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    進捗ゆうま

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    進捗ゆうま

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    付き合ってる兄弟がお互いにやきもち焼く話

    ##小説

    :envy 穏やかな夜だった。
     それは今夜の空の天気の話でもあるし、街中の静けさの話でもあるし、この新横浜警察署吸血鬼対策課のヒヨシ隊の執務室の中の話でもあった。
     時計の針は頂点をとっくに回った後だったが、最近立て続けに起きていた新横に住む妙な吸血鬼たちのお祭り騒ぎのような事件やそれに伴った通報も今夜はぴたりと止んだように無い。そういった緊急の出動が無いため、ある者は当番制の巡回に出かけたり、ある者は溜まった雑務を処理したり、ある者は監視対象の吸血鬼が同居している退治事務所へと赴いたり……、と各々に忙しくも緩やかに職務を全うしていた、そのときだった。
     雑音程度だった室内の会話の中。己の部下の隊員たちの一際大きな声が上がり、相変わらずの騒がしさに俺は手元の書類へ落としていた視線を上げた。
    「どうだサギョウ! 新作のセロリトラップの感想は!」
    「ちょっ……、何で席外した隙に僕の椅子に変なもの置いてるんですか⁉︎ こっちは仕事してるんだよ‼︎」
    「ヤツを無様な目に遭わせられると思うか?」
    「あーはいはい思います思います。先輩ここ拭いておいてくださいね」
     見れば何のことはない、いつものように半田が日課のセロリトラップの開発に勤しみ、これもまたいつものように後輩のサギョウが被害に遭っているだけのようだ。
     いつも通りの部下達の掛け合いをBGMに、俺は再び視線を落とし、半田から提出された退治人ロナルドに関する報告書を眺めた。
     そこには先日ロナルド吸血鬼退治事務所内で起こった一騒動に新たな変態吸血鬼が関与していた件についての報告が、簡潔に記述されていた。それは良いのだが、それ以外の余白にびっしりと退治人ロナルドの最近の恥ずかしい行いの記録が一応報告の体裁を保って書き連ねてあり、その余りの字の細かさに、老眼でもないのに俺は思わず目頭を押さえていた。
     これもいつも通りの、そして俺にとってはもはや見慣れた光景である。さっと全てに目を通してそのまま内容についての思考を放棄し、右上の隊長の枠におざなりに判を押すと、その呪いの文書紛いの報告書を机端にまとめた処理済みの紙束の一番上に置いた。
     この報告書が何の問題もなく更に上、本部長まで通過する事に毎度疑問を抱かなくもない。しかし本部長がそれを良しとしているのだから、俺がわざわざ言及することでもないのだろう。
     退治人ロナルドについて、……俺の弟について異常に固執することを除けば優秀なのは誰もが認める半田の特徴であるし、仕事が早いお陰で手が空いて内職することもそこまで責めるつもりはない。
     ただ最近何となく弟に関して話題が上がる度に、モヤモヤとよく分からない感情が湧き上がることがあるだけだった。
    (あー……、またか。何なんじゃこれ……)
     胸がつかえるというか、喉元に何か詰まっているような、妙な感覚。その正体を掴めないまま、俺はそのモヤモヤを追い出すかのように深く息を吐いた。
     俺があいつと、実の兄弟で恋人関係になってからもう数ヶ月になる。
     それは俺にとっては最長記録になる交際だったが、相手が弟であるせいかそれ以上の緊張感があり、あまり実感はなかった。とんでもない紆余曲折を経てようやく想いを通じ合わせた俺達だが、今まで通り隊員達を含め、周囲の者には兄弟である事も、勿論恋人である事も秘密を貫いている。
     これまでは兄弟である事がバレるのは面倒だからと内緒にしていたが、今ではもう、どちらか一方でもバレたら身の破滅であることを肝に銘じて、細心の注意を払って他人のフリを続けていた。何しろ弟は人気退治人で、俺は曲がりなりにも公務員だ。そんな二人が、血が繋がっているにも関わらず(例え今はまだ清い関係であろうが)恋人関係にあると知れたら俺達の周囲どころか、世間が大騒ぎになるだろう。最悪この街に居られなくなる可能性だって出てくるかもしれない。
