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    702_ay

    DC(赤安)、呪術(五夏)の二次創作同人サークル『702』のアカウントです。
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    702_ay

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    12/29五夏忘年会にて展示していたWEBペーパーの再掲です。
    プライベッターからポイピクへ移動させています。
    【祓ったれ本舗パロ】寝起きドッキリ篇

    ##五夏

    「あー。疲れたぁー」
    「今日はハードなスケジュールだったからね。でも体を動かして、すっきりしただろう」
    「これだから肉体派は……繊細な僕にはくっさいおっさんに囲まれて精神苦痛が甚大なんですー」
    「悟は何でもできるんだから、やらないともったいないだろう」
    「傑はわかってないなー。なーんでもできちゃうから、やらないようにしてるんじゃん。顔がいいだけでも十分嫉まれるのに、勉強もスポーツもできちゃったら世の中、僕の一人勝ちでしょ? 周りがかわいそうじゃん」
    「そういうことを言ってしまえるところが、悟の残念なところだけどね」
     ベッドの上にごろんと寝転がり大の字になった男を見下ろす。人に割り当てられた部屋だろうとお構いなしだ。相手が神経質な人間であれば、一分として同じ空間にいたくないと言われるだろう。今更、気にするような間柄ではないため、口にすることも無いが。
     泊りがけで、若手芸人を集めた新春番組のバラエティの収録に来ていた。強制日帰りを命じられること無く、ホテルを用意してもらえるようになったのは大きい。深夜と表現すべきか、明け方と表現すべきか。そんな時間に仕事があるからでもあるが、この際大目にみよう。連日続く長距離移動に耐えることなく、すぐベッドに横になれるというのはありがたいのだから。
     こんな時はやっぱスイーツだよな、と声を上げながら五条は姿勢を改めることなく、ベッドの上でスマートフォンの操作を続けている。伊地知に頼むのか、デリバリーを頼むのか。よくある格安ビジネスホテルであるがゆえに、ルームサービスというわけにはいかないことだけは確かだ。
    「よし、っと! 傑のも頼んどいたから、一緒に食おう!」
    「こんな時間に食べるなんて胃もたれしそうだな……」
    「そういうと思って、和菓子にしといたから大丈夫! 営業時間ギリギリに間に合うとか食べろって言われてるようなもんじゃん。あ、ほら、コレ。稲荷寿司の上にあんこや芋ペーストが乗ってんだって! おもしろそうじゃね!?」
     意気揚々と画面を見せられたが、一見本当にただの稲荷寿司だ。確かに上に乗っているものが色鮮やかで、写真映えするのだろう。若者を中心に人気があると言われても納得できる。個人的には稲荷寿司の上に甘味が乗っているとなると、主食とするのか、デザートとするのか、どちらの気分で食べるべき食べ物なのか悩ましいが。
    「別にいいけど、それを食べたら部屋に戻りなよ。伊地知に必ず部屋にいるように釘を刺されていただろう?」
    「めんどくせぇー。メンタルゴリゴリに削られた僕のケアはないわけ? 別にいいじゃん。一緒でも。いつもはツインなのに、わざわざシングルにまでしちゃってさ……マジ仕事のやる気がでねぇよ」
    「そう言わずに、これも仕事の一環だろ。まぁ、さすがにあからさま過ぎて何かあるんだろうなって察するけどね」
     ぶーぶー文句を言う男に苦笑するしかなかった。五条の文句もわかるが、ついマネージャーの責務を果たそうとする伊地知の気持ちもわかるだけに、大っぴらに苦言が言いづらい。
    ――寝起きドッキリ?
     事務所の会議室でスケジュールを確認している時だった。音として聞こえてきた単語を咀嚼するために、言われた内容をそのまま繰り返す。ミネラルウォーターのペットボトルを口に運ぼうとしていた手が途中で止まった姿は滑稽だっただろうが、想定していなかった仕事だったから仕方がない。
    ――そういうのって、普通、本人には秘密なんじゃねぇーの?
