ナベリウス=カルエゴという男は凛々しく気高い悪魔だと思う。真っ直ぐ伸びた背筋、綺麗な髪、鋭い瞳は睨みつけて制服を靡かせ、同級生、はたまた先輩に悪魔を地面に転がせていた。
「粛に」
それが彼の口癖だ。冷静に言い聞かせるようにいつもそう告げた。
冷徹だと思われるその姿。けれども彼のその姿は僕の瞳にはとても美しく映っていた。
「カルエゴくんまた目付き悪くなってない?」
「うるさいほっておけ」
学食で丁寧にフォークを進めるくせに、その行動と違って悪い言動にため息を零した。
カルエゴくんのその行動は嫌いではないが自分で悪運を引いているのを自覚してくれないだろうかと肩を落とす。
「シチロウ、ずっと気にはなっていたのだがその呼び方はなんだ」
「え?」
「まぁ別に好きに呼べばいいが」
「!カルエゴくん次の授業移動だ!!忘れてたッ急ごう!」
「お、おう。けどまだ時間……」
「空想生物学だよ!いい席取らなきゃッ」
食後の魔茶を楽しむカルエゴくんの腕を取って、急いで食器を片付けた。早く早くと僕はカルエゴくんを引っ張っては空想生物学について語り始める。
「それでね、やっぱり魔界とは根本的な攻撃能力が人間界にはないんだよ」
「なぜ攻撃する能力を捨てたんだろうな」
「やっぱりそれほど世界が平和って事なんだろうね」
「味気ないな」
「キミ、戦うの好きだもんね」
「あぁ……あ、おいシチロウ」
「!」
廊下で話しに夢中になっていた僕の目の前に先輩悪魔が通るのを見つけると、カルエゴくんは僕の手を引いた。危ないな、そんな小言を言いながらカルエゴくんは僕を軽く抱き締める。
ふに、そんな感触が頬にきた。カルエゴくんって案外筋肉ないんだなそんな考えが過ぎった。
___ふに?
もう一度感触を思い出す。やはりおかしい、どういう事だとカルエゴくんを見上げたが彼は至って普通にどうした?と首を傾げた。
___いやおかしい、彼の筋力で筋肉がないことなんてないんだ。どういうことだ?
バッと勢いよく離れると、彼の胸に手を当てた。撫でるように触って摘んでみたらやはり柔らかい。んん?と首を傾げながらもう一度触ると頭の中のパズルが解けた。
「キミ女の子だったの!?」
「ッ〜!!い、い、いいからその手を離さんか馬鹿者がッ!!」
ゴンッと顎に強めの衝撃を受けて、廊下に僕の教科書が散らばった。
「えーと……その……ごめんなさい」
「フンッ」
授業中全く無視をされてしまったやっと自分が仕出かしたことを理解する。
目線すら合わせてくれないとは余っ程だ。
授業を終えて、直ぐに教室で隣に座って謝ったがカルエゴくんは一向にこちらを向いてくれない。
「まさか女の子だったとは思ってなくて」
「どッから見えても女だろうがァ!?」
「いや見えないかな」
ドンと今度は背中を蹴られる。あ、またやってしまったと目を瞑った。
「大体、生物専攻している奴が間違えるか普通」
「いや……だってカルエゴくんだったし」
「意味がわからんっ!!」
「制服だってほらどっちのものか分からないじゃない」
「こ、これは……憧れ……いやいい私の勝手だろうが」
「口悪いし目つき悪いし」
「お前はさっきから反省する気あるのか?」
「触ったことは悪いなとは思ってるよ」
「なら反省している態度をしろッ」
「してるしてる」
「ッー!!もういいわ!!」
