Recent Search
    Create an account to secretly follow the author.
    Sign Up, Sign In

    matsuge_ma

    ☆quiet follow Send AirSkeb request Yell with Emoji 💖 👍 🎉 😍
    POIPOI 17

    matsuge_ma

    ☆quiet follow

    了見と草薙♀さん  夏のラッキースケベ
    ※了見以外先天性女体化

    炎昼 今年の夏は酷く暑くなるようですよ。梅雨に入る前に了見にそう言ったのは、確かスペクターだった。
     そのときはあまり気に留めずぼんやりとした相槌を打った記憶があるのだが、今は胸と背中を伝う滝のような汗の不快感に、眉間の皺が深くなるのを止められずにいる。
     暑いどころではない。ニュースによると今年の夏は酷暑も酷暑、ここ数年で一番の暑夏というではないか。昨年は反対に驚くほどの冷夏であったから、そのギャップに心も身体も全くもって追いついていないようだった。
     少しでも涼やかな気分になれるよう、了見さまのお部屋にも植物を増やしましょうね。心なしか機嫌良さげなスペクターは、いつものように品の良い微笑みを浮かべて、了見の部屋に観葉植物を持ってきた。確かに視界の端に緑があるのとないのとでは随分気分が異なるように思えたが、大変申し訳ないことに了見にとっては植物はあくまで植物、人並みに愛でることはあってもそれだけでこの夏を乗り切るほどの効力はない。
     船の中に設けた自室は当然空調設備も整っている。しかし例えば、連日の真夏日を知らせるニュースを目にしたとき、気分転換に風に当たろうと甲板に出て肌を抉るような日差しを全身で浴びたとき、了見の中の少なくはない体力のゲージがじりじりと減っていくのを感じるのだった。
     
