最後に見た顔は眩しく、儚い笑顔だった。
「またね、安室さん」
そう言って彼はアメリカに旅立った。
気がつけば木枯らしが吹く季節になっていた。
江戸川コナンがアメリカに行ってから2年ほど経ち、その間は公安の後処理や事務手続きに追われていた。
去り際にまたねと言われた日からずっと待ち続けて気がつけば30代となっていた。
「少しは外の空気吸ってきたらどうですか」
部下である風見に言われて警察庁から国会議事堂近くのイチョウ並木に来た。イチョウの葉が深黄色に色づき、地面には黄色の絨毯をひいたかのように道が続いている。
この並木を目当てに来た観光客や夫婦、親子連れなどの人々が立ち止まって見ている。
降谷もゆっくり歩きながらイチョウ並木を見ていると、横を通った子どもが僕の髪を指さして「イチョウと同じ色だ!」と目をキラキラと輝かせていた。隣にいた母親らしい女性にぺこりと会釈されて降谷も返す。
昔は髪の色、肌の色で悩んだりしたものだが、あんなにも目を輝かせてくれる人がいると思うと今は悪い気はしない。
空へ伸びる木々を見上げていると目の前に誰かが立ち塞がり、歩きながら木々を見上げていた降谷とぶつかってしまった。「すみません。」と声をかけて相手を見るとそこには過去に見たことのあるいたずらっ子のような顔で僕を見ている青年がいた。
「また会えましたね、降谷零さん」
工藤新一が目の前にいる。
気がついたら彼を力一杯抱きしめていた。
「わっ、ふ、降谷さん?!」
多くの人が闊歩している並木通りで抱きしめられて動揺している新一に降谷は何も聞けなかった。
どうして江戸川コナンが工藤新一だと彼の口から教えてくれなかったのか。
どうして今まで連絡をよこさなかったのか。
どうしてここにいるのか。
「…おかえり」
どうして、という言葉が出る前に口が勝手に動いていた。
新一は少し驚いた顔をした後に降谷の背中をさすりニッと笑いながら「ただいま」と返した。
新一の返事を聞いてより力を込めて抱きしめると、いたたという声がして少し腕の力を緩める。
「あー…えっと、そろそろ離してくれません?」
「嫌だ。離したら君はまたどこかに行くんだろう。」
「嫌だ、って…降谷さん子どもみたいなところありますよね。」
新一がふふっと笑うと、背中をぽんぽんとさする。降谷は力を抜くと新一の顔を見てからゆっくりと頬に手を添えた。
「な、んですか」
新一が少し照れているのか頬を赤らめる。
そんな仕草、コナンの時はなかったのに。
年相応の反応になっていること、本当に目の前に工藤新一がいることを実感して降谷は安心しきった顔をして微笑んだ。
「いや、君はこのイチョウの木々よりも綺麗で眩しいなと思って」
こう言えば君は多少は僕のことを意識してくれるだろうか。
そんな淡い期待などしても意味がないことは降谷が一番知っている。
だって、彼には想い人がいるのだから。
そう考えていると頬に添えていた手に新一のひんやりとした手が重なり、降谷の体温が移される。
「…それは、俺を口説いてるってことであってますか」
上目遣いで聞いてきた彼につかさず「うん。そうだよ。」と返してしまった。2年も募ってしまった気持ちを抑えることはできなかった。
「…そっか。」
大事なものを見つめるかのように新一が微笑む。
「俺も降谷さんのこと、好きです」
木枯らしが吹いて、観光客が話している中でも、くっきりと、鮮明に新一の声が聞こえた。
どうやら待っていたのは僕だけじゃなかったらしい。
お互いに見たことないような顔で話しているのとが面白くなって、二人して笑いあった。
END