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    星澤雷光

    @hoshizaw

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    星澤雷光

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    生前捏造、熱病と快復したときのギュラギュラ小説よ~

    受けよ月の抱擁 つい数か月前、第3代ローマ皇帝となったカリギュラは一人、暗い自室で窓辺に座り込み悩んでいた。ローマ市民はもちろん、元老院、属州の誰もが若く美しく血統も申し分のないカリギュラが皇帝となったことを歓迎していた。しかしそれは先代の皇帝ティベリウスの治世があまりに横暴、恐怖、緊縮などで不満が溜まっていたせいであり、自分はというとティベリウスが亡くなって別の皇帝になったことそれ自体と、緊縮を解いて禁止されていた剣闘士試合の開催などのバラ撒きで歓迎されていると言える。
    「父上……兄上……何故……」
     本来この座につくはずだった父、兄の二人、彼らはみな間接的にティベリウスに殺され、まさか三男である自分が皇帝になるなどとは思ってもみなかった。
     ただ、ここまで来るのに必死だったのだ。ティベリウスの元に軟禁され、遺恨を何もかも包み隠しともかく殺されないように奴隷のように従順に振舞った。権謀術数を巡らせ皇帝にまでなったが……なれてしまったゆえに、これからどうするべきか……。人事の采配はティベリウスの治世のまま継続させた。バラ撒きによって民たちは喜んでいるがいつまでも続けているわけにもいかないだろう。元老院の御機嫌もとらないといけない。外交、インフラの整備……やることは山積みであった。ふと外を見ると美しい月が輝いている。ディアーナ、美しき女神。しばし見入っていると何やら頭がくらくらしてきた。少し考え事をし過ぎたかもしれない。そろそろ眠って考え事は明日にしたほうがいいかと思い椅子から立ち上がる。
    「……?」
     ぐらりと視界が反転する。足がもつれベッドに倒れ込んだのだ。呼吸が荒くなっていることに気づき、己の額に触れると酷く熱い。悪寒が走り、急激に体調が悪くなっていくのを感じる。
    「これ、は……? 父上と、同じ……?」
     父は毒殺された――と、母に聞かされている。診断は病死ということだったが、ティベリウスに命令されたピソに毒を盛られ殺されたのだと母はいつも呪詛のように言っていた。真実はわからないがどちらにしろ、父は高熱に苦しみ唐突に亡くなったのだ。熱に茹だる脳は死んだ父の姿を走馬灯のように思い起こさせる。
    「そん、な……余は……私は、まだ……何も……!」
     辛い辛い日々を耐え忍び、ティベリウスが死に、やっとのことで皇帝にまでなったというのに。まだ数か月も経っていない。それなのに、もう死ぬのか……?! 定まらぬ思考。泳ぐ視線が窓の外の月を捉える。熱に浮かされいつの間にか滲んでいた涙に月の光は揺らぎ歪んで見えた。

