ヴァンパイアキッス 説明としては……ハロウィンなのに、お菓子をあげなかった故に悪戯を受けているというか、受けようとしている間際なのか……。
両手首を赤く塗られた爪の両手にそれぞれ掴まれて、ハイライトが存在しない緋色の目に見降ろされながら、近侍に馬乗りされている。
「ど、退こうぜ……!?」
「無理。」
何で!?掴まれた手首をどうにかして解放しようと、動かしても本刀はそんなに力を入れてないのにも関わらず、私の手は一切動く気配が無い。
寧ろ、手首を自分で捻って自分で痛くしてる。多分、赤くなっている。
「そんなに力入れてないけど。」
「嘘だろ!?絶対、力加えてる!!くっそお……この脳筋!」
カンストして結構経ったけど、未だに誉を取りまくる私の自慢の初期刀で、近侍で、愛刀な加州清光は、その綺麗な女の人みたいな顔を歪める。
両手で掴んでいた両手首が、いつの間にか左手だけで掴まれて加州の右手が空く。その右手が組み敷かれている私のおでこに近づけて、デコピンをした。
「脳筋じゃないし。それって、国広達の事を言うんだろ?」
「痛い!!お菓子、後でちゃんとあげるから退けよ!!」
予想してお菓子を用意してたのに、見事に加州の分だけお菓子が無かった。もう、その瞬間この世の終わりだと思ってしまった。
「ハロウィンは、今日である10月31日だよね。今からお菓子を用意すんの?深夜11時回っているのに?」
「何で、お菓子だけでこの執着?!いつもはそうじゃない癖に!!」
「え、ハロウィンだから。」
「意味分かんねえ!?」
正直言って、押し倒されて好きな相手に馬乗りされているなんて、恥ずかしすぎて死にそう。寧ろ、今すぐに大泣き出来る程である。
幾ら暴れても、でかい岩みたいに動かない。梃子でも動かぬ……。
「『トリックオアトリート』。『お菓子をくれなきゃ、悪戯するぞ』だろ?」
「そうだね!まだ、鶴さんみたいな悪戯が良かったです!!隊長!」
ハロウィンだったら、仮装するのが一般的。だから、加州も仮装をしている。他の皆も、魔女だったり狼男だったり、色々な仮装を今日はしていた。
ウチは黒猫の耳だけ付けて、お菓子を配り歩いた。それに皆からもお菓子を貰ったりもした。
って、言うか……本当に悪戯する人っていないでしょ?いや……悪戯しようとしている奴が目の前にいたわ。
「じゃ、じゃあ、ウチの貰ったお菓子全部あげるから!!」
「いらない。」
「何でえええええええええええええ!?」
加州の仮装は、黒いマントが特徴的な仮装では一番有名なーー吸血鬼・ヴァンパイアであった。
ヴァンパイアと言えば、マント以外に特徴的な牙。主食である血を吸う為の牙。加州のは自前で、作り物の牙を付けてはいない。
「いらない。」
「うえ!ちょっ、待っーー、」
掴まれたまま緋色の瞳が近づいてくる。思わず顔を背けるが、加州の整った女性みたいな顔が私の首筋に埋まってくる。
首筋に今まで感じた事のない、柔らかい感触が皮膚の上で這いずり回ってくる。
「ね、ねえ!」
「黙ってる。」
血行の形の良い唇から、加州は自分の八重歯を見せてくる。さっきまでは唇だけを皮膚に擦り付けていただけなのに、遂にはその八重歯が首筋に当てられる。
吸血鬼程ではないが十分尖った八重歯は、突き当てられて痛みが生まれる。このまま、皮膚の下にまで食い込むのではという位。
「痛い……!」
変な感触で、自分の体が熱くなるのが分かる。息も若干、上がっているんじゃないかって。
生まれた痛覚を訴えると、顔が離されて赤い目と合う。
本当は擽られるんじゃないかって、思っていた。でも、コイツの悪戯は違う。
「擽るとでも思った?手首を掴んでいる時点で分かるだろ。」
「……何だよ!コレ、悪戯じゃねーし!!」
「今の俺はヴァンパイアなんだから、ヴァンパイアらしい悪戯をしてるだけだから。」
ワザとらしく、また顔を近づけてくる。耳元に唇を付け、声を低くして私に囁きかける。
加州の口が耳から離れるのでは……と期待していたのに、それは無く、そのまま耳の裏を舐められる。
