タイトル未定 ハンマーシャークサンド 公園に移動販売で来るクレープ屋は俺のお気に入りだ。
たっぷり入ったクリームとチョコソースにポテりと乗る小さなショコラケーキがたまらないのだ。
中学生の少ないお小遣いでは少々高めのそのクレープを食べる為、お小遣いを貯めて久しぶりに堪能出来ると、移動販売車がくる公園に行けば家族連れや恋人、友人同士で食べに来ている人達が居るが生憎と俺の周囲に一緒に甘いモノに食べてくれそうな友人は都合合わずで1人寂しく訪れた所だ。パッと決めていたメニューを頼み、商品を受け取ったらパタパタと周りから離れ1人で至福のときを過ごせる場所へ移動する。
ちょうどいい場所にあったベンチに座りクリームが溶けないうちに、とパクリと頬張ると久しぶりの甘味に思わずにっこりと笑顔がこぼれる。
「ん〜、おいひぃ♡」
んふふ、と機嫌よく鼻歌を零しながら少しずつ堪能した後、ちょこんと乗っかってショコラケーキをスプーンで掬う。ペロリと唇を舐めてからあーんと口を大きく開いて食べようとした瞬間、スイッとスプーンを持つ手を掬い上げられパクリと楽しみにしていたショコラケーキを誰かに盗られる。
「へ……ぇ??」
「あっめぇ……たけみっち良くこんなあめぇの食えんなぁ」
特徴ある手の甲の刺青を持つ男はばはっ♡と笑いながら口端に着いたチョコを舐めとるとドカりと遠慮せず隣に座りニヤニヤと俺に笑いかける。
止まっていた思考が動き始め、彼に楽しみにとっていたケーキを食べられたと分かり、プルプルと震えながら意地悪そうに笑う彼、半間を見上げたらぼろり、と涙がこぼれ落ちた。
幾ら泣き虫な俺だと言えど、まさか盗み食いをしただけで泣くとは思わなかった半間はピタリと動きを止め俺を見つめた。
「ぉ、おれの……おれのけぇきぃ」
「お、ま、まてまてまて」
「ひぃっく、け、けぇき、うぇうぇぇぇえ」
「あー〜〜まぁじか……」
残るクレープをきゅっと握りボロボロと泣き始めた俺をあーあーと普段見せない焦りを見せながらわたわたと動く姿は普段であれば笑うのだろうが今の俺にとっては、ここひと月頑張って貯めて買っただけあり、そう簡単に泣き止む事が出来なかった。
幼い子供のようにぴゃあぴゃあ泣いている花垣を尻目にくしゃりと片手で頭を押さえ天を向いた半間はグルルと野生の獣に威嚇されたような視線を感じパッとそっちに顔を向ける。
少し離れたそこには元10代目総長の柴が泣いている花垣と泣かしたであろう自分を険しい表情で見ていた。
ごつりと分厚いブーツを鳴らしながら近付いてきたそいつに今争うのをだりぃと感じた半間は取り敢えず花垣から離れようと動こうとすればそれよりも先に彼が花垣の傍でしゃがみこみ泣きすぎて赤くなり始めている目元を親指で拭いかけた。
「花垣ぃ、何泣いてんだ?ん??」
「んぃ、?たいじゅ、く……!」
「おぉ。久しぶりだな」
ヒックヒックとしゃくりを上げながら自分に触れている彼に懐くようにすりすりと頬を寄せる。
「お、おれ、た、たべられ、ちゃって…」
「け、けぇきったのしみにしてたっのにっ」
「ふぇ……っ」
再び泣きそうになる花垣に、ふむと頷き、おもむろに財布を取り出して立ち上がると同時に半間に投げつける。
「あ"??」
意味を理解できていない半間に呆れた様にクレープを指さし、代わりのもん買ってこいと目で訴えてくる柴に花垣に対する罪悪感を思い出し「あー…」と片手で首を摩りくるりと踵を返した。
「チッ、わーったよ。たけみっち、ちょっと待ってろ〜」
「んぅ……はんま、く?」
立ち去る半間に気付き顔を上げた花垣を抱え上げ小柄なその体を自分の膝上に乗せる。その際に少しクリームが溶けだして落ちそうになっていたクレープを取り上げることも忘れずに。
「で、だ。花垣」
「ひゃわっ」
グイッと膝の上に乗せられ、ビクリと肩を揺らした花垣は、恐る恐る見上げれば不機嫌そうな顔をした柴がそこにいた。
