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    ChomChima

    @ChomChima

    @ChomChimaのぽいぴく。ハーメルンのスラー聖鬼軍中心。ガイコキュなど。

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    ChomChima

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    昔書いたコキュリュその2。悪夢にうなされるリュートくんがコキュウ兄さんに少し救ってもらう話。大人っぽいコキュウ兄さんとかっこよく戦うリュートくんが書きたかったです。

    #ハーメルンのバイオリン弾き
    hamelinFiddler
    #コキュリュ
    coccolith

    薄明の誓い夢の中ではリュートはいつも一人で、魔族の大群に囲まれていた。生暖かく血なまぐさい風が頬を撫でる。瓦礫の山に立つリュートが身の丈ほどもある剣を振り回すと、同心円状に衝撃波が拡がりその場にいた魔族がなぎ倒された。咆哮、悲鳴、地鳴り。音としてでは無く、脳内で認識される。いやに体が重たく動きづらいのもいつもの事だった。夢の中のリュートは焦っている。逃げ惑う魔族を追いかけて、一匹残らず始末しなければならないのに。蜘蛛の子を散らすように逃げる魔族の一体を掴み、両手に法力を込めて引きちぎる。一度では飽き足らず、何度も拳をその魔族に叩きつけた。肉を抉る感覚が妙にリアルだった。水風船のように破裂する内臓も、指にまとわりつく血も、全てが不快だった。いや、果たして本当にそう思っているのだろうか。どうして執拗に、繰り返し嬲っているのだろうか。リュートには分からなくなっている。そして魔族の肉片は宙を舞う。だめ、見てはいけない。抵抗したいのに、目が離せない。飛び散る魔族の頭部が、回転しながらぐるりとこちらを向いた。嫌だ、止めて。

    そこでリュートは目を覚ます。薄暗い部屋で、リュートの鼓動がやけにうるさく響いている。かいた汗で毛布が肌に絡みつき、少しひんやりとしていた。強ばっている体が全て無傷なのを確認すると、恐る恐る呼吸を始めた。いつの間にか、息を止めていたようだ。ようやく少しずつ力が抜けてきた。このところ、毎日同じ夢を見る。生々しく陰鬱で、おどろおどろしい。魔族の討伐が主な仕事であるリュートにとって、その光景は日常茶飯事のはずだった。しかし、自分が蹂躙していた魔族の正体を初めて見た時は、悲鳴をあげて飛び起きた。しばらく震えが止まらず、毛布にくるまって朝まで過ごした。何度も繰り返すうち、リュートはその正体を見る前に目を覚ます術を身につけた。ただ、後味の悪さは変わらず、その後眠る気にもなれなかった。今夜も、すっかり目が覚めてしまった。時刻はまだ日付が変わったくらいだ。リュートは寝返りを打ってため息をついた。夢の中のように体が重い。目を瞑ると、先ほどまでの夢の映像が甦るようだ。リュートはのそりと起き上がるとガウンを羽織った。初めは冷たかったガウンだが、リュートの体温で少しずつ温もってくる。再び眠くなるまで、本でも読んでいよう。リュートは部屋の灯りをつけた。しかし、一度覚めてしまった瞼が重たくなる頃には、窓の向こうはもう白んでいた。

    リュートが十五歳という史上最年少の若さでスフォルツェンド公国の大神官になって半年。魔族による襲撃は、徐々に頻度を増している。スフォルツェンドは法力を主な軍力源とする魔法国家で、魔族に対する防衛網は整っているため被害はさほど大きくない。しかし、それでも国境付近の小さな村々や小国では、ゲリラ的に魔族が出没し人々が襲われていた。リュートは魔法兵団を率いて、こうした辺境の地の警備を行っていたが、同時多発的な襲撃への対応はどうしても遅れてしまう。スフォルツェンドだけではなく、他国も同じだった。海を挟んで東側にあるスラー共和国も、軍事国家としては名高かったが同様の問題を抱えていた。
    「…リュート王子?」
    ふいに声をかけられ、リュートはハッと顔を上げた。隣に座っていたコキュウの声だった。
