星明かり、銀の夜夜が落ちている。
そう思った。
「あの、大丈夫ですか?」
部活動を終え、中学校から帰宅した少年は、家の前に倒れている全身黒づくめの男に声を掛けた。
呼び掛けても返事はなく、恐る恐る揺さぶってみたが反応がない。
「とりあえず、救急車……」
鞄を探ってスマートフォンを取り出し、電話を掛けようとしたときだった。
倒れていた男が突然起き上がったかと思うと、襲いかかってきた。
「ひッ……!」
顔を掴まれ、恐怖で喉が引き攣る。
「誰か、ッ!?」
悲鳴をあげようとした唇に、男の唇が重なった。
* * * * *
マスターを殺したのは、召喚されてすぐだった。
その手に触媒となった遺物を見た瞬間、殺意が噴き上がった。
従おうとしない自分に対して主人である人間が絶対命令権を持つ令呪を行使してきたが、自らの宝具で以って抗い、全て令呪を消費させたあと手を下した。
マスターのいなくなったサーヴァントは、座に還るのみだ。
自らの手に遺物を取り戻せただけで満足だった。
だから、消えても良いと思ったのだ。
「ぷはッ!やめ、うぅ……!」
ぴちゃりと艶めかしい水音が聴こえる。
舌に触れる甘露のような魔力に酔いしれる。
枯渇した仮初の体に染み渡る心地よい魔力だった。
「はぁ、はぁ……」
「君、誰」
意識がはっきりしてくると、現在の状況が意味不明だった。
腕の中にはとろんと意識朦朧の少年。
口の周りは唾液で濡れ、体には魔力が巡り全回復していた。
おそらくこの少年が潤沢な魔力を所持しているのだろう。
「魔術師?」
「まじゅつし、ってなに?」
尋ねると、少年は初めて聞く言葉のように繰り返すだけだった。
魔術師でもないのに膨大な魔力を有する凡人に男はふむと頷く。
「君、名前は?」
「……?明浦路司です」
こてんと首を傾げながら名乗る。
ぼんやりしているせいだとはいえ、素直に名前を答えるとは危なっかしい。
だが、彼の持つ魔力は魅力的だ。
「僕は」
そこまで言って言葉を切る。
そもそも最初から聖杯戦争に参加する気はなく、マスターを殺して消滅を待つ身。
真名を告げても良いが、なんだか面倒になってきた。
「キャスターと呼んでくれたらいい」
「キャスター、さん」
星明かりの下、ふたりは出逢った。
聖杯戦争の終結まであと七日の夜だった。