友達感覚もうすぐ午後の授業のチャイムが鳴ろうとしている頃、午後は授業の予定が無い美術室へやって来た生徒がいた。
「うぅぅずぅぅいぃぃぃぃ……」
「いやお前、何今にも死にそうな顔して来てんだよ…」
明日の授業の準備を始めようとしていた美術教師・宇髄は、青ざめた顔をしてやって来た3年の女子生徒・謝花妓夫太郎を心配そうに見つめた。体がきついのかいつも以上の猫背で、小柄な体が更に小さくなってしまっている妓夫太郎。フラフラと覚束ない足取りで宇髄の側にやって来ては、ボフッとその逞しい胸に顔を埋めていく。
「オイッ。大丈夫かッ?」
「うぅぅ…大丈夫じゃねぇ…だから準備室で寝かせてくれぇぇ…」
「いや、そんなきちぃなら保健室で寝た方が良いだろ。連れてってやっからよ」
「保健室なんかで寝ちまったら梅に心配かけちまうだろぉぉ…」
「お前なぁッ」
自分の体調よりも弟への配慮を優先させてしまう妓夫太郎に、宇髄は思わず深い溜息をつく。
「お前、本当顔色わりぃぞ?ちゃんと保健室で診て貰った方が…」
「……痛」
「ん?」
「生理痛だもんよぉ…」
「……」
男の自分がとやかく言える不調ではないと察した宇髄は、自分の胸に顔を埋める妓夫太郎の背中へ手を回し、優しく擦っていく。
「薬は飲んだか?」
「飲んだぁ…」
「…本当に寝るだけで大丈夫なんだな?」
「うん…」
「んじゃ少しの間準備室で寝てろ。俺はこっちにいるからよ」
「んん…さんきゅぅ……」
教師として本来なら保健室へ連れて行くべきなのだろうが、デリケートな体調不良を弟に聞かれたくないのだろうと、妓夫太郎の気持ちを優先させた宇髄。そんな甘い自分に呆れては苦笑を浮かべ溜息をつく。
「宇髄ぃぃ…」
「ん?」
「もう動きたくねぇから運んでくれぇぇ…」
「幼児かお前は」
そうツッコミながらも、宇髄は妓夫太郎の肩と足を抱えて、所謂お姫様抱っこ状態で準備室へと運んでいく。宇髄のファン並びに梅が見たら発狂物であろう。まるで付き合っているかの様な事を普通の顔をしてやっているが、2人は別に付き合っているわけではない。他の者より仲が良いのは確かだが、そこに恋愛感情は無い、ただの友達感覚…そう互いに思っている。
「ほら。ゆっくり寝とけ」
「んん〜」
準備室に着き、宇髄は勝手に持ち込んだ自身の大きめなソファーに妓夫太郎を寝かせてその頭を優しく撫でる。まるで小さな子供をあやすような優しい手つきに妓夫太郎は目を細め、その優しさに甘えるように体から力を抜けさせ、眠る準備に入っていく。
「そのままじゃ体冷えっだろ。これ貸しとくわ」
そう言って妓夫太郎の体に掛けられたのは、宇髄が着ていたパーカーだった。そのパーカーを細めた瞳でジッと見つめて、妓夫太郎はニヒッと笑う。
「ん…借りとくなぁ…」
「おう。何かあったら呼べよ?」
「ん…」
優しい言葉をかけて宇髄は静かに準備室から出ていく。それを確認した妓夫太郎は、笑みを表情から消して、自身にかけられたまだ温かみのあるパーカーをぎゅっと掴んでは、切な気に瞳を潤ませ、目を閉じていった…。
それから40分程経っただろうか。宇髄は妓夫太郎の様子を見に、静かに準備室の扉を開く。
宇髄の瞳に映るのは、ソファーの上で自身のパーカーをぎゅっと掴み、すぅすぅと寝息を立てて眠る妓夫太郎の姿。横向きで背中を丸めているその姿はまるで猫みたいだなぁと宇髄はクスッと笑う。そして、ゆっくりと妓夫太郎が起きないように静かに近寄っていき、ソファーの前まで来ては膝を曲げて座り、妓夫太郎の顔を覗き込む。
普段見せる不良少女の顔でなく、無垢であどけない妓夫太郎の寝顔。そんなスヤスヤと眠る妓夫太郎は安心しきっているように見えた。誰にも何もされない…"ここ"は安心できる場所だと思っている様に…
