ケミカルクッキー 冒頭 よく響く声で饒舌に進められる話に、あくびのひとつもせず付き合っている自分のことを褒めてやりたい。
そんなことを考えながら目の前に積まれたクッキーを無心でかじるハリーの耳に、一際演技じみた台詞が飛び込んでくる。
「そこで私はこう叫んだ――」
程よく抑揚のつけられた台詞と共に物語の山場(もう何度目の山場だろう)が語られ、これが何度も聞かされた自慢話じゃなければ、それなりの感動も覚えたかもしれない。そう思うくらいには、その場の情景を想像させる彼の迫真の演技が続く。こんなところでたった一人の小僧相手に披露される演技力を前にしながら、いっそ自身の設立した決闘クラブを演劇クラブにでも転向させればいいのに、とハリーは思う。
話に夢中ですっかり冷えきった語り部のカップは手つかずのまま。その分、適当に相槌を打つ以外にやることがないハリーのお腹は紅茶とクッキーでぱんぱんに膨らんでいた。ぱさついた生地に水分を取られ、乾いた口に含んだ少し苦みのある紅茶を味わいながら、ハリーは壁に掛けられたロックハートの投げるウィンクを数えて貴重な昼の自由時間を浪費して過ごしていた。