     だから俺は半田やヒナイチのあいつに関する報告書を何食わぬ顔で受け取るし、退治人と一緒になる仕事でも気を抜くことはない。未だフリーの遊び人を装うために職場でのセクハラ……などでは断じて無い隊員・一般人問わずの女性へのモテ挙動や男性隊員同士の軽口もやめなかった。そのお陰か、まだ俺達の関係性はバレてはいない。
     ただ最近、何故か半田が弟についての奇行に走る度に何だか腑に落ちないような、妙な気分になるのだ。やるべき仕事を全て終わらせた上での空き時間の活用なのだから何も言うことはないが、それとは別のモヤモヤが腹の底に溜まる一方だった。
     あいつと付き合ってから神経過敏になっているだけなのかもしれない。
    「半田」
     気を取り直すように、未だ後輩と戯れている半田を己の机まで手招きして呼ぶ。
    「何ですか。今日の分の仕事なら既に済んでいます」
    「ああ、確認した。ご苦労さん。暇ならおつかい行ってきてくれ」
     そう言って俺はひら、と数枚の書類が入ったファイルを掲げて見せた。署の敷地内にあるが執務室からは少し歩いたところにあるVRCへ、あの犬仮面の所長に直接何枚か書類の確認に行くだけの簡単な作業だ。
    「暇ではないです」
    「暇でしょ明らかに」
     サギョウも遠くから横槍を入れるように援護の声を上げる。何故か自分のデスクではなく半田の席に着いて仕事をしているのは、恐らく半田が自分の席のセロリ汁を拭くまでの抵抗のつもりなのだろう。
    「何だと! サギョウ貴様!」
    「まーまー喧嘩すんな。行って帰ってきたら続きしてええから。な?」
    「ムゥ……、分かりました」
     再び騒動になりそうな剣幕を軽くいなして、渋々と口を尖らせる半田へファイルを手渡す。優秀な部下は生真面目にファイルの中身を軽く確認すると、キビキビとすぐに部屋を出て行った。
    「そんな事言ったら先輩VRCまで全速力で走って往復しますよ」と軽口を叩きながら、サギョウも自分の仕事に戻っていく。そうして再び静かになった執務室で、俺も残りの雑務に取り掛かった。
     部下からの報告書や始末書に目を通し判を押しながら、よく考えなくても今のは少し大人げなかったかもしれない、と反省の念が浮かぶ。最近続くモヤモヤの八つ当たりのようになっていたのも否めなかった。
    (俺らしくもにゃあ……、疲れとるのかもしれん。今日は残業しにゃあでさっさと帰るか)
     いつもより早めに帰宅する事にして、目の前の仕事を手早く片付けていく。
     半田が戻ってきたらお詫びに飲み物でも奢ってやろう。そう決めて、戻ってくるであろう時間に己も席を立ち、自販機が置いてある廊下の突き当たりの踊り場まで歩いた。
     誰も居ないと思って訪れた目的地には先客が居たらしく、近付くにつれ騒がしい話し声が聞こえてきた。
    「だから罠ではないと言っている! ただカメ谷と三人でまた焼肉食べ放題に……、だから今度は騙して取材とかそういう類ではない! そうやってすぐ人を疑うなバカロナルドめ!」
    (! 半田……。あいつと電話しとんのか)
     何のことはない、そこに居た先客の正体は半田で、興奮して備え付けのベンチに立ったり座ったりしてスマホに向かい楽しそうに通話していた。
    「……、ああ、そうだ! では今度こそ本当に約束だからな。日曜の19時に車で迎えにくるんだぞ」
     そのやり取りを聞いていて、更に先程のモヤモヤが募るような気がして、思わず騒ぐ胸を左手で押さえた。
    (……何じゃこれ)
     ある感情が己の内を占めて、それが何なのか分からず困惑する。ただひとつ、はっきりとそこに浮かぶのは弟の顔だった。
    (会いたいとか、そんなこと思うなんて……)
    「隊長」
     半田は言いたいことだけ言うと満足した様子で通話を切り、ようやくそこに立ち尽くす俺の存在に気が付いたらしく声を上げた。
