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    y_r4iu

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    初対面でナチュラルに女子校ムーブをする千景と新入社員の至の話です。
    入団前のまだ全然仲良くない時期から顔の良い後輩に「千景さん」って下の名前で呼ばせてる千景、すごいなって思ってます。(他の人は「卯木さん」呼びなのに……)

    千景様がみてる 茅ヶ崎至、23歳。この春大学を卒業したばかりのぴちぴちの新社会人である。4年間のモラトリアムに甘やかされた体に鞭打って、嫌々ながらも毎日職場へ足を運ぶ日々を送っている。
    入社して1ヶ月と少し、面接時から懸命に気を張って獲得した「優秀な新入社員」の称号を守るべく、毎朝貴重な睡眠時間を削り電車を乗り継いで、なんとも健気なことに始業の40分も前には自分のデスクにつくことを習慣にしていた。のだが。
    今朝は目が覚めたのが普段家を出る時間の10分前という、壊滅的、には1歩及ばないまでもそれなりの規模の寝坊をかましてしまった。理由は分かりきっている。昨晩はふと思い立ってうっかりナイランIVの縛りプレイを新しく始めてしまい、興が乗って時間を忘れて没頭した結果普段より就寝が2時間も後ろ倒しになったせいだ。
    マズい。目が覚めて一番に目に入った画面に並んだ数字列に頭がなにか理解するより先に飛び起きた。遅刻確定、という程でもないが、のんびりはしていられない。大慌てで支度をし、最低限の身なりを整えるだけ整えて勢いよく家を飛び出した。普段はソシャゲのログボ回収のため、多少通勤時間が長くなってもスマホを触れる程度には乗客の少ない各駅停車の列車を選んでいるのだが、泣く泣く乗客率200%超の快速列車に飛び込む。前後左右から圧力をかけられ、現代社会とおじさんの肘と鋭く尖った靴の踵たちをひとしきり呪いながら、どうにか自社のオフィスがあるビルの最寄り駅までたどり着いた。エレベーターのボタンを押して、それからスマートフォンを明るくする。時間は始業15分前。まぁ体裁は保てる程度の時刻だろう。
    ほっと息をつき、四角い箱が降りてくるのを適当に乱れた髪を整えつつ待っていると、不意に後ろからこつ、と革靴の音が聞こえたかと思えば長身の男性が隣に並んだ。反射でぺこりと会釈をした拍子に見えた顔立ちが酷く整っていたので一瞬怯む。おお、イケメン現る。
    高い背にスクエア型の眼鏡。いかにも仕事が出来そうだ。よく見ればその両手には通勤カバンなどはなく、今朝の俺とは違いかなり早くに出勤して既になにか用事を済ませてきたところなのだろうと察せられた。仕事できそう、という予感が確信に変わる。ここへ通勤している身が言うのもなんだがこのオフィスビルにはそれなりに名の通った企業が名を連ねていて、そういう場所にはやっぱりこういう見るからに優秀な人材ですといったふうな人間も集まってくるのだなと感心と納得を同時に抱えながら男を眺めた。
    どこの企業の社員なんだろう。2つ上のフロアのコンサルとかかななどと考えていると、ちん、とやや古めかしい音がしてエレベーターのドアが開く。目当ての階のボタンを押し、同じく乗り込んできた先程の男性によそ行きの声色で「何階ですか?」。こういう細かな気配りが、被った仮面を強固にしていくのだ。
    「ありがとう、ええと……」
    男は一瞬目を開いてこちらを見たが、すぐに素直に俺の言葉を受け入れて俺の手元を見る。途端なにか気付いたような顔になり、そして一言、「ああ、同じだな」と。
    え。一瞬情報処理に時間がかかった。この階はワンフロア丸ごとうちの企業のオフィスのはずだ。ということは。
    「───先輩でしたか」
    「そうみたいだ」
    慌てて肩幅に開いていた足を閉じ、腕を前で組んだ。先程「何階ですか」と尋ねた己の善行を思い出し、やっといてよかった、と心の中で呟く。ぺこりといかにも可愛らしい後輩の振りをして頭を軽く下げると、ふ、と向こうも柔らかい笑みを。すみません失礼なことを。いや、俺もあまりオフィスにいないから。そんなやり取りをしていると余程の高層階にある訳でもない弊社のフロアにはすぐに到着する。どちらからともなくエレベーターホールで緩く足を止めた。
    「新入社員?」
    「はい。春から営業部に配属になった茅ヶ崎至です」
    「営業か。俺は卯木千景、海外事業部。これからよろしく」
    マジか。海外事業部ってエリートじゃん。スペックえぐ。そんなことを思いながら差し出された手を握る。それじゃあ、とまた会釈をし、一歩を踏み出したところでああ待てと呼び止められた。

