Recent Search
    Create an account to bookmark works.
    Sign Up, Sign In

    kaerukikuti

    @kaerukikuti

    ☆quiet follow Send AirSkeb request Yell with Emoji 💖 🍻 🍄 🍜
    POIPOI 30

    kaerukikuti

    ☆quiet follow

    続き

    マーリンさんの話2まもなく降り出した強い雨の音を聞きながら、ガーベラは慣れた手付きで暖炉に火を入れた。小屋の中にはいくらか乾いた薪もそだもあり、古びた小さな暖炉も塞がっていない。
    寝床はないが、椅子代わりの木箱に座れば人心地つく。
    その前に、この小屋で殺された人間が居ないか、遺品は無いかを、ガーベラが魔法のように外套から取り出したカンテラを借りて、マーリンは隅々まで調べた。
    幸い、いくつかの生活用品以外に何もなく、ガーベラ曰く旅人の避難所のような扱いのこの小屋を、賊らが頻繁に使った様子はないとホッとした。
    外の風雨がたちまち強まって、木々の遠いこずえのさらに先から、渦巻く風の唸りが聞こえる。壊れた窓を木板で塞ぎ戸を閉めた暗い室内を、暖炉とカンテラの炎が柔らかく照らしていた。
    ガーベラは食料をもちろん持参しているだろうが、たくさん収穫していたラズベリーとリンゴを勧めると、彼はたいそう喜んだ。
    マーリンもひとつふたつ、口にする。甘酸っぱい森のめぐみが、疲労した体に心地よい。
    お返しにと差し出された水筒に口をつけると水で薄めた葡萄酒で、薄めてなお香り高く、海を渡る前にウォーリアワールドで詰めたと聞けば、なるほど本場の美味さだ。
    ナイトワールドでは気候の影響で葡萄は実らず、したがってワインも輸入に頼っている。客人を招いた晩餐では上等なワインをいくつも開けるが、普段のアーサー王の愛飲は、もっぱら名産のリンゴのブランデーか、麦で作るウイスキーであった。フィッシュアンドチップスとあわせて旅人にも人気のエール、あれは庶民の飲み物だ。ガーベラはむしろそのエールが飲みたいのですよと、真面目な口調で支持を見せた。
    「そう言えば、マーリン殿に一度伺ってみたい事があったのですよ」
    「はい、なんでしょうか」
    ワインが体を温め、こんな折だが少しばかりくつろいだ気分になった頃、ガーベラが話を向けてきた。商人のわりに硬派な男が雑談とは…と、マーリンも興味を惹かれたように身を乗り出す。
    「マーリン殿は、王の幼少時からの付き合いと聞いています。かつてまだ王がお若く、王の中の王と呼ばれる以前からお仕えし、王の現在があるのはマーリン殿の手腕とも…」
    「そんな!それは買いかぶりですぞ、ガーベラ殿!」
    わたしはただのお付きのじいやで、マーリンは付け足した。
    それは謙遜でなく、マーリンには偽りない本心であったからだ。まだ幼いアーサー様が王の宣誓をされた時から、ずっと変わらぬ気持ちであった。
    「かのエクスカリバーも、マーリン殿のお導きとか聞きましたが?」
    「と、と、とんでもない!!我が国にはそのような伝説がございますねと、お休み前の物語としてお話しくらいはしたかもしれませんが、あとは陛下がみずから成した偉業ですよ」
    むしろ自分は、まだ十代だった陛下が意気揚々と持ち帰った聖剣に腰を抜かしたくらいだ。
    「わたしは本当に、何者でもないのですよガーベラ殿。ただ長くお仕えするのを、陛下が許容してくださってる、ただただそれだけなのです」
    「なるほど、マーリン殿はさすがに謙虚でおられる。王に愛される人柄ですな」
    この凄腕の武器商人は、鑑定眼の高さでも評判で、そう柔らかく言われてはマーリンも悪い気はしない。
    「わたしは武器も持てませんし、戦場では恐ろしくて足が竦みます。政の細かいところは相応しい者がたくさん働いており、私の今のお役目と言えば陛下のスケジュールを管理する事と、食事の差配に三時のお茶の支度、それからナイト様の遊び相手くらいのものですが、お側に置いて頂けるだけで私は幸せです。わたしももう年なので、少しでも長く、陛下の治世を拝見していたい、ただそれだけなのですよ」
    なるほどとガーベラは頷いたが、照明の乏しい小屋の中、さらに帽子の影でその鋭い眼差しが瞬いた。
    スケジュール管理、飲食の管理、後継の扶育、あまりに重大な役割を兼任していることに、改めて驚きを禁じえない。権力を意のままにできる立場で、常ならばガーベラは商人として王より先にこちらとよしみを通じるだろう。
    もっとも、ナイトワールドで、アーサー王の目の黒いうちに、この側近以上の立場の小さな秘書官に詰め寄る真似をするのは、得策とは言えまいが。
    部外者から見ても、文武両道、政治の駆け引きにも長けた【王の中の王】、善き王となるべく生きてきた、ある意味で超人のような者が唯一見せる人間らしさが、この育ての親ななのは間違いない。
    「そうだ!今回のご恩を返すまでには至りませんが、良ければ食事なりと食べにいらっしゃいませんか?いつも顔をあわせている分、厨房の者に頼み事をしやすいのですよ」
    「アーサー王の料理人が手による食事、実に魅力的です」
    ガーベラは、影の中で片目をつむった。
    「ですが、ナイトワールドでは急ぎの商談をいくつか片付け、すぐに立つ予定です。お気持ちだけ頂きましょう。今夜からもう予定がいっぱいで」
    「それは残念。いえね、お礼の食事のこともそうですが、ナイト様が、まだ若いのに世界中の名刀に通じる旅の武器商人にお会いしてみたいと仰るのです。そろそろ剣のお稽古をされるお年頃ですからね、ガーベラ殿とお会いできたら喜ばれたでしょう…いや、今はお熱だから、そもそもお会いするのは叶いませんが…」
    「一介の武器商人ごときに、ご継嗣殿が喜ぶようなお話が何ほど出来ますか。しかし是非、未来のナイトワールドの王にお会いしてみたいのはこちらも同じくです。次回、必ず寄らせて頂きます。その頃には、ご注文の短剣10振りも仕上がる頃かと」
    「では、次回を楽しみにしております。貴方のお話も、アーサー様の短剣も」
    くつろいだ様子で微笑む姿は、アーサー王の傍らでさえ動揺をそのままあらわにするという『小心者』の評とはいささか異なる。
    裏などないような人のように見えて、長い間、王の傍らで、実家の後ろ盾もない庶民上がりの男が宮廷内の剣を使わぬ闘いを切り抜けてきた事実をもガーベラは重く見ていた。
    それにもし、幸運なだけの好人物であろうとも、ガーベラには損はないのだ。
    「ご病気のご継嗣殿によろしく、未来のお得意様ですからな」
    気が早いことですよと笑う人に、ガーベラは滅多にしない、商人らしい言葉で応じた。
    「いえいえ、これからも長くご贔屓に」




