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    matsuge_ma

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    matsuge_ma

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    学校に二人が迎えにくるドタバタバカラブコメ

    ソルティスのAiと不霊夢が遊作と尊を迎えにくる話「ゲッ」と尊が呻き声を上げたのと、ざわめきが遊作の耳に届いたのはほぼ同時であった。
    「なんでいるんだよ……ソルティスでは絶対学校に来るなって言ったのに~……」
     尊は唸りながら小さく地団駄を踏んで、遊作のブレザーの袖を掴む。まるで黄色い悲鳴から身を隠そうとするように擦り寄ってくるので、遊作は少しよろけた。尊は「あ、ごめん」と一言謝罪したが、それでも掴んだ袖は離さない。助けを求めているようだ。しかし実際のところは遊作も尊と同じような状況なので、なんの手助けをすることも叶わないのだった。
    「ねえ遊作、知らんぷりして裏門から帰らない?」
     掴んだ袖をぐいぐいと引っ張り、遊作の身体を揺らしながら尊が小声で言った。制服がシワになるからやめてくれ。そう言ってやろうとしたが、結局その文句は音にならずに再び遊作の喉を滑り落ちていった。掴まれてシワになりかけている制服より、ぐわんぐわんとゆすられる自身の身体より、校門で注目を浴びている二人の美丈夫(以前草薙がそう表現した)からどう逃げ果せるのか、そちらの方が重要な課題だったからだ。顔に出ていないだけで、遊作はずいぶんと焦っている。
    「……そうするか」
    「うん。絶対その方がいいよ」
     遊作は伏せた顔を少し上げ、ちらりと校門の方に視線をやった。遊作や尊と揃いの制服を着た女子生徒たちが、長身の男二人を囲んで騒いでいる。
     その男たちがまったく無関係な人物であれば、遊作だってこんなふうに冷や汗をかくこともなく、ただいつものように校門を通り抜けて帰宅するだけだった。だが現実の男たちは無関係どころか、経緯はどうあれ遊作と尊から生み出されたAIで、自他共に認める相棒なのであった。
     
     遊作の尽力によって再び戻って来たAiであったが、それ以降もっぱらソルティス体で生活している。家では元の姿で過ごすことも多いが、日中は草薙の店で接客の手伝いを始めた為、結果的に人型のボディに入っている時間が多くなっているのだ。それを見て非常に羨ましがったのは、Aiと同時に戻って来た不霊夢だった。Aiからソルティスの利便性についてのプレゼンを聞き、数日も立たないうちにあまり大きな声では言えないような手段でソルティスを手に入れた。
     一度地元に戻った尊は、不霊夢が戻るのと同時にデンシティに引き返してきたが、紆余曲折の末高校卒業まではこちらで生活することになり、再度転校してきている。尊が学校へ来ている間は暇を持て余して、結局不霊夢も草薙の店でバイトを始めたらしい。
     随分迷惑をかけているだろうと思ったが、遊作の予想に反して草薙は大喜びだった。弟の仁と二人で切り盛りしているカフェナギは最近一層繁盛しているし、人手が不足しがちだったためだろう、と遊作は見当を付けていたのだが、草薙が喜んでAiたちを雇っているのには、もう一つ理由があったのだった。どうにも二人を使うと女性客が増加するというのだ。
    「イケメン様様だなあ、予算比三五〇%!」、と電卓を弾きながら笑う草薙に遊作は首を傾げたが、隣で未来永劫無料サービスになったコーヒーを飲みながら話を聞いていた尊は、納得したように頷いていた。
    「中身はともかく、まあ見た目だけは良いですもんね」
    「そうそう、芸能人でもなかなかいないレベルの美形だよ。人間離れしてるっていうか……いや、人間じゃないけどな」
     はは、と笑う草薙はいつになく上機嫌であった。その日はAiと不霊夢が揃って店先に出ていた日だったので、よっぽど良い数字を叩きだしたのかもしれない。
     