    ――本来はそうなんですが……
    ――まっ、いいや。鍵を伊地知に預けとけばいいわけ? 傑、部屋片付けるの手伝ってよ
    ――普段から何も置いていないし、片付けなんて必要ないんじゃないのかい?
    ――んー。ファンから送られてきたもんとかそのまんま置いてんだよねー。いらねぇのに、なんかいろいろ送ってくるし。事務所で引き取ってくれたら楽なのにさ。あ! でも夜は傑んとこにいるから、僕の部屋はどうでもいいか
     久しく五条の家に行っていないため、どんな状況になっているのか知らないが言葉通り適当に積み上げているのだろう。プレゼントもファンレターも、事務所で受け取った時と変わらず紙袋に入ったまま。綺麗に床に並べていればいい方だが、中身を確認することもなくぞんざいに積み上げている可能性が濃厚。ファンのせっかくの心遣いを平気で無下にする男だ。
     自宅での撮影有無にかかわらず、五条の家の片付けをするために近々行く必要がありそうだ。今後は定期的に確認をする必要もあるかもしれないな、と考えていると、伊地知が眼鏡のブリッジを押し上げながら言葉を探す。
    ――いえ。事務所として自宅NGとさせていただきましたので、泊りのロケの日に実施させていただきます。その……社内会議で夏油さんのご自宅のアパートは、少し夏油さんとのイメージが……
    ――まだ売れ始めたばかりなんだから、堅実的と言ってはくれないのかい?
    ――あはは! だから言ってんじゃん。いい加減、引っ越しなよ。僕と一緒に住んだらいいじゃん
    ――ええっと。そして、また……五条さんのご自宅も、新人にしては少し華美すぎるというか……
    ――悟の場合はいいんじゃないのか? 正真正銘の御曹司なんだし
    ――確かにそうかもしれませんが、やはり苦労知らずというのもアンチの餌食になりやすいですし……
     考えることが多いというのも大変そうだ。好感度が高い位置からスタートしていることもあり、そのまま印象は持続させたいのだろう。コンビ間で両極端な自宅は不仲説を盛り立てられる可能性だってある。スケジュール調整だけでなく、細かい気遣いまでしてもらえるのだから初めてのマネージャーが伊地知なのは運がよかったと改めて思う。
    ――だが、ホテルなら余計に事前に伝えなくてもよかったんじゃないのかい?
    ――居ていただきたいんです! 確実に! 何が何でも絶対に! 各自の部屋に!
     言葉を区切って力強く言い切る伊地知が何を心配しているのか想像ついた。
     泊りの仕事では若手ということもありホテルはツインになることが多いが、今回はシングルでそれぞれに部屋が与えられるらしい。だが、わざわざ部屋を分けても、五条が自分の与えられた部屋より相方の所に行ってしまわないか心配しているのだろう。忍び込んだ部屋がもぬけの殻になっているなんて企画倒れもいい所だから。そのため、こうして事前に告知をするといったドッキリの禁忌を犯すことにしたのだろう。
    ――えー! 傑と一緒にカメラを迎えて、逆ドッキリにしたら駄目なわけ!? 僕、ショートスリーパーだから寝なくても気にならないし、仮に寝てても誰か部屋に入ってきたら目が覚めちゃうんですけどー
    ――そこはできれば、今起きましたみたいにしていただけると……
    ――普通に起きるだけなんて、面白くないじゃん! だいたい、寝起きドッキリなんて、何が面白いわけ? そりゃ、僕は傑の寝顔ならいつまでも見てられるし、待ち受けにもするけどさ。伊地知も見たいと思うの? 傑の寝顔を。でも見たいって言っても絶っ対、見せてあげないけど
    ――いえ。見たいのは私ではなく、五条さんと夏油さんのファンのかたたちで……
    ――僕の傑の寝顔をどこの誰とも知らないやつと共有しなきゃならないなんて、すげぇ嫌だ。だいたい、こういうのってどんな格好で寝るのが定番なわけ?
