全部嘘だから聞き流して「まじ…?」
アダルトサイトの風俗の広告で見知った青い瞳があった。所謂元カレだ。まあ正直に話すと、最初は全然わからなかった。なんとなく見たことあるなくらい。だって顔立ちがあまりに大人びていたし、面影もないし、こんな所で働いているとは思わない。しかもあいつはありきたりな名前だし、ただの水商売特有のニックネームだとも思った。しかしいつか見た、あの物哀しげで鋭利な横顔と澄んだ青い目をしているのはあいつしかいない。
「どうしたんだよスタン。なんか面白い動画でもあったのかよ。」
そんなに顔に出ていたのか、心底興味なさげに隣で同じくスマホをいじるカイルが聞いてくる。目線は外さないから多分彼女かなんかとメールで話しているのだろう。
「ちょっと聞けよ、俺まじでびっくりしたんだけど、ケニー今デリヘルで働いてるって」
「はあ…?その冗談面白くないって」
「まじだって!ほら!」
俺はカイルにスマホを見せる。宣伝写真と思われる写真がこれみよがしにデカデカと表示されている。白いYシャツに透ける白い肌と赤い唇。きれいに整った金髪がケニーをまるで別人みたいに飾り立てる。
「…まじのケニーじゃん。」
「だろ?!」
「ねぇスタンあのさ〜…」
俺は浮足立った。夢みたいだ!ケニーにまた会えるかもしれない。店もすぐそこみたいだし、おそらく近くに住んでいるのだろう。もはや運命なんじゃないかって疑ってしまうほど、良くできた話だ。別れて数年間、あいつのことがずっと頭に残っていた。もちろん顔が綺麗だったからって言うのもあるが、何より俺はケニーがずっと好きだったんだ。ウェンディと別れてヤケ酒した俺の背中を擦ってくれたのは、いつもケニーだった。ケニーだって俺のこと好きなはずだ!本当に奇跡だと思う。確実に運命の相手なんだろう。Oh Jesus 夢みたいな日をありがとう!俺は早速サイト内を詮索した。
「Hey dedu 聞いてるのかよ?!」
「ああごめんカイル。ちょっと考え事してて、」
「スタン…絶対こんなことしないと思うけどケニーに会いに行くなよ」
背中がひやりと、悪いことがバレたときみたいに嫌な感じに冷たくなる。本心なんて既に見透かしているみたいに冷たい視線をあてられる。
「deduなんだよ急に!」
「そもそも覚えてるのかよ。君さ、あんなひどいこと言ったんだぞ。僕だったらもう二度と顔も見たくないね」
「な、!そんなこと思ってないって!」
思っていたし実行しようとしていた。浮足立った矢先地面に叩き落とされた気分だ。ほんと最悪。ケニーと仲直りしてないのも最悪だけど。
「ほーんと!君ってば呆れるね。ほんとに未練がましいったら!わかりやすすぎだし。あはは!」
「そんなことねえし!!あぁもう腹立つ!!!」
「しょうがないな〜。今日彼女といい感じで、ほんとーに機嫌いいんだよね。お前の愚痴聞いてやるよ」
近くにあった適当なウイスキーを無理やり開ける。大きな氷を入れたコップに入ってくウイスキーはオレンジとも似つかぬ色でゆっくりそれを満たしていった。
手に持ったウイスキーは夜を照らしている。
ケニーと俺は大学に行く前に大喧嘩した。理由は確か無理やり俺について来させようとしたからだと思う。当時僕らは付き合ってたし、同居したってよかったはずだ。僕は絶対に向こうも乗ってくれると思っていた。それなのにあいつは、妹が心配だの、家族を気にかけているだの俺には言い訳にしか聞こえない理由を話してきた。
『俺と一緒にサウスパークを出よう!いつまでも一緒にいたいし、ケニーがいてくれると安心するんだよ』
『…ごめんねスタン。けど僕カレンが心配だし、両親も気にかけないといけないからさ、』
『けどさ!向こうでも大丈夫だよそんなの!だから俺と一緒に住もうよ!なぁケニー!』
『…それに僕この街が好きなんだ。お願いだから諦めて。』
『そんな…やだよケニー…俺お前と離れたくないよ…』
『スタンなら一人でやれるよ、大丈夫だよ。スタンがどこにいたって僕、大好きだし僕の大事な彼氏だよ。』
『なあ…ほんとに俺と一緒になってよ…お願いだからさ…あんなクソみたいな家族捨てちゃえよ…別にお前がすることでもないだろ?いつか誰かがお前の代わりにあの家族を救ってくれるよ…俺と一緒になろうケニー。』
