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    2025.08.08

    明喜多明 共犯if
    左右は不明です
    私のヘッドカノンをくらえ

    アズライトが滲む***************



    「というわけだ。スケッチをしている間は、周囲を見ていてくれないだろうか」
    「…………」
    「頼んだぞ」

     こちらが唖然としているのにも気に留めず、喜多川は持参したそれにさらさらと鉛筆を走らせ始めた。おい、承諾した覚えはないぞ。
     しかしそんな悪態をつくのもなんだか面倒で、明智は深いため息をつきながら一応は武器を構えた。ここで無防備な彼を置いて帰ってもいいのかもしれないが、戦力として数に加えるようになった以上は、失うわけにはいかない。これは合理的判断だ──そう自分に言い聞かせる。

    「フフ……素晴らしい……!やはりこの世界は着想の宝庫だ……この禍々しい曲線美……!」

     ……やはり帰ってもいいだろうか。
     その丸い後頭部をどつきたくなる衝動が湧いたが、没頭している彼にそんな事したらもっと面倒な事になる予感がして、なんとか抑えた。
     どうも、調子が狂う。変なやつだとは思っていたが、最近ますます変さに磨きがかかっている──いや、元々こうだったと考えるほうが自然かもしれない。以前の彼は、ひどく自分を抑圧していたから。

     前方から異形の呻き声がして、銃を構える。数十メートル先で黒い影が蠢いているのが見えたが、こちらの存在には気付いてないようで、反対方向へと徘徊していった。警戒をといて銃を下ろす。

     後ろでは相変わらず喜多川がブツブツ言いながらスケッチをしていた。
     よくもまあ、そんな簡単に背中を預けられるもんだと感心する。知り合った頃の君は、他人に対して分かりやすく壁を作っていたじゃないか。
    この関係だって、足手まといになったらいつでも切ると合意の上だ。今この瞬間、俺が君を見限る可能性だってあるのに。そんなことも考えないのか?

     明智はふと気になって、喜多川のスケッチブックを覗き込んだ。壁や天井を走る血管のような管や、捩れ曲がったレールなど、この異世界を形造るモチーフを見事に描き写していた。なるほど上手い。画家を志しているだけある。
     モチーフのスケッチをして、それらを好きに組み合わせて画面作りをする方法があるんだっけ──以前、聞いてもいないのに日本画の描き方の解説をされたのを思い出した。喜多川は今、モチーフ集めをしているのかもしれない。
     不覚にも、作品の行き先に興味が湧いた。彼はこの忌々しい世界を、どう絵に落とし込むつもりなんだろう。

    「──興味があるのか?」

     ふいにこちらを振り向かれて、思わず驚く。集中すると周りが見えなくなるタイプだと推測していたが、意外と見えているようだ。

    「……まあ、どうやってこの世界を描くつもりなんだろう、ぐらいの興味はあるかな」
    「ふむ、そうか。恥ずかしながら模索中だ。人々の欲望が渦巻くこの世界をそのまま写したとて、人々の欲望を描いた事にはならないからな……」

     俺なりの解釈が必要だ、と喜多川は言う。
     確かに、この世界を知らない普通の人間にここをそのまま写したものを見せても、何を伝えたいのか分からないだろう。絵は文脈だ。それぐらいの事なら、素人の俺にも分かる。

    「なあ、明智。君にはこの世界が──」

     喜多川が言いかけた途端、背後から異形が這い寄る粘質な音がした。
     明智は咄嗟に臨戦体制を取るもコンマ一秒ほど反応が遅れたようで、地面から伸びた黒い手に足首を掴まれ体勢を崩された。その衝撃のせいで、持っていた銃を手放してしまう。
     異形の手の根元にはタールのような液溜まりがあり、毒沼のようにゴポゴポと気体の湧き出る音を立てていた。この手はそこに明智を引き摺り込もうとしている。
     クソッ!油断した──!
     明智は必死に足を引き抜こうとするも、武器なしでは異形の馬鹿力にはかなわなかった。
     というか、何なんだこいつは。地面に引き摺り込もうとするやつなんて、はじめて見た。

    「明智!」

     喜多川はスケッチブックを投げ捨て、明智が落とした銃を咄嗟に手にした。自分の銃を抜くより、最初に使い方を教わったそれを使う方が早いと判断したのだろう。慣れた手つきで安全装置を解除し、液溜まりに標準を合わせて引き金を引く。
     乾いた発砲音のあと、異形は「ギッ」と声を上げ、煙のように掻き消えた。

    「大丈夫か」

     銃を下ろした喜多川が駆け寄ってくる。
     明智はなんとか体勢を立て直そうとするが、掴まれていた足首に鋭い痛みが走り、思うようにいかない。
     喜多川は明智の手を取ると、その腕を自分の肩に回し、無言で立ち上がるのを助けた。
     明智はその手を振り払うようにして距離を取る。しかしすぐに足元がぐらつき、両足で踏み直そうとしたとたん、ズキリと痛みがぶり返した。