「お前はなんでここにいる」
「ひ、ひとりで……」
「一人で来たのか」
「ん……」
半間がいないうちに泣いていた理由を聞き出してしまおうと、花垣を支えながら話を促せば、何とも言えない気持ちが込み上げてくる……
確かに、彼はまだ14歳であるためあまり金を所持していないのは理解できるのだが、自分の周りにはコツコツと貯めたのを態々甘いものを食べに行くと言う思考回路をした男なんぞいないため、可愛らしい事をしている花垣が実年齢を通り越して幼い子供のように見えてくる。
それくらいの事で泣くなんぞそれでも暴走族の隊長なのかと凄みたいのに、小さな子が一生懸命貯めて買ったアイスを地面に落として泣いている姿が今の彼と一致してしまって怒るに怒れない……
1回落ち着こうとしてフゥ、と息を吐いて花垣のセットされていない髪をくしゃりと撫でやり既に戻っていた半間とじっと見つめ合った。
こいつ、なんで不良やってんだろ……
微妙な表情で恐らく一致しているであろう考えを通じ合わせサッと目を逸らしあう。
気を取り直した半間はわざとらしく声を上げ、俺たちのいるベンチに座る。
「ほれ、たけみっち〜俺からの奢りだ」
「えっ!いいんですか!?ありがとうございます!!やったぁ!」
「…………」
ぱあっと笑顔になり、嬉しそうにチョコソースたっぷりかかったクレープを受け取った花垣は先程まで泣いたカラスがもう笑った状態になっていた。
そんな花垣に半間は何か言いたげな視線を向けていたが、すぐに諦め、俺に話しかけてきた。
「ん、わりぃな……」
「ふん、かまわん。」
サッと渡された財布を定位置に戻した柴は新しいクレープに夢中になっている花垣から回収していた食べかけのクレープをスッと半間に差し出す。
「?」
「……」
「お、おい……」
きょとりとして察しない半間に目を細め、無言のまま口に無理矢理押し付ける。
「んぐっ、んだよ」
「……食え」
「……いや、俺は……」
「……」
「わぁたって」
無言の威圧と美味しそうにクレープを食べている花垣の邪魔をしない様に仕方なく押し付けられた食べかけを口の中に放り込む。
「(あっめぇ……)」
会話の無い静かな空間に機嫌良くむぐむぐと口を動かしている花垣を2人で見て何とも言えない感情が込み上げてくる……
半間はスイっと自分の元にあったスプーンで花垣の食べていなかったショコラケーキを掬えば、「あ……」と悲しそうな表情でこちらを見やる花垣と余計な真似はすんなとメンチ切ってくる柴に対し口の中に残る甘さをモゴモゴと意味もなく舌で舐める。
おもむろに突き刺した小さなショコラケーキを花垣の口許へ運びにっこりと笑ってみせた。
「んー……たけみっち♡あーん♡♡」
「へ、ぁ、あー…」
戸惑いながらも大きな口を無防備に開けた所にグイッとケーキを丸々口の中に押し込んでみせた半間は「ふぎゅッ」と声を漏らして上手く入りきれず口許にソースがかかったのを優しく拭ってやる。
「ばはっ、うめぇ??♡」
「ンん!!んふぅ♡」
満足そうにもきゅもきゅと頬張っている姿はさながらハムスターか、ふにゃりと目元を緩ませる姿は先程まで泣いていただなんて誰も思わないだろう。
悲しそうな顔から幸せそうに笑う花垣の姿に多少の呆れを含むものの心のどこかで癒されている事を認識してしまった柴は意味もなく頭をゆっくりと撫でて
「ゆっくり噛んで飲み込め……詰まらしたらシャレにならん……」
「んん!ありひゃとこひゃいまふ!!」
「口に物がある時は喋るんじゃねぇ……」
「んふ!」
「ふはっ、保護者じゃねぇか」
「うるせぇ……てめぇも無理やり突っ込むんじゃねぇよ……」
「ん〜」
先程よりも小さくなった頬に指を滑らせ柔らかく撫でると目を細めてスリと頬を擦り寄せて来る姿は幼児よりも小さな仔犬のようで調子が狂う。