    「お、おお。お疲れさん。これお駄賃な」
     何でもない顔でそう言って、俺は自販機で缶コーヒーを買うと半田に差し出した。
    「隊長がわざわざ奢るなんて、……何か企んでいるのか?」
    「んな訳にゃーわ、上司の好意は素直に受け取っとけ」
    「ありがとうございます」
     奇行に走る様に目が行きがちだが、根は素直で礼儀正しい振る舞いが出来る男なのだ。……本当に弟相手への奇行がそれらを台無しにして余りあるだけで。
     雑談する気も起きず、それだけ手渡すと俺はそそくさと執務室へと戻った。自分のデスクに着くと早々にスマホを取り出し、弟へメッセージを送る。
    『今日の朝8時にこっちは終わるんだが、その後会えるか?』
     そんな文章を送れば一呼吸置く間もなくすぐに既読がついて、『大丈夫だぜ!』という返事と共に、デフォルメされたかわいいアルマジロのスタンプが返ってきた。
     無邪気なまでのその短い返答にふ、と思わず笑みが溢れた。それと共に訳もわからず波立っていた気持ちが落ち着きを取り戻していくのを感じる。我ながら現金なものだ。俺は自分の仕事に戻るべくスマホを机上に置き、中断していた書類に目を戻した。
     それから少しして、再び通知が鳴ったスマホに目をやれば、弟からもう一言だけ追加で送られてきたようだった。
    『俺も会いたい』
    「……!」
     ぶっきらぼうなまでの簡素なその言葉から、散々悩んだ結果ようやくそれだけ送ったのだろうことが弟の性格から容易に想像出来て、思わず吹き出してしまうのを寸でのところで抑えた。それでも会いたい、の文字につい顔が綻びそうになり、慌てて口元を引き締めた。
     弟からの、……恋人からの一言だけで浮かれて仕事を普段の二倍量こなす、などといったことは特に無く、大人の男らしくポーカーフェイスでいつも通り落ち着いた頼れる隊長として職務を全うし、予定した通り定時までに粗方の仕事は片付けてしまった。
     残っている仕事も緊急の出動も無いことを確認してから、夜勤の定時を迎えた部下達に帰宅指示を出し、己も帰宅準備を始める。
    「珍しいな、隊長が急いで帰るなんて」
    「隊長のことだし、どうせ女の子が待ってるとか何かじゃないですか?」
     そうやって半田とサギョウが軽口を言い合うのを「ま、そんなところじゃ。じゃあお先」なんて適当に返し、更に深く追求される前に俺はさっさと執務室を出た。





     更衣室で隊服から私服に着替え、待ち合わせ場所の人目につかない通りまで歩く。いつもの事ではあるが、一晩仕事をした後の目には朝八時の陽光でキラキラ反射する駅前のビル群は些か眩し過ぎた。
     待ち合わせ時間よりも十分程前だったが、そこには既に見慣れた銀髪の、長身の姿があった。
    「あ……」
     俺の姿を見とめると、弟はこちらへ向かってはにかみ、ぎこちなく手を上げる。その姿は兄であるとか恋人であるとかの贔屓目を差し引いても悔しくなるくらい男前なものだった。
    「…………っ」
     弟の顔を見た途端にぶわ、と己の内で湧き上がったのは、「好きだ」という気持ちと「自分のものなのに」というまるで子どものような独占欲だった。
     それを自覚してしまえば、最近感じていたあのモヤモヤとした感情の正体にも思い当たってしまう。
    「あ、あにき……?」
    「ん、……いや、何でもにゃあ」 
     会うなり足を止めて口をつぐんでしまった俺に戸惑った様子で弟から声を掛けられ、ようやく我に返り、取り繕うようにそう答えた。
    「それより今日も退治お疲れさん。今日は依頼は……」
     弟の元へ歩み寄りながらそう尋ねようとしたところで、俺は再び口をつぐむことになってしまった。
    (何かこいつ、様子がおかしいな……)
     近くに寄れば弟に対しての違和感は更にはっきりとしたものになる。最近はもうずっと、会話するときは真っ直ぐに同じ色の瞳と視線が合うのに、今日の弟はと言えば目が泳いで焦点が定まらない。どこか怯えているようにすら見える。
     会いたいとメッセージで送ってきたはずなのに、この態度の違いは何だ?