    え?と思い振り返った瞬間、にゅっと彼の長い両腕がこちらに伸びてきたので思わず体が強ばる。
    「!?」
    固まる俺をもろともせず、その両手はさらにこちらへ向かって伸ばされ、そのまま俺の鎖骨の下あたりを指先が掠めた。驚いて、ど、と心臓がしゃっくりでもするように大きく収縮する。
    「ネクタイ、曲がってる」
    言いながら目の前の男は俺のネクタイを掴み、右に左にと少し調整する。なにがなんだか理解出来ずされるがままになっているうちに、目の前の顔の良い男は微笑を浮かべながらこれで大丈夫と頷く。今朝は時間がなくて適当に結んできてしまったし、さらに満員電車に揉みくちゃにまでされたので、そのせいでよれてしまったのかもしれないなとぼんやり考え、いや、それにしたって、と思った。突然のことに早まった心拍を未だ落ち着けられないまま、どうにかどもりながらもありがとうございますとだけ伝えた。うん、随分近い位置から返事が聞こえる。

    「──あ、えっと、卯木さん、それじゃあまた……」
    始業の時間を思い出し、慌てながら別れの挨拶を口にすれば、やや食い気味に向かいの男が柔らかく持ち上がった口角のまま口を開いた。「千景でいいよ」
    「……千景、さん」
    「うん」
    じゃあ茅ヶ崎、また。千景さんは満足そうに目を細め、当たり前みたいに俺を呼び捨てにしてさっさと去っていってしまった。残された俺はその後ろ姿をただぽかんと見つめる。

    「えっ、お姉様……?」
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    y_r4iu

    DONEワンドロお題「煙」
    会社の飲み会に出席する至千
    煙に巻く オフィスのあるビルを出て1つ目の角を左に曲がった通りの、横断歩道に面したところにある派手な看板を掲げたチェーンの居酒屋は、いかにも大衆的で猥雑な雰囲気を醸し出している。店内は今時珍しく全席喫煙可能らしい。辺りを見渡せば客の手にまばらにある数本の筒から煙が上へ立ち上り、天井付近は白い靄がたゆたっていた。雑多な銘柄の混ざりあった煙たちは、お世辞にもいい匂いとは言えない。喫煙とは縁のない人生を歩んできた至には特に。
    「ビール頼む人ー!」
    少し遠くから見知った女性の声がして、至の周囲に座る何人かが手を上げる。店内で一際目立つ、頭数の多い集団の輪の中に至はいた。机をわざわざ繋げてもらわなければいけないぐらいには人数がいて、あちこちで同時多発的に会話が生まれていて騒がしい。目の前には中途半端に箸のつけられた料理たちと、未だ半分ほど残っているビール。すっかりぬるくなって気も抜け、まるで今の至みたいだ。あー、帰りたい。帰って寝転んでゲームしたい。愛想笑いの裏でそんなことを考える。場の雰囲気はすっかり出来上がっていて、盛り上がった空気とは裏腹に気持ちは冷めていくばかりだった。
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