    「あ…」
    リュートは瞬時に状況を思い出した。今日はスラー共和国との共同警備のため、スラー共和国北部の国境付近まで来ていたのだった。森の中に簡易的な要塞が築かれ、そこに陣営を張っている。ここでスラーの人馬騎兵とスフォルツェンドの法力結界の二段構えで周辺魔族の殲滅を図り、人間側の安全区域を拡げようと試みている。リュートとコキュウは、その作戦の責任者として、現地に赴き指揮を取っていた。
    「す、すみませんっ」
    リュートは勢いよく頭を下げ、そのまま恥ずかしさで俯いた。自分でも気づかないうちに居眠りをしていたらしい。部屋では、隣に座っているコキュウの他、スフォルツェンド、スラーの兵士達十数人が机を囲み、広げられた地図や駒の模型などを使って警備計画を立てていた。
    「ずっと会議詰めでしたからね、無理もない。少し休憩にしましょう」
    事実、会議はもう三時間も続いており、兵士達の集中力も切れかけている所だった。コキュウの一声に、異論を唱える者はいなかった。みなそれぞれ伸びをしたり、談笑を始めたりして、凝り固まった緊張を解していた。
    「…ごめんなさい」
    リュートは小声でコキュウに謝った。
    「そんな、そろそろ休憩を入れないとならない時間でしたしね。うっかりしてました」
    にこやかにコキュウは言うが、リュートは、情けないところを見られてしまったと感じ、バツが悪そうに首を竦めた。そういえば、と、リュートはまだ少しぼんやりする頭で気づいた。居眠りをしていたようだが夢は見ていなかった。いつも日中は、寝不足による頭痛はあるものの意識が飛ぶようなことは無かったのだが。
    考え込んでしまったリュートを見て、コキュウがおもむろに兵士達に指示をした。
    「ここからは我々がいなくても大丈夫だろう、皆、後を頼む。俺とリュート王子は別室に控えているから」
    コキュウはそう言うと、リュートが応じるより素早く、半ば強引にリュートを連れて部屋を出た。
    「あの、ちょっと…」
    わたわたと慌てるリュートが通されたのは、仮眠室だった。二間程度の部屋に簡素なベッド、小さなテーブルと椅子が備え付けられている。換気のためか、窓は開いていた。三階建ての要塞の最上階のため、木々の頂上と青空のコントラストが目に優しい。昼下がりの空は雲が増え、やや青が薄くなっていた。
    コキュウはベッドにリュートを座らせた。自分は膝をついてリュートの顔を覗き込む。
    「…顔色がよろしくないですね」
    コキュウはリュートの頬を撫でたり下瞼を引っ張ったりしだした。突然のことに戸惑ったのはリュートだった。コキュウの真剣な眼差しに、図らずもドキリとしてしまう。どうやらコキュウは、リュートの居眠りがただ事ではないと察知したようだった。顎に手をかけ、上を向かせるなどひとしきりリュートを観察し、やがて「うん」と呟いた。
    「だいぶお疲れのようですね」
    五人兄弟の長子で面倒見のいいコキュウは、リュートの頭をポンと撫でて言った。優しい笑顔は、自分を弟のように見ているのだろうか。それとも愛想笑いだろうか。睡眠が足りていない頭だと、つい後ろ向きに捉えてしまい、そんな自分にも嫌気がさす。
    「いつもの元気が無いようですが…ただ疲れてるだけですか?何かあるなら、俺でよければ聞きますよ」
    また、コキュウがリュートの顔を覗き込む。年下との接し方には慣れているんだなとリュートは思った。そんなことは初めから分かっていた。いつからか、兄のように慕うこの青年に、自分だけを見て欲しい、自分を特別扱いして欲しい、と思うようになっていた。部屋に二人きりのこの状況は嬉しいはずなのに、先ほどの醜態を見られてしまった後では隠れてしまいたくなるほど居た堪れなかった。そして、心配するコキュウを躱せるような気の利いた返しは、寝不足のリュートの頭では浮かぶはずもない。
    「疲れてるだけです」
    憮然と呟くのが精一杯だった。
    「そうですか…無理もないですよ、俺がリュート王子の歳の頃だってこんなに忙しくなかったです」
