お利口さん(サンプル) それはもう、ベッタベタのベタだった。
「森君キミww学生服着てたら完璧だぞwww」
そう言って指を指し、腹を抱えてゲラゲラと笑ってしまうほどに何度も見たような状況だった。
今日は珍しく僕の方が先に家に帰っていて、部屋でのんびりと昼ドラを見ていた。せっかく忙しい僕が早い時間に家にいるのにスマホには大学の友達と食事に行くと森君から連絡が入っていてしょんぼりと家に帰ってきたのが約二時間前。帰り道でテイクアウトしてきた昼食を一人で食べたのが約一時間前くらいだろうか。一人では直ぐに手持ち無沙汰になって、なんとなくつけたテレビを眺めていたらどこからか水の音がした。一瞬テレビの音かとも思ったが音は外から聞こえている。どうやら雨が降ってきたようだ。
森君は傘を持って行っただろうか……いや、用意周到な彼のことだ。傘の一本や二本カバンに入れてるだろ
なんなら大きめのタオルすら入っているかもしれないと隣にいない彼のことを思い出しクツクツと笑う。
雨で身体が冷えているかもしれないから風呂を温めておこうかな…なんなら森君と入るのもアリだな!
ソファから腰を浮かせて足取り軽く風呂場へと向かう。念の為タオルを二枚用意するのも忘れずに、勿論風呂上がりの森君に着けてもらうCollarも忘れずに用意しなければ。
そうして二人分のタオルを持って廊下を歩いていた時に森君は帰ってきた。玄関からはバッサバッサと勢いよく傘の水滴を払う音が聞こえる。やはり傘は持っていたようだ。
「おかえり森君!」
駆け足で玄関へと向かうとそこには森君……と、何故かその腕の中にタオルでくるまれた子犬が立っていた。それに何故か傘を持っている森くんが割と濡れている。
これは…
「雨の日に子犬を拾うヤンキー!?」
我が家の玄関で百人中千人が「漫画か?」と聞き返してくるくらいベタな状況が出来上がっていて今に至る。なんでそうなったんだ。
「てめぇの中で何が完璧なのかは知らねぇけどなんかムカつくな」
「ごめっwwでも無理www……げほっ!ひぃっwwwお腹痛いwww」
「そこどけや、家上がれねぇだろうが」
げっほげっほと咳き込みながら何とか呼吸をする。笑いすぎて顎が外れそうだし、明日はきっと…いや、確実に腹筋が筋肉痛になること間違いなしだ。
床を這って道を開けると森君はドスドスと足音を鳴らして風呂場へと消えていった。目の前からベタの擬人化が消えたことでようやく呼吸も落ち着き森君を追って部屋の中に戻る。どうやらこのまま近くの動物病院に行くようで財布の中身を補充しに来たのだとか。予約はいいのかと聞いたら子犬を抱き抱えた際に既に電話済みだったらしい。用意周到すぎだし覚悟が決まっている。さすが森君だ。
どうせ暇だからと僕もついて行くことにして、子犬を両手で抱える森君が濡れないよう相合傘で動物病院まで向かった。いつもはさせてくれないけどこうやって理由が出来たらさせてくれるところ好きだよ。
予め電話をしておいた動物病院の先生に見せたところ
「超健康優良児ですね!!」
と言われまた爆笑してしまった。いや良かったよ?健康なこと自体はとても良かったけど言い方があれだった。僕この先生好きだ。是非ともこの仕事を辞めたらうちで働いて欲しいくらいだ。
その帰りに犬用のシャンプーやらなんやらを一通り買い揃えて帰路に着く。時間はもう夕方で雨はとっくに止んでいた。腕の中でウゴウゴと歩きたそうに子犬が動き始めたため僕が選んだ首輪とリードを付けてやると子犬は「元から飼い犬でしたけど何か?」と言いたげな風体でてけてけと道を歩く。その後ろ姿を見て僕は気になっていたことを森君に問いかけた。
「それで、色々買ったけどその子は家で飼うのかい?」
「…拾っちまったもんは仕方ねぇからな、里親探すにしても飼うにしても色々必要なことには変わりねぇし…」
「飼うのかい?」
キミが拾ったってことはそういう事だろ?
