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    とふゆ

    五伏左右相手固定オンリー

    ごめふし開催おめでとうございます!

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    とふゆ

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    津美紀視点の五伏(未満)
    津美紀と五条が喋っていて、ショ恵は寝てる。
    五伏左右相手ド固定が書いた後に五伏になる五と伏なので五伏です。

    弟をとても大切に思っている津美紀は、突然現れた胡散臭いほど綺麗な顔立ちの男がいつか恵みを連れて行ってしまうのではないかと内心怯えていて……。

    ※web再録『今日をおしえて』内の「トイレットペーパー革命」後の話ですが、そちらを読んでいなくても特に影響はありません。

    #五伏
    fiveVolts
    #ごめふし2nd
    #ごめふし2nd_noon

    彼とあの子「五条さん」
     うん? と振り返った五条の視線が宙をさまよう。思い出したように視線を下ろす様を見て、自分はもとより彼の眼中にないのだろうと津美紀は思う。
    「なぁに? 津美紀ちゃん」
     五条の口元が一瞬で笑みの形に変わる。真っ黒な眼鏡で隠されたままの瞳はどんな表情を浮かべているのだろう。津美紀の目線に合わせるように膝を折った五条を見つめながら、津美紀はもう一度固い声で男の名を呼んだ。
    「五条さん」
     軽く首を傾げた五条がサングラスを親指で持ち上げた。露わになった宝石のような瞳が津美紀の瞳とかち合い、瞬き、ふと表情を改めた。そしてサングラスをはずし胸ポケットに納めながら、五条が問う。
    「どうしたの。津美紀ちゃん」
     綺麗な男だと思う。作ったような声音と口調も相まって、いっそ怖いくらいに。きっとハーメルンの笛吹男はこんな顔をしていたのではないだろうか。小学校の図書室で読んだ童話が頭をよぎる。笛吹男は約束を破った村人たちに怒り、彼らの子どもたちを連れ去ったという。どこか神様めいたその行いが恐ろしかった。それが実際に起こった集団行方不明事件だと知ってからは尚のこと。
     わたしは何をすれば恵を連れて行かれずにすむのだろう。
     どうして五条を見てそれを連想したのか、津美紀にもはっきりとは分からなかった。いや、分かりたくなかったのだと思う。分かってしまえば胸の内にあるぼんやりとした不安が輪郭をもってしまいそうで、怖かったのかも知れない。いつか弟が遠くに行ってしまうような。そのとき、きっとあの子のそばにいるのはこの男だと思わせるような。
     五条が何か大変な仕事をしており、恵もそれをするのだとは聞いていた。
     恵はまだ子どもなのに。わたしの弟なのに。わたしが守ってあげなきゃいけないのに。
     納得なんてできるはずがなかった。
     でも津美紀は知っていた。この世界は一人の子どもの感情を忖度してくれるほど甘くはないことを、痛いほど知ってしまっていた。