    明るくコキュウが言う。すこしホッとしたような声色だった。嘘をついた訳ではないが、本当の理由を明らかにしなかったことをリュートは少なからず申し訳なく思った。夢見が悪くて眠れないんです、と、伝えたらどう思われるか。それ以前に、悪夢の事を口に出すのが嫌だった。屈することを認めたくない。認めてしまえば、あの光景が本物になってしまいそうだったから。
    「少し寝てください。また頃合いを見て起こしに来ますから」
    コキュウの勧めにリュートは一瞬迷ったものの、さあさあとベッドに押し込められてしまった。少し硬めのマットに転がされてふわりと毛布をかけられる。品質では明らかに王宮の自室のものとは劣るだろう。しかし、横になるとぐったりと力が抜けて、少し黴臭いシーツに溶けてしまいそうだった。気丈に振舞ってはいるが、リュートには休息が必要だったのだ。情けないなと思いながらも、「はい」と唸ってリュートは枕に顔を擦り付けた。コキュウはその様子に満足すると、部屋を出ようと立ち上がったが、僅かな引っ掛かりを感じて動きを止めた。リュートがコキュウのズボンの裾を摘んでいたのだ。
    「すみません…眠るまでいてもらえますか」
    それは、リュートにとっては告白同然の勇気がいるものだった。一度居眠りという恥を晒してしまったのだから、もう一度くらい格好悪いところを見られてしまってもいいだろう、と半ばやけになっていたのもあった。それに、リュートには確かめたいことがあった。コキュウの隣でなら、あの夢を見ないかもしれない。居眠り出来たように、また眠れるかもしれない。そんなリュートの心情は露知らず、コキュウは最初目を見開いたが、すぐに「分かりました」と笑った。コキュウは木の椅子を持ってくると、リュートの、ちょうど顔の横に来るように置いて座った。小さな丸椅子は、痩身の見かけとは裏腹のサイボーグの重量にギシリと悲鳴をあげる。コキュウは大股に開いた膝に腕を起き、両手を組むと無遠慮にリュートの顔をじっと覗き込む。リュートは引き止めたのは良いものの、どうしたらいいか全く考えていなかったため、戸惑ってしまった。まさかリュートが寝入るまで、こうして凝視するつもりなのか。
    「そんなに見ないでください…」
    枕に真っ赤になった顔を押し付けた。
    「あ、いや、すみません、つい…」
    釣られてコキュウも赤くなり、顔を逸らした。
    「リュート王子、最近急に大人っぽくなったなあと思いまして…戦闘力も、もう俺なんか太刀打ち出来ませんよ」
    もしかしたら、子ども扱いされてるのではとリュートが気にしているのを察したのかもしれない。その心遣いがコキュウらしいと、リュートは枕から視線を上げた。
    「でもまだ十五歳でしょう?こんな大役を担って、疲れないわけないです。大丈夫、眠るまで、ここにいますよ」
    コキュウのやや低い、しかしまだ大人になりきれていない声が、耳に心地良い。早くも、眠気が甘い誘惑になって瞼を襲った。
    「あの…コキュウさんは、魔族と戦うのは怖いですか?」
    リュートはふと問う。特に頭の中で吟味した訳ではなく、思ったことがそのまま出てしまった。
    「怖いか…ですか?」
    コキュウはリュートの問いに腕組をして、空を睨んだ。わざと真面目に考えてる様子がおかしかった。
    「そうですね…命を落とすかもしれないという意味では恐ろしいです。サイボーグですが、不死身ではないので」
    そう言って、コキュウはリュートに向き直る。
    「誰だって、命は惜しいものです」
    「僕は」
    言いかけて、リュートは気後れした。コキュウがどう受け止めるか不安になった。だが、コキュウが無言で促すのでとうとう諦めた。
    「僕は、魔族を倒すのが…殺すのが怖いです。今は魔族だけですけど…もしかしたら、人間でも悪い人だったら、同じように殺してしまうかもしれない…魔族を殺すのと人間を殺すのは、実は変わらないんじゃないかって」
    コキュウは初め驚いたふうに目を瞬かせたが、すぐにリュートの言葉に深く頷いた。
    「魔族がいなくなったら、僕は殺せるものがなくなってしまう」
