桜の話をする水心子さんとスイくん「桜の隠れた名所?」
「ああ、住宅街の奥にある公園でね」
駅から少し歩くから、地元の人しか知らないかも。
大きな桜の木が見事でね。
散り初めの桜吹雪がとても綺麗で…
昔住んでいた家の近くなんだ。懐かしいな。
そう言ってコーヒーを飲んで笑う水心子さんは、とても優しい目をしていて、なんだかドキドキする。
(特別な場所なのかな…?)
ふとそんな風に思う。
なぜそう思ったのか、自分でもよく分からないんだけど…。うーん?
「スイくん?」
「あ、いえ、なんでもないです」
これ美味しいですね!と、手の中の新作ドリンクを一口飲む。
春の限定、桜のフラペチーノ。
甘くてふんわりした味に、頬が緩む。
まだ風は冷たいけど、一足先に春の気分だ。
「水心子さんも飲みませんか?」
はい、とカップを渡すと、水心子さんは「う、」「いや、しかし…」と唸った後、「ありがとう、じゃあ一口」と飲んでくれた。
キヨマロから「ダイエットしてるみたいだから、あんまり甘いものを勧めないようにね」と言われてるけど、美味しいものは一緒に楽しみたいし、僕は水心子さんのダイエットには反対なのだ。
全然太ってないし、いくら食べても骨ばかり目立つ僕からしたら、水心子さんの健康的な身体つきは羨ましい限り。
抱きしめられた時の、あの安心する感触が減ってしまうなんて、とんでもない。
だからちょっとだけ、僕は悪い子になる。
「美味しいね。ありがとう」
「これね、限定の第二弾が来週から始まるんです。今度はカシスも入って、もう少し大人っぽい味だって」
また一緒に飲みに来ませんか?
ラテとフラペチーノの2種類あるから、交換して飲みたい。
ダメ?と首を傾げて水心子さんを見上げる。
「う…」
しばしの葛藤。でも僕は知ってるんだ。
水心子さんは、僕にとっても甘いことを。
「仕方ないな。スイくんのお願いは断れない」
「ありがとう水心子さん!」
オープンテラスのカフェだから、大好き、は少し小さい声で。
「そのかわり、次のテストも頑張る事」
「もちろんです。水心子さんの教え方、とっても分かりやすくて」
この前の課題もね、と話していると、向こうの方からキヨマロと先生が歩いて来るのが見えた。二人が本屋に行きたいと言うので、ここで待ち合わせをしていたのだ。
探してた本は見つかったのかな?
「キヨマロー!こっちこっち!」
手を振るこちらに気付いて、二人も手を振りかえしてくれた。
ニコニコ笑うキヨマロと、少し後ろから静かに歩いてくる先生。
モデルのようにスタイルの良い二人が並んでいると、とても目を惹く。すれ違う人たちが振り返るのを、僕は内心、誇らしい思いで見ていた。
(ふふ、僕の恋人、素敵でしょう)
綺麗で優しくて最高の恋人なんだ。
なんだか嬉しくなって、水心子さんを振り返る。
(…!)
僕は思わず息を飲んだ。
振り返った先で水心子さんが、
すごく優しくて甘い瞳で先生を見つめていたから。
(あ、分かった)
桜の話をする水心子さん、今と同じ顔をしてた。
(だから、大切な場所なのかって思ったんだ)
もしかしたら、先生との思い出の場所なのかも。
「どうしたの?」
ふと、こちらを見た水心子さんが微笑む。
さっきまで先生を見ていた時とは違う、大人の笑顔。
「先生のこと、大好きなんだなぁって」
「え?!な、なんで…」
口に出てたか?!と慌てる水心子さんに笑いがこぼれる。
「何?楽しそうだね」
いつの間にかキヨマロが目の前に立って、首を傾げていた。
「ふふ、内緒」
ね、水心子さん。
「ンンっ、ああ、なんでもない」
咳払いをして誤魔化す水心子さんを、清麿先生も不思議そうに見ていた。