    「そうだ、カリギュラ、お前は死ぬ」

     突然、頭の中に響く何者かの声、焦げるように熱い己の体から、何か黒い影がふつふつと沸き上がってくる幻覚を見る。黒い影は段々と形を形成していく。それは酷く顔色が悪く、白眼は黒く濁りその真ん中で血塗られた月のように赤い瞳を光らせる己自身の姿だった。
    「お前は、何もできないまま呆気なく死ぬ。父上のように兄上たちのように」
    「い、いや……だ……!!」
     自分に圧し掛かって来る己自身。押し退けようと手を伸ばすとその体を腕は泥沼にでも入れたように突き抜けていく。驚き恐怖に手を引っ込める。
    狂気に身を沈めるが良い、恐怖も哀しみも苦しみも惑いも憂いも全て狂気が目隠ししてやろう!」
     体に触れて来る血色の悪いその手は異様に冷たく、熱くて苦しい今の体にはその冷たさがむしろ心地よくて仕方なく、同時に何か空恐ろしいものに触れられている感覚になる。逃れたかったが、ぴったりと肌を寄せて体の上に寝そべられ、首筋から耳元に冷たい息を吹きかけながら甘く囁いて来る。
    「聞こえるか? ローマの民の声が、属州の民の声が」
    「あ、あ……聞こえ、る……」
     皇帝の快癒を祈る民の声が。犠牲式の煙の香り。遠く属州の民、一神教ゆえに皇帝を崇められぬユダヤの民までもが、カリギュラの快復を祈り犠牲式をあげていた。
    「まだ何もしていない若造にこの人気はなんだ? 民はただ楽しませてくれる踊る偶像アイドルが欲しいだけなのだ! そうだろう小さな軍靴ちゃんカリギュラ?」
     ――小さな軍靴カリギュラとは、幼い頃に父に連れられ軍営にいた頃の愛称であった。子供用に誂えられた小さなローマ兵の軍服を着せられ、ローマ兵たちの前を闊歩していた。カリギュラはかつてローマ兵達に愛されるアイドルであったのだ。父と母が笑い合いローマ兵達も自分を愛してくれていたあの頃の優しい記憶――。
    「何をしようと誰がお前わたしを止めるものか!!」
     もう一人の自分の言葉は確かにその通りに思えた。どうせ死ぬのなら、好き放題してしまえば良いのではないか? しかしそんなことが許されるのか? カリギュラの快復を祈る人々の顔が頭の中を巡る。――許される、許されるかもしれない。顔をなぞる狂気を誘う手に頬を寄せ、もっと触って欲しいと願ってしまう。
    「嫌、だ……駄目だ! そんなこと、は……!」
     そのようなことは許されない。
    「強情だな。ああ、っているとも」
     その手は優しく目隠しをし、口づけを落としてきた。熱で火照りからからになった唇に冷たく潤った唇が触れる。熱い、冷やして欲しい。喉が渇いて渇いて仕方ない。無理矢理に唇をこじ開けて入りこんで来る狂気の舌先に翻弄され、思わずその冷たい唾液を飲み込んでしまった。
     その瞬間、体中を巡る甘く冷たい痺れ、狂気の指が全身をくまなく蹂躙していく。熱に浮かされる頭に何度も響き渡る誘い。
    「あ……、……」
     冷たい体はぴったりと貼りつき、もはや剥がすことはできそうにも無かった。全身から熱が抜け出るのを感じながらカリギュラはゆっくり闇の底へと意識を手放して行った。頭上には、煌々と月が輝いていたように思う。

     何日経ったかわからないが、次に目が覚めると熱も体の痛みも嘘のように消えていた。
    「ガイウス陛下! お目覚めですか!」
     朝の身支度を奴隷に整えさせていると、皇帝の快復を聞きつけ我先にと部屋に何人もの見知った元老院議員の顔が現れた。久しぶりの心地よい朝にカリギュラは穏やかな微笑みを返す。
    「おお、良かった……! すっかり具合がよくなられたようで」
    「ずっと快復をお祈り申し上げていたのですよ。私は牛100頭を捧げました!」
    「ええ、私などはガイウス様が助かるならこの命を捧げても良いと神に誓ったものです!」
     その言葉を聞いた瞬間、カリギュラの目の色が変わる。
    「そうか……ならば、死んでもらわねばな」
    「え?」
     獣が唸るような囁き声は憐れな犠牲者の耳には届いていなかったらしい。
    「衛兵! この男を捕らえて窓の外に投げ捨てよ」
    「は? え?」
     皇帝の言葉に面食らっている男を近衛兵たちは直ちに捕らえ、窓辺へ引き摺って行く。
    「な!? 何故ですか?! ガイウス様!?」
    「お前は余が快復するように自らの命をかけて神に祈ったのだろう。ならばしかと捧げてもらわねばならぬ」
    「そ、それは……!」
     何事か反論しようとする男の体はしかしそれより先に宙を舞っていた。悲鳴のあとにぐしゃりと何かが潰れた音が響く。カリギュラは窓に駆け寄って下を覗き込んだ。
    「ふっ……はは、はははははは! ディアーナ! ディアーナよ、受け取り給え……!」
     ぶつぶつと祈りを捧げてからカリギュラは満足気に部屋に集った者たちのほうを振り返る。その誰もが恐怖に引き攣った顔をしていた。
    「どうした?」
     カリギュラの顔は晴れやかな顔であった。いつも通りの端正な美しい青年の顔。決定的に何かが歪んでしまったとは微塵も感じられない。
    「い、いえ……。陛下がお元気になられたようで何よりでございます」
    「ああ、余はもう大丈夫だ。心配をかけたな。これからローマはもっと良くなるぞ! 勿論、それはお前たちの助力あってのことだ。これからもよろしく頼むぞ」
     何事も無かったかのような笑顔で発せられるカリギュラの言葉に、顔を引き攣らせた笑顔で元老院議員たちは頷いた。カリギュラは周囲の反応に満足し、これから何をしてやろうかと心を躍らせるのであった。
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