    ――普段と変わらない服装で大丈夫です。先方が撮りたいのは、いつもの五条さんであり、さらにいえば、五条さんの綺麗な寝顔だと思いますので……
    ――僕全裸派なんだよね。僕の全部をさらけ出せってこと!? えー。僕のビックマグナムが公共の電波に乗っちゃうのはちょっと…………だって伊地知たちの自尊心折りそうでかわいそうじゃん
    ――そこはお願いですから何か着ていてください! 下着は絶対ですからね! 何があっても! それだけは死守してください!
     そしてドッキリがあることを知らない体でお願いします。
     そう何度も繰り返す伊地知に五条は口を尖らせていた。自然体というのも意外に難しいのだが、演技は得意だ。そもそも、寝起きドッキリなんて難しく考えるものでもない。極論を言えば、寝顔を撮らせればいいだけの話。その際の服装だとか、寝相だとか、部屋の散らかし方だとか、そういったものは過去の芸人の寝起きドッキリを参考にすればいいだけの話で。
    「あっ。傑はどうするか決めたの?」
    「私はスウェットを持ってきたから、それで普通に寝るよ」
    「ええ! 面白くねぇじゃん!! つか、僕のは!? 傑が用意してくれたお揃いがいいんだけど!」
    「悟の分まで持ってきているわけがないだろう。悟は……そうだな。バスローブでも着ておけば? 悟っぽいよ。あー、でもこういうホテルにはバスローブなんてないか……」
     五条が御曹司であることはファンの中では有名だ。小さな劇場でステージに立っていた頃から、身に着けている装飾品はブランドで固めていたのだから当然だが。どこにでも特定が得意な人間がいるらしく、ワイシャツ一枚に二十五万なんて、明日食べる物を心配することが多い駆け出し芸人が着る服としては華美すぎると一度SNSで炎上したことだってあるくらいだ。
     現実は何の用意もなく家に入り浸る五条に呆れて、勝手に五条用に用意したスウェットを着ていることが多い。あとは五条が伊地知に言っていたように全裸やパンツだけを身に着けた姿も多いが、それはセックスのあとそのまま寝てしまうからであって、寝るための服装というわけではない。決して。
     この様子ではホテルに備え付けのパジャマを着ることになるのだろう。もしかしたらシャツの類を一枚くらいは持ってきているかもしれないが。
    「その僕っぽいって、なんだよ。僕っぽいのは傑が用意してくれたあのくたびれたスウェットなんですけど」
    「くたびれたって人聞きが悪いな。悟が私の家に居座るから、使い古されるんじゃないか。だいたい渡したときはシルク素材じゃないと寝れないとかなんとか言っていなかったかい? 御曹司」
    「そうだった? 傑が僕のために用意してくれたスウェットに文句なんてあるわけないじゃん。でもそうだな。傑とお揃いじゃないならー……あ! 傑Tシャツにしよ」
    「は?」
    「なんかさー。さっき下にいたファンに貰ったんだよね。イン〇タにあげた写真で作ったんだって。見る? 真面目に作ったやつとネタで作ったやつの二つあるとか言ってたけど……んー、これか?」
     ごそごそと紙袋を漁っていた手が止まり、勢いよく新品のTシャツを取り出してきた。業者に依頼して作ったのだと思われる黒色のシャツは安物っぽい生地をしている。常にブランド物で固めている五条へのプレゼントには異質だ。着用されない覚悟はあったのかもしれないが、男の興味を最大限に向けるキーワードを用いているのだから策士なのだろう。
     Tシャツは二枚あった。一つはファンアートなのだろう。なんとなく夏油傑だと分かる柄がワンポイントで印刷されている。普通に着ようと思えば、十分に着ることができるくらい完成度は高い。そして、もう一枚。これがネタで作ったと言っていた物なのだろう。
    「……それを着るつもりなのかい?」
    「えー? 駄目!? すげぇじゃん。マジ、傑の顔で埋め尽くされてる! 傑を推す時に使ってください、って言われたんだけど、これならめちゃくちゃ推せるじゃん」