バンッとカルエゴくんは机を叩くと教室を出て行った。去っていく彼……ではなく彼女の耳はほんのり赤かったのが見えて流石に悪かったなと心の中でもう一度謝った。はぁと大きくため息を吐く。去っていく彼女の後ろ姿が目に焼き付いて離れないくなってしまっているのがどうしようもない。一気に張っていた緊張の糸が切れると電池が切れたように机に伏せ、恨むように地面に睨みつけた。
「うわぁ……女の子だったなんて……どうしよう……」
___どうして女の子なの。困るよ……そんなの止まらなくなるじゃないか
「___というのが僕がカルエゴくんをカルエゴ"くん"と呼んでる理由かな。もう結構経ってから女性だって気付いたから呼び方抜けなくてそのままって感じ」
「はわ……」
生物学学問準備室で入間に向かって笑いながら話をした。想像もしなかった内容にイルマくんの体温が上がる。
「(__女の人の胸鷲掴みって)」
僕のそんな行動に目に見て怯えてるイルマくんはきっと彼女の怒りを想像してしまったのだろう。
「め、めちゃくちゃ怒ってたんじゃないんですかカルエゴ先生」
「うんそりゃあすごく。仲直りするのに時間かかちゃった。それ以外にも結構僕やらかしちゃってね、その度にカルエゴくんのワガママ聞くのが恒例になったんだ」
「へ、へぇ」
__恒例になるほどやらかしちゃったのか
えぇと困惑するイルマくんを差し置いて僕は懐かしいなぁとふわふわと花を飛ばした。
「あ、あのバラム先生とカルエゴ先生ってお付き合い…とかしてるんですか?」
「え?」
「あ…いや仲がすごくいいからそうなのかなって。クラスの皆とよくそういう話するんです」
「へぇそんな話出てるんだ」
うーんとマスクを叩くと、少し伸びた髪の毛の隙間からにっこりと目を細めた。
「どっちだと思う?」
_________________
「余裕そうにイルマくんにあぁ言ったけども」
中庭のベンチに一人座って、マスクを触りながら思いを寄せる。自分とカルエゴくんとの関係とは何か。そんな事何十年も考えている。
「(人間界で言う、オトモダチ、なんだとは思うのだけれども)」
番とも違う。オトモダチには少し当てはまらない。そんな僕たちの関係に名前をつけるのなら一体何が正しいのだろう。僕の種族にはコイビトというものはないけれど、カルエゴくんにはきっとそれがある。種族に寄って価値観は違うし、だから余計に関係性に名前などつかない。それが悪魔だからだ。そんな建前を色々と並べてみたものの、本心はただ、"周りからそう見られている"という事実が僕にとっては幸福だった。
「お前、ここ好きだな」
「!カルエゴくん。あれ授業は?」
「今の時間はフリーだ。廊下を歩いてたらお前がいたからな。それで」
「そっか」
隣座るぞと小さく声をかけてくると、カルエゴくんは僕の隣に小さく座る。長い横髪を耳にかけて、カルエゴくんは自前の本を読み出した。
「(…ほんと、僕らの関係性ってなんなんだろうね)」
同級生?腐れ縁?どれもしっくり来ない。
足を組む度にカルエゴくんの足が見え隠れする。僕があげたニートソックスを履いて、それでも見えてしまう素肌に内心気が気ではない。
新任の頃はこんな風に素足を晒さず、キッチリ着込んでいたというのに、ある日突然足が見えるようなスカートを履いてきた。左側だけ開いているそのスカートは目に毒だったため贈ったソックスは逆効果だったと自分でも思う。
