気になる悪魔と何センチ?ナベリウス=カルエゴという男は凛々しく気高い悪魔だと思う。真っ直ぐ伸びた背筋、綺麗な髪、鋭い瞳は睨みつけて制服を靡かせ、同級生、はたまた先輩に悪魔を地面に転がせていた。
「粛に」
それが彼の口癖だ。冷静に言い聞かせるようにいつもそう告げた。
冷徹だと思われるその姿。けれども彼のその姿は僕の瞳にはとても美しく映っていた。
「カルエゴくんまた目付き悪くなってない?」
「うるさいほっておけ」
学食で丁寧にフォークを進めるくせに、その行動と違って悪い言動にため息を零した。
カルエゴくんのその行動は嫌いではないが自分で悪運を引いているのを自覚してくれないだろうかと肩を落とす。
「シチロウ、ずっと気にはなっていたのだがその呼び方はなんだ」
「え?」
「まぁ別に好きに呼べばいいが」
「!カルエゴくん次の授業移動だ!!忘れてたッ急ごう!」
「お、おう。けどまだ時間……」
「空想生物学だよ!いい席取らなきゃッ」
食後の魔茶を楽しむカルエゴくんの腕を取って、急いで食器を片付けた。早く早くと僕はカルエゴくんを引っ張っては空想生物学について語り始める。
「それでね、やっぱり魔界とは根本的な攻撃能力が人間界にはないんだよ」
「なぜ攻撃する能力を捨てたんだろうな」
「やっぱりそれほど世界が平和って事なんだろうね」
「味気ないな」
「キミ、戦うの好きだもんね」
「あぁ……あ、おいシチロウ」
「!」
廊下で話しに夢中になっていた僕の目の前に先輩悪魔が通るのを見つけると、カルエゴくんは僕の手を引いた。危ないな、そんな小言を言いながらカルエゴくんは僕を軽く抱き締める。
ふに、そんな感触が頬にきた。カルエゴくんって案外筋肉ないんだなそんな考えが過ぎった。
___ふに?
もう一度感触を思い出す。やはりおかしい、どういう事だとカルエゴくんを見上げたが彼は至って普通にどうした?と首を傾げた。
___いやおかしい、彼の筋力で筋肉がないことなんてないんだ。どういうことだ?
バッと勢いよく離れると、彼の胸に手を当てた。撫でるように触って摘んでみたらやはり柔らかい。んん?と首を傾げながらもう一度触ると頭の中のパズルが解けた。
「キミ女の子だったの!?」
「ッ〜!!い、い、いいからその手を離さんか馬鹿者がッ!!」
ゴンッと顎に強めの衝撃を受けて、廊下に僕の教科書が散らばった。
「えーと……その……ごめんなさい」
「フンッ」
授業中全く無視をされてしまい、やっと自分が仕出かしたことを理解する。
目線すら合わせてくれないとは余っ程だ。
授業を終えて、直ぐに教室で隣に座って謝ったがカルエゴくんは一向にこちらを向いてくれない。
「まさか女の子だったとは思ってなくて」
「どッから見ても女だろうがァ!?」
「いや見えないかな」
ドンと今度は背中を蹴られる。あ、またやってしまったと目を瞑った。
「大体、生物専攻している奴が間違えるか普通」
「いや……だってカルエゴくんだったし」
「意味がわからんっ!!」
「制服だってほらどっちのものか分からないじゃない」
「こ、これは……憧れ……いやいい私の勝手だろうが」
「口悪いし目つき悪いし」
「お前はさっきから反省する気あるのか?」
「触ったことは悪いなとは思ってるよ」
「なら反省している態度をしろッ」
「してるしてる」
「ッー!!もういいわ!!」