そう問いかけると
「……まぁ…飼いてぇとは思ってるけどよ…おめぇの都合もあるだろ」
「よし、なら今日からその子はうちの子だな!家に帰ったら早速名前を決めようじゃないか!なぁに、僕は構わないとも!」
新しい刺激は大歓迎だと言えば森君はそうかよってそっぽを向いてしまった。名前は何がいいかなと相談しながら人気のない道を手を繋いで歩く。
でもなんでだろう。いつもなら凄く嬉しいはずなのに、何故だか今日は少し気分が上がらなかった。
家に着いたらまずは風呂に向かった。雨に濡れていた森君はどうせ洗う理論で先に子犬を洗うために服を着たまま入るようだ。その背中を見送って僕はケージの設置に取り掛かった。
それにしても犬ねぇ……犬…
別に動物は嫌いじゃない。特段好きって訳でもないから言葉にするのであれば好ましいくらいだろうか。可愛らしいとは思うけどそこまで、僕の中での不動の一番は森君だからそれ以外は割とどうでもいいような気もする。
組み立てたケージの中にペットシーツを敷いて一通りの作業を終わらせた。我ながらいい出来だと満足気に出来を確認する。
さすが僕、この短時間で組み立てられるなんて…森君に褒められるに違いないな!
早速報告に行こうと風呂場へと向かった。
脱衣所へと続くドアを開くと予想外にも中はシャワーの水音のみで首を傾げる。てっきり中で犬が大暴れしているものだと思っていたがそんなことはなく、いつも森君がシャワーを浴びているのと何ら変わりのない静けさだった。
……というか森君、犬に人間用のシャンプーとか使ってないよな…?
犬と人間では肌質が違うため人間用のシャンプーは好ましくない事はなんとなくだが知識として僕の怜悧な頭に入っていた。さっき犬用のやつも買ったけど森君の事だし一緒でいいだろとか言って人間用を使う可能性が無きにしも非ずだ。途端に不安になって風呂場へと続く樹脂パネルをノックする。
「森君?開けてもいいかい?」
いつもであればなんの声掛けもなく開けるが今日はイレギュラーな存在が中にいる。開けたら急に犬が飛び出てくるのではないかという配慮だ。
「おー…押さえてっから開けていいぞ」
ガチャッと引き戸を開けると湯気が一気に脱衣所へと抜けて少し視界が白くにごった。パタパタと湯気を払うと中では巨体の男が小さな子犬を両手でがっちりと掴んでいる姿、はっきり言ってかなりシュールだ。
「ふっ…ふふっ……森君、サイズ感っ…」
「丁度いい、犬洗い終わってっから回収してくれや」
「あ、そうだ森君、よもや人間用のシャンプーで洗ったりしてないだろうな?」
「んなわけねぇだろ、さっき買ったやつで洗ったわ」
ならよかったと森君の手から子犬だけを回収して扉を閉めた。ブルブルと体を震わせて水分をとり払おうとする子犬にバスタオルを被せ、わしゃわしゃとタオルで水分を拭き取る。人馴れしているのか怯えることも無く、撫でられるのが心地いいのか大人しく吹かれているため今のうちにと子犬の様子を観察した。
大きさは30cmくらい、毛色は白と黒と茶色の三色、バーニーズマウンテンドッグ見たいな見た目をしているけどそれにしては毛が短い気がする。
多分ミックスなんだろうなと、特に犬に詳しくもない頭で結論を出しドライヤーを引き出しから取り出す。子犬はそれに興味津々に寄ってきてフスフスと匂いを嗅ぎ、風の出口に噛み付いた。
「コラ、食べ物じゃないぞ」
ひょいとドライヤーを持ち上げると簡単に口が離れた。どうやら甘噛みだったようだ。
弱風で風を出すと初めはビクッと小さく飛び跳ねて後ずさりしたが直ぐに慣れたのか打って変わって風を噛もうと口をパクパクと動かし風に歯向かってきた。
「ははっ、勇敢だなぁキミ!」
目が乾かないようにドライヤーの位置を調整しながら小さな毛玉を乾かす。途中腹を上にしてやると何かが面白かったのかコロンコロンと転がって乾かしやすくしてくれた。こいつ、割と利口な犬だな。
「よし出来た。ほら、首輪をつけるからこっちに来たまえ」
言葉が通じるはずもないが声に出すと子犬は僕の方へと近寄ってきた。どうやらもう首輪の存在を理解して自分がつけるものだと認識したようだ。本当に利口過ぎないか?この犬。