    「どうかしたか?」
    「いやべ、別に何も……兄貴こそ何……いやあの、……メ、メシ! 腹減ってねぇ? 俺おやつにバナナ持ってきたんだけど」
    「ちょ、ちょっと落ち着け」
     慌てたように懐からバナナを二本取り出す弟を押しとどめ、その様子を見てすぐに何事か思い至る。
    「お前もしかして、俺が別れ話するとか思ってにゃあか?」
    「え、え……? 違ぇの……?」
     俺の言葉に、弟はぽかんと呆気に取られたような表情を浮かべている。ようやくそれで合点がいって、その頬をぐに、と柔らかく抓りながら、安心させるように笑い飛ばしてやった。
    「する訳にゃあわ。もしかして、俺が恋人が出来てもすぐ飽きて取っ替え引っ替えするような男に見えとったか?」
     俺のその軽口を、弟は慌てて「全然見えねぇよ!」とぶんぶん手を振って否定する。その言葉に、内心で密かにほっとした。今、自分から綱渡りするような真似をしてしまった気がする。
    「あんまり兄貴から直接会えるかとか訊かれねぇし、ラインし終わってから段々不安になってきて……いやでもよ、良かった……」
     涙を目に湛えるくらい、思い切り安堵した表情を見せる弟に、思わず胸が詰まった。こいつ、昔はわがままもそれなりに多かったのに、物心ついてからはすっかり聞き分けが良い子に育ってしまった。きっともし今俺が本当に別れ話をしたとして、この弟は涙を流しながらも頷いてしまうのだろう。そう思うと、申し訳なさでより一層愛おしさが募った。
     それに、そういえばお互いに忙しい身であることを踏まえて、まだ突然この後会いたいだとか情熱的なお誘いはしたことがなかったかもしれない。あくまで弟の思うスマートな兄のイメージのまま恋人として接してきたせいで、却って不安を煽ることになってしまったようだ。
    「悪かったな、不安にさせて……。気を取り直してメシ行くぞ、メシ」
    「あ、ああ!」
     そう言って歩き出せば、弟はぱっと笑顔を見せて俺の隣に並ぶ。そのいつも通りの笑顔にようやく安心し、俺は隣を歩く弟の腕を引き寄せ、小さく耳打ちした。
    「メシ食った後、うち寄ってくじゃろ?」
     元々低い声を更に低くして、口説くときのような甘い声音をわざと作ってそう訊ねる。途端にびくりと肩を震わせた弟は、みるみるうちに首まで真っ赤にして俯いた。
    「……い、いいの……?」
    「勿論。つーか、元々はお前の家でもあるしな。いつでも帰ってきてえぇんじゃぞ」
     その初々しい反応に満足して、俺はふふ、と声を上げて笑い体を離した。人目のある通りに出るため、さすがにこれ以上の接触は出来ない。
     顔を赤くしたままの弟を横目にほくそ笑みながら、俺達は駅前の喧騒へと溶け込んでいった。





     俺が最近ずっとモヤモヤと抱え込んでいたのは、間違いなく嫉妬なのだろう。
     そもそも俺は独占欲とか執着心自体、早くから自立して弟妹達と幸せに暮らしてきたせいか、はたまた退治人現役時代女の子と遊びまくったせいか、これまであまり抱いたことがなかった。
     女の子に対しても来る者拒まず去る者追わずのスタンスでいたし、大きくなった弟妹が自分の元から巣立って誰かと幸せな家庭を築くのも当然だと思っていた。それなのに今ではこうして弟と恋人関係にあって、その上自分の部下に嫉妬しているのだから、人生は分からないものである。
    (そう思うと結構こいつの影響受けとるし、俺はちゃんと、こいつのこと好きになっとるんじゃな……)
