無題 ぼふ、と。突然自分の上に降ってきた重みでのろのろと目を開ける。部屋は既に電気を落としきっていて、夜中も夜中という時間だ。一体何が起こったのか、と上体を上げきれないまま斜め下に目線を落とすと、暗闇の中でも目立つ白っぽい髪が浮いて見えた。
「あお、―んぶ」
あおい、と呼ぼうとしたその時、自分の上に寝っ転がっていた葵が身動ぎをして、再び布団の上へと転がされた。成人済み男性が上に乗っかってくるのは、いくらなんでも重さ的にきついものがある。抵抗するのはやめて、四肢をぶらりと脱力させた。
そういえば、葵は今日撮影していたドラマのクランクアップがあると話していたような気がする。大人気で二クールも放送があるドラマも、もうそんな時期かとぼんやり思った。おおかた撮影後に共演者や監督に誘われて飲みに行ったのだろう。あの監督、酒豪って噂だからな―と、普段はこんな潰れ方をしないであろう真面目な幼馴染の髪を、指で梳いた。
「―ぅ、」
小さな声で唸った葵を見て、ぴたりと手を止める。どうやら落ちた意識が戻ってきたらしい。
「あーおーい、ここ、葵の部屋じゃないぞ」
「嘘だ…」
「嘘じゃないぞ」
ふにゃふにゃとした声で返事をする彼を見ていたら、思わず笑いが零れた。
「よく見ろ。俺が寝てるだろー」
「…うん?あらた?」
「はい、新くんですよ」
どうやらこちらの存在まであまり認識していなかったらしい。無意識に俺の部屋に入ってくるなんて、なんて奴だ、と頬をぺしぺしと叩く。無意識に侵入してくるくらい葵の中で俺の部屋が生活圏内になっていることに嬉しさを感じないでもないが、上に乗っかられるのはどうも重くて困る。
「葵、風呂は?」
「ふろ…」
「シャワー浴びた?」
「明日、はいる…」
いつもの『王子』とはかけ離れた姿に、これはファンには見せられないなあ、と心の隅で独りごちる。せめて服がシワにならないようにと葵の着ていたジャケットを脱がせようとすると、自分で起き上がって緩慢な動きでジャケットを床へと落とした。いつもの葵ならここでしっかりとハンガーにかけるのだろうが、今は生憎そうもいかないらしく、そのままのそのそとベッドの方へ這い戻る。起きてからハンガーにかけなかったことを後悔するのかな、俺のせいじゃないからな―と心の中で唱えて、ベッドに戻る葵のために掛け布団をめくって場所を空けてやる。こうなったら意地でもここで寝る気らしい。頑固なのは相変わらずだ。うう、と唸りながらベッドに上がる葵を見て、面白さで笑ってしまう。その笑いに反論する気力もないらしく、すぐに脱力してうつ伏せになるものだから、慌ててその肩を叩いた。
「葵、化粧は?」
「現場で落とした…」
ほ、と胸を撫で下ろす。そこはしっかりしているらしい。しかしうつ伏せに寝られては、顔が浮腫んで困るのは葵だろう―と、身体をごろんと押してやる。全く、再三言うのもなんだけれど、自分より線が細いとはいえ成人男性を転がすのはかなりしんどい。ひと仕事終えたと言わんばかりにふうとため息をついて、己の身体もスプリングへと沈める。二人分の体重でぎしりと鳴るベッドも、もう慣れたものだった。
いつもは葵が俺の世話を焼いているのに、今の状況だと全くの逆だ。改めてその大変さを知ると、幼馴染はすごいなあ、と思う。
「あおいー?いつも俺の世話、大変だな?」
「うぅ、」
「…いつも、ありがとう?」
「…」
絞り出した声のその次は聞こえなかった。どうやら意識はもう夢の中らしい。疲れきった幼馴染の頭をそっと撫でながら、自分も布団を被り直した。