     よくもこれだけ集めてきたなと感心してしまう。
     前、後ろ、腕に至るまですべてにフォトプリントがされているTシャツだ。印刷をするにあたって多少の加工はされているようだが、見間違うことなく夏油傑の顔がたくさん印刷された頭の狂ったTシャツだ。
     五条のイン〇タに登場するのは、本人よりも多い自覚はある。さらに言えば、五条本人よりも作った料理のほうが上がる率が高い自覚だってある。男のメディア欄はもちろん、イン〇タの画像欄に自分の顔ばかりが並んでいる違和感に、これはいったい誰の携帯でイン〇タだったかと思ってしまうくらいには。
     確かにファンの間でも五条が最強の夏油担だと言われているという話は聞いた。いや、セコムだったか。それに対して、美々子と菜々子が自分たちのほうが五条なんかよりよっぽどセコムをしていると文句を言っていたところまでがセットだが、彼女たちにしろ、ファンにしろ、使う言葉のニュアンスが難しい。聞き流していることが多いとはいえ、こんなものを着ていれば、自ら話題を提供しているようなものだ。
     時間差で込み上げてくる笑いが口の端から零れ落ちてしまった。これを着る五条の姿なんて想像するべきではない。男の容姿だけで見れば、一ミリだって想像できないものだ。おそらくプレゼントしたファンも五条の目に一度でいいから止まればいいとしか思っていないはず。本気で着てもらおうとまでは考えていないのだろう。
    「くくっ……伊地知が『いつも通り』、『普通』にしてほしいと言っていただろう。さすがに……ふふ、っ、インパクトがありすぎてっ……」
     普通の概念から外れないだろうか。
     狙い通りに五条の寝顔を撮影することができたとしても、起き上がった時にこんなインパクトのあるTシャツを着ていると、さっきまで見ていた寝顔の印象が薄れてしまう。プロデューサーの狙いとは大きくかけ離れてしまうはずだ。
    「傑、笑いすぎだろ。つーかさ。僕の『いつも通り』で『普通』は傑を抱きながら寝ることなんですけど。伊地知が『いつも通り』って言うなら、このままここで寝てもいいんじゃね?」
    「はー。笑った。笑った。どうしても悟がここにいたいと言うなら、私はそれでもいいよ。ただし、ベッドではなく悟が椅子で寝ること。それでいいなら、私は構わないが……」
     目に涙が浮かぶほど笑ったのは久しぶりかもしれない。空気を大きく吸い込んで、乱れた呼吸を元に戻すことに努める。それでもさきほどのTシャツを着ている五条の姿を想像すると、整えたはずの呼吸がまた乱れそうになるのが厄介だ。
    「僕、雑魚寝なんてできませーん」
    「言うと思った。ほら。私の予備のTシャツを貸すから、これでも着て寝な。あくまで自然に、だよ。そして部屋に戻る」
     時間を確認するとすでに十二時近い。ドッキリをかけられるのは、朝方か、寝静まった深夜だろうが、そろそろ互いの部屋に分かれているべきだろう。今日のロケも過酷だったが、明日のロケもハードだったはず。なんだかんだ言っても、体は疲れているのだから、少しでも寝る時間は確保しておきたい。
    「デリバリーした稲荷がまだ届いてないから、やだー」
    「伊地知の胃に穴をあけるつもりなのかい?」
    「『コンビ』仲がいいことは悪い事じゃないでしょ?」
    「……私たちの場合は、『普通』より仲が良すぎるんだと思うけどね……」
    「僕、その『普通』ってのがわかんないしー」
     ゴロゴロとわざとベッドの上でのたうち回る男は本当に出ていかない可能性がある。あれだけ伊地知が各自の部屋にいてほしいと何度も、何度も釘を刺していたというのに。それこそ部屋に入る直前まで忠告していたか。気分で生きるのもいいが、さすがに周りに迷惑をかけるのだけはなんとかしてもらいたい。
    「だいたい『普通』って誰の基準なわけ? 政治家の偉い人? 神様? 日本人は無宗教が多いんだから、そんなところだけ信仰心出してこられても困りまーす。僕にとっての『普通』が誰かにとっての『変』だろうと、僕はなんとも思わないし、同調性を強要されるのは特に嫌いなんだよねー」