     そんな感慨を抱きながらちらりと隣の弟を見遣ると、「ん?」とこちらへ視線を向ける。その表情は先ほどの騒動の跡もなく、もうすっかり元通りの上機嫌だ。
     あの後、結局どうせ家に来るのならと外食はせずに家で食べることに決めて、弟と共にスーパーで食材を買い込んで帰宅した。
    「好きな物何でも作ってやるが、何食いたい?」
     買い物カゴを手に下げ、一緒に住んでいた頃のようにスーパーで何気なく問えば、弟は「ううう……」と唸りながら腕を組み、その場で長考し始めてしまった。
    「兄貴のカレー……も食いてぇし、ハンバーグもいいな……。いやでもオムライスもいいかも……」
     ぶつぶつ呟きながら悩んでいる様子に、思わず苦笑してしまう。
    「いっぺんには作れんが、また帰ってきたときに順番に作ってやるからそれでえぇか?」
    「! そうだよな、これから、時間はいくらでもあるし……」
     弟は俺の言葉に一瞬驚いたように目を開き、それから照れたように笑ってそう言った。その言葉に、自分まで顔が熱くなるのを感じる。
     今更だが、こういうやり取り一つでこんなにも幸福になれるとは思わなかった。言葉すら交わさなかったあの長い期間を経て、よくもまあこんな関係性に落ち着いたものだと我ながら思う。
     結局弟が挙げた候補の中で、一番手早く出来るオムライスに決定して家路に着いた。慣れた自宅の台所での料理中、弟は流石に子供の頃のように台所をうろちょろして料理の邪魔をすることは無かったが、台所の入り口でソワソワと落ち着かなげに俺の後ろ姿をずっと眺めていた。まるで利口な忠犬のようで、我知らず口元が緩んでしまう。
     出来上がったオムライスを美味しく食べ、食後には二人でソファーに隣り合って座ってコーヒーを飲みつつ寛ぐ。
     付き合い始めから比べると、最近ようやくぎこちなさが取れて、弟もリラックスしてある程度恋人として甘えるようになってきた。
     女の子相手だったらぎこちなさも利用するかたちでわざとその反応を楽しんだりするのだが、弟相手になるとどうにも勝手が違う気がする。兄弟だからなのか、お互いに照れが生じてしまって、まるでぎこちなさが伝染したように俺まで一緒になって妙に意識してしまってうまくいかない。
     最近ではもういっそお互いに初々しいままの雰囲気を密かに楽しんでいるほどだ。兄としての矜恃に関わるので口には出さないが、そうすることで少しでも余裕を持った、弟のイメージ通りのカッコ良い兄としてある程度は優位に立てていると思う。
     二人揃ってソファーに寄り掛かり、初々しく手を繋いで見るともなしにテレビを見ていれば、不意に弟が口を開いた。
    「兄貴はさ……」
     謂わゆる恋人繋ぎをした手の節を指の腹で撫でながら、俺は弟が頬をほんのり染めてぽつりぽつりと呟く言葉を待っていた。
    「俺のことで、やきもち焼いたりする?」
    「……な、んじゃ? 急に」
     考えを見透かされたのかと驚いて、一瞬反応が遅れる。それから平静を装って、何でもないことのように聞き直した。
    「今日、ヒナイチが事務所で兄貴のこと褒めててさ。それ聞いてて、俺の兄貴だからって自慢したかったし、あと同じ職場で働いてるヒナイチとか半田をすげえ羨ましく感じた」
     それは俺が最近感じていたものとは違う、もっとずっと可愛らしいやきもちだった。
    「俺がいないとこで兄貴がどういう顔で何話してんのか時々気になったりするし、あの時、あのまま兄貴とヒマリと暮らしてたらとか……。あ、悪い、こんな話して! まあ兄貴はどこで何しててもカッコイイし! 兄貴がそんなこと考える訳ないよな」