    いつの間にか、声が震えている。瞬きを忘れた目は乾き、生理的に涙が滲んだ。零れる前に、枕に吸い込まれて温かい染みが広がる。夢を思い出してしまった。リュートが嬲り、殺していた正体。
    魔族だと思った肉塊は、人間だった。
    否、命だった。
    「魔族は快楽の為に破壊と殺戮を行います。同族の命すら塵のようにしか思ってません」
    ゆっくりと、噛んで含めるようにコキュウが言う。文字通り、泣いている子どもをあやすように。
    「人には法がある。罪は裁かれ、罰せられます」
    「でも僕は、罰として殺してしまうかもしれない」
    まるで駄々を捏ねている子どもだ。でも、でも、だって、と繰り返すが、どんな事を言ってほしいのか自分でも分からない。リュートは自らに苛立っていた。皆の笑顔を護りたい。それに偽りは無い。では、笑顔を護るためなら、他者を排除しても良いのか。今は魔族を排除すればいい。でも、魔族じゃなかったら、人間だったら。壊してしまう方が手っ取り早いし、リュートにはその力がある。
    さすがにコキュウの顔に困惑の色が浮かび、それを察知したリュートも後悔した。コキュウを困らせたかった訳では無い。ただ、口をついてしまった。夢の、闇雲なおぞましさが、言葉にすることで急に輪郭を顕にしだしている。自分が感じていた恐怖が言語化され、リュートは初めて気がついた。
    コキュウは眉間に皺を寄せて目を伏せた。口許に手をやり、考え込んでいる。時間にしては一分もなかっただろう。しかしリュートには、永遠のように永く感じられた。先に音を上げたのはリュートだった。
    「ごめんなさい、こんな事を言って。大人しく寝ます」
    毛布をたくしあげ、寝返りをうってコキュウに背を向けた。完全に、大人を煩わせる小さな子どもだ、と、リュートは自己嫌悪に陥る。コキュウはどんな顔をしているだろう。呆れているだろうか。まったく、と怒ってしまっただろうか。リュートは振り返る勇気も持てずに目を瞑った。
    「いや、リュート王子…俺も、すみません…」
    沈んだ声を背中で聞く。上手く答えることが出来なかったことを謝っているのだろう。困らせるだけではなく悲しませてしまった。いっそ怒って愛想を尽かしてくれた方がまだ良かっただろうにと考えながらも、体は正直で、リュートの意識は眠気に飲まれて落ちていった。

    優しい闇がリュートを包む。ざわざわとノイズのような音が響いていたが、それが逆にリュートに安堵を与えていた。蹲るように膝を抱え、背を丸めた。ああ、ようやく休めたんだ、と息をついた。
    ー 殺しに行こう、魔族を。
    ぼんやりとした声が聞こえた。正確には、頭の中で認識した。夢だから当然だと思い、リュートは答える。今は魔族はいないよ、平和だよ、と。
    ー じゃあ悪い人を倒しに行こう。
    声がせがむ。そんな人もいないよ、大丈夫だよ。リュートは宥めたが、疑問にも思った。悪い人がいないなんて、本当だろうか。
    「たくさんいるよ」
    急に声が、ハッキリと実体を持った。あどけない自分の声。リュートが顔を上げると、闇の中に、白く光を纏ったもう一人のリュートがこちらを見ている。キラキラと希望に満ちた目で。
    「ここは汚すぎるよ」
    「僕が倒しに行かないと」
    「だって僕が、正義だから」

    地響きと建物が軋む音、そして空気が揺れるような咆哮に、リュートは覚醒した。それまで眠っていたことを微塵も感じさせない素早い動きで仮眠室から飛び出し、屋上に出る。四方を確認するまでもなく、北の空が赤黒く染まっていた。魔族の襲撃だ。
    「各員、配置に付け。魔族の種類と規模の分析を急げ」
    同じく屋上に駆けつけたコキュウが、リストバンドに内蔵された無線で要塞内の兵士たちに指示を出す。要塞にはスラー共和国の技術による監視システムが搭載されており、各部署への司令を出すことが可能だった。しかしサイボーグであるコキュウやリュート程の法力の使い手にもなると、肉眼で確認した方が早い事もある。
    コキュウのリストバンドから、司令室にいる分析担当の兵士の声が響いた。