     自由な男らしい言い分だ。
     文化の問題ではあるが、本当によく協調性も同調性もない男が日本で暮らしてきたなと感心してしまう。いっそうのこと海外で暮らすほうが、五条には合っているのではないだろうか。
    「そういうこと言わない。悟。私だってドッキリは好きじゃないんだ」
    「だったら、」
    「だけど、それが仕事だ。嫌だからやらないと言うわけにはいかないだろう」
     一緒に逆ドッキリにしちゃおうよ、と続けるつもりだったのだろう。男の言葉を遮り、笑みを顔に浮かべた。だいたい、と顔を近づけ五条の耳元で囁く。
    「私の可愛い悟の寝顔を人に見せたいわけがないだろう?」
     ばっと距離を取る男の耳がわずかに赤くなっている。照れたのだろう。わかりやすい反応におかしくなって、また笑いが込み上げてきてしまう。
    「ちょっ! なんでそんなに男前なんだよ! それに、どっちかっていうとそれは僕のセリフでしょ!? 『普通』はそれ僕が言うべきなんじゃないの!?」
    「あはは! さっきまではその『普通』がわからないって言っていたじゃないか」
    「それはっ!」
    「まぁ……私たちの場合はどっちでもいいんじゃないかな。私だって悟にかっこいいと思ってもらいたいからね」
    「………………僕が言いたかったのにー。あ、でもドッキリの話きた時に伊地知には言ったから、僕のほうが先に言ったことになるんじゃない!?」
     ぶつぶつと小さく文句を言う男に笑った。
     恋人の可愛い姿を見せたいと思う人間は少ないだろう。自慢したいがゆえに見せびらかすタイプの人間もいるが、少なくとも自分は違う。また寝顔はかなりプライベートな部類だ。そんなものを他人に見せたくない。たとえ、嫉妬深すぎない? と悟に言われようが、悟に本気の恋をしているファンの子たちに見せてやる義理はない。
    (誰も知らなくていい。悟のことは私だけが知っていればいいんだ……)
     この綺麗な顔が真横で眠っている時の嬉しさも。空を閉じ込めたような美しい瞳が開かれるのを今か今かと待ちわびる時の楽しさも。誰とも共有したくない。
     普段、五条のことを重すぎるくらいに重い男だと思っていたが、どうやら自分もたいして変わらないらしい。ある意味で似た者同士だからこそ、コンビを組んだのだ。二人で最強だと。
    「だったら伊地知にそんな仕事やだ―って傑も言えばよかったじゃん」
    「人が入ってきたら悟は起きるだろう? だったら、本気の寝顔は私ししか知らないことになる。だから気にしていないだけ。馬鹿みたいに口開けて、ムニュムニュ寝言言っている悟なんて、誰も知らなくていいことだからね」
     世間に見せるのは芸人・五条悟の綺麗に整った寝顔だけだ。いつもの可愛い寝顔をお茶の間に晒すことにはならない。
    「普段、僕のことを『重い』って言うくせに傑だって大概じゃん。重すぎて僕潰れちゃうかも」
    「悟はそんな柔な男じゃないだろう」
    「そんなことないから。僕、繊細だよ。いつも抱いてる抱き枕がないと寝れなくなるくらいには」
    「やわらかい抱き枕にしなよ。ごついものじゃなくてさ」
    「えー。ちょうどいいんだよ。傑くらいの筋肉質がさ」
     馬鹿なことを言う男が、ん、と両手を広げてきた。抱き枕なんて可愛いものは女性に向けて言うべきだ。到底、体躯もよくデカい男相手に言う言葉ではないが、それを指摘したとしても意味はないのだろう。
     素直に男の腕の中に納まると、リップノイズを立てて何度も唇が押し当てられる。
    「充電したら戻るんだよ」
    「んー。あと、稲荷も食ってからね」
    「はいはい。それじゃ、届くまではもう少しこうしておいてあげる。食べてすぐ戻ること」
    「はーい」
     機嫌はよくなっているらしい。これなら問題なく仕事をしてくれるだろう。