バンッとカルエゴくんは机を叩くと教室を出て行った。去っていく彼……ではなく彼女の耳はほんのり赤かったのが見えて流石に悪かったなと心の中でもう一度謝った。はぁと大きくため息を吐く。去っていく彼女の後ろ姿が目に焼き付いて離れなくなってしまっているのがどうしようもない。一気に張っていた緊張の糸が切れると電池が切れたように机に伏せ、恨むように地面に睨みつけた。
「うわぁ……女の子だったなんて……どうしよう……」
___どうして女の子なの。困るよ……そんなの止まらなくなるじゃないか
「___というのが僕がカルエゴくんをカルエゴ"くん"と呼んでる理由かな。もう結構経ってから女性だって気付いたから呼び方抜けなくてそのままって感じ」
「はわ……」
生物学学問準備室で入間に向かって笑いながら話をした。想像もしなかった内容にイルマくんの体温が上がる。
「(__女の人の胸鷲掴みって)」
僕のそんな行動に目に見て怯えてるイルマくんはきっと彼女の怒りを想像してしまったのだろう。
「め、めちゃくちゃ怒ってたんじゃないんですかカルエゴ先生」
「うんそりゃあすごく。仲直りするのに時間かかちゃった。それ以外にも結構僕やらかしちゃってね、その度にカルエゴくんのワガママ聞くのが恒例になったんだ」
「へ、へぇ」
__恒例になるほどやらかしちゃったのか
えぇと困惑するイルマくんを差し置いて僕は懐かしいなぁとふわふわと花を飛ばした。
「あ、あのバラム先生とカルエゴ先生ってお付き合い…とかしてるんですか?」
「え?」
「あ…いや仲がすごくいいからそうなのかなって。クラスの皆とよくそういう話するんです」
「へぇそんな話出てるんだ」
うーんとマスクを叩くと、少し伸びた髪の毛の隙間からにっこりと目を細めた。
「どっちだと思う?」
_________________
「余裕そうにイルマくんにあぁ言ったけども」
中庭のベンチに一人座って、マスクを触りながら思いを寄せる。自分とカルエゴくんとの関係とは何か。そんな事何十年も考えている。
「(人間界で言う、オトモダチ、なんだとは思うのだけれども)」
番とも違う。オトモダチには少し当てはまらない。そんな僕たちの関係に名前をつけるのなら一体何が正しいのだろう。僕の種族にはコイビトというものはないけれど、カルエゴくんにはきっとそれがある。種族に寄って価値観は違うし、だから余計に関係性に名前などつかない。それが悪魔だからだ。そんな建前を色々と並べてみたものの、本心はただ、"周りからそう見られている"という事実が僕にとっては幸福だった。
「お前、ここ好きだな」
「!カルエゴくん。あれ授業は?」
「今の時間はフリーだ。廊下を歩いてたらお前がいたからな。それで」
「そっか」
隣座るぞと小さく声をかけてくると、カルエゴくんは僕の隣に小さく座る。長い横髪を耳にかけて、カルエゴくんは自前の本を読み出した。
「(…ほんと、僕らの関係性ってなんなんだろうね)」
同級生?腐れ縁?どれもしっくり来ない。
足を組む度にカルエゴくんの足が見え隠れする。僕があげたニートソックスを履いて、それでも見えてしまう素肌に内心気が気ではない。
新任の頃はこんな風に素足を晒さず、キッチリ着込んでいたというのに、ある日突然足が見えるようなスカートを履いてきた。左側だけ開いているそのスカートは目に毒だったため贈ったソックスは逆効果だったと自分でも思う。