    「北東20キロに魔族軍、艦隊一機。恐らく幻竜軍、飛行タイプ、戦力レベル中の下。時速280ノットで接近中、約5分後に法力結界区域に到達」
    「侵略ルートに居住区および生体反応は」
    「ありません」
    コキュウと兵士の会話を横で聞きながら、リュートは身を乗り出して目を凝らした。目視と解析結果は凡そ一致しており、そこまで大々的な襲撃ではなさそうだった。しかし、戦艦を取り巻いている、怨念のようなどす黒い瘴気の密度が濃い。
    「少数精鋭のようです」
    リュートは傍らのコキュウに囁く。コキュウもそれは感じていたようで、頷いた。
    「機械による魔族軍の戦力把握と、実際の戦闘力に齟齬がありますね。改善の必要があります」
    コキュウはあくまで冷静だった。要塞としての機能確認にも余念が無い。
    「まぁ、今回は試験運用みたいなものなので」
    そう言うと、無線で各持ち場に控えている兵士たちに呼びかける。
    「人馬騎兵隊は射程範囲に入り次第、艦隊及び飛行兵の撃墜。魔法兵団は法力結界強化と、念の為陸路での奇襲に備えるように。敵戦力は分析結果の1.5倍と考えろ。まずはマニュアル通りに迎撃し、俺とリュート王子はフォローに回る。以上だ」
    「了解」
    兵士達はモニター越しに一斉に応じた。リュートは今にも飛び出してしまいそうになっていたが、コキュウから後方支援に回るよう伝えられてしまったため、出るに出られなくなった。コキュウもリュートも、常に最前線にいるとは限らない。不在時にも機能するような体制づくりが今回の作戦の一部でもあった。コキュウの手際の良さに感心しながら、リュートは戦況を見守る事にした。
    「おかしいですね」
    コキュウが呟く。真意を図りかねて、リュートがコキュウの方を向くと、コキュウは艦隊から目を離さずに続けた。
    「艦隊で来たということは、北の都からの出撃です。土着の雑魚魔族の情報はありましたが、新たに兵を差し向けるにはタイミングが良すぎる…」
    ふと、コキュウはリュートの方を向いた。
    「まるで我々がここにいるのを狙ったかのよう…」
    閃光が瞬き、人馬騎兵隊の砲が火を噴いた。艦隊からも砲撃があるが、結界に接触して蒸発した。次いでわらわらと幻竜軍が艦隊から投下され、羽根の生えた異形が空を舞った。しかし、結界に阻まれ進むことも出来ず、憐れな砲弾の的となっていた。
    「!」
    突然の殺気にリュートは考えるより早く行動した。艦隊に背を向けて走り出すと、およそ人間の範疇を超えた身体能力で跳躍した。要塞の屋上から飛び出し、空中で巨大な剣を召喚し、振り上げる。
    「地下です!」
    言うが早いか、要塞後方の地面が盛り上がり、5メートルはあろう竜が大地を裂いて出現した。リュートは落下しながら剣に法力を込める。ごつごつとした、緑とも黒ともとれる鱗に覆われた竜は、鋭い爪を振り上げてリュートに襲いかかった。赤い瞳がぎょろりとリュートを睨む。
    「リュート王子!」
    屋上から身を乗り出してコキュウが叫んだ。
    竜の爪の切っ先が触れたマントが、黒い炎に包まれ焼け落ちる。リュートはへえ、と感嘆しながらも顔色は変えなかった。毒の炎を纏った土遁の竜。周辺の目撃情報もなく、この土地に住みついている魔族とは考えにくい。攻撃を紙一重で交わしながら、リュートは分析した。炎に触れれば厄介だが、逆にそれさえ気をつければ恐るるに足らない。リュートは木々を足場に宙を駆け、竜を撹乱した。法力を纏った剣が竜の腕や尻尾を切り落としていく。竜の炎の魔力より、リュートの法力が勝っていたようだ。断面は自らの炎で焼け爛れ、胸が悪くなる匂いが噴き上がる。巨体が暴れて要塞に打ち付けられたが、それすら、リュートの結界の前では壁に傷一つ付かなかった。轟く奇声が耳をつんざく。空気までもがびりびりと振動し、リュートは顔を歪めた。五月蝿い。リュートは地面を蹴って竜の頭の上まで跳んだ。軽々とした身のこなしに、駆けつけた兵士達は羽根が生えているのではと見まごう程だった。脳天に狙いを定め、落ちるままに穿った。頭蓋骨が砕け、筋肉が裂ける感触が手に伝わる。血飛沫をあげ、戦意を燃やし尽くした肉塊はゆっくりと崩れ落ちた。リュートは毒の血を浴びないようにひらりと身を翻し、後ろ向きに跳んで地面へと着地した。そして竜が事切れる寸前、低く唸る言葉を聞き取った。
