マグロにご奉仕「ちょ、ちょっと。千空ちゃんっ」
「ぁ？」
煩わしそうに千空が顔を上げる。
「お腹壊しちゃうから、おへそ舐めないで」
「賭けに負けといて注文が多いなぁ、料理人か？てめぇは」
「ぐぅ」
悔しげに彼は口を尖らせる。
「マグロよろしく、ご奉仕されてろ」
千空は勝者の権利を行使した。

なんでこの病室5階なんだよ、エレベーター待てなくって駆け上がったわ病室の引き戸は勢いよく開け放たれた。
真っ青な顔で病室を見回し、6人部屋の窓際に目当ての男を発見する。
「千空ちゃん？どしたの、そんなに汗掻いて」
どかどかと部屋を進んでベッドの傍に来客用の丸椅子を持ってきて陣取った。
「事故ったって聞いた」
「あぁーめんご」
安堵に眉が下がる。

科学王国の王様は格好いいゲンは壁一面に貼られた写真を眺めていた。ふと一枚の写真に目を止めて、じっと見つめていると後ろから声を掛けられた。
「それ、ゲンならどんなタイトルをつける？私は『黄昏』と思ってるんだけど」
南が会心の一枚よと笑う。
「俺なら…『永遠』かな」
太陽の沈み切った黄昏時に紛れる後ろ姿。

居ても居なくてもテメェの存在感はデケェな(移香はたぶん花の香り薬品の調合がひと段落したところに、スイカがラボを覗き込んだ。
「アレ？」
狭いラボを見回して首を捻る。
「どうしたんだ、スイカ」
薬品を一つ一つ確認しながら棚に戻していたクロムが尋ねる。
「ゲンがいると思ったのに。居ないんだよ？」
千空は少女の疑問に合点がいって苦笑いを浮かべた。

「こちとら初心者なんだ。たりぃことしてんじゃねぇーよ」ゲンとキスをする仲になった。
朝起きてキスをして、出掛ける時もキスをして、人目を忍んでキスをして、夜寝る前にキスをする。
「どうかしたの？千空ちゃん」
「なぁ、キスってABCのAだよな？」
「ぶふっ。そ、そうだねー。一般的には」
「次に進むのは、いつだ？」
「そ、そのうち、ね」

ああ、こいつのこと好きだなと千空は自覚した。石神千空は七色の虹を見たことがない。
一応、一般的に虹が七色なこと、赤から青に移り変わるグラデーションなのは理解している。各々の色も認識できる。でも、七色の虹を感じたことはない。むしろ、赤と青の二色でも間違っていないだろう？
「まぁ、虹が綺麗だってことが分かればいいんじゃない？」

「クスリ、飲んだ？」「、忘れてた」「千空ちゃん、そゆとこあるよね。呑ませたげよっか」千空が風邪を引いた。
早い段階でPC を覗くのを諦めたので熱は上がらなかった。
だが、だらだらとだるい時間が続き、部屋の静けさが気になり出した頃。
コンビニ袋を下げて、ゲンがやって来た。
どうやらラインのメッセージを気にして見舞いに来たようだ。
先程までの寂寥感は消え失せていた。

「させねぇって、かっこいいね」「うっせぇーわ」ゲンは岐路に立たされている。
此処が分水嶺ということか。
差し出された手を取れば、まだ一緒にいることを許される？こんな俺でも？
「まぁーた、ぐちぐち考えてんだろ。いいから来い」
ゲンの躊躇を飛び越えて掴まれた手首。
「後悔なんてさせねぇ。来いよ、ゲン」
滅多に呼ばれない名に頷く。

天使に叩き起こされたゲンの目の前に自称死神がいた。
黒服を着て青白い顔、見るからに死神然としている。
そして、とても礼儀正しかった。
名刺、貰った。彼は尋ねた。
「やり残したことは？」
ないと答えようとして躊躇する。
「キス、したかったかも…」
「そうですか」
『んなの、いくらでもしてやるわ‼︎』