嘘/真実「俺はアンタと別れる」
そんな頓珍漢な事を同居している恋人が急に言い出したのは、きっと今日という日のせいだろう。そう宇髄天元は思った。
「…別れるって」
「別れるっつったら別れんだよ」
「……」
ソファーに座る自分の前に立つ宇髄を見上げ、一歩も引かぬという表情を浮かべる宇髄の恋人・妓夫太郎。
今日は4月1日、エイプリルフール。嘘というのは分かっている。分かっているが……
「お前な…エイプリルフールだからって、人が傷付く嘘は感心しねぇなぁ」
「嘘ってすぐに分かったんだからいいじゃねぇか」
「良くねぇよ」
ハァと溜息をつきながら、宇髄は座る妓夫太郎の脇を持ち上げ、今度は自分がソファーに座った。妓夫太郎はというと、そのまま宇髄の膝の上に座らされ、そのまま丸太のような逞しい腕によってガッチリホールドされてしまっている。
「可愛い恋人から別れようなんざ、嘘でも聞きたくねぇんだよ」
そう囁いて妓夫太郎の額へ唇を落とす宇髄。その瞳と声に怒りはなく、愛おしさだけが感じられる。
「お前だって、俺から「別れようぜ」って嘘つかれんの嫌だろ?」
「そりゃそうだけどよぉ…」
「んじゃ謝ってくださーい」
「……嫌だ」
「何で」
「…俺だって、ちゃんと考えて嘘ついてんだよ」
宇髄の言葉に不服そうに唇を尖らせ小さく呟く妓夫太郎。その言葉に宇髄は首を傾げる。別れるという嘘がちゃんと考えたものとは?と疑問の視線を送ると、
「…エイプリルフールでついた嘘は、1年間実現しねぇらしいから」
宇髄の視線から逃げるように目を逸らし、頬を赤らめてながら妓夫太郎はそう答えた。
エイプリルフールで「別れる」と嘘をつけば、それは1年間実現しない。宇髄と別れる事が無い。そんな妓夫太郎の願いの篭った嘘。
それを知った瞬間、宇髄は嬉しい気持ちと悲しい気持ちとが織り混ざる複雑な気持ちになる。
「んなまじないみてぇなもんに頼んなくても、俺がお前と別れるなんざ未来永劫無ぇよ」
未だ自分から視線を逸らす妓夫太郎の頬にキスをし、ぎゅっと身体を抱き締める。
それは、自分の愛が伝わるように……自分から逃げる事ができないように……。
「俺はお前だけを愛してる。一生離す気ねぇからな?」
「……それ、嘘かぁ?」
「んなわけねぇだろ。本心だよ」
「んじゃ証拠見せろやぁ」
妓夫太郎は先程までの気まずそうな表情とは打って変わって、悪戯な笑みを浮かべ宇髄への首へ腕を回し戯れるように身をすり寄せていく。その行動に一瞬を目を丸くした宇髄だが、妓夫太郎の意図が分かるとにんまりと笑みを浮かべた。
「何だ?甘えてぇのか?」
「アンタが寒い言葉かけてくれたからなぁ…身体が冷えちまったから温めてくれや」
「嘘つけ。俺の甘い言葉で火照り始めてんだろ?顔真っ赤だぜ」
「…アンタには嘘つけねぇなぁぁ」
宇髄に対してだけはどうしても感情が顕になってしまうなぁと妓夫太郎ははにかんだ笑顔を浮かべ、宇髄の胸元へ顔を埋めていく。そんな妓夫太郎が愛らしくて愛おしくて、宇髄もまた微笑みを浮かべ、そのまま妓夫太郎を抱き上げては寝室へと向かっていく。
時間は午後12時を回った。
諸説あるが、エイプリルフールで嘘をつけるのは午前中のみ。これから2人が囁き合う愛の言葉は、嘘偽りのない真実の言葉。互いを求め愛し合う行為もまた真実の愛を伝えていた。