    「聖杯完成の時は近い…幻竜軍万歳…大魔王万歳…」
    「聖杯…?」
    リュートは聞き返したが、声は巨体諸共黒い炎に包まれ、ぐすぐすと気味の悪い黒い液体となって溶けていった。沸騰したようにぼこぼこと気泡が上がり、灰色の煙が上がる。やがて竜は、地面に拡がる大きな黒い染みとなった。恍惚に似た快感に、リュートは支配されていた。もっと戦いたい。もっと切り刻みたい。もっと絶望させたい。もっと、もっと。欲求が体を駆け巡り、対象を失った苛立ちに目眩がした。わあっと歓声が上がり、兵士達がリュートを取り巻いた。
    「さすがリュート王子」
    賞賛が飛びかい、リュートはだんだんと現実に引き戻されていく。
    竜の撃退を合図に、幻竜軍は撤退して行った。幸いにも人的被害はほとんど無く、要塞にもヒビが入った程度だった。竜が掘り進めた地下の穴は埋めないとならない。
    「戦艦は、竜の奇襲の陽動だったようですね。地下からの侵略は、なるほど考えていませんでした。至急対策を講じましょう。しかし、これ程の魔族をたったお一人で…」
    現場を検証するコキュウはリュートを見やった。労いの言葉をかけたかったのだろう。しかし、リュートは心ここに在らずといった感じで、まだ煙が立ち上る竜の残骸を見つめていた。
    「リュート王子?」
    コキュウが傍に近寄り、肩に手をかけた。はっとリュートがコキュウを仰ぐ。怯えたような瞳のリュートに、一瞬コキュウは固まった。
    「なんでも…なんでも無いです!大丈夫です!」
    リュートはコキュウの手を避け、そそくさと兵士たちに紛れていった。

    それからは、襲撃の後始末、被害状況の確認、警備計画の練り直しなど煩雑な業務が目白押しだった。コキュウもリュートも処理に追われ、話す余裕などどこにもなかった。リュートがヘトヘトになって、宛てがわれていた部屋に戻ったのは既に夜も更けた頃だった。窓からは月明かりだけが差し込んでいる。しばらくぼうっと、青白い光を眺めていた。
    (ご飯、食べ損ねちゃったな)
    しかし、食事をする気分にはなれなかった。焼け朽ちる竜の臭気が、まだ鼻の奥に残っているような気がしたからだ。ベッドにごろりと寝転がり四肢を投げ出すと、思考が渦のように襲いかかって結局何を考えようとしていたのか判別出来なくなった。
    (あの竜…聖杯ってなんだろう…)
    様々な魔導書に目を通し、内容を殆ど暗記していたリュートでも、聞き覚えの無い言葉だった。言い表しようのない嫌な予感が喉元に込み上げる。早く戻って調べなくては。そう考えながら、また眠気が頭を擡げた。
    (…また夢を見るのだろうか…)
    瞼を閉じなくても、蘇ってくる夢の風景。眼球の周りの筋肉が、疲労で引き攣る。魔族を虐待する夢か、恐ろしい本音を吐く自分か。コキュウの傍で眠っても、悪夢の種類が増えるだけなら意味が無い。せっかく頼んだのに、と、深いため息をついた時、乾いたノックの音が聞こえた。
    「リュート王子…起きてますか?」
    声の主は、コキュウその人だった。リュートは慌ててベッドから跳ね起きた。
    「は、はい、どうぞ!」
    緊張で声が上ずる。失礼します、と、ポットとカップを盆に乗せ、コキュウが入ってきた。リュートは急に昼間の事を思い出した。コキュウの隣で居眠りをしたこと、寝不足を心配されて仮眠室に連れて行かれたこと、コキュウを困らせるようなことを言ってしまったこと、そのままふて寝してしまったこと。今更ながら気まずさが襲ってきた。
    「今日はお疲れ様でした。なかなか実りのある一日でしたね。夕餉を摂る時間も無かったくらい」
    コキュウは持っていた盆をテーブルに置くと、ポットのホットミルクをカップに注いだ。
    「空腹のままだと寝づらいと思うので」