     デリバリーを食べた後、五条が部屋に戻ったら伊地知に連絡しておこうか。今頃、部屋にちゃんといるか胃を痛めているに違いない。すぐに戻らせることができないことは申し訳ないが、撮影に間に合えばいいことにしよう。



     ゆらりと意識が持ち上がった。それなりに体力を消費した体は深い眠りにつくことができるかと思ったが、慣れない枕での睡眠はたかが知れていたようだ。そしてなにより、かちっと扉が開く音に続いて人の気配がしたため意識が完全に浮上してしまう。
     部屋に戻るギリギリまで五条がやっぱり逆ドッキリを仕掛けようと口にしていたことを思い出し、乱入してきたのかと一瞬疑念が頭をよぎる。どう言いくるめるべきかと思案していると気配がひとつ、ふたつ、と増えるのに、寝起きドッキリだとすぐさま頭は察した。その瞬間、眠気をまとっていた思考も、仕事だと冷静に動き始める。
    「さて、ここはどなたが宿泊しているのでしょうか」
     うっすらと浮かぶ影が、小声で実況中継を行うのに息をひそめた。起きていると悟られるわけにはいかないが、寝姿を晒すのはなかなかハードルが高い。しかも求められるのがビジュアルではなく、一応『笑い』だ。ただの寝起きに笑いも何もないだろうと言いたいが仕事は仕事。芸人として求められていることを返すしかない。どうするべきかと思案していると、女性リポーターの声が徐々にはっきりと聞こえてくる。
    「綺麗に片付いているところを見ると几帳面なかたですね。何かを食べた形跡があります。あれ? お箸が二膳。おやすみになられる前に誰かとご一緒だったようですね」
     次から次へと続く実況中継を背中で聞いていたが、リポーターが布団に手をかけたタイミングで寝返りをうってやることにした。
    「びっくりしました。起きられたのかと。長い黒髪ですよ。男性芸人さんなんですが……ここまでくれば、どなたかわかった人もいるかもしれませんね?」
     それでは寝顔拝見でーす、とゆったりと布団をめくられる。光の洪水が瞼の裏を焼くのに、思わず眉を寄せてしまった。条件反射なのだが、態度に表してしまうようでは、まだまだのようだ。
     それでも小さく繰り返す呼吸に起きていることは気づかれなかった。
    「綺麗な寝顔ですね」
     シーツの上に乱れる黒髪。小さく開いた口からは吐息が細く続いている。眉間に寄った皺も今は元に戻したが、五条なら起きているとすぐに気づくだろう。さて、どうやって起こされるのだろうか。
     アイドルや俳優ならば、布団を取られて終わりなのだろうが、あいにくと枠組みは芸人だ。体を張る流れになるのだろうと身構える。
    「行きますよ。三、二、一!」
     リポーターの楽しそうな声がゼロになった瞬間、ぴしゃっ! と水が顔にかかった。
     容赦なく肌に当たる水の塊がばしゃっと音を立てて跳ね返る。一直線に向かってくる水の帯が口の中にも入るとげほっと思わずむせ、流石に目を開けた。
    「おはようございます!」
    「…………おはよう、ございます」
     水が滴る髪をかき上げながら上体を半分起こす。その際に水鉄砲を持ったリポーターを状況が掴めないといった様子を出して呆然と見上げた。多少インパクトがあることをされるだろうとは思っていたが、まさか水鉄砲で叩き起こされるとは思わなかった。これでは知っていたドッキリとはいえ、驚かないわけがない。
    (ドッキリをかけられる側には、私たちと同じように知っている人たちもいたんだろうな)
     予想を超えてくる起こし方に新鮮さを感じつつも、これはわかっていても太刀打ちができないなと思う。
     一瞬で顔だけが海から上がった人のように濡れネズミ状態だ。滴る水に嬉々としているリポーターは楽しそうな声を出している。
     やる側はそれは楽しいのだろう。次回があるならドッキリをかけられる側ではなく、かける側に回りたい、と次に繋がりそうなコメントをして出番は終わり。カメラに笑顔を向けて終了だ。
    「ターゲットは祓ったれ本舗の夏油さんでした!」