    「こんにちは」
     了見が出来うる限りの涼しげな声色で挨拶をすると、ホットドッグ屋の女店主は驚いたように目を見開いた。しかしすぐに表情を和らげ、「いらっしゃい」と微笑む。その笑みを受けて、ほんの少しだけ強張っていた肩の力が抜けたのが分かった。
     この店を訪れる度、「二度と来るな」と追い返される微々たる可能性に、了見はいつも少しだけ怯えている。この店主は絶対にそんなことをしないであろうという確信があるのに、いっそのことそうであったらいいのに、とも思うし、絶対にそうなって欲しくはないとも思う。店に立つ店主に声を掛けるとき、いつも了見の心臓はそわそわと粟立って、微笑みを返されるまで幼子のように落ち着きがない。
     いつもの通りパブリックビューイングの広場に店を構えていたCafeNagiだが、了見以外に客は見当たらなかった。照り付ける日差しに、それもそうかと内心頷く。きっと冷たいものを口にしたくなる人間がほとんどだろう。だがどうしてか、数ヶ月ぶりに船を降りると決めた瞬間に了見の頭に浮かんだのは、この店のホットドッグなのだった。
     暑さに擦り減る神経を癒すには、それこそ他に何かあるはずだろうと、一度はその考えを捨てて思案した。しかしどうしても一番最初に浮かんだそれが消えず、結局こうして久しぶりにこのキッチンカーを訪ねたわけである。
     店主の連絡先は知っている。事前に店を訪れる旨のメッセージを送ろうかとも思ったが、ただホットドッグをテイクアウトするだけだというのにわざわざ連絡をするのは憚られた。他意があるように思われてしまったらと考えたら、了見の手は送り先を入力する前に止まってしまったのだった。
    「来る前に連絡くれたら良いのに。遊作と尊、ついさっき買い出しに行っちゃったんだ」
     草薙が言う。残念そうで、ほんの少し呆れたような声色に胸がこそばゆくなる。了見はかぶりを振った。藤木遊作と穂村尊、そしてそれぞれが相棒と称するイグニス達とは、できるだけ顔を合わせたくない。彼女達に捕まると、非常に長くなることが分かっていたからだ。もともと自由時間はあまり多くない。この後は再び仲間達と合流して、また船に戻らねばならない。
    「構いません。彼女達に用があったわけではありませんから」
     一瞬だけきょとんと目を丸くした女店主は、からかいを含んだ表情で首を傾げる。
    「じゃあどんなご用事だったのかな」
    「特別なにも。ただ、行きつけの店の味が恋しくなったので」
     これは別に、嘘ではない。むしろほとんど事実と言って良かったのに、草薙は何故か社交辞令と受け取ったようだった。可笑しそうに笑って腕まくりをする。
    「なら気合を入れて作らないと。ご注文は?」
     どうせ信じて貰えないのなら、「あなたに会いに来ました」とでも言えば良かった。そうしたら、いつもすぐに平静さを取り戻してしまう彼女の顔色も少しは変わったのかもしれない。了見はそう思ったが、結局余計な一言は添えることができなかった。
     草薙の顔を見たかったのも事実なのである。気の良い店主と他愛のない話をするこの時間は、初めてこの店のホットドッグを食べた日から、了見にとっては非常に重要な時間だった。彼女は聡い人で、了見が踏み込んで欲しくないラインを見極めて、絶妙な距離感で接するのが上手い。それは互いの正体が分かってからも同様だ。だからこそ、了見はこういうときにこの場所に来ることを真っ先に選んでしまう。
    「ホットドッグを一つ。それから、アイスコーヒーを……Lサイズで」
     差し出されたメニュー表を眺めながら言ったものの、注文は事前に決めていた。ホットドッグは定番のプレーン、コーヒーは普段Mサイズを頼むことが多いが、今日はあまりの暑さにサイズアップした。
     草薙は「了解」と軽く返事をして、鉄板の上にウインナーを並べ始める。ジュウ、という肉の焼ける音が、耳から入り込んで了見の脳を溶かしていくようだった。暑さに足元がふらつく。汗が顎を伝って落ち、パタパタと地面を濡らした。
    「……こうも暑いと大変でしょう」
     対面しているだけでも鉄板の熱が伝わってくるのだから、調理をしていればなおさらに違いない。だが草薙は笑みを浮かべたまま、首にぶら下げたタオルで汗を拭った。癖の強い髪の毛が湿っている。キッチンカーの中は冷房が効いているのだろうが、鉄板の前ではあってないようなものなのかもしれない。
    「本当だよ。商売上がったり。ドリンクはそこそこ出るけど、こんな天気の中で熱々のホットドッグを食べたいっていう物好きはあんまりいないもんな」
     言外に目の前の客を物好きと指摘して、揶揄するように笑う。少し恥ずかしくなって、了見は視線を逸らした。
    「そうですか?」
     草薙は「そうだよ」と頷く。そうか。そうなのか。茹だるような暑さの中、了見はぼんやりと思う。確かに自分は物好きなのかもしれない。だって、久しぶりの休みに、こんなに暑い中、トングがウインナーを転がすのを見ているなんて。
    「あんまり客足が少ないから、かき氷でもメニューに追加しようかって遊作と話してたところなんだ。どう思う?」
    「良いんじゃないですか。粗利率も高そうだ」
    「そうなんだよね。でも今どきは普通のかき氷なんて売れないかな? そっち方面のリサーチがまだ足りてなくて……何か少し工夫しないといけないかもね」
     ミンミン蝉が鳴いている。相変わらず、了見の他には客が来ない。
    「今日もテイクアウト? 時間あるならここで食べていかない?」
     焼き上がったらしいウインナーをバンズに挟みながら、草薙が言った。
    「良かったら新メニュー試していってよ。また感想聞かせて貰えると嬉しいんだけど」
     了見は一度口を噤んで考えた。あまり時間に余裕はなく、買い出しに行っているという彼女たちが戻る前に退散したい。しかしもう少しゆっくりしたいという気持ちも少なからずあったし、何より──どうしてか、彼女の申し出を無下にできたことはないのである。
     結局了見は、草薙の提案を受け入れることにしたのだった。
    「では、お言葉に甘えて」
     