    コキュウはカップを差し出した。リュートは昼と同じようにベッドに座ってカップを受け取ると、湯気を嗅いだ。ほわほわと温かいそれは、リュートの鼻腔をくすぐり、早く飲んでと急かしている。熱さを警戒しながら啜ると、ほのかに甘い味がじんわりとリュートを満たした。喉の奥が、アルコールでぽうっと熱を帯びる。思わずコキュウを仰いだ。コキュウはくすっと笑みを漏らす。
    「ホットミルクに、蜂蜜とブランデーを入れました。ちょっとだけですよ、執事殿にはご内密に」
    いくらパーカスでも、これだけのアルコールでとやかくは言わないだろう。思わずリュートも顔が綻ぶ。ホットミルクを一口飲み込むごとに体内に温かさが沁み入る。疲労の溜まった脳が、糖分を補給されてハッキリしてくるのが分かった。
    「美味しいです…ありがとうございます」
    「良かった、気に入ってもらえましたか?お袋が、忙しい親父によく作ってやってたんです。小さい頃は羨ましくて」
    「へえ…」
    楽しそうに話すコキュウに、リュートも微笑む。そう言えばこうやって談笑するなんて、いつぶりだろう。リュートは久しぶりに心が解れていくのを感じた。
    「そう言えば、昼間は寝られましたか?」
    やや遠慮気味に、コキュウが訊ねた。リュートの頬がぎくりと固まるが、ミルクを啜るタイミングだったので多分見られてはいないだろう。ただ、温かい湯気に思考が緩んだのか、どう思われるのか暗く考えたりせず素直に伝える事にした。
    「実は、微妙です。変な夢を見ちゃって」
    「夢、ですか」
    「はい…ここは汚すぎるから、悪い奴らを倒しに行こうって…夢の中の僕に言われました」
    「こことは…スラーのことですかね?」
    わざとおどけて訊くコキュウに、リュートは慌てて否定した。
    「いえ、この世の中全部ってことだと思います。僕が正義だから…って」
    「なるほど…確かにリュート王子は、正義の化身の様な方ですからね」
    リュートはカップの中の乳白色の液体を見つめた。コキュウの一言が胸に刺さる。何気ない言葉だけに、本当にそう思っているのだろうと感じた。正義の化身か。
    「…だから、魔族も、悪い奴らも殺したいんでしょうね」
    どこか他人事のように、リュートは呟いた。他人事にしたかった。自分が考える正義が先走って、何をしだすか分からなかった。
    「人は正義のためならどこまでも残酷になれます。でもリュート王子、貴方はそれを自分で止めるだけの分別がおありです」
    「でも僕は…昼間…魔族を殺すのが楽しかったんです。正しい事だから…もっとやりたかったんです」
    今なら冷静に言葉にすることが出来る。殺戮がリュートに与える恍惚。抗えない欲求。膨張する殺意は、正義という大義の下でリュートをも飲み込もうとしていた。カップを持つ手に力が篭もり、ミルクの波が揺れた。
    コキュウは、そんなリュートを穏やかに見つめていたが、やがて言った。
    「じゃあ…リュート王子の正義の心を、半分俺が預かっておきますよ」
    「え?」
    思ってもみなかったコキュウの申し出に、リュートは困惑も忘れて聞き直した。
    「あず…かる?」
    「はい。人には大きすぎる正義の心も、半分だけだったら大丈夫でしょう」
    コキュウはよしよし、とリュートの頭を撫でた。リュートの濃紺の絹糸のような髪の毛を、サラリと指で梳く。
    「俺が預かっているうちは、リュート王子は潔癖なまでの正義の殺意を手放せます。どうでしょう」
    どうでしょう、と言われても。というのが率直な感想だった。しかし、コキュウの言葉は暗示のように、リュートの心に入り込む。
    「俺がパンドラの箱になって、リュート王子の正義の殺意を預かります。鍵はリュート王子自身です。貴方が望まない限り、箱は開きません。まぁ…望んでしまった時は…一緒に考えましょう」
    できれば望まないでいてくださいね、と、コキュウは困ったような笑みを浮かべて頭を掻いた。一種のまじないなのだろう。なんの力も持たない口約束だ。ただ、コキュウがリュートの為にと考えてくれたのが嬉しかった。
    (もしかして、昼からずっと?)
