贈り物には不十分 夕方、日暮れ。ロナルドは本日既に五回目となるメッセージチェックをし、幾度目か分からない溜息を吐いた。
送り主は恋人たる吸血鬼。内容が憂鬱だとか、そういうことではない。むしろ、恐らくそれは喜ぶべきものであるはずだった。それは恋人たる吸血鬼からの呼び出しの言葉。来ないかと誘いの言葉はあっても、誘いに応えるかどうかは常にロナルドに委ねられているというのに、今回ばかりはそうではなかった。日付、時間が指定されているばかりではなく、必ず来るようにと付け加えられた文章を、一週間前から既に送り付けられていた。
(――何を企んでいる?)
何の為にと問う文章には誤魔化しの言葉しか返ってくることはなく、とにかく来てほしいの一点張り。どうしても外せない用事がある訳でも無ければ、一応向かってやるかと気に留めてはいた。
当日になったとはいえ、指定の時間にはまだ余裕がある。それでも、結局いてもたってもいられず、ロナルドは事務所を発った。その呼び出しの内容に頭を悩ませたまま。
単なる気まぐれ? 否、それならば一週間も前から指定もしないだろう。
ゲームの新作? 否、それならばその旨も書いているだろう。
遂に俺を罠にでも? 否、それならばそれらしい煽り文でも添えるだろう。
別れ話? 否、そうではないと信じたい。
◇◇◇
また一つ、新たに溜息を吐き出して顔を上げた先には、見慣れた扉が行く手を塞いでいた。余裕はあった筈だというのに、考え事をしながらとなれば足取り重く、そこに辿り着いたのは思いの他、ちょうどいい時間となっていた。
深呼吸をひとつ。大きく息をして、その扉に手をかける。ぎぃ、と重い音がして、扉が奥に向かって押し開けられた。
押し開けた城の中は、闇。人の目では見通せない闇で城内は満たされ、歩き慣れた筈のその場所も趣が違って感じられる。
「――ドラルク?」
思った以上にか細く響いた声が聞こえたか、ホールの奥で何かが動く気配がした。
――パァン!
軽い破裂音。戦いに慣れた身体は咄嗟に身を引き、利き手は懐の銃を掴む。音の発生源を耳で探り、銃口を向けようとした――瞬間。
「お誕生日おめでとう、ロナルドくん!」
突然灯った光に目が眩む。幾度か瞬き、慣れた視界が最初に捉えたのは、使用済みのクラッカーを手に、満面の笑みを浮かべる吸血鬼。その背後には巨大なケーキ、大量の皿とそれに被せられたクロッシュが並び、微かに香ばしいソースの香りが漂っていた。
「え、な、おま」
「そんなに驚いた?」
するりと近づく吸血鬼には敵意など欠片もなく、不思議そうに覗き込む顔は楽しそうに笑んでいる。そんな相手に銃を向ける気など起こらず、結局懐で握り込んだ指は静かに離された。
「だ、なん……なんで」
「そりゃ、君が今日誕生日だって聞いて」
「だれから」
「ロナルドウォー戦記の作者プロフィール」
「そりゃ……わかるか……」
どっと緊張が解け、崩れ落ちそうになるのを必死で耐える。ぐるぐるといろいろ考えていたのが馬鹿みたいで、ついでに日付で検討もつかなかったことにまた溜息が増えた。
「……嫌だった?」
首を横に振る。嫌な筈がない。期待もしていなかった祝いの言葉を、これほどに盛大に浴びせかけてくれたのだから。皮肉も、打算もなく、ただそうするのが当然だと言わんばかりに豪勢で、食べきれない程の食事を用意し、笑顔で迎えてくれる吸血鬼のことが好きだと、改めて実感してしまった。
「……今日は何してくれんの?」
帽子を脱ぎ、マントを手渡し、楽な恰好で席につく。漂う香りが鼻腔を擽り、腹の虫が鳴って初めて、今日の食事をまともに取っていないことに気付かされた。
「君の好きなものをお腹いっぱい食べてもらって、ケーキも用意してる。一応プレゼントも用意したし」
「プレゼントはわたし、とか言い出すんじゃねぇだろうな」
いそいそとクロッシュを取り去り、食事の準備をしていた吸血鬼の視線がこちらを向く。驚きに見開かれた目が、嬉しそうに細められた。
角にぶつからないように、丁寧にテーブルを回り込み、背後に立った吸血鬼の腕が、緩やかに俺の体へと回される。
「なぁに、そうしてほしい?」
耳元で囁かれた声は随分と甘く柔らかい。視界に入ってはいなくても、うっとりとした表情が目に見えるかのようだった。
「残念ながら、それはできないけどね」
「は?」
望むところだと返そうとして、当然のように返された台詞に言葉を失う。一瞬頭をもたげた不安は、しかし次の言葉が全てかき消していった。
「だってもう、私は君のものだもの」
首筋に残る傷跡に口付けられ、身体が僅かに震えたのは気付かれただろうか。噛み付くでもなく、舐めるでもなく、ただ唇をゆっくりと押し付けるだけのキスが、今はやたらと心に落ちた。
「誕生日じゃないとあげられないだなんて、そんなものじゃないでしょう?」
「なら、言い方変えるわ」
既に差しだしているつもりならちょうどいい。元よりそのつもりだったかもしれないが、このくらいの望みはどうってことはないだろう。そう笑って囁き返す。
伝わってきたのは驚きと、喜びの気配。小さなリップ音を立てて離れていった吸血鬼の背は、思っていた以上にご機嫌だった。
『これからの分も、全部よこせ』
そんな一言だけで機嫌がよくなる恋人も、その様子を見て満足感を得る自分も、すっかり互いに溺れているものだと笑みを浮かべる。数か月も前の自身であれば、信じることもないだろうこの心を知ってしまったのは、果たして良い事だったか、悪い事だったか。
差し出されたグラスを受け取り、注がれた飲み物をゆるりと揺らす。ブラッドワインを注いだ吸血鬼のグラスが差しだされ、触れ合った硝子が小さな音を立てた。
そう、そんなことはどうでもいい。せっかくの特別な日、恋人が整えてくれた特別な時間。今はそれだけに心を向ければいい。
「誕生日ってのも悪くねぇな」
「私が用意したんだから当然でしょ」
そう笑いあうこの時間が幸せで、嬉しい。そう思えることが楽しい。そんな事は、言葉にしなくてもきっと伝わってしまっている。それが恥ずかしくもあり、結局のところ嬉しくもあった。
来年も、きっと。そう思って合わせた視線が交差した。ああ、そうだ。先を考えるのはまだ早い。今日という一日を終わらせるには、まだまだきっと、早いんだから。