長かった綺麗な髪は短くして、ボブくらいの長さになって、カルエゴくんのふわふわとしたくせっ毛が余計に可愛らしくなっている。
「どうしたシチロウそんなに私を見て」
「……実はね、さっきまでイルマくんと一緒にいたんだけど」
「…それで」
「僕らって、付き合ってるんじゃないかって噂になってるみたいだよ」
「へぇ。そりゃあこんなけ一緒にいればそう勘違いする奴も出てくるだろ。それにそういうのをやたらと語りたがる年齢だ。適当に返しておけ」
「はは、うんだから僕も揶揄って答えた」
「ほうお前がか。で、なんて言ったんだ?」
「…どっちだと思うって」
「ック…あぁそれは一番いい答えかもな」
消して可愛くないその笑い方を見つめて、僕はまた一人だけ思いを向ける。
「カルエゴくん…あのさ」
「ん?」
__本当にどっちか選ばない?
「…今日もお昼一緒に食べようね」
「あぁいいぞ」
そう言えたら、こんなに悩むことは無かっただろうなと彼女にバレないように息を吐いた。
「(……僕は)」
__キミが好きだよ
なんて簡単に言えたらどれほどによかっただろうかと彼女と会う度に思ってしまう。
チラリと横目でカルエゴくんを眺めれば、伏せ目で本を見ている。ただ読書をする時の彼女は眉間のシワもなければ、眉も優しく、ただ静かに綺麗な指でページを捲るのだ。
僕と彼女の距離は拳三つ分。遠過ぎず、けれどベタベタするような距離ではないけど少し近くて、彼女の付けた香水がわかるくらいにはそばにいさせてくれる。
恋人同士なら少し遠慮してる距離、ただの仲のいい悪魔同士なら少し近過ぎる距離、どちらにもなれない僕らの関係性そのままだと思う。
「どうした?シチロウ」
「んー?今日夜ご飯どうしようかなぁって考えてた」
「昼まだなのにもう夜か?」
「お腹減ってる時に考えないとさ」
「そういうものか」
「そういうもの」
「ならウチで食べるか?」
「え?」
「気になってたワインを手に入れてな。お前と飲もうと思って機会を伺ってた」
「あー……うん、ならお邪魔しようかな」
「わかった」
うん……うんとマスクの下で苦笑いをする。
こうやってよく家に誘われるし、お酒も一緒に呑む。これだけ完全に異性として見られてない証拠を並べられれば、嫌でも尻込みしてしまうというものだ。
「適当に作るから文句は言うなよ」
「言うわけないでしょ……美味しいもんキミのご飯」
「へぇ」
僕がそう言えば、彼女は嬉しそうに目を細めた。そうしてまた何も言わず静かに本を見始める。心地よい時間がただ流れては、その時間すらももどかしく感じる。
「(…………わかってるのかな。僕は男でキミは女性。二人きりの家でってどういう意味か)」
わかっていないんだろうな……というよりそんな事考えもしていないんだろう事実にまたため息が出るものだ。
______________
「いらっしゃいシチロウ」
「……う、うん、お邪魔します」
仕事を片付けて、お酒とおつまみを適当に買ってきては彼女の家に行けば、その彼女の服装にドキりとしてしまう。
ノースリーブハイネックに、この間彼女に教えてもらった黒のタイトスカートというもの。けれど前にカルエゴくんが着ていたものよりもかなり短く、足を組めば見えそうなそれに僕はかなり驚いた。
「め、珍しいね。キミが肌晒すような服着てるの」
「暑かったからな。それに酒を飲むんだ。余計に暑くなるだろ?変か?」
「に、似合ってるよ」
「そうか」
「(……うんだから…)」
__少しは危機感を持ってよッッッ!!!
もうここまで来れば、悲しいとかショックとかではない。怒りだ。この危機感ゼロ、僕以外にその姿を見せてどうなると思っているだとか。
いや、彼女に勝てる悪魔は限りないけど、それでももし彼女より強い悪魔の前でそんな無防備でいたらどうなると思っているッ
っとそう心の中でただ言うしかできず、イライラとその背中を見つめた。
僕はあまりお酒に酔わないし、彼女も弱い訳では無い。それでも少し僕が体がポカポカした頃になると、隣の彼女は目が座ってはポヤポヤとし始める。
