狩人罠にかかる「酷い格好だな」
ディンは腰に手を当てて、呆れた様子を隠そうともせず、ルークへの評価を下した。
ディンとグローグーが住む家の軒先に突っ立ったままルークはへらへらと笑いながら肩を竦めた。ルークはいつものローブといつものブーツ、いつもの黒い服を身に纏っていたが、どこもかしこも煤けて埃っぽく、おまけに髪も髭も伸び放題のかなり不精なありさまだった。初めて出会った頃の身綺麗な姿がもはや懐かしい。もっともルーク曰く、最近ではあの姿の方がかなり稀だそうだ。身だしなみに気を遣わないと言う意味ではディンも似たり寄ったりだが、ルークの場合はさらに輪にかけて面倒臭がりな面がある。彼の妹や相棒のドロイドなどは彼のその性質をあまり歓迎していない様子だった。
ディンはルークに軒下にあるベンチへ移動するように促しつつ、靴の泥を拭う用の雑巾を手渡した。「随分髪が伸びたな」大人しく体中の泥やら砂やらを払っているルークを眺め、ディンは最後に二人が顔を合わせた時のことを思い出していた。「肩より下になるほど髪を伸ばしているところは初めて見た。それに髭も。苔みたいだ」
「三ヶ月も潜ってたんだ。せっかくだからイメージチェンジでもしようかと思ってね」
どこに、何のために潜っていたのか、という説明はない。きっとディンが尋ねたところでこのジェダイはのらりくらりと答えをはぐらかすだけだ。
「グローグーはもう寝ているから、裏口から風呂場へ行ってくれ」
「え、もう?」言ってからルークは思い出したように空を見上げた。雲一つない夜空に星々が美しく瞬いている。家のある丘から数里離れた先に見える中心街のネオンはいつも以上に大人しく、殆ど起きている生き物の気配がなかった。確かに子どもはもう寝る時間だろう。「迷惑をかけてしまったかな」
「別に。もう慣れた」
素っ気ないディンの言葉に、ルークは再び肩を竦めて見せた。
バスタオルと洗剤一式を受け取ると、ルークは少し悪戯めいた顔を見せた。「ねえ、一緒に入る?」
「……」
「冗談だよ」彼はくすくす笑った。言外にディンがアーマーを脱がないことを揶揄っているようだ。
ルークがこの手のジョークを口にすることは珍しくない。グローグーがルークの元を去り、紆余曲折の後ディンと家族としてここネヴァロに住み着くようになってから、ディンは再びルークに接触を図った。目的はグローグーのフォース感応能力の制御と育成のためだ。ジェダイ寺院にいた頃の勘を取り戻したグローグーだが、フォースと言うのは鍛錬を続けていかなければ完全に習得することは出来ない。グローグーはマンダロリアンだが、やはりジェダイでもある。ディンとしては、グローグーのどちらの特徴も潰すことなく健やかに育ってほしい。そのため、ディンは駄目もとでルークにグローグーの指導を依頼した。断られるだろうと思っていたが、意外にもルークは乗り気だった。彼はとても忙しい身の上なので、会いに来るのは数か月に一度のペースだったが、それでも暇を見つけてはこうして顔を出してくれた。そんなルークだが、グローグーへの修業には一切手を抜かず厳しく真面目にこなすというのに、最近ではすっかりディンに対して気安くなって、先のような冗談をよく言うようになった。それは全く他愛のない冗談だが、真面目なディンは毎度律義に突っ込みをいれたり、呆れて見せたり、恥じらったりしなければならなかった。ルークはそんなディンの反応を見て面白がっていた。本当に良い性格をしたジェダイだ。
だが、この日のディンはいつもとは違った。ルークに遊ばれたままでは面白くない。時にはこの余裕たっぷりのジェダイを負かしてやりたい。ディンは人一倍負けず嫌いなのだ。
「名案だ、ルーク、たまには一緒に入ろう」
「は?」
「どうか俺にあんたの鬱陶しい髭を剃らせてくれ」ディンはルークの頬に手を伸ばした。「このままじゃ、せっかくの綺麗な顔が見られないからな」
指先で頬をすりっと撫でてから、僅かに小首を傾げる。誘われたから誘い返してやった。さて、ルークはどんな反応を見せるだろうか。ルークの冗談を聞いても慌てないディンに鼻白むだろうか、それとも面白がるだろうか。そうしてディンはルークの様子を盗み見た。
ルークは僅かに目を伏せて、そっと顔を背けた。彼の伸びた髪の間から見える形の良い耳が、僅かに赤く色づいている。恥ずかしそうにも、嬉しそうにも、あるいは寂しそうにも見えるその様子に、ディンの方が呆気に囚われてしまった。
「……その反応は予想していなかった」つい、間抜けな感想がディンの口の端から漏れた。
ルークはハッと顔を上げると、僅かに気色ばんで恨めしそうにディンを睨んでから、勢いよく踵を返して「お風呂借りるよ」と言い残し、足早に家の裏口へ向かった。
一人残されたディンはただ呆然とその場に立ち尽くしていた。無意識のまま胸を手で抑えた。どうしてか心臓がバクバクと激しく高鳴っている。ルークの恥じらいがディンにもうつってしまったようで、馬鹿みたいに顔が熱かった。