    マーリンが籠を抱えたままウトウトし始めた頃に雨は去った。
    戸を開ければ、まだやや風はあるが、歩けないほどではない。
    日は傾きつつあり、深い森ゆえ、木々のこずえにだけ燃えるような赤色が差している。
    慈悲を乞うずぶ濡れの野盗たちに、明日には兵士がやってくるだろうと厳しく告げて、ガーベラはマーリンを連れて森を歩き出す。
    足元に気をつけながら街道に出れば、旅慣れた武器商人には王都は間もなくだ。マーリンは森に慣れてるだけあり文官にしては健脚で、なんとか宵の頃には城門にたどり着けた。マーリンならば閉門時間を過ぎても構わないだろうが、病気の子供は待たせないほうが良い。
    「ではマーリン殿、これにて」
    「本当にありがとうございました、ガーベラ殿」
    王の股肱の臣は、そう、ただの商人に丁寧に頭を下げた。やはり、重そうな籠をしっかり抱えたまま。
    もう一言二言なにか告げるべきかと迷ったが、尖塔から、
    「マーリン!大丈夫だった?!」
    と若い男の声がしたので、会釈にとどめて踵を返す。
    それに早く立ち去ったほうが恩着せがましくないものだ。
    先々のために好感を上げておいて損はない、ガーベラはそのように算段して、急ぎ足で街の定宿に向かう。
    本当は急ぎの商談は無いのだが、次の約束を取り付けたほうがよい、そういう呼吸を商人は心得ている。




    体の汚れを拭い、慌ててナイト様の部屋に駆けつけた。女官からまだお熱が下がらない、食事もオレンジの炭酸水以外は果物をちょっとだけしか口に出来ていないと聞き、クタクタに疲れていたが、顔を見ずには居られなかったのだ。
    「ナイト様、ただいま戻りましたよ」
    「マーリン、おしごとだったの?」
    「…ええ、そうなんです。お一人にして申し訳ありません」
    ベッドに座り、額に手を当てる。聞いた通り、あまり下がっていない。
    「お辛いですか?」
    「だいじょうぶ……マーリンから、いいにおいがする」
    「ラズベリーですよ、ナイト様。明日の朝にはとっておきのラズベリーのお菓子をご用意しますね」
    毛布を直しながら、ホッとしたのかウトウトしはじめた可愛い子にマーリンは優しく語りかける。
    「陛下もお小さい頃に大好きだったお菓子なんですよ、ナイト様」
    「おじうえが…?なんだろ、たのしみ…」
    「ゆっくりお休みください、そうしたらすぐに朝ですからね」
    「うん……」
    「マーリンめが、お眠りになるまでここに居りますから……なにかお話を?」
    心細げな小さな手を、マーリンはキュッと握ると、小さな顔にホッとした色が広がる。
    「じゃあ、おじうえが、こどものころのおはなし、もっとききたい」
    もちろんですとも、マーリンは微笑んだ。
    「そうですね……あれはそう、陛下がナイト様よりまだお小さい頃に…」
    Tap to full screen .Repost is prohibited
    🍷💘
    Let's send reactions!
    Replies from the creator

    recommended works