    「無理をするな」

     喜多川は再び明智を支えようとしたが、明智は手を振り払って拒絶した。
     礼は言いたくなかった。元はと言えば、喜多川がスケッチしたいなどと言い出したせいだ。けれど、それに気を許して油断したのは自分だ。それが悔しくて、舌打ちが漏れる。

    「……とりあえず、出るぞ」

     またいつ、足元から襲ってくる異形が現れるかどうか分からない。
     明智はスマホを取り出して、現実世界に帰還するアプリを起動させようとした。しかし、喜多川の後方に投げ捨てられたスケッチブックがふいに視界に入り、手を止める。

    「いいのか、あれ」

     顎で指し示すと、喜多川は何のことだといった顔をして後ろを向く。すると思い出したようにはっとして、慌ててそれを取りに行った。

    「すまない。すっかり忘れていた」
    「……画家志望じゃないの、君」

     忘れていたなら放っておけばよかった、と明智は後悔した。あれのせいで、自分が負傷したというのに。どうして余計な気を回してしまったんだろう。

     つくづく、調子が狂う。





     いつもの帰還地点とは別の場所から起動したため、ひとけのない路地裏に辿り着いた。とは言っても、街の喧騒はそう遠くない。少し歩けば大通りに出られそうだ。

    「……すまなかった。俺に付き合わせてしまったばかりに」

     明智が地図アプリで現在地を確認していると、隣で喜多川がふいに頭を下げた。
     その通りだ。次やったらお前をブチ殺して、異形の餌にしてやるからな──明智はそう言おうとして、しかし口をついて出たのは、全く別の言葉だった。

    「さっき……何か聞こうとしただろ」
    「え?」
    「この世界が、どうのとか」
    「ああ!そうだった」

     喜多川の表情がぱっと明るくなる。明智は「しまった」と思った。また彼を調子に乗らせた。
     しかし明智は知りたかった。喜多川が、何を知ろうとしていたのか。

    「お前の目から見て、あの異世界はどう写るのか、聞きたかったんだ」

     明智は拍子抜けした気分になった。なんだ、そんなこと。てっきり、認知訶学にでも興味があるのかと思っていた。まあ、自分も詳しい事は知らないけれど。

    「……別に。異世界も、現実も、そう変わらないよ。どっちもクソみたいな場所さ」

     短く吐き捨てるように言うと、喜多川は「なるほど……」と呟き、顎に手を当てて何かを考え始めた。
     何をそんな考え込む事があるんだか。
     もう答えは聞けただろうと思い、明智は先に歩き出そうとした。しかし、異世界で負った足の痛みが再び襲い、思わずコンクリートの壁に手をつく。
     明智の様子に気付いた喜多川が慌てて駆け寄る。

    「大丈夫か?ここからだと俺の家が近い。手当を──」
    「いい。お前とつるんでる所は、あまり人に見られたくない」
    「……そうか。それも、そうだったな」

     現実世界ではあまり関わりのないように振る舞う約束を思い出し、喜多川は明智の肩に添えた手を離した。斑目から金城を通した獅童への献金が行われている以上、弟子や息子に繋がりがあると余計な疑念を生む。お互いの復讐を果たす為には、避けなければならないことだった。

    「──お前の言う通り、この世界は不条理だらけで、糞だ」

     話は終わったものだと思っていたら、喜多川が続けて口を開いた。明智は無視して帰りたかったが、足が痛むのでまだ歩を進められない。

    「お前が斑目のパレスに連れて行ってくれなかったら、俺はいつまでも真実から目を背けていただろう」

     そう言われて、知り合った頃を思い出す。明智は喜多川の境遇を知っていたので、斑目のようなしょうもない金の亡者に黙って才能を捧げる彼を見たとき、無性に苛ついたのを覚えている。

    「今日はすまなかった。でも俺は、もっとお前の話が聞きたいと思った。お前の目を通した世界を、もっと見せてくれ。こんな話ができるの、お前ぐらいしかいない」

     夏の夜風がビルのすきまを通り抜ける。生暖かいそれがうっとおしくて、明智は振り払うようによろよろと歩き始めた。
     今日の怪我はいい教訓だ。油断してると、文字通り足元を掬われるということだ。しかし、喜多川が対応してくれなかったら、もっと酷い怪我をしていたかもしれない。でも、元はといえば彼が───

     ……ああやっぱり、人となんかつるむもんじゃない。


    「……異世界でならね」

     ぼそりと呟いた声が彼に届いたかは分からなかった。明智は後ろを振り向く事なく、都会の喧騒の中に足を踏み入れる。

     背中には、喜多川の視線がいつまでもこびりついていた。

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