さいごのときは 隣で眠っていたはずの恋人が、突然ベッドから身を起こしたのは、夜ももう随分と更けた頃のことだった。闇の中に響く、乾いた荒い呼吸と衣擦れの音。薄く目を開けば、激しく肩を上下させながら胸を押さえているユウリの姿が見えた。
「……ユウリ? どうしたの、」
上体を起こそうとしたが、それよりも早く、全身の力が抜けたようなユウリの身体が、シーツの上にどさりと倒れ込んでくる。沈み込む恋人の肢体を、慌てて腕の中に抱き込んだ。わずかに凍えた背中が冷たい。掠れた声が、呟くように言った。
「……びくとる、」
「なに?」
吐息が触れるほどの距離で、ユウリはおれの名を呼ぶ。その指先がおれの頬を静かになぞる。
「……僕と『お別れ』する時はさあ、」
「――うん、」
「さいごだって、分からないようにしてね。おわりまで、上手にだましてね」
カーテンの隙間から差し込む月明かりが、濡れたアーモンド色の瞳を反射する。恋人の輪郭を、一筋の雫が静かに伝った。
「……どうしたの、ユウリ」
やわらかな頬を両手で包み込む。あたたかな涙を指先でそっと拭う。
「悲しい夢でもみた?」
その問いかけに、目を伏せながらうなづくユウリが愛おしくて、小さく笑ってしまう。
「おれが、君のこと手放せないの知ってるくせに」
「……」
「ばかだなぁ、ユウリ」
額に、鼻先に、唇に――おれはそう言って、恋人に沢山のキスを仕掛けた。『お別れ』なんてない。『さいご』なんてない。
二人きりの真夜中。うるさいほどの心音。翳った月の光。右手の薬指に光る金の指輪が、白い天井に流星のように流れて、おれたちは暗い海の底にいるみたいだった。
息が出来るのは、君と一緒にいるからだ。
「『終わりにしよう』って言って、おれを泣かせたのは誰だっけ?」
「……あれはもう時効だから」
冗談めかせてそう告げれば、その夜初めて、ユウリは笑った。君の笑顔ほど、この世で美しいものをおれは知らない。そんな宝物を抱きしめれば、あまりにも当たり前に背中に回されるユウリの腕。
「ありがと、びくとる。……ごめんね、起こしちゃって」
「いいんだ。愛してるよ、ユウリ」
「……僕も、――」
ほとんど聞こえないほど、小さく呟かれた愛の言葉。溢れた恋人の情愛に、おれの心はいつだって温度を取り戻す。
「もう眠れそう?」
「……ん。大丈夫。ねむいね」
甘えるように微笑んで、肩口にぐりぐりと額を押し付けてくるユウリ。愛する人から、同じように求められる嬉しさにたまらなくなって、おれはいつだって息を止める。
君と一緒なら、おれはどんな夜だって幸せだ。
おしまい