     日除けに設置されたパラソルの下で、了見は耐えられずに上着を脱いだ。汗に濡れて身体に張り付くTシャツが不快だが、もはや致し方ないことである。
    「はい、お待ちどおさま! ホットドッグと、新商品のフライドポテト、コンソメ味とのり塩味」
    「ありがとうございます」
     トレイで注文の品を運んできた草薙は、珍しく後ろ髪を黒いヘアゴムで括っていた。ヘアアレンジと言えるような洒落っ気のある結び方ではなく、単純に邪魔だからまとめたのだろうというのがすぐに分かるような有様だった。尻尾のように後ろでぴょこんと跳ねている。さっきまでは首にタオルを巻いていたが、調理が終わってから外したらしい。
     普段は襟足で隠されている項がちらりと覗いていて、了見はなんとなく目を逸らした。見てはいけないものを見たような気分になってしまったのだが、項など特段隠すようなものではない。暑さのせいか、思考までもがぼんやりと火照っている気がした。
     言い訳をさせてもらえば、その為なのだ。暑さのせいで、咄嗟に動くことができなかった。
    「コーヒーも……っと、お、」
    「あ、っ」
     目の前で草薙が躓くのを見た。
     いつもならば、トレイを受け取り彼女の身体を支えてやるくらい、造作もなくできたはずである。しかしそのときの了見は、咄嗟に最善の行動を取ることができなかった。自身に向かって倒れ込んでくる草薙の身体を支えるので精一杯で、降り注いでくるアイスコーヒーを避けることができなかったのである。
    「あ、あ〜っ!」
     店主が叫ぶのと、了見の腹から下にコーヒーがぶちまけられたのはほぼ同時だった。一気に水分が服に染み込んで、氷が地面に落ちる。あまりの冷たさに心臓が大きく跳ねたが、ポーカーフェイスを貫くよう努めた。
     彼女らしくないミスである。草薙もこの暑さで参っているのかもしれない。
    「っご、ごめん!」
    「いえ……大丈夫です。お怪我ありませんか」
    「大丈夫じゃないよね⁉︎ うわ、本当にごめん、た、タオル……!」
     抱き止められたその瞬間は呆然と了見の服を見つめていた草薙だったが、瞬時に意識を取り戻した。腰を支える了見から身を離すと、めずらしく取り乱した様子で右往左往している。先ほどまでやや赤く火照っていたはずだが、今は血の気の引いたような青い顔だ。あまりに動揺しているから反対に了見の方が罪悪感を抱いてしまって、腕を掴んで引き留めた。
    「大して濡れてませんから」
     言いながら、自身の身体に視線を落とす。すぐに「無茶なことを言ってしまった」と後悔した。誰がどう見ても、濡れていないとは言い難い有様だった。草薙も同じように思ったらしい。先ほどよりは少々良くなった顔色で、半分呆れたように言った。
    「いや、どっから見てもびしょ濡れだろ。このまま車の中来られる?」
     視線でキッチンカーの方を示され、了見は首を振った。中に入ったら最後、きっと甲斐甲斐しく世話を焼かれることが予測できたからだ。
    「お気になさらず……」
     あの車の中は、明確に草薙のテリトリーだ。車の外からオーダーを取られるのとは訳が違う。彼女のプライベートまで踏み込んでしまうように思えて、こんな事情で足を踏み入れるのは憚られる。しかし、草薙は引かなかった。掴んだ腕を振りほどかれ、逆に手首を取られる。
    「いいから、ほらこっち」
     小さい子どものように手を引かれて、了見は二の句が継げなくなった。
     本日二度目の敗北だった。了見は、彼女の申し出を無下にはできないのである。
     
