こうして誰かと授業を受けたことはなかったので妙に新鮮な気分だ。時折俺と咲也の間にある本のページを捲って、シャープペンシルの芯をひたすらに消費していけば、時間はあっという間に過ぎていった。

    教授は授業の合間に先日観た芝居がどうだとかいう雑談を挟みつつ、教科書の1項目分の説明をきっちり終えて「では、今日の授業はここまでです。今回の課題は……」そう締めくくる。同時に終業のチャイムが鳴って、室内は一気に喧騒で満ちた。ふぅ、と無意識のうちにため息をつく。興味のある分野とはいえ一時間半を超える講義はさすがに疲れる。俺はもうある程度慣れているが、今回が初めての咲也はどうだっただろうか。見れば彼は未だ熱心に先程メモを取ったばかりの紙をぶつぶつなにか言いながら何度も何度も読み返していた。かと思えばその大きな瞳が勢いよくこちらを向いた。
    「真澄くん、すごいね!オレこんなにちゃんと演劇の勉強したことなかったよ……!」
    クリスマスの日の子供みたいに目を爛々と輝かせ、しきりにすごいを連呼する咲也。どうやら初めての大学の講義はお気に召したらしい。それは大変によいことなのだが、ここまで講義を喜ぶ大学生は非常に珍しく周囲から少し浮いていた。現に周囲の学生たちは怪訝な目でこちらを見ている。少々いたたまれない気持ちになって帰ろうと促すと、あ、そうだね!と咲也は慌てて荷物を片しはじめた。忙しないやつ。

    *
    教室を出て帰路につく。帰り道もやっぱり咲也はきょろきょろ辺りを見渡していたので、行きよりも少し丁寧に建物を一つ一つ説明しながら歩いた。と、視界の端に見慣れた薄青。俺が声をかけるより一瞬先に目が合って、向こうもこちらに気付いたようだった。
    「真澄」
    円は口角を少し持ち上げて、ペンを持っていない方の手を上げてこちらに向かって控えめに手を振るので、俺も同じように手を振り返した。それから円は隣の咲也へ視線を滑らせ、軽く会釈を。つられて咲也の方もぺこりと頭を下げた。
    「見学か何か?」
    控えめにそう訊ねられ、すぐに違うと言いかけたが、忘れ物を持ってきてもらって云々の説明を一からするのも面倒だなと思いただ「そう」と答えた。
    「えっと、お邪魔してます」
    「あ、いえいえ」
    真面目な奴と真面目な奴が真面目に挨拶をし合っていてなんだか面白い。特段話をするでもなくじゃあ、と円に言えば、じゃあ、と同じように返され、円はまた机上の紙にペンを滑らせ始めた。
    「もういいの?」
    さっさと歩き始めた俺の後ろを一歩分駆けて追いついてくる咲也はそう。
    「うん。あいつ、プロット練ってる途中だったし」
    「えっ、そうだったんだ……!よくわかったね」
    「円があそこで紙とペン持ってたら大体そう」
    言えば、そっか、と咲也は感心したように頷いて、それから突然笑顔になった。何、急に。不気味。やけに嬉しそうな様子の咲也に困惑しながら、また校門までを歩いた。

    *
    「真澄くん、今日すっごく楽しかったよ!」
    夕日が差し込む電車に揺られながら、咲也はやや控えめな声量で、駅までの道中何度も聞いたセリフをまた言った。うん、と返事をする。
    「オレ、大学の学食も講義も今まで経験したことなかったから。大学ってこんな感じなんだね……!」
    授業もすごくためになった。高校の頃とは本当に全然違うんだね。咲也は前に抱えたリュックサックを抱え直し、それから真澄くんは毎日あんなに難しい勉強をしてるんだね。と。うん、まぁ演劇学だけじゃないけど。返事をすると、すごいね、と当たり前のことなのに何故か褒められてしまった。
    「本当に大学生になった気分になっちゃった。これから大学生の役が回ってきた時は今までよりもっと上手く出来そうだよ!」
    咲也はそう言ってこちらを向き、ありがとう真澄くん、とこちらもまた何度も聞いたセリフを言って、口を開けて笑った。こいつ、本当に演劇バカ。咲也があんまりに咲也らしくてふっと笑ってやると、「それに、」と不意に彼が言葉を続けた。ん?と思っていると彼は「真澄くんが、学校で普段どんなふうに過ごしてるのか知れてよかったよ」と。言い方が妙に優しい。
    「どんな勉強してるのかとか、どこでお昼食べてるのかとか。あと真澄くんの大学のお友達にも会えたし」
    友達、というのは福永と円のことだろうか。円はともかく、福永は一方的に絡まれているだけで別に友達じゃない。俺のことを話しているはずの咲也は、そのくせまるで自分のことみたいに嬉しそうに笑っている。オレが卒業しちゃってから、学校での真澄くんを見られる機会ってなかなかなかったから。毎日楽しそうでよかった!その口ぶりはやけに年上ぶっていて。
    そういえば、こんなふうに学校での自分の様子を家族に見てもらう経験というのは物心ついてから初めてかもしれない。そんなことに思いあたり、なんだか今更ものすごく照れくさい気持ちになった。それから、嬉しさと誇らしさが同時に胸に湧いてくる。
    「うん」相槌をひとつだけ打ってから、少し躊躇って言葉を続けた。「……また来ればいいんじゃない」
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