     OKとADの声と共に伊地知がタオルを渡してきた。五条がここにいないことに心底ほっとしている様子だ。部屋に戻らせた時に連絡はしておいたが、最後の最後まで心配していたのだろう。マネージャーに信じられていないタレントというのはいかがなものかと苦笑してしまうが。
    「悟は?」
    「これからになります。念のため……念のために、空振りを避けるために夏油さんが先でした」
    「信用ないな、悟は」
     ははっ! と笑えば苦虫を食い潰したよう表情のまま、嫌な予感がするんですとぼそぼそ呟いている。
     シングルベッドで大の男が二人寝ているなんて絵面は回避できた。ドッキリ撮影の予告がなかった場合、仲良く寝ているだけでなく二人揃って全裸の可能性だってあったのだ。なんでシングルなんだと文句を言いながらも行為になだれ込む確率は五割。いや。八割かもしれない。生放送なら放送事故。収録ならお蔵入りになるだろうシーンは回避したわけだが、伊地知の不安要素は無くならないらしい。ここに居たら居たで問題だが、居なければ居ないで何をしでかすか心配になる。あの男なら何かしでかす、と勝手にハードルを上げられている人物も少ないだろう。
    「一緒に行きましょうか?」
     着ていたスウェットは不幸中の幸いに小さな粒上の染みができはしたが、気にするほどではない。べっとりと濡れた髪の水分もタオルに吸収させたので、風呂上り程度になっている。この状態でカメラに映っても、見苦しいとまではいかないはずだ。
     ADに同行の許可を取り共に五条に割り当てられた部屋へと向かう。廊下から声を落としてテープは回され始めた。
    「備え付けのパジャマじゃないんですね」
    「着慣れたものを使う派なので」
    「なるほど。次は五条さんのお部屋に行くんですが、五条さんはいつもどんな格好かご存じですか?」
     五条の寝起きというワードがリポーターのテンションを上げているようだ。当たり障りのない会話をしながらも、見え隠れする興奮に苦笑を漏らすしかない。
    (まぁ、そうだよな。悟の容姿じゃ寝顔も綺麗だと想像するだろうし、気になるだろうな……)
     見飽きたというほど見ているのに、いつまでたっても見ていたいと思う。リポーターの気持ちは十分理解できるからこそ、できればこの仕事は受けたくはなかったのが本音だ。決まっていたのなら仕方ないと割り切ったが、五条に対して嫉妬深い感情が見え隠れする。
    「んー。逆にどうだと思います?」
    「質のいいシルクのパジャマか、バスローブ……あ、あとは、裸?」
    「あははっ! 悟はそんなイメージなんですね。そもそも私たちはアイドルじゃないので、裸は誰も喜ばないのでは?」
    「そんなことないですよ! ファンの皆さんにとってはサービスショット過ぎますから!」
     興奮気味に言うリポーターにあいまいに頷いた。
     どんな格好して寝ていればいいのか、と口にしていた五条に対して言った言葉をそのまま言われるものだから、夏油が思っているイメージと世間のイメージはかけ離れていないようだ。
     周囲の目からは無頓着な男は今頃、渡したTシャツを着て寝たふりをしてくれているのだろう。そうなると逆に備え付けのパジャマ姿でもよかったかもしれない。意外性を狙うなら。
     そんなトークをしていると五条の部屋にたどり着いた。隣部屋というわけでもなく、間に五つもスタッフの部屋を挟んでいる。物音で起きないようにという配慮ではあるが、どれだけ用意周到なのかと笑ってしまう。
    「では、行きますね」
     フロントから借りていた鍵で難なく解錠すると、おじゃまします、と小声で話すリポーターの後ろを忍び足でついて行く。
     ベッドまでの軌道上にカバンが一つ、二つと落ちているのと同時に上着が脱ぎ散らかされている状態だった。何しろあの皺になるように脱ぎ捨てられているジャケットは一着四十万以上していたはずだ。かっこいいね、それ。なんて言った際に、傑が気に入ったならお揃いにしちゃおう、と女子高生のようなテンションでネットショッピングを始めた男のスマートフォンに表示されている金額にどれだけ慌てて止めたか。そのため、よく金額を覚えている。やはり一度、物の価値というものを徹底的にたたき込んだ方がいいかもしれない。