『あぁそう…いつまで経っても自分勝手なんだね、スタンリーマーシュは…もう充分わかったよ。残念だけどもう僕達終わりみたいだね。』
『え…?なんでだよっ!やだよ!急に何なんだよ、俺なんかしたか?!』
『大ッキライなんだよそういうとこ!!!!』
その後ケニーが話したことはもう思い出せなかった。けど俺は悪くなかったはずだ。…いや、今思えば30%くらい悪かったかもしれない。けど、怒ってきたのはあいつだし、そんなにひどいことは言っていない。惚気けるだけ惚気て酔いつぶれたカイルはソファで幸せそうな、憎たらしい顔して寝ている。放り投げられたスマホを覗くといかにも新しい彼女にゾッコンって感じの壁紙とトーク内容だった。思わずため息を漏らす。親友は元カノに振られてからまたすぐ新しい子を見つけたのに、俺は未だにあのきれいな金髪と青眼に性も懲りずに恋をしている。
「一緒に住みたかったなぁ」
ヤケになって飲んでいたウイスキーを一気に煽る。広告に載っていた写真の豪華さは本当に似合わないなと鼻で笑う。俺に残ったのは嫌な胸焼けと、未練がましいあいつへの思いだった。
それから数カ月が経った。それなりな生活を送って、ウェンディとまた復縁して別れて、カイルも彼女と別れて今度はレズリーに似た黒髪のアジア人と付き合い始めた。俺を笑ったくせに、あいつだって大概未練がましくて女々しい奴だ。そんな事をしている内にアパートのポストに高校の同窓会の案内が来ていた。
"卒業して来月ちょうど一年だからみんなで集まらない?返事待ってるね! from butters"
丸っこくて子供っぽい字はエレメンタリースクールから変わらない。長らくサウスパークにはカイルも俺も帰れていなかったからいい機会かもしれない。
「なあカイル、同窓会の案内来てんだけど行く?」
「」
「ケニーお前、まだ俺のこと嫌いか?」
「もちろん大きらいだよ。 」
「あっそ」
「スタンは?」
「…まだ大好きだけど」
「ふふ、女々しいやつ」
「…キスしていい?」
「今は君が買った時間でしょ、聞かなくたっていいよ」
また笑っておでこを寄せるケニーの顔は暖かかった。
「…恋人ごっこがしたかったんだよ」
「知ってるよ。…君も変わらないなぁ。」
心地のいい時間は、メリーゴーランドみたいな幸せだった。
「ねぇスタン…これから言うことは全部嘘だから聞き流してね。」
「うん」
「大好きだよ、今も。たぶんずっとね。」
「俺も、…俺も今から言うことは全部嘘だから、聞き流して
「いいよ」
「ごめんなケニー。ほんと色々、ごめん。大好きだよ。今も。」
「また戻らないか…昔みたいに離れないで、ずっとずっ」
急に塞がれた唇は最後まで本音を吐かせてくれなかった。残り1分、アルコールでお互いやられた頭と触れるだけの長いキス。きっと僕らは永遠に分かり合えないし、もう二度と会わないのだろう。酔いきった頭じゃ濡れた頬は、自分の涙のせいなのか、はたまたケニーのものかなんてわかりやしなかった。このまま2人で、剥製になって綺麗に、死んでしまいたかった。時間は無情にも僕らを引き裂いた。夢から冷めたみたいに冷静になっていく。煩いアラームの音、べたつくベット、いかにも風俗って感じの内装、そこに貼り付けただけの下手なコラージュみたいにケニーは座ってた。現実からそこだけ剥離されているみたいで、なんだかもうあの時のケニーには会えなくなるような、そんな気がして無性に悲しくなった。また涙が出てきた、今日はやけに弱虫みたいだ。
優しく首に手を回してくるケニーからは知らない高そうな香水の匂いがした。あの時の俺があげた安っぽい香水の匂いなんかより、ずっといいやつ。
「…似合わないよ、そんなの」
「そうかもしれないね。…僕、君がくれたあの香水の匂い苦手だったけどさ、この香水よりかは好きだったかもね。」
「そっか。」
嘘でも、嘘だったとしても、そういう所が、まだやっぱり好きだな、なんて馬鹿みたいに言葉を追いかけてしまう。
「…またねケニー」
「さよならだよ、スタン」
最後のキスは優しくて、少し火照った体には冷たかった。