出された料理に文句を言いたくはないが、流石にこれには苦言を呈してもいいレベルだと思う。
「これは……」
「お口に合いませんか? お坊ちゃんは舌もさぞ肥えているのでしょうね」
「エスターの家にいると確かに美味い物ばっかりだけどさ……」
目の前の皿に盛られているのは野菜炒めだ。野菜は火が通っておらずシャキシャキのまま何故か肉は焦げていてその上味はとても水っぽいが、野菜炒めだ。
心なしか玖夜の嫌味もいつものキレがなかった。
玖夜の家に遊びに来てそのまま今日は一発……もとい泊っていくつもりではいたのだが、晩御飯も作ってくれると言うのでありがたくご相伴にあずかろうと待っていたら出てきたのがこれだ。
お世辞にも美味しいとは言えない野菜炒めに困惑する
。自分から夕食を作ると言い出したし、自信満々にキッチンに立っていたからてっきり慣れているのだと思った。
実際はカットされた野菜の大きさは不揃いだし、火加減も全くできていない。妙な物をいれたり手順がめちゃくちゃな訳ではないけど、子どもが初めて作ったような明らかに初心者レベルの出来だ。
「料理できないなら言ってくれれば俺が作ったのに」
「……できると思ったんですよ」
「やったことないのに?」
「見たことはありましたからね」
見たことはあるってことは、やっぱり料理したことはないのか。
玖夜がババ抜きで負けたときと同じようなムスッとした顔で火の通っていない野菜を抓む。そして口には運ばずまた皿へと戻した。
決して美味しいとは言い難いけど、せっかく作ってくれたものを残すのはもったいないのでもそもそと口に運ぶ。何でやったこともない料理を俺に振る舞おうと思ったんだか。
皿の中身が三分の一程減ったところで玖夜がぼそりと言った。
「……昔は、ハシュトがよく作っていました」
「え?」
「料理です。これも、ハシュトが作っていたものの見よう見真似です。本来獣である僕たちは料理なんて必要ありませんから」
「必要ないって、生肉食ってたのか?」
「流石に生では食べませんよ。ですが干したり火を通す程度でした」
「ふぅん」
玖夜が語るハシュトはケシ―から聞いたものとはかなり印象が違っていた。
ハシュトは慣れた手つきで包丁を握り、肉や野菜にスパイスで味を付けて火にかける。その合間によく話をしたという。
話の内容はその時々で、魔法についての講義だったり美味しい果実酒の作り方だったり、あるいはここではない世界の話だったりと様々だった。
玖夜はその時間が好きだったらしい。ハシュとのことを語る玖夜は懐かしむような僅かな笑みを湛えていた。
「それでお前は食べる専門だったってわけね」
「ええ、まあ、彼の料理は美味しかったですから」
そうやって目を細めて、じっと見ていたのだろう。興味もない、やったことのない料理の手順をなんとなくでも覚えてしまうくらいには。
ハシュトの料理を食べることはたぶん思っている以上に玖夜の大切な時間だったのだろう。
その時間を今は俺と共有してくれようとしたことに気づいて擽ったい気分になる。
「なあ、明日は一緒に朝飯作らないか?」
「一緒にですか? 貴方が作ってくれるのではなく?」
「俺が作ってもいいけど、一緒に作ればお前も料理を覚えられるだろ」
「僕には必要ありませんよ」
「そんなことないさ。二十年以上前に見ているだけだった料理を今になってやってみようと思ったんだろ? この先料理をする機会だってあるよ」
俺の言葉に玖夜は少し考え込んで、それから「そうかも知れませんね」と同意した。
やけに素直な玖夜の態度に、彼の柔らかい部分に触れたのだと知った。
「見ているだけじゃなくて二人で一緒に」は多分、玖夜とハシュトにはきっとなかった関係だ。
俺はハシュトの代わりにはなれないしなるつもりもない。だから一緒に朝食を作ったりそれを二人で食べたり、ハシュトとはしなかったことをしよう。
まずは、ようやく空になった皿を二人で洗うところから、だ。