     こんもりと丸みが帯びた布団。五条がそこにいることは明白だ。
     だが、荷物の隣に渡したシャツが置かれているのを目ざとく見つけると、伊地知ではないが嫌な予感がした。備え付けのパジャマはベッドの下にぼとりと落ちている。そうなると、今、五条は服を着ていない可能性が高い。
    「おはようございます」
     夏油の時と同じように小声で話すリポーターは少し布団をずらしたがそこに五条の顔はない。どれだけ丸まって眠っているのだ。いつもは文字通り大の字になって布団まで蹴飛ばして寝ているというのに。
     一度にいきましょう、と視線が伝えてくるのに頷いて水鉄砲を構えた。
    「三、二、一、ぜ――……」
     カウントダウンと共にめくられるはずだった布団の中から伸びてきた手がリポーターの手首を掴み、そのままベッドの中へと引きずり込む。予想外の動きに反応が遅れ、五条に照準を向けていた水鉄砲から発射された水は迷いもなく飛び出し、リポーターの顔に直撃してしまった。
    「おはよ」
     白髪を濡らす水と寝起きの色気。
     そういうものを期待していただろう。もしかしたら水鉄砲の悪戯に朝から喚く五条なんてものがあってもよかったのかもしれない。だが、目の前で起こっていることは違う。
     慌てて止めたが濡れたのはリポーターで、当の本人は眠気を一切感じさせずにリポーターを抱き寄せているような状態だ。鼻先がふれあいそうな距離で囁く五条に顔を真っ赤にさせ、息をする方法でも忘れたのかもしれない。金魚のように口をパクパクとさせているリポーターとの近さも気になってしまうが、何より、五条が着ているTシャツが度肝を抜いていた。
     ファンがくれたと言っていたネタTシャツ。
     いたるところに夏油の顔がプリントされたシャツなのに、五条が着れば一種のおしゃれなTシャツに見えてしまったのだから、たちが悪い。
    「積極的だなー。でも夜這いに来るなら、もっと気配殺して来てくれないと」
     全く眠気を感じさせない声で五条が訳のわからないことを言っている。夜の雰囲気を漂わせながら囁く声に思わず、ごくりと喉が鳴ってしまった。
     綺麗な顔面が目の前にあり、甘くも聞こえるセリフに頭のキャパシティーがオーバーになっているのだろう。反応のないリポーターに五条は、つーか、と何でもないように続けた。
    「ごめんね。寝顔は見せないで、って僕の可愛い傑にお願いされちゃったから」
     どこから突っ込んだらいいのかもはや処理できない状況に、瞬いているとテレビカメラの隣で事態を見ていた伊地知が真っ先に五条さんと悲鳴を上げ、胃を抑えていた。
     収拾のつかなくなった寝起きドッキリだったが、結局はそのまま放送にされることになったらしい。放送枠が足らなかったという理由ではなく、むしろ目玉として放送されたのは、気になるところだが。五条の寝顔を期待していた視聴者から抗議があったものの、高視聴率を叩き出したという話を美々子と菜々子が教えてくれた。
     最高視聴率は夏油様の綺麗な寝顔でしたけど!
     まるで自分のことのように自慢気な二人にありがとうと言った記憶は新しい。あわや事故かと思われるような内容だが、五条らしい奔放さがお茶の間にウケたのかもしれない。放送を決意したADも賭けに出たのだろうが。
     勿論、事務所にはしばらくの間、放送時に五条が着ていたのと同じ顔がプリントアウトされたTシャツが大量に送られてくるようになり困っているのだと伊地知がまた別の理由で胃を痛めていた。
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    💖☺👏😍☺☺👏💖💖💖💖💖👏👏👏😍😍☺☺
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