背中がぞくぞくする。舌が下から上へと舐め上げられると、背中が不随意に浮く。
「何、感じてるの?へんたーい」
顔は耳からまた首筋に下りていき、今度は八重歯以外の歯で噛みつき始めた。甘噛み。痛みは後に引く程じゃない、軽い物。
執拗に唇が当てられる。一か所を重点的に、そこしか狙っていない。
強く吸われたかと思えば八重歯で噛まれ、唇が離れてくれたかと思えば密着されーー挙句には舌で舐め上げられた。
また、背中がぞくぞくして勝手に動く。しかも、自分の声じゃない普段よりも高い声が出そうになるし、もう、漏れているのかもしれない。
何を思ってこんなことをしてくるのか、のぼせている頭では考えが出て来ない。
「も……もう、止めて……。」
自分じゃない様な声が出ている事への恥ずかしさが、そして好きな人に漫画の様な事をされている事が、私の体を熱くさせる。
熱くなるだけならどんなにいいか、頭まで微かにだけど痛くなる。
これ以上は自分が壊れそうで、止めて貰う様に懇願した。今にも涙が出そうである。
「何、これでギブアップ?ねえ、こんな事で恥ずかしがっていたり、感じていたら先の事なんて出来やしないな。そんな事したら……アンタ、死にそうだ。」
やっと、離れてくれた顔には満足そうだけど、何処か不満そうな矛盾した表情を出していた。
悪戯のレベルじゃない!僅かに乱れた呼吸を正しながら、睨む様に馬乗りの近侍を見るが、効果はいま一つ。知ってた。
手首の拘束感が無くなる。加州の手から、解放された。自由に動けるようになったのに、体は動かない。
まだ加州の体は退いてないから、体幹は動かせれないけど上肢は拘束するものが無くなった。
のにも関わらず、力が抜けてしまったのか掴まれていた時の状態そのままで、凄く重いと感じた。
安心感から、眠気が襲ってくる。瞼が重く、閉じてしまいそうになる。あいつは私の上に跨っているのに、寝るなんて本当に馬鹿なのかもしれない。
でも、私は眠気には一度も勝った事が無い。という事は負ける事は必然で、案の定その状態のまま私は意識を手放した。
「お休み、主。いい夢を見なよ。」
――――
静かになった審神者の部屋。時計の針の音と、男が跨っているにも関わらず寝てしまった審神者の寝息しか特に聞こえる物はない。
彼女の近侍である加州清光は、彼女を押し倒した状態のまま彼女の髪を梳く様に撫でる。
「綺麗に付いたな……。」
彼女の首筋には、赤い模様が色白の肌に咲いていた。白いが故に赤が目立つ。ここまで目立つとは、加州は思ってはいなかった。
審神者の甘い声、唇が触れて、舌を這わせた時に浮かんでしまう背中。そのどれもが加州を興奮させて、満足させる。
このままその先である情事にまでいってしまいそうであった。だが、彼の良心が彼を踏み止め犯す事を止めた。それでも、審神者には影響が大きかったらしい。
悪戯は建前。確かに悪戯もあるが、本丸以外の男にお菓子を貰っていた事に腹が立っていた。その腹いせに彼女を虐めた。
危機感が無い。そんな事はいつもの事だと、近侍である加州は理解しているものの、だからこそ、何かあった時が一番怖い。大切であるから。
「まるでも何も、『ヴァンパイアキッス』だな。」
主である彼女の唇に、自分の唇を乗せる。
柔らかく、ふっくらとした唇。加州が自身の唇を押し付けるごとに、彼女の唇はへこみ彼の唇を受け止める。
一回でも触れてしまえば、何回でも触れてしまいたくなる。
これ以上は、折角、気持ち良く寝てしまった彼女を起こして続きをしてしまいそうになる。彼女は経験がないのに。
「俺も寝ようかな……満足したし。このまま、隣で寝てもいいよね。」
彼女の上から体を退け、彼女の横に体を倒す。添い寝の様な隣に勝手に寝たら、次に起きた時どんな顔をして驚くのだろうか。
分かる事は、開口一番に「何で!?」と出てくるだろう。
想像しただけでも、自然と口角が上がる。容易にその光景が浮かぶ。それ以前に、首筋の光景を見たらどんな反応するのか。
数時間後の未来で起こる事を楽しみに、加州は彼女の額に自分の額を合わせる。
来年は、どんな悪戯をしようか。