「しちお?チーズくれ」
「はいはい」
彼女に言われるまま、カルエゴくんの前にチーズを置いた皿を持ってくると少し揺れ始めた頭をじっと見た。
外ではあんまりそんな事ないのに、二人で飲むと何故か彼女は僕にお酒のスピードを合わせてしまう。だから滅多に酔わない彼女は、普段の厳しい顔とは違う緩んだ顔を見せてしまう。
「ん」
「ッ……」
それに加えて、彼女は酔うとタチが悪い。少しくっ付いては甘えてきて、僕の腕に頭を傾けてはチーズを無心に頬張っている。おそらく凭れてることも意識してない。
「(……僕は椅子……僕は椅子…)」
「…………」
「え、何?」
「腕、想像よりやわらかいんだなぁって思った。お前筋力落ちて太ったか?」
「ち、がうよ!!というか変態だよッその発言ッ」
「じゃあ私の腕触るか??それでお相子だろ」
「何でそうなるかなッ」
もう酔っぱらいの戯言は聞きませんと、カルエゴくんの前に水を置く。
「まだ飲む」
「だーめ!キミ朝弱いのに、余計に明日辛くなるでしょ」
「お前は時々母親のような物言いをするよな」
「こんな困った娘はいりません」
何故か僕がそう返すとわかりやすくムスッとした彼女は残ったワインをチビチビと飲み始めた。
「もう…、僕以外の前でそんな飲み方しちゃダメだからね」
「しない」
「本当かなぁ……」
彼女は少し女性という意識が低い。自分がそういう視線を向けられていたとしても気にもしないし、何よりも危機感というものを持たない。自分が高階級(ハイランク)で、魔力に自信がある彼女は組み敷かれるという考えを持たない。
はぁ……と大きくため息をついてはお酒が入った思考は言いたくもない言葉を簡単に言った。
「そういうの、好きなヒトできた時に困るよホント」
あ、やばっと思った時にはもうそれは言葉としてはっきりと言ってて、やっちゃったなと思っても、どうせ「うるさい」だとそれくらいの返答なんだろうと思っていた。
「いや、普通にいるが好きな悪魔くらい」
「…………え?」
「いくつだと思ってんだ…」
それは驚く程に自分から間抜けな声が出た。恋愛とか、そういうの面倒くさがっている風をよく吹かせてたくせに。そんなカルエゴくんに好きなヒト…?へ、へぇ…っと彼女から視線を逸らしては誤魔化すように酒を飲んだ。
「イイ男だぞぉ…私の好きな悪魔は」
「……」
急に心地良さそうに酔っては上機嫌にグラスを傾けた。
「知りたいか?」
「…あんまりそういうのは興味はないかなぁ」
嘘。喉から手が出るほどにその情報は欲しい。けれど同時に知りたくないと、彼女の口から別の男の名前が出ると考えただけで黒い感情に食われそうになる。
「フンッ、何だ面白くないな」
僕にとっては何も面白くないと素直に言えず、ただその想いビトを思い浮かべては少し微笑む彼女を睨む事しかできなかった。
「(ずっと僕と一緒にいるくせに)」
好きな悪魔に勘違いされてもいいの?こうやって二人っきりになるのに、僕に色んなこと許しているくせに、それなのに
「(イライラする)」
「シチロ、チーズ」
「どれだけチーズ食べるの…」
完全にお酒に溺れ始めたカルエゴくんからワイングラスを取り上げては、彼女自身を持ち上げる。
「ほーら、もう寝るよ」
「一緒にか?」
「そんな訳ないでしょ」
「そうか…」
わかりやすくカルエゴくんの耳が下がったのを見えないふりをしては、彼女を寝室へと運ぶ。着替えさせる訳には行かないので、服にチェルーシルを掛けてパジャマへと変えさせて、ポンポンとお腹を叩いてはベッドの中に閉じ込めた。
「おやすみ、カルエゴくん」
肩までしっかりと布団を被せると、優しく頬を撫でれては頭をポンポンと叩かれる。
「しちろ、おやすみ」
「ッ…」
__あぁ……もうッ
「(ズルいよ…)」
彼女が目を瞑ったのを確認すると、そのベッドの隅で小さく蹲った。
________________
「うわぁ……目つき悪ッ」
「……うるさい」
