【お題】夜の海「………で、お前は何をしてるんです。」
「あのね、ボク、海。」
ノボリは呆れた顔で砂浜で足を海に向けて寝転がっている愚弟を見つめる。
ここは夜のサザナミタウン。
夏、昼間なら観光客も多く、海水浴客で溢れているはずのこの砂浜も、今はそのシーズンも過ぎ、冬の気配を感じ始める秋だ。
そんななか、砂浜に打ち上げられたバスラオのごとく、その白いコートが汚れることも厭わず寝転がっている自らの片割れを見下ろしていた。
「……何故、役割を放棄したのです。折角の挑戦者に迷惑をかけて…。何故、棄権してまで、こんなところにいるのですか!」
この馬鹿は、ダブルトレインを緊急停止させ、挑戦者を無理やり降ろしたようだ。
その影響で、ダイヤは乱れ、更に、行方をくらましたのだ。
そして、それだけではなかった。
「………起きなさい。各所に謝罪に行きますよ。」
「あのね、あの子は?」
「いなくなってしまいましたよ。お前が勝手に何処かに行ったせいで。」
そう、挑戦者は、彼らに比べたらまだ子供だった。
その挑戦者は保護者同伴で来ていたのだ。
かなり優秀で、箱入り娘だったようで、ここの挑戦もその母親の薦めだったのだ。
駅でその挑戦が終わるのを待っていたようで、愛娘が突然行方をくらました原因の可能性がある白のサブウェイマスターを物凄い剣幕で責め立てていたのだ。
それの対応を、ノボリは先程までしていて、探しに行くと伝え、こうして最終的に今に至るのだ。
「お前は何をしたのですか。とんでもないことをして……」
母親は、もうカンカンだった。
今すぐに連れてこいと、ヒステリック気味だった。
まぁ、元からその気は合って。
トレインに一緒に乗車させろと、
勝負を中継かなんかで見せろと、
果てには、何故ダブルトレインからで、スーパートレインから出来ないのかと。
何故何戦も“無駄な”試合を繰り返さなくてはいけないのかと。
ノボリも正直、この手の人間は嫌いだ。
何より面倒臭い。
この時クダリが、やけに静かだったことなど気づけないほど、ノボリは話を右から左へ受け流していた。
「あのね、帰ったら怒られる。だからボク、海になった。」
ザザーン…….
波の音が静かに辺りに響く。
潮が満ち始め、靴の位置まで波が寄ってきた。
「怒られるようなことをするお前が悪いのでしょう。嫌なら嫌なりに弁解するか、私に任せて黙っていなさい。
そして、行方がわからない挑戦者を「あのね、もうあの子は帰ってこないよ。見つからないようにしたんだもん。」
「…………は?」
ザザーン…………
段々とズボンまで濡れ始めるほど波が砂浜を覆い始める。
「どういう、ことです、お前」
「あのね、ノボリにはわからない。」
被疑者はぽつりとつぶやいた。
ノボリは襟を引っ張り、無理やり身体を起こさせ、顔を近づけた。
かなり無理やり引っ張られ、白い制帽がぽとりと砂浜に落ちた。
「説明しなさい!!こんな時までふざけるとはなんなんですか!!」
「………一から十まで言わないと、わかんない?」
バチンッ!!
「良いから弁解しなさい!!お前の事だから、何か理由があったのでしょう!
私にだけ、本当の事を吐きなさい!あとはどうとでもしますから!!」
ギリ…!と、襟を強く掴みながら、ノボリはその獣のような瞳孔を更に尖らせ、凄んだ。
「…………」
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「ボク、クダリ。サブウェイマスターをしてる。
ダブルバトルが好き。」
いつものセリフをなぞっている時、クダリはふと、挑戦者を見つめ、違和感を感じていた。
「………あのね、どうしたの?」
「えっ…….あ、ごめんなさい、なんでもないです。」
その少女から、バトルに対する熱気を感じなかったのだ。
寧ろ、戦いたくないような。
「…あのね、バトルしたくないの?」
「ち、ちがいます。」
そう言いながら、視線を下に下げた。
「…………」
クダリは頭の中で色々考え、口を開いた。
「あのね、バトルやっぱやめた。ボクと話そ。乙女の話聞きたい。」
「……え?」
「バトル、そっちの勝ちってことでいいから。そうすれば、“怒られない”でしょ?」
「っ!」
その少女の表情が変わった。
恐らく、自分に挑んで、負けて、“失望”される事を恐れていたのだろうか。
誰にも言わないと誓い、好きな事を話してと促すと、少しずつ話し出した。
物心ついた時から、ずっと、バトルの教育を受け続けていた、と、自由などなく、ひたすらポケモンの育成やら学習やらをさせられ続けていたという。
そして、来週には、イッシュから離れて別の地方のエリート育成のスクールに入れられ、大人になるまでずっとそこで過ごさせられるという。
しかし、彼女には夢があるとも言った。
バトルは元々好きではなく、どこか自由な場所で、自由に世界を見て回りたかったという。
「わたし、ひとりで自由ににどこかにいけないし……
自由に、友だちもつくってみたくて…
でも、スクールに一度見学にいったとき、みんな目が怖くて……友だち、つくれないだろうなって……」
「………キミ、心の底から、自由になりたいって思ってる?迷ってるとかはないの?」
「迷い………お母様に、したいことなんか、伝えられないわ。だって、怒るだろうし、絶対に反対されるわ…」
「あのね、一生言いなりのまま生きるか、自由に世界を旅するか。
どっちか一つって言われたら、迷いなく選べる?」
「わたし、お母様に怒られるかもしれない、もしかしたら旅して行き詰まるかもしれない。
でも、ずっと過ごしてきたこの子たちとなら、いつか、どこへでも行ってみたいの!」
「………じゃあ、ボクが出発するの、導いてあげる。」
「えっ……!?」
クダリは立ち上がり、カツカツと靴音を鳴らしながら歩き、トレインの壁を少し触り、カバーを外した。
「あのね、最後に聞くけど、全部捨ててでも、何処かに行きたい?」
「…………正直、自信はないわ。でも、わたしは、世界を、この子たちと見たい!」
「あのね、よく出来ました。」
ボタンを強く押すと、警報音が鳴り響き、ギギギギギ!!!!!とけたたましいブレーキ音が響いた。
トレインが完全に停車し、ドアコックを使い、二人はトレインから降りた。
クダリは少女の手首を掴みながら、真っ暗なトンネルを進む。
「あのね、ここ、非常口。汚いけど、ここの階段登れば外に出れる。
時間稼いであげるから、遠くに行って。
二度と、帰ってきちゃダメだよ。」
そして、彼女は世界へと羽ばたいていったのだ。
「………あのね、ずっとここにいるのは、ボクらだけで良い。」
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「あのね、ノボリには分からないよ。ボクにも、わからない。」
ノボリはしばらく睨んでいたが、はぁ、とため息をついた。
襟が離され、クダリは砂浜に座り込んだ。
いつのまにか二人の場所にも海水が満ち始め、白いズボンとコートはしっかり水を吸っていた。
「……………仕方ありません。誤魔化しますよ。」
「あのね、ノボリ嘘つくの苦手なくせに。」
「黙りなさい。お前を庇ってやるというのに。」
白い制帽は、いつのまにか波にさらわれ、彼女のように、大海へと飛び出して行ったようだった。