     母親が置いていったお金が底をついた日。いつからあったのかすら分からない賞味期限切れの小さなお菓子しか用意できず、津美紀は泣き出したい気分だった。
     きっと食べない方がいい。でももう食べる物がない。幸いこれは水気のあるタイプではないし、乾燥しているだけなら食べてもお腹を壊すことはないかも。でも。
     そんなことをグルグルと考えながらお菓子を睨み付けていた津美紀の前に恵がやってきた。姉とお菓子を交互に見やった恵は、何でもない顔でそれを半分に割り躊躇いなく片方を口に入れた。
    「え? あ、恵……!」
     吐き出させた方が良いのか迷って津美紀がおろおろしている間に、無言で口をモグモグさせていた恵のか細い喉がごくんと動いた。
    「口の中の水分ぜんぶ取られる」
     思わず謝ろうとした津美紀を遮るように恵が続けた。
    「でも、うまかった」
     ぶっきら棒に言った恵は、もう片方を姉に差し出した。
    「水入れてくる」
     背伸びをしてコップに水を汲む弟の後ろ姿を見ながら、津美紀は思い切ってそれを口に入れた。それは乾燥しきっていて、お世辞にもおいしいと言えるようなものではなかった。やっとの思いで飲み込む頃には、恵の言うとおり口の中の水分を根こそぎ持って行かれていた。これはたしかに水が欲しい。
     恵が水をたんまり入れたコップを二つ持って、妙に真剣な顔でそろりそろりと戻ってくる。入れすぎでは? と思ったけれど、生真面目な様子が可愛くて言えなかった。当然のように津美紀の分も水を用意してくれる弟が愛しい。
     やがて恵は一滴も零すことなくコップをテーブルに置いた。表情こそ乏しいけれど、満足そうな息を吐く恵が可愛いと思う。
    「お水ありがとう」
    「……おう」
    「ね、恵。口の中パサパサだね。でも結構おいしかった」
     そう言って津美紀が笑うと、恵はなぜか自慢げに「だろ?」と言った。
     二人でごくごくと水道水を飲む。
     やがてコップを空にした恵が「さっきのやつ、水分吸ってムクムク膨らむはずだからしばらく腹いっぱいだと思う」とお腹をさすった。
    「乾燥ワカメみたいに?」
    「そう」
     恵がこくりと頷く。津美紀だって同じ物を同じ量食べたのだから、それが優しい嘘だとわかってしまうのに。
     でも恵のしれっとした顔を見ていると、パサパサのお菓子だって水道水だって本当においしいものに思えた。お腹だって胸だっていっぱいだと感じられた。
    「どうしよう恵、わたし食べ過ぎで太っちゃうかも」


     五条の仕事を手伝うことになったと言った日、恵はあの時と同じ顔をしていた。
     恵はそういう子だった。いつも少しむむっとした顔をしているくせに、津美紀が傷ついたり気に病むかも知れない時は、絶対に何事もないような顔をする。無愛想に気遣う。それが津美紀からしたら逆にわかりやすいのだと、きっと恵は気づいていない。そういう不器用な優しさが可愛くて大切で、姉として守ってあげたいと思うのに、まだ小学生に過ぎない自分にできることは限られていた。
     なのに。津美紀にできなかったことが、きっとこの男には簡単にできてしまうのだろう。それが悔しかった。
    「津美紀ちゃん?」
     はっとして顔を上げると、先ほどと変わらない笑みが目に入った。本当によくできたお人形みたいな人だと思う。津美紀は内心でそれを薄ら寒く感じた。そう感じたことがなんだか悔しくて、五条を真っ直ぐに見返した。せめて先に目をそらすような真似はしたくなかった。
    「五条さん、恵を連れて行くんでしょ」
    「……すぐに帰ってくるよ」
     今回は二日間くらいと五条が続ける。津美紀は五条の目をじっと見つめたまま首を横に振った。五条が少し困ったような曖昧な笑みを浮かべ、首を傾ける。
     そういうことを言ってるんじゃないって、わかっているくせに。
     この先五条は恵に酷くつらい思いをさせるし、怪我も負わせるだろう。だけど恵はきっと泣かないし、歯を食いしばって立ち上がる。そして津美紀の前では、何でもない顔をして見せるのだ。
     五条はたしかに津美紀たち姉弟の生活を保障してはくれるけれど、その代償は計り知れない。そしてそれを背負うのは弟であって自分ではない。津美紀はそのステージに立たせてすらもらえない。ひどい仲間外れだと津美紀は思う。
     だったら自分にできることはもう、恵を、大切な弟を、思うことくらいだ。
     津美紀は一度ぎゅっと目を閉じてから、五条を見据えて口を開く。
    「五条さん。恵に、おいしいものたくさん食べさせてあげてね」
     七歳の子どもにすぎない自分には、自力でお金を稼ぐ術すら持たない子どもでは、どれだけ望んでも叶わない望みだ。どんなに料理の腕を磨いたところで、そのための食材を買えないなら意味がない。
     同年代の子どもに比べ、恵の白く華奢な身体が切なかった。賞味期限をとっくに過ぎたパサパサのお菓子をおいしいと言ってくれた優しい弟に、できるだけたくさんおいしいものを食べさせてあげたかった。それをするのが自分でなくても、もういい。
     ――――本当はわたしがしてあげたかったけれど。
     そんな本音は心の奥底にひっそりと沈めて、津美紀は笑ってみせた。
     五条がふいを突かれたような顔をした。そしてぽかんと開いた口が大きな弓なりになったかと思うと、五条の片目が音が鳴りそうな勢いで閉じられた。
    「任せてよ。もちろん津美紀ちゃんも一緒にね」
     ズルい、と思った。いつか津美紀から恵を奪い去っていくかも知れないくせに、そんな当然のような顔で津美紀も仲間に入れてしまうなんて。
    「あ、食材の方がいいかな? 津美紀ちゃんが作ったものの方が恵くん喜びそう」
     本当にズルい。こんなことで嬉しくなってしまう自分のお手軽さにも腹が立つ。
     だからちょっとだけ意地悪したくなった。
     ――――恵のことを一番知っているのはわたしなんだから。恵はわたしだけの弟なんだから。
     いつか津美紀から弟を奪い去るかも知れない男に、そう知らしめたくなった。