    「あちゃー……染みになっちゃうかな。あの白い上着脱いでてくれたのは不幸中の幸いって感じだけど……本当にごめんね」
    「戻ってから染み抜きしますよ」
    「うーん、取れると良いけど……クリーニング代もあとで渡すから」
     とりあえず上だけでも脱いで! と言われて、あれよあれよと言う間にTシャツを脱がされてしまった。女性の前で裸体を晒すなど、と尻込みする了見を気にもせず、男よりも男らしく強引に上衣を奪われたのだ。追剥にあったような心地だった。
    「パンツも脱げる?」
     草薙がタオルを持ったまま首を傾げるので、了見はぎょっとして左右に首を振った。
    「いえ、本当に結構です。迎えを呼びますので」
    「遠慮しないでよ」
     草薙が食い下がってくる。しかし了見も、さすがにここで引くわけにはいかなかった。ここでも彼女の提案を飲めば、この密室で丸裸にされることも有り得るだろう。そんなことになってしまったら、きっと了見は一生引きずる。二度とこの店のホットドッグを買いに来られなくなるかもしれない。
     薄っすら察していたことだが、草薙は了見を、少し年の離れた弟のようなものだと思っているに違いない。藤木遊作や穂村尊、そして草薙仁と同列の存在なのである。
     それはありがたくも、恐れ多くも感じる扱いだが、ともかく了見を異性として認識していない。動物の性別を気にしないのと同じだ。だからこんなふうに、はたから見たら突拍子もないこともやってのける。
     了見だって、彼女をそういう対象として邪な目で見ているわけでもなければ、恋愛感情があるわけでもない。しかし、それとこれとは別問題なのである。
    「いや、あの、遠慮ではなく。大丈夫ですから」
    「でもこのまま船に戻れないでしょ」
    「だ、大丈夫です、よくあるので」
    「よくあるの?」
    「よく……いえ、ないですね……すみません、何を言っているんだが、自分でもよく……」
     思考も、口から出る言葉も、支離滅裂だ。これはやはり暑さのせいに違いない。そうでないと困る。
     火照った頬を手で仰ぐ了見を見て、草薙がくすくすと笑った。羞恥でさらに顔が熱を持つ。衣類は濡れているのに身体が熱いのは、頓珍漢で不思議な感覚だった。
    「どうしても脱ぐのが嫌なら、このまま拭くけど」
     そう言った草薙が、手持無沙汰に棒立ちしている了見の前にしゃがみ込む。
    「え⁉︎」
     手が腿のあたりに添えられて、了見は思わず腰を引いた。
    「あの、手を……」
     これは、あまり、良くない。
     心臓が早鐘を打つように胸を叩いている。よく分からないが、良くないことは分かる。
    「だってこのままじゃ風邪ひいちゃうよ」
     草薙の指が前腿を撫でた。他意はないのだろう。間違いなく他意はないが、そうであるならより一層質が悪い。
     目の前にしゃがみ込む草薙に視線を落とすと、少し浮いたTシャツの胸元から、いつもは見えない谷間が覗いている。黒いレースの下着の端が目に入って、了見は泣きそうになった。心臓が痛い。激しい鼓動がドコドコと肋骨を叩いている。もう何本か骨が折れているかもしれない、と思った。だって、それくらい胸が痛いのだ。
     喉から「ひ」と引き攣ったような声が出る。八割方悲鳴だったが、彼女の耳には届いていないらしい。下半身に遠慮なくタオルを押し付けてくるので、とうとう了見は声を荒げて腕を掴んだ。
    「じ、自分で拭きます……!」
     草薙はにこにこと笑った。ここまで来ても了見が遠慮していると思っているらしい。
    「いいからいいから! やってあげるって!」
     再び喉から漏れそうになった悲鳴を何とか飲み込み、手にしたタオルを取り返そうと動いた。しかしどうにも奪い取れない。見れば、意地になった草薙が歯を食いしばって抵抗している。思いのほか腕っぷしも強いようだ。
    「な、何故……⁉︎ ちょ……力強いな……!」
    「大丈夫だから!」
     いや、何が? 暑さと何らかの理由でぐらぐらと煮える頭で、了見は考えた。もう何もかもが大丈夫ではない。
     了見は、そのときに改めて草薙の性格を思い出した。他人の気持ちを慮ることのできる非常に聡い人だが、その実強引で執念深く、負けず嫌いなところもある。彼女の組むプログラムにはそういう彼女の性格が垣間見えて、了見は少なからず好ましく思っていた、はずである。
    「くっ……!」
     単純に力だけならば了見の方が上であるはずだが、どうにも乱暴にできず遠慮してしまうせいで、互角の戦いになっていた。しかしこのままずっとこうしているわけにもいかない。何せ、いつ客がやって来るかも分からないのである。
     ならば、と覚悟を決めて、了見は動いた。とにかく彼女の動きを止めなければ先に進まない。掴んだ片手をやや強く引き、草薙がほんの少しバランスを崩した隙を突いて、もう片方の手首を捉える。
     
     そのときだった。キッチンカーの扉が開き、「ぎゃ──ッ!」という色気のない悲鳴が響き渡った。
    「こ、鴻上が草薙さんを襲ってる……!」
     恐る恐る振り返れば、入口に立った穂村尊が、「信じられない」という大げさな様子で両手を口に当ててこちらを覗いていた。らんらんと目が輝いている。
     了見は、火照った自身の頭から、ざっと音を立てて血の気が引いていくのを感じた。
    「ち、違う!」
    「嘘! 僕見たよ! 現行犯だろ! 遊作~! 鴻上が裸で草薙さんの腕を掴んで……」
     ひざ丈のスカートを翻し、穂村尊が駆けていく。こうやって噂やゴシップは女子の間を駆け巡るのだな、と、妙に冷静なことを考えた。現実逃避だ。
     助けを求めようと草薙を見ると、心底面白そうに声を上げて笑っていた。「まあ、確かにこの状況、そういうふうに見えるかも……」などと可笑しそうに言うのである。
     
     本当に襲われても知りませんよ。そう言ってやろうかと思ったが、ため息と一緒に仕方なく飲み込んだ。
     
    END
    Tap to full screen .Repost is prohibited
    🌋🌋🌋🌋❤🌞💞👍💘💞❣♀👏🌋🌋🌋🌋🙏🙏🙏🙏🙏🙏
    Let's send reactions!
    Replies from the creator

    recommended works