ダリ先生へ書類を届けに来れば、いつも以上に眉間にシワを寄せたカルエゴくんがデスクで事務作業をしていた。
「ほらやっぱり体調崩してるじゃん…」
「なぜ止めなかった」
「いや…めちゃくちゃに止めたけど?」
「覚えてない」
「それは酔っ払ってるせいです」
予想通りすぎる彼女に溜息をついて、そんな事だろうと水筒に頭痛緩和とリラックスできるように調合した魔茶をいれたものを用意し、アイマスクと共に彼女に渡した。
「相変わらず用意がいいな」
「そりゃあ毎回なってたらね?」
「毎回ではないわ」
「毎回です」
「………………とりあえず、ありがとう」
「どういたしまして。今日は残業しちゃダメだよ?」
「それはアホ共に言え」
生徒が真面目になってくれたら、ダリ先生が何も言ってこなければ、アホ理事長が無理難題を言わなければ残業することなんてないと、グチグチとカルエゴくんは歯ぎしりをして書類を睨むものだから、耳元で小さく囁いた。
「そんなに眉間にシワ寄せたら、好きなヒト怖がっちゃうよ」
「!」
「笑顔の方が可愛いしね」
「シチロウもそう思うのか?」
「え、んー僕はキミのその顔慣れてるし、特に何も思わないけど、そりゃあ笑ってる方が好きかな?」
「そうか。なら気をつける」
「…う、うん」
しかしなるものはなると眉間を抑えるカルエゴくんを細く見る。
「…好きなヒトにはやっぱり可愛いって思われたい?」
「それはそうだろ」
「キミでもそういうこと思うんだね。意外」
「!?」
「ちゃんと乙女らしいとこあるんだなって思って。可愛くていいんじゃない?」
「そうか」
懸命に顔を抑える彼女の姿が霧が掛かったように感じる。
「(…そんなに一生懸命になるくらい好きなんだ)」
カルエゴくんに好きなヒトがいる。それを知っただけで彼女が知らない誰かになった気がしてならない。女性への意識がないと思っていたのに、好きなヒトには可愛いと思われたかったり、実は一途に努力していたり、そんなもの今の今まで知らなかった。ずっと隣にいたのに昨日それを聞いただけで、たったそれだけで、知っている彼女ではなくなった。
知らないところで、熱い視線を向けて、僕には見せないもっと可愛らしい一面を見せては一生懸命アピールしているのかと思うと反吐が出そうになる。
僕の知っている彼女なら、追うよりも追われる側で、追われてもそれを冷たく跳ね返すようなヒトだと思っていた。実際それをずっと見てきたから。だから…だから
「僕でよければいつでも相談乗るからね。あんまり役にはたたないけど」
「……私の記憶が確かなら、興味ないとか言ってなかったか?」
「あ、ちゃんと覚えてはいたのね。まぁただカルエゴくんの助けになれるなら」
「ふーん、わかった。じゃあ頼む」
「はぁい」
__少しでも知らない彼女を知りたい。
__________________
「どうだ?」
次の日の昼休み、食事を持って、彼女は少し上機嫌に生物学問準備室に来ると開口一番にそう言った。何がだと首を傾げながら彼女を観察する。
「あ、口紅が違う」
「あぁ。どっちの方が私に合っている?」
「んー…僕は前かなぁ。今回の濃い色より、いつもの少しピンク?薄紫?なのかな。アレ可愛い」
「わかった」
強く頷くと彼女は椅子に座っては手鏡を持って、すっと口紅を落とすとすぐにいつもの色へと戻した。
「(ホント一生懸命だな)」
そんなに好きなヒトに可愛いって思われたい?口紅一つで、僕はキミへの気持ちなんて変わることないのに。
「(…僕ならいつでも可愛いって言うのにな)」
「よし、こんなもんか」
「ねぇ、好きなヒトの好みって?」
「知らん」
「知らないのか…じゃあ何がいいかわからないねぇ」
「だからお前に聞いてる」
「まぁ…男からの意見の方が参考になるか」
彼女が気軽にそういう相談を出来る異性と言えば僕しかいないかと少しだけ得意気になる。
「(…それはただ意識はされてないって事だけど)」
「脚は出してる方が好きなのか?」
「え、僕?」
「あぁ。前に先輩に私は脚を出した方がいいと言われてな」