    「恵はね、ショウガに合うものが好きなの」
    「ショウガじゃなく?」
     津美紀の頭なんて簡単に握り潰してしまえそうな大きな手で、ショウガらしきものを形作った五条が目をパチパチさせた。大きすぎてショウガというよりカボチャに見えたが津美紀はそれには触れず、頷いた。
    「うん。ショウガって身体がポカポカするでしょ?」
    「するね」
    「それに殺菌効果もある」
    「うん」
    「だからわたしたちね、食べ物にショウガを入れるようになったの」
    「うん……うん?」
    「暖房がなくても寒くないように。それに、お腹が痛くなって病院に行かなきゃいけなくなったら困るもん」
     子どもだけで病院に行くのって難しいの。どうしても「保護者の方は?」って訊かれちゃうから。そう言って津美紀が困ったように笑うと、五条が右のてのひらで自身の顔を覆い唸り声のようなものをあげた。
    「あ、でも恵が自分で好きって言ったわけじゃないから、わたしの思い込みかも」
     これは本当。津美紀自身はショウガは辛くて少し苦手だから、最低限添えるだけになりがちだった。でも恵は時折いつもより多めにショウガを入れることがあり、そういう時は結構気に入っているのかなと思っていたのだ。恵に確かめたわけじゃない。だから勘違いだと言われても否定できない。
     恵のことを一番知っているのは自分だと息巻いておきながらこれだ。津美紀は唇をかんで俯いた。慣れない意地悪なんて考えて、それで結局自分が傷ついて。バカみたいだ。