    「…ありがとうございます」
    自然と笑顔になることが出来た。コキュウも、ホッとしたように微笑む。
    「じゃあ…はいっ」
    コキュウは、リュートの手からカップを引き抜くとテーブルに置き、そのままリュートの手を両手で包んだ。ぎゅっと手に力を込める。リュートは突然の事にただ目を丸くして顔を赤らめるしか無かった。コキュウはしばらく手を握って唸って見せ、やがて気が済んだのか一際力を込めてすぐぱっと手を離した。
    「はい、受け取りました。もう大丈夫です」
    「あ…はい、ありがとうございます…」
    これで、コキュウのいう「正義の殺意」を預かったことにしたかったのだろう。なんとも心乱される行為だ。何の下心もなくやってのけるのだから恐ろしい…と、リュートは手を離されてもしばらくドギマギしていた。
    お腹の奥が温かく満たされ、いくばくかのアルコールも手伝い、自然と欠伸が出た。掌で口を隠しながら大きく息を吸い込むとコキュウは満足そうに目を細めた。
    「そろそろ寝ましょうか。また魔族の襲撃があるかもしれないし、明日も早いですし」
    コキュウは言いながら立ち上がるが、ふと気がついて、腰を屈めてリュートの顔を覗き込んだ。
    「また、眠るまで傍についていた方が良いですか?」
    多分コキュウは、リュートが大丈夫です、とムキになって言うのだと推測してからかったのだろう。しかし、いたずらっぽい視線は皮肉にもリュートを捉え、赤面させた。リュートはといえば、ホットミルクに混合されたほんの少しのブランデーの力も相まって、本音が出やすくなっていた。
    「コキュウさんが良いなら…いてくれますか?」
    アルコールで潤んだ瞳で見上げられ、今度はコキュウが赤面する番だった。
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    ChomChima

    MOURNING昔書いたコキュリュその2。悪夢にうなされるリュートくんがコキュウ兄さんに少し救ってもらう話。大人っぽいコキュウ兄さんとかっこよく戦うリュートくんが書きたかったです。
    薄明の誓い夢の中ではリュートはいつも一人で、魔族の大群に囲まれていた。生暖かく血なまぐさい風が頬を撫でる。瓦礫の山に立つリュートが身の丈ほどもある剣を振り回すと、同心円状に衝撃波が拡がりその場にいた魔族がなぎ倒された。咆哮、悲鳴、地鳴り。音としてでは無く、脳内で認識される。いやに体が重たく動きづらいのもいつもの事だった。夢の中のリュートは焦っている。逃げ惑う魔族を追いかけて、一匹残らず始末しなければならないのに。蜘蛛の子を散らすように逃げる魔族の一体を掴み、両手に法力を込めて引きちぎる。一度では飽き足らず、何度も拳をその魔族に叩きつけた。肉を抉る感覚が妙にリアルだった。水風船のように破裂する内臓も、指にまとわりつく血も、全てが不快だった。いや、果たして本当にそう思っているのだろうか。どうして執拗に、繰り返し嬲っているのだろうか。リュートには分からなくなっている。そして魔族の肉片は宙を舞う。だめ、見てはいけない。抵抗したいのに、目が離せない。飛び散る魔族の頭部が、回転しながらぐるりとこちらを向いた。嫌だ、止めて。
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    ChomChima

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