付き合いたてのスバ北(かきかけ)「ホッケ〜、俺たちって付き合ってる……よね?」
日曜日。スバルと北斗がオフの日が重なり、スバルの家で過ごしていた。何をするでもなくテレビを眺めているスバルを置いて、北斗は黙々と宿題を進めていた。そんな北斗を真面目だなあなんて思いながら手持ち無沙汰にチャンネルを回した先にあった、「あなたは恋人とどこに行きたい?」という話題。テレビの中のきらびやかなカップルたちが水族館や遊園地、オシャレなお店でのディナー、などと思い思いの場所を言っていて、ふ〜ん、とスバルも考えてみた。ホッケ〜と一緒に行きたいところかぁ。俺たちはアイドルだから人前で手を繋いだりキスは出来ないけど、2人で出かけるくらいならいいのかな。無難に映画を見に行くのもいいし、ホッケ〜は演劇部だし演劇を見に行くのもいいかも。遊園地にだって行ってみたい。一緒に大吉の散歩をするのも楽しそうだし──。 そう考え始めると何かが頭にひっかかって、ん?と首を傾げる。
もしかして俺、ホッケ〜とキスしたこと、なくない?
……それどころか、恋人らしいことをしたことさえないかもしれない。そんなとんでもない事実に気付いてしまい、ふわふわと浮いていたスバルの頭に雷が落ちた。
半ば勢いで告白して付き合い始めてから約3ヶ月。特に何もなかった。大きな喧嘩もしなければ進展もなし。ずっといつも通りの仲良しだった。いや、今の今まで進展させようという考えも浮かばなかった。俺がホッケ〜のことが好きで、ホッケ〜も俺のことが好きで、それが分かっただけですごく嬉しくて、それしか頭になかった。ハグしたいとか思ったことはあったけど、普段からハグはしてたし、したいと思ったらもう飛びついていた。
……今の今まで考えもしなかった俺も俺だけど、ホッケ〜はどう思ってるんだろう。俺と手を繋ぎたいとか繋ぎたくないとか、キスしたいとかしたくないとか、あんなホッケ〜でも考えてるんだろうか。いや、したくないって思ってたらショックだけど。
そんなスバルの頭の中は、北斗といかに接触をするかということで頭がいっぱいになっていた。抱きしめたら北斗はどんな顔をするんだろう、やっぱり友達としてのハグをしたときとは違う表情をするんだろうか。北斗は体温が低いけど唇も冷たいのかな。今触ってみたらどんな反応をするのかな。どこまでなら許してくれるんだろう。
そう考え出してしまうと止まらなくて、思わず目の前の北斗に手を伸ばす。課題に集中している北斗の手を掴むことは簡単で、驚きでびくりと揺れる手をシャーペンごと強く握って言った。
「ホッケ〜、俺たちって付き合ってる……よね?」
そして話が冒頭に戻る。
「……急に何なんだ」
突然の問いにぽかん、と開いた口を慌てて閉めて、北斗が眉を顰める。そんな表情から課題を邪魔されて不機嫌だ、という気持ちがひしひしと伝わってくる。しかしそれらを全て無視して、可愛らしく首を傾げてみた。北斗は俺の顔が好きらしくて、こんな顔をするとよくお願いを聞いてくれる……ような気がするのは最近の発見だ。ほら、現に今も顰め面から困った顔に変わった。
「ホッケ〜はさあ」
俺と恋人らしいこと、したくないの?
そう言ってまた強く手を握ってみる。そんなスバルにはあ、とため息をついて、北斗が口を開いた。
「恋人らしいことってなんだ」
投げかけられたその質問に、今度はスバルが固まる番だった。
……恋人らしいこと。恋人らしいことって、そういえばなんだろう。キスは恋人としかしないだろうけど、ハグは友達ともする。でもハグも恋人ともするだろうから、ホッケ〜ともするしウッキ〜ともサリ〜ともする。じゃあその違いはなんだろう。考えてみても分からない。だって俺、今まで誰かと付き合ったことなんてなかったし、考えたこともなかったし。
「え〜……。キス……とか?」
「そうか」
分かった、と言う北斗の言葉にえ、何を?と戸惑っているうちに、北斗の顔がスバルの目と鼻の先に──。
「え、」
「さあやるぞ」
「ま、待って待って待って!」
ずい、とどんどん顔を近づけてくる北斗を手でブロックして、思いっきり後ろにずり下がる。がん、と壁にぶつかる音がして頭が痛んだけれど、そんなことはどうでもいい。
「なんだ、キスしたいんじゃなかったのか」
「しっ、したいよ!したいけど……もっとこう……雰囲気とかってあるじゃん!」
少なくともさあやるぞでやるものじゃないよ!と精一杯の声で抗議する。ぎゃん、と吠えるスバルにふむ、と北斗は身を引き、首を傾げた。
「じゃあ、雰囲気はどうやって作ればいいんだ」
「え、え〜……」
わかんないよ、と言うスバルにじゃあ一生キスできないのか、と北斗が答える。そんなの嫌に決まってる。
う〜ん、と普段使わない部分の頭を使ってみても、さっぱり分からない。
考えるふりをしてちらりと視線を上げると、真剣な表情で
黙りこくって考え続けている北斗が見えた。やりかけの宿題を放って、さっき俺に振り払われたときの少し乱れた髪のままで、顎に手を当てている北斗。そんな北斗を見てふと思う。今北斗は俺のためにこんなに真剣に考えてくれてるんだ。なんで?俺が、北斗とキスしたいって言ったから。雰囲気が欲しいって言ったから。……でも。それって、そんなに考えてくれるって、北斗も俺とキスしたいって思ってくれてるのかな。
そこまで考えて、ひとつの考えが頭に浮かぶ。
……あれ、ホッケ〜ってこんなに俺のこと好きなんだ。
「え、」
そう自覚した瞬間、顔の体温が一気に上がるのを感じた。
北斗が自分の事を好きで大事に思ってくれていることは普段の言動から痛いほど伝わっている。
でも、恋人として俺の事をこんなに好いていてくれてるのは初めて知って、なんかそれって、すごく嬉しくて……すごく照れくさい。
……でも、俺も 北斗のこと、ちゃんと愛してるって伝えたい、抱きしめたい、キスしたい。それに、愛してるって言って欲しい。
そう思ったらいてもたってもいられなくて、未だ考え続けている北斗に向き直り、ぎゅ、と北斗の手を握る。
「ね、ホッケ〜はどんなときにドキドキする?」