     ポロッと漏れた本音を慌てて掻き消すように、弟は繋いでいない方の手をブンブン振って誤魔化した。
     こいつはきっと、また考え過ぎて自己完結しているらしい。もしもの話に胸が締め付けられる感覚を覚えながら、ぎゅう、と手を握り込んで、弟の同じ青い瞳を真っ直ぐに捉える。
     瞳と瞳がかち合って、ようやくそれで弟は静止して、戸惑った眼差しで俺の視線を受け止めた。
    「あ、兄貴……?」
    「俺も今日丁度……、半田に嫉妬してたぞ」
    「え……」
     静かに打ち明けた俺のその言葉に、そんなはずはない、という声を出しながらも弟はどこか少しだけ嬉しそうだった。
     それから俺は今日あった事や思った事をそのまま、(少しだけ兄としてカッコつけて)話して聞かせてやった。
    「俺には嫉妬なんて無縁だと思っとったんじゃがな、こんなの初めてじゃ。……すごいぞお前」
     そう言って腕を回せば、弟の方からもおずおずと腕を伸ばして迎えてくれた。未だ慣れないために鼓動が高鳴ってしまう弟の大きくなった身体を抱き締め、俺は右の頬に弟の左の頬をくっつけて笑う。兄弟としてのハグと、恋人としての抱擁の間みたいな少しの緊張感を伴った触れ合いは相変わらず不思議な感覚だった。
     腕の力を少しだけ強めて、弟は照れながらも俺の話への感想を述べた。
    「そ、そうなんだ。嬉しいな、兄貴の初めてが貰えるなんて……」
    「……ふ、そうじゃな」
     言い回しから一瞬弟相手にいやらしいことを想像してしまって、さり気なく体を離す。弟にバレないように深呼吸をして、俺はまた手を握って笑った。
    「そういえば、アイツは一緒に住んでるけど何とも思わねえの?」
    「ああ、ドラルクか? そういやそうじゃな……。お前のこと面倒見てくれとるって認識が強過ぎるのか……?」
     本当に今言われてようやく思い至った懸念案に首を捻らせていれば、弟は弟で別に面倒見てもらってなんかねえけど、と口を尖らせていた。炊事洗濯掃除全てやってもらっているのに何を今更、という気がしないでもない。
    「何じゃ、嫉妬してほしいのか?」
     俺が揶揄うように問えば、今度は怒るでもなく頬を赤らめて言う。
    「何つーかさ、それだけ、兄貴に独り占めされてるみたいだろ」
     いじらしい、駆け引きとは程遠い恋愛初心者の素直な破壊力抜群の発言に、俺は思わず繋いでいない方の手で顔を隠した。頬だけでなく耳まで熱いのは、きっと目の前の弟と同じくらい自分も赤くなってしまっているからなのだろう。
    「あ、兄貴……? ごめん、キモいこと言って……」
     あわあわとまた涙目になってあらぬ心配をしている弟に向かって、睫毛を伏せて顎を上げ、唇を差し出してやる。
    「ん」
     遊び人だと自負していたくせに、今更弟に対してむず痒い、初々しい恋愛を楽しんでいる自分がいるのも自覚していた。そもそも体の関係なしのお付き合いなど何十年振りか、若しくは初めてかも分からない。
     もしも今以上の関係に進んでしまったらお互いに一体どうなってしまうのか、怖くもあり楽しみでもある。
     相変わらず真っ赤になって固く瞼を閉じる弟にキスをしながら、幸福に浮かされる熱の籠もった頭でそう思った。









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