     いつの間にか復活していたらしい五条が津美紀を呼ぶ。顔を上げると、五条のいたずらっぽい笑顔が目に入った。
    「君に誰も知らない僕の秘密を教えてあげちゃおう。耳貸して」
     五条がちょいちょいと人差し指を動かす。まだよく知らない大人の男に身体がくっつきそうなほど近づくことを躊躇ってしまい、足がすくむ。五条の目からは、たまに声をかけてくる知らない男のような気持ちの悪い粘り気は感じない。でも今まで見たどんな男よりも背が高くて体格の良い――――体格だけなら恵の父親の方が良かったかも知れない――――男に、本能的な恐怖を抱いてしまうのは止められなかった。だけどこの男はこれから自分たちと深く関わっていく人だと自分に言い聞かせ、津美紀は一歩踏みだそうと全身に力を込めた。
     そんな津美紀を不思議そうに見ていた五条が「あ、やべ」と声を上げた。
    「ごめん、女の子にこういうの良くないんだっけ。怖かったよね」
     ごめんね、と五条が焦ったように片方の手のひらを顔の前に立てて言った。「硝子に聞いといて良かったぁ」と胸をなで下ろす五条を見ていると、こわばっていた身体から力が抜けていくのがわかった。彼は津美紀と関わるにあたり、ショーコさんとやらに女の子への接し方の教えを仰いでいたらしい。
     なーんだ、と津美紀は思った。得体の知れない笛吹男のように感じていた男が、急に普通の人間に見えた。普通……普通かな……? 彼は特殊な仕事をしていて、そこに幼い恵を巻き込んでいるのも確かだから普通と見なして良いのかはあまり自信がない。だが幼い少女への接し方に戸惑う姿には、少なくとも得体の知れなさからくる恐ろしさはなく、親近感すら覚えるものだった。それによくよく見れば、大人と呼ぶには少し幼い、普通の――――と言うには少しばかり顔立ちが整いすぎているが――――お兄さんだったのに。
    「ごめんなさい」
    「何で君が謝るの。津美紀ちゃんは何も悪くないよ。むしろ危機管理がちゃんとできてて安心した」
     偉いねと笑った五条が、軽く肩を揺すって「心配なのは恵だな」と少し怒ったような顔になる。
    「このガキ……あっ……じゃねぇ、あーいや、この子。知ってる? 僕が声掛けた時、あ、初対面ね。恵のヤツ、逃げもせずじーっと見てきたんだよ? しかもフルネーム呼びされてんのに」
     待って。よく考えたら僕ってだいぶ不審者? と自分を指さして今更気づいたように言う五条がおかしくて、津美紀は少し笑って頷いた。だいぶ不審者だと思う。
     津美紀は恵によく言って聞かせなきゃと心に留めると同時に、恵らしいなとも思い少し苦しくなった。恵はきっと自分のフルネームを知っている相手を警戒し、絶対に家に、津美紀に近づかせないように一人きりで何とかしようと考えたのだろう。どれだけ言って聞かせたところで恵は一人で抱え込む。あの子はとても優しい頑固者だから。
     津美紀では恵の「大丈夫」になれない。恵は津美紀を「大丈夫」にすることばかりを頑張って、自分のことなんて考えもしない。恵のそういうところがちょっと嫌いだと津美紀は思う。
     自分では恵を安心させてあげられない。だからどうか、いつか誰かが恵の「大丈夫」になってくれるといい。ずっとそう思っていた。
     物思いに耽る津美紀を引き戻したのは、頭の片隅に引っかかった「ガキ」という単語だった。五条は確かに「ガキ」と口走り、慌てた様子で言い直していた。もしかすると彼は本来かなり口が悪い……? 薄気味悪くすらあった話しぶりの妙な胡散臭さは、優しげな口調に慣れていなかったから?
     またしても津美紀は「なーんだ」と思った。
     五条はまだぶつぶつと言っている。「僕だったから良かったけど……知らねぇやつに声かけられても相手すんなって教え込んどかねぇと」聞こえてくる言葉が恵を気に掛けるものだったから、津美紀はそっと微笑んだ。そして問いかける。
    「そういえば五条さんの秘密って?」
     津美紀はさっきまでより声が出しやすくなったことに気づいた。体も軽い。
    「お、訊いちゃう?」
     悪巧みするような顔で笑った五条が、内緒話をするように右手を自身の口元に添えた。そして大して小さくもない声で話し始めるものだから、一歩近づこうとした津美紀はきょとんとしてしまう。単に声を潜めるのが下手な人なのか、それとも秘密の打ち明け話の体を保ちつつも、津美紀が近づかなくて良いように気遣ってくれたのか。津美紀はおそらく後者だろうと思った。
    「僕さ、甘いもの好きなんだ。でも実は前から好きだったわけじゃなくてさ。必要に迫られて食べてるうちに、いつの間にか大好物になっちゃったってわけ」
     秘密と称すにはささやかだし、たぶん五条と共に過ごしてきた人なら誰でも知っていそうな話だ。だからこそ津美紀は、五条の言わんとしていることが分かった気がした。きっとこれは恵の好きな食べ物のことを言っているんだろう。
    「だからってわけじゃないけど……恵もさ、いつもショウガ食べてるうちに本当に好きになったクチかもよ」
     それにね、と五条が続ける。
    「津美紀ちゃんが言うなら、間違いないと僕は思うよ」
    「どうして」
     津美紀は思わず食い込むように尋ねた。五条が確信を持ったような面もちで口を開く。
    「だって恵のお姉さんだもん」
     一瞬、息が止まった。喉が震える。
    「……血が繋がってなくても?」
    「とーぜん」
    「……ほんとに?」
    「ほんとに」
     津美紀は両手で顔を覆って唇をかみしめた。そうしないと涙が零れてしまいそうだった。
     親の姿が見えない家に、血の繋がらない一歳違いの姉と弟が二人きりというのは世間的にあまり良くないのか、気味の悪い視線や言葉を寄越す人もいた。意味はよくわからなかったけれど、恵と自分を汚されたようで、ずっと嫌だった。でも何も言い返せなくて苦しかった。
     だから嬉しかった。血は繋がっていなくても、わたしはちゃんと恵のお姉さんで、恵はわたしの弟なんだって認めてもらえて、嬉しかった。
     本当にズルい、と津美紀は思う。いつか津美紀から恵を奪っていくかも知れない男が、誰よりも真に二人は姉弟だと断ずるなんて。
     いつかの未来、五条に「弟さんをください」と頭を下げられでもしたら、自分はどうするだろう。絶対に絶対に恵を大切にすると約束してくれるなら、あるいは。五条の隣で正座をする恵の複雑そうな顔まで想像してしまい、津美紀は吹き出した。そんな風に奪われるなら、それは幸せと呼べるのではないだろうか。
    「え、何何どうしたの」
     急に笑い出した津美紀に、戸惑った様子の五条が尋ねる。目尻に浮かんだ涙を拭いながら津美紀は「ううん、何でもないの」と首を振った。
    「あのね。でも恵の苦手な食べ物はわからないの」
    「無いのかも」
    「うん、だったらいいんだけど。恵、言わないし。あんまり顔にも出さないから……」
    「よっし! じゃあこれからいろいろ食べさせて恵の苦手な食べ物見つけちゃおっか!」
     ひらめいた! と言わんばかりの五条が人差し指をピンと立てて宣言した。すごく指が長い。ついさっきまでは本当は少しだけ怖かった大きな手。今は少しだけほんの少しだけ、頼りにしても良いような気がした。「最高に嫌そうな顔させられたら写メって待ち受けにしよ」と笑う五条が子どものようで、津美紀も笑った。
     これからきっと三人で、それぞれの好きなものや苦手なものを知っていくのだろう。津美紀の手料理も、自分や恵だけでなく五条の好みも混じって三人の味になるのかも。まぁそれもいいかなと思う自分に気づき、津美紀は少し驚いて、やがて心の中で頷いた。五条を、自分たち姉弟の仲間に入れてあげてもいいと、今なら思えた。