     遊作はそのときの二人の会話を思い出しながら、今度はしっかりと顔を上げて校門に立つ二人を眺めた。
     Aiは手ぶらだが、不霊夢の傍らには遠目にも分かるほど恐ろしく派手なバイクが停めてある。車体全体に施されたファイヤーパターンのカスタムが、午後の日差しをギラギラと反射して眩しい。最近の不霊夢は、雑誌や漫画の影響で単車に夢中なのだという。当然ながら免許証は偽造品だが、車体と同じく炎が描かれたヘルメットを小脇に抱える姿は、遊作から見ても様になっているように思える。
     二人とも長い髪を後ろで一つに結い上げているが、不霊夢はタートルネック、Aiは黒いチョーカーで首元を隠していた。それ以外にも、ボディを含め細かなところを調整して、上手い事見た目を人間に近づける工夫をしているのだった。一般的なAiからかけ離れた知能や仕草によって誤魔化されている部分も大きいのだろうが、あれだけ近づかれても気づかれた様子はない。周りを女子に囲まれて、まんざらでもなさそうな態度でにこやかに対応している。
     なるほど、と遊作は思った。確かに、見た目だけならば二人とも随分整っている。遊作は造形的な美醜に疎いが、こうして離れて見てみると、スタイルの良さも改めて分かる。カフェナギでは常連客からアイドルのような扱いを受けていると聞いたが、それも致し方のないことのように感じられた。理想を詰め込んだアバターをそのまま現実世界に持ってきたようなものなのだ、魅力的に映るのも分かる気がする。
    「これ鴻上が知ったらマジギレしそう」
     遊作の隣で同じように二人を眺めていた尊が、うんざりした表情で呟いた。
    「そうか?」
    「しない? できるだけ目立つなってあれだけ言われたじゃん」
     遊作は、目を眇めて静かに怒りを表現する了見を想像した。確かに、怒るかもしれない。
    「SOLーtiSの使用に際しては、倫理に則った節度ある行動を」。了見にそう説かれたのはつい先日である。了見から倫理道徳について諭されるのはなんだか面白いな、と思って遊作は話を聞きながら微笑んでしまい、無言のまま太ももを抓られた。最近、了見は遊作に対して少し雑なのだ。遠慮なく頭を叩いたりもする。
     了見が遊作たちに警告した内容をかいつまんでまとめれば、イグニスの存在が世間に露見しないよう、ソルティスを使用する場合には目立たず、出来る範囲で人間のふりをするか、一般的なAIに成りすますか、どちらかに徹しろということだった。当然、Aiも不霊夢も前者を選択した。闇のイグニス曰く、「Aiちゃんたちはとっても賢いから、おバカのふりをするのは難しい」そうである。
     現状を鑑みると、「人間のふりをする」という点に関しては及第点かもしれないが、「目立たず」という部分は明らかに失敗している。オリジンとして正しい行動は、責任を持って二人を回収することだろう。適当な理由を付けて女生徒たちに口止めし、この場を収められたらもっと良い。しかしどうにも気は進まなかった。ここで遊作と尊が彼らに合流すれば、きっと騒ぎはさらに大きくなる。何より、面倒ごとは御免だという気持ちが、遊作の責任感を塗りつぶしていた。
    「ね、やっぱ逃げよう!」
     尊がまた遊作の身体をゆする。それに背中を押されるような心地で、再度遊作は頷いた。
    「そうだな、行くか」
     しかし、そう言って二人で踵を返したときだった。
     背後から、はしゃいだ声で名を呼ばれたのは。
    「あっ、遊作~!」
    「尊!」
     気付かないふりをして、そのまま裏門の方へ向かって行けば良かった。だが、ざわめきが消え、しんと静まった場の空気がそれを許さなかった。
     無駄に通る声で名を呼ばれ、遊作と尊は素直に足を止めてしまったのだった。
    「うう」と隣で尊が唸っている。
    「せめてあの、田舎のヤンキーの族車みたいなのじゃなかったらまだマシだったのに……」
     泣くのを堪えるように声が震えているが、目に涙は浮かんでいない。どちらかというと、羞恥や怒りから出る震えのようだった。
    「俺、こっちでは地味に真面目に過ごそうって決めてたんだよ……この眼鏡だって、メラ……? なんとかの法則では第一印象は三秒で決まるとか、一番重要なのは視覚情報だから上部だけでもイメージは大事だとかなんとか言って、そういう計画を立てたときに不霊夢が選んだんだし! でもみんなの前であいつに絡まれたら、もうそういうの全部水の泡じゃん!」
    「田舎のヤンキーにパシリにされている優等生という設定にしたらどうだろう」
    「え~……それちょっと格好悪いよ」
    「そもそもあまり優等生キャラは浸透してないだろうから大丈夫だ。こないだの期末試験もギリギリ赤点回避じゃなかったか?」
    「え? なんでそんなひどいこと言うの……?」
     どうにも振り返る勇気が出ず、足を止めたまま小声で適当な会話を続けていたが、そんなことをしている間に二人分の足音が近づいてきた。思わず身体を強張らせる。恐る恐る振り返って視線を背後に向ければ、件のイグニスたちが手を振っていた。女子生徒を置き去りに、そのままこちらへやってくる。関係者以外は校内に立ち入るな。
    「ねえ、遊作ってば! 遅かったじゃん。授業が終わる時間に合わせて迎えに来たのに。あ、もしかして補習?」
    「尊は前回のテストの点が悪かったからな……。もしや成績に関して三者面談の打診でもあったか? 私が保護者として出席することもやぶさかではないが」
     違う、ホームルームが長引いただけだ、と否定しかけて、遊作は口を閉じる。それから小さく息を吐いて、隣の尊と視線を交わした。尊はかすかに頷いたので、遊作は極めて冷たい声を出せるよう努めた。
    「どちらさまですか」
    「人違いです」
     Aiと不霊夢は一瞬きょとんと目を丸くしたが、すぐにその相好を崩した。丸い瞳が面白がるように三日月型に歪み、口角がじわじわと上がる。あからさまに喜色を浮かべた顔に、遊作は「失敗した」と思った。恐らくだが、Aiはこのまま引き下がらない。しかしそれに気づいたときには後の祭りなのだった。
     警戒して一歩後ずさると、それを追うように一歩を踏み出して寄ってくる。にやにやと獲物を狙う猫のように笑んでいたAiは、怪訝そうに様子を窺う遊作を見ると突然眉尻を下げ、わざとらしいくらいに大きく切なげな声を上げた。
    「ええ~っ、どうしたの、遊作ぅ……もしかして昨日、お風呂上りに遊作のアイス食べちゃったこと怒ってるの? それとも朝寝坊して遊作を起こしそびれちゃったこと? それともそれとも、今日のお弁当に嫌いなピーマン入れちゃったこと?」
    「は?」
     遊作は首を傾げた。そのような事実は一切ない。そもそもAiは、アイスどころか物を食べない。ソルティスに嚥下と消化、分解の機能が備わっていないからだ。今日の朝も遊作は一人で目覚めたし、弁当は確かにAiに持たされたものだったが、ピーマンが苦手だということもでたらめだ。何を適当なことを言っているんだ? と問い詰めようとしたが、それを遮ってAiは矢継ぎ早に言う。
    「ごめんね、そんなに怒んないで! 今日の夕飯は遊作の好きなもの作るから、仲直りしよ?」
     ね! と肩を優しく抱かれて、遊作は困惑した。一体どういうつもりでAiが頓珍漢なでたらめを言っているのか、ちっとも分からなかったからだ。
    「うちの今日の夕飯はカレーだぞ、尊」
     隣では不霊夢が自慢げにそんなことを言っているが、尊は「今日も、だろ……」とうんざりしたように返していた。
     気まぐれな不霊夢はマイブームも極端で、気になったことを片っ端から試しては、早ければ数分で飽きる、というのを繰り返しているらしい。最近のブームであるカレー作りは珍しく長続きしていて、尊は二週間ほど延々と不霊夢の手作りカレーを食べさせられているということを遊作は知っていた。今日の昼休みには、弁当箱に詰められたカレーを見て尊は少し泣いていた。しかし「そんなにつらいのならば自分で他の食事を用意したらどうか」と遊作が提案すると、「え……いや、でも一応不霊夢が一生懸命作ってくれてるし……」などと言って不霊夢を擁護するので、変なところで律儀な奴だなと遊作は非常に感心したのだった。閑話休題。
     