「もしかして急に制服それになったのって…先輩に言われたから?」
「そうだが?」
「……じゃあ好きなヒトって」
「おいッ気持ち悪い勘違いするなッッ」
「ち、違うの…?」
「誰があんな奴好きになるかッ!ただ意見のひとつとして取り入れただけだ」
「な、なるほど…」
「フンッ」
一気に機嫌が悪くなったカルエゴくんに軽く謝りながら、心の中でオペラ先輩が相手ではないと心底安心した。
「(あのヒトだったら絶対勝ち目ないしなぁ…)」
好き嫌いや得意苦手など含めて、カルエゴくんはオペラ先輩に特別な感情を抱いているとは思う。僕とは違う、なんというか別の何か。
学生時代はずっとあのヒトを意識していたし、憧れてもいた。もちろん毛嫌いしているのも事実だけど、本音はその強さに惹かれていたのを僕は知っているから、だからもしその憧れがふとしたきっかけで恋心になりましたと言われても納得してしまう。
そして同時に僕自身も先輩はすごいヒトだと思ってるから、彼女が先輩を好きになった時点で僕に勝ち目などなかったから、彼女の好きなヒトが先輩でなかったと聞いて少しだけ希望を持てる。
「ふ…くは、そうだなぁ。好きなの着て欲しいかな」
「へぇ」
「あぁでも、もし恋人がいたらあんまり短いスカートとかは嫌かな」
「何だ好きじゃないのか。お前露出の多い服好きなのかと」
「待って。キミの中の僕どうなってるの」
「オペラ先輩が、お前みたいなタイプはムッツリ野郎が多いって言っていたから」
「むっ…つ…ッ」
「違うのか?」
「………キミ、オペラ先輩の言うこと信じ過ぎ」
「何だ。違うのか」
「(……違くは…ないんだけど……)」
「男は肌見せておけばいいって話ではないんだな」
「それは…まぁ悪魔それぞれですけど。けど、キミ露出あんまり好きじゃなくない?」
「あぁ好きじゃない」
「じゃあ無理にしなくていいよ。好きな格好した方が断然いい」
「そうか」
難しいなっと言いながらカルエゴくんは昼食を食べ始める。僕も釣られて、マスクを取っては食事を始めるが、静かに何度も彼女を見てしまうのを首を振っては拒絶した。
「カルエゴくんってどういう基準で服選んでるの?」
「蹴りが出しやすいかどうか?」
「物騒ッ」
「半分は冗談だ」
「ちょっとは思ってるのね…」
「単純に明るい色が似合わないから、暗めの色を着ていることが多いな」
「え?そうかな。きっと明るい色も似合うよ?」
「…見てないから言えるんだ。あとは好きなブランドがあるからそこを選びがちとかだな。そういうお前はどうなんだ?」
「着れたらいい」
「…参考にしていいのかわからなくなってきたぞ」
「いや、ホントホント。僕の場合よく服のサイズ変わっちゃうし、だから着れるだけいいなって。毎回魔術かけるとかも面倒だしね」
「なるほど…大変そうだな」
「成長期なもので」
んわぁ…っと顔が言っているカルエゴくんは、すぐに食事へと戻った。寄っていたシワなどどこかに消え、カルエゴくんは食事を始めるといつも綺麗な姿勢が更に真っ直ぐとなっては、音を立てず、その空間だけが別世界のようなそんな錯覚さえさられるほどに美しい。
「(…いつかこうやって一緒に食事すらもできなくなるのかな)」
カルエゴくんの恋が実ってしまえば、彼女の優先事項は変わってしまう。
僕の名前を呼ぶように、きっとそれ以上に愛情深くその相手の名前を呼んで、僕にしてきてくれたようにたくさんの気遣いをしているのを想像してしまう。
僕しか知らないはずの笑い方や、拗ね方、嫌いな食べ物、好きな音楽に好きなお店。きっとそれらは当たり前のように相手は知っていく。
僕が何年も何年もかけて知った事を、きっと意図も簡単に奪っていくんだ。
「………ねぇ、カルエゴくん」
「ん?」
「…可愛くなんてならないでよ」
「は……?」
空いた小さな唇を撫でる。まだ塗りたてのそれは僕の手袋を汚した。柔らくて、見え隠れする牙をじっと見ては笑いかければ彼女の顔は困惑に歪む。
「なんてね。驚いた?」
「お前なぁ…」
「ふふ」
__あぁキミが憎らしいよ