     津美紀は五条と恵が二人でトイレットペーパーを買ってきた日を思い出す。下校中だった津美紀は、少し前を歩く二人連れの片割れが、まさか自分のよく知る弟だとは最初気づかなかった。二人が手を繋いでいたからだ。
     恵は明らかに五条を警戒していたし、五条の方は恵自身にはそれほど関心が無いように津美紀には見えていたのに。
     彼らの間に何があったのかは知らない。でもあの日から、五条に対する恵の態度が軟化したことには気づいていた。いや、あれを軟化と呼んで良いのだろうか。むしろ遠慮がなくなったと言うか、ふてぶてしくなったと言うか。どちらかと言うと控えめな恵だがら、なおさらその変化は津美紀の目に留まったのだった。
     そして恵に向ける五条の視線や声音の温度が上がったことにも、本当は気づいていた。五条の瞳は常に真っ黒な眼鏡で隠されていて、それが露わになることはほとんど無い。でも彼はよく眼鏡を指でずらしたり顎を引いたりして、レンズ越しでない瞳で恵を見る。綺麗なのにどこかひび割れた宝石みたいだった瞳の変化は顕著だった。その瞳は、何というか犬を見ている時の恵のような、でも少し違うような、何だか様々なものが混じり合った複雑な色を浮かべていたから焦った。この人は自分から恵を奪い去るかも知れないと。
     だから勝手に怯えて、五条を得体の知れない神様のようなものだと思おうとした。人間ではなく理不尽で恐ろしい神様になら、恵を連れ去られても仕方がないと諦められるんじゃないかと、そう思いたかったのだ。
     だって恵は自己犠牲的で切なくなるほど優しくて、なのに自分自身にだけは優しくない子だから。そういう子は神様に見初められ、早くに連れて行かれるのだといつだったか聞いたことがある。酷い話だ。でも心のどこかでは仕方がないのだと思う気持ちがあったことは否めない。
     でも今は違う。理不尽で得体の知れない神様なんかより、恵を傷つけながらも大切にしようとしてくれる血の通った人間が良い。恵が存分にわがままを言える人が良い。いるかいないかもわからない存在より、恵を軽々抱え上げられる人が良い。