     そのとき、突然死角から腕を掴まれて、遊作はぎょっとして振り返った。見れば、先ほどまで校門でAiと不霊夢を取り囲んでいた女子たちが、気づかぬうちに遊作たちを囲むように集まっていた。こんな人数の女子に囲まれたことは未だかつてない。
     強引にAiから引き離された遊作は、女子たちにずいと顔を寄せられ、尋常ではない圧に思わず怯んで蹈鞴を踏んだ。尊も同じような状況であった。何か彼女たちを怒らせるようなことでもしただろうか、そもそも自分たちはさっさとこの場から逃げたいと思っていたがどう出るべきか。考えあぐねていると、彼女たちは目配せをし合い、記憶によるとクラスメイトと思われる一人の女子が遊作の前に出てきた。顔を赤くして前のめり、しかし内緒話をするようにひそひそと小声で言う。
    「ふ、ふ、藤森くん……! あの綺麗な人、藤森くんの知り合いなの? 一緒に住んでるの? アイドルみたいにかっこいいよね?」
    「藤木です」
    「あっ、ごめん。藤木くん、あの人たち、たしか広場に出してるキッチンカーの店員さんだよね? もしかして、お兄さんとか?」
    「あ、兄……? いや……」
     女子はどうやらAiのことを知りたがっている、ということだけは遊作にも分かった。
     しかしどうにも面倒である。遊作とAiの関係は、真実をおいそれと話せるようなものでもない。こういう状況を想定していなかったのは遊作たちの落ち度だが、なんの設定も練っていなかった。
     Aiの方を見てみると、まるで無関係だとでも言うように明後日の方向を向いている。遊作はAiのわざとらしい様子を見て、やっと腑に落ちた。先ほどのAiの頓珍漢な言いようは、きっとこのような状況になることを想定しての発言だったと気付いたのだ。
     言外に同じ家で生活していることを匂わせれば、遊作とAiの関係に興味を持った女子生徒たちが遊作へ押しかけることを予想して面白がっていたに違いない。知らぬ存ぜぬの様子のAiを睨め付けてやったが、どこ吹く風で笑っているのが腹立たしい。
    「あっちのバイクの、すっごくハンサムな人は穂山くんの知り合い!? ちょっと輩っぽい見た目だけど、話してみたら紳士的ですっごく素敵だった……」
    「僕、穂村です」
    「あ、そうだっけ? ごめんね……あの、穂山くん、あの人とどういう関係? 彼氏いる? 私の連絡先渡してもらえない?」
     遊作と同じように突撃された尊は、あわあわと目を回しながらあたりを見渡した。しかし頼みの綱の不霊夢は他の女子との談笑で忙しい様子である。「不屈の霊、夢にあらずと書いて……」といつもの名乗りを上げ、何故か歓声を浴びている。そもそも不霊夢の方も現状を面白がっていたようだったので、これもわざとだろうと思われた。
     尊は、冷や汗をだらだらと流しながら目を泳がせる。女子は特段苦手というわけではないだろうが、了見からの忠告が頭の中でぐるぐると回っているだろうことは遊作の目にも分かった。イグニスの存在がバレないように、目立たず、人間のふりを……。
    「か……関係? ふ、不霊夢は、僕の……えーと……む、」
    「む?」
    「む、息子……?」
    「むすこ……?」
     遊作は思わず尊を見た。尊も遊作を見た。自分でも何を言っているのか分かっていないような、不思議な表情をしていた。
     いつのまにか尊の隣にやって来ていた不霊夢は、「息子か、なるほど、言い得て妙だな」と感心した様子で頷いている。
     
