無題*****************
走り梅雨の湿気が街中に充満していて、不愉快だった。
『──男性はその後、搬送先の病院で、死亡が確認されました。警察によりますと、精神暴走事件との関連は無いとのことです』
街頭ビジョンから流れるニュースを聞いた途端、喜多川は咄嗟に手で口を抑えた。腹の底に血がたまっていくような、どろりとした気持ち悪さが込み上げる。
「"本番"前に、慣れておかないと」と、引き金に指をかけるよう誘導する彼の声。黒い靄となって消失する寸前の、命乞いをする男の顔。あのときの光景が頭の中で何度も繰り返されて、消えない。
急に立ち止まったため後ろを歩いていた人と傘同士をぶつけてしまい、跳ねた雨水がシャツを濡らして思わず眉をひそめた。
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