     だいたい、どんなに津美紀が気を揉んだって、五条の背中でのん気に寝息を立てている恵が答えなのだ。こんなに間近で喋っていてもぐっすりと眠ったままの恵のあどけない寝顔が可愛くて、少し憎らしい。そこは恵にとってそれほどまでに安心できる「大丈夫」な場所なんだって分かってしまうから。本当に見せつけてくれる。
     津美紀の視線に気づいたのか、五条があやすように軽く肩を揺らしながら「恵って結構寝汚いよね」と笑った。
    「可愛いでしょ」
    「……まぁ、そうかも」
     五条がぼそっと言う。津美紀は五条の耳がほんのりと赤くなっていることに気づき、嬉しくなった。この人、本当に恵が可愛いんだ。

    「ねぇ、五条さん。今日のご飯は何にする?」
     津美紀がいたずらっぽく尋ねると、五条が共犯者めいた顔で笑う。
    「まずは定番のピーマンとかどう? あ、でも恵って『甘いもの苦手なんで』とか言いそうな顔してるからカボチャの煮物いってみる?」
     恵のモノマネだろうか。スンとした表情を作った五条が恵にちょっと似ていて笑ってしまった。
     二人がそんな相談をしているとも知らずに、恵は五条の肩に安らかな寝顔を押しつけている。むにっとつぶれた円やかな頬が可愛らしい。よだれが垂れそうなのは五条には黙っていよう。
     今日の夕飯は何にしようか。恵の好きなものをたくさんと、苦手そうなものを少しだけ。スーパーに向かう道のりがこんなに楽しいのはいつぶりだろう。津美紀は足取りも軽く、一歩踏み出した。

     恵はパプリカが苦手だと知れたのは、五条のおかげだと思う。自分たち二人だけなら、たぶんそれを食べる機会なんてなく、こんな何とも言えない表情で口をもぐもぐさせる恵を見ることもなかったかも知れない。
     ケタケタ笑いながら恵を連写している五条は大人げの欠片もなく、もちろん得体の知れない神様めいた笛吹男になんて全く見えなかった。

     後日、五条の携帯の待ち受けが豚のショウガ焼きを食べてほんのり頬を緩めた恵になっているのを見かけた津美紀が、いよいよ「弟さんをください」ルートが真実味を帯びてきたなと嬉しいような寂しいような気持ちになったのは、また別のお話。

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    とふゆ

    DONE津美紀視点の五伏(未満)
    津美紀と五条が喋っていて、ショ恵は寝てる。
    五伏左右相手ド固定が書いた後に五伏になる五と伏なので五伏です。

    弟をとても大切に思っている津美紀は、突然現れた胡散臭いほど綺麗な顔立ちの男がいつか恵みを連れて行ってしまうのではないかと内心怯えていて……。

    ※web再録『今日をおしえて』内の「トイレットペーパー革命」後の話ですが、そちらを読んでいなくても特に影響はありません。
    彼とあの子「五条さん」
     うん? と振り返った五条の視線が宙をさまよう。思い出したように視線を下ろす様を見て、自分はもとより彼の眼中にないのだろうと津美紀は思う。
    「なぁに? 津美紀ちゃん」
     五条の口元が一瞬で笑みの形に変わる。真っ黒な眼鏡で隠されたままの瞳はどんな表情を浮かべているのだろう。津美紀の目線に合わせるように膝を折った五条を見つめながら、津美紀はもう一度固い声で男の名を呼んだ。
    「五条さん」
     軽く首を傾げた五条がサングラスを親指で持ち上げた。露わになった宝石のような瞳が津美紀の瞳とかち合い、瞬き、ふと表情を改めた。そしてサングラスをはずし胸ポケットに納めながら、五条が問う。
    「どうしたの。津美紀ちゃん」
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