     かすかなざわめきを残してほぼ静まった一帯に、チャイムの音が響いた。
     校舎から出てきた教師が帰宅を促している。そういえば、今日は職員会議がある為、部活も中止にして早めに帰宅するようにと言われていたのだった。
    「お嬢さん方、すまないが私たちはそろそろお暇するとしよう」
     不霊夢は呆然としている尊の手を引き、バイクの停めてある校門へ向かった。抱えていたヘルメットを尊に被せるが、尊は何も言わずにされるがままになっている。
    「じゃあ遊作、俺たちもそろそろ帰ろっか! みんなごめんね~、カフェナギに来てくれたらサービスするから!」
     遊作もAiに腕を引かれて歩き出した。あれほど騒いでいた女子たちはずいぶん静かになって、Aiのウインクに手を振り返す程度にとどまっている。
     Aiは遊作の腕をぶらぶら揺らしながら、調子外れの鼻歌を歌った。何故だかとても機嫌がいい。なんの曲だか尋ねると、「今見てる昼ドラの主題歌! 不倫もの」だと言う。帰ったら説教の後、山ほど文句を言ってやろうと思っていた遊作であったが、なんだかどっと疲れてしまい、結局何も言わずに帰路に着いた。
     
     次の日、登校中に会った財前葵に「話を聞いたわ。相変わらずAiたちととっても仲良しね」と何か含みのある物言いをされて遊作は首を傾げたが、学校では「藤木遊作と穂村尊は未亡人に手を出して義理の息子がおり、家ではすべての世話をやらせている」とか、「地下アイドルの恋人が学校に迎えに来て二人を攫って行った」とか、ずいぶん大胆に脚色された噂が流れているのを知った。
     何がどうしたのか一日で極端に開き直った尊は、「やるせないけど、長い人生こういうこともあるよね」と、達観した顔で遊作の背中を叩いた。
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