実際にここは誰も入って来ない。部屋の主以外は…。
「…そんなに無防備なのは、俺を信用してっからなのか、俺を全然そういう対象として見てねぇからなのか…どっちなんだ?」
警戒心の欠片も見えないその寝顔に、宇髄は囁きかける。切なさを宿した瞳で見つめては、そっと妓夫太郎の唇に触れている横髪を指で絡め取り、自身の口元へと持っていく。
「こっちの気も知らねぇで…んな可愛い顔して寝てたら、襲っちまうぞ?」
恋愛感情は無い…友達感覚…そう妓夫太郎が思っているならば、自分はそうでなければならない。
本当はその唇に触れたい。唇を重ねたい。その本心を押し殺して、宇髄は指に絡め取った黒髪に唇を落としていく。優しく触れるキスのようにチュッとリップ音を立てて…。
愛しさと切なさの混ざった瞳で妓夫太郎見つめては、指から髪を解き、そっと優しく妓夫太郎の頭を撫でる。
「んッ…」
撫でられた妓夫太郎は身動ぎ、自身の頭を撫でる宇髄の手が肌に触れる様、頭を動かす。それはまるで猫が撫でて貰いたい場所を促していくような動きだ。
そんな妓夫太郎に宇髄は胸を弾ませる。
「…マジで襲うぞコラ」
愛らしく可愛い妓夫太郎の仕草に、これ以上は理性が保たないと判断した宇髄は、名残惜しくはあったが妓夫太郎から手を離し、そっと再び準備室から出て行く。
パタンッと優しく閉められた音が響き、準備室には再び静寂が訪れる。
「………」
その静寂の中、妓夫太郎は目を薄っすらと開けて、宇髄が指で絡め取っていた横髪を指に絡めていた。
「…襲ってくれても構わねぇのに」
恋愛感情は無い…友達感覚…宇髄はそう思っているとずっと思っていた。イケメンでモテる男だ。自分のような魅力の無い男女に興味を持つわけがない。だから友達感覚でも良い。側にいて笑い合える仲を続けれるならそれで良いと思っていた。なのに…宇髄はもしかしたら自分と同じ気持ちでいてくれてるのではないかと、先程の言動で思い始めた。宇髄も自分を好いていてくれてるのではないか、と…。
(告白…してみっかなぁぁ…)
大好きな笑顔を思い浮かべ、妓夫太郎は指に絡めた髪に唇を触れさせる。宇髄がキスを落としたその髪に…。
心臓はバクバクと鳴り、身体中が熱くて仕方がなくて苦しい…苦しいけれど、そんなに嫌な気分では無い…。
身を包む、大好きな人の香りが漂うそのパーカーをぎゅっと掴んで、妓夫太郎は再び目を閉じた。
次に目を覚ましたら、告白してみよう…そう決意して。
オマケ
告白してみたをちょこっと
「う、宇髄ぃぃ…」
「おっ。起きたか…って、お前どうしたんだッ!?顔真っ赤だぞ!?熱でもあんのか!?」
「ぃ、ぃや…ぁ、ぁのなぁぁ…」
準備室から出て来た妓夫太郎は顔を真っ赤にして、宇髄の元にゆっくりと寄っていく。そんな妓夫太郎を心配して宇髄は駆け寄り、その細い腕をガッシリと掴んで顔を覗き込む。
「お前、本当大丈夫か?今からでも保健室に…」
「……すッ、す、き」
「ん?」
「好き、だぁぁ…ぅ、宇髄の事、その、そういう意味で好きなんだぁ、俺ぇぇ…」
顔を真っ赤にしたまま妓夫太郎は宇髄を見上げて自分の気持ちを告げる。余程緊張しているのか、涙を溜めているその瞼…天色の瞳は潤んで、ゆらゆらと揺れながら宇髄を見つめている。
そんな妓夫太郎に宇髄は…
「……は?襲う」
「……へ?」
理性がどこかに飛んで、妓夫太郎の唇に唇を重ねていく。それも舌を絡ませ合う濃厚なやつを……
告白されて速攻でディープキスはブチかましたけど、流石に身体までは襲わなかった宇髄先生でした。