長かった綺麗な髪は短くして、ボブくらいの長さになって、カルエゴくんのふわふわとしたくせっ毛が余計に可愛らしくなっている。
「どうしたシチロウそんなに私を見て」
「……実はね、さっきまでイルマくんと一緒にいたんだけど」
「…それで」
「僕らって、付き合ってるんじゃないかって噂になってるみたいだよ」
「へぇ。そりゃあこんなけ一緒にいればそう勘違いする奴も出てくるだろ。それにそういうのをやたらと語りたがる年齢だ。適当に返しておけ」
「はは、うんだから僕も揶揄って答えた」
「ほうお前がか。で、なんて言ったんだ?」
「…どっちだと思うって」
「ック…あぁそれは一番いい答えかもな」
消して可愛くないその笑い方を見つめて、僕はまた一人だけ想いを向ける。
「カルエゴくん…あのさ」
「ん?」
__本当にどっちか選ばない?
「…今日もお昼一緒に食べようね」
「あぁいいぞ」
そう言えたら、こんなに悩むことは無かっただろうなと彼女にバレないように息を吐いた。
「(……僕は)」
__キミが好きだよ
なんて簡単に言えたらどれほどによかっただろうかと彼女と会う度に思ってしまう。
チラリと横目でカルエゴくんを眺めれば、伏せ目で本を見ている。ただ読書をする時の彼女は眉間のシワもなければ、眉も優しく、ただ静かに綺麗な指でページを捲るのだ。
僕と彼女の距離は拳三つ分。遠過ぎず、けれどベタベタするような距離ではないけど少し近くて、彼女の付けた香水がわかるくらいにはそばにいさせてくれる。
恋人同士なら少し遠慮してる距離、ただの仲のいい悪魔同士なら少し近過ぎる距離、どちらにもなれない僕らの関係性そのままだと思う。
「どうした?シチロウ」
「んー?今日夜ご飯どうしようかなぁって考えてた」
「昼まだなのにもう夜か?」
「お腹減ってる時に考えないとさ」
「そういうものか」
「そういうもの」
「ならウチで食べるか?」
「え?」
「気になってたワインを手に入れてな。お前と飲もうと思って機会を伺ってた」
「あー……うん、ならお邪魔しようかな」
「わかった」
うん……うんとマスクの下で苦笑いをする。
こうやってよく家に誘われるし、お酒も一緒に呑む。これだけ完全に異性として見られてない証拠を並べられれば、嫌でも尻込みしてしまうというものだ。
「適当に作るから文句は言うなよ」
「言うわけないでしょ……美味しいもんキミのご飯」
「へぇ」
僕がそう言えば、彼女は嬉しそうに目を細めた。そうしてまた何も言わず静かに本を見始める。心地よい時間がただ流れては、その時間すらももどかしく感じる。
「(…………わかってるのかな。僕は男でキミは女性。二人きりの家でってどういう意味か)」
わかっていないんだろうな……というよりそんな事考えもしていないんだろう事実にまたため息が出るものだ。
______________
「いらっしゃいシチロウ」
「……う、うん、お邪魔します」
仕事を片付けて、お酒とおつまみを適当に買ってきては彼女の家に行けば、その彼女の服装にドキりとしてしまう。
ノースリーブハイネックに、この間彼女に教えてもらった黒のタイトスカートというもの。けれど前にカルエゴくんが着ていたものよりもかなり短く、足を組めば見えそうなそれに僕はかなり驚いた。
「め、珍しいね。キミが肌晒すような服着てるの」
「暑かったからな。それに酒を飲むんだ。余計に暑くなるだろ?変か?」
「に、似合ってるよ」
「そうか」
「(……うんだから…)」
__少しは危機感を持ってよッッッ!!!
もうここまで来れば、悲しいとかショックとかではない。怒りだ。この危機感ゼロ、僕以外にその姿を見せてどうなると思っているだとか。
いや、彼女に勝てる悪魔は限りないけど、それでももし彼女より強い悪魔の前でそんな無防備でいたらどうなると思っているッ
っとそう心の中でただ言うしかできず、イライラとその背中を見つめた。
僕はあまりお酒に酔わないし、彼女も弱い訳では無い。それでも少し僕が体がポカポカした頃になると、隣の彼女は目が座ってはポヤポヤとし始める。
「しちお?チーズくれ」
「はいはい」
彼女に言われるまま、カルエゴくんの前にチーズを置いた皿を持ってくると少し揺れ始めた頭をじっと見た。
外ではあんまりそんな事ないのに、二人で飲むと何故か彼女は僕にお酒のスピードを合わせてしまう。だから滅多に酔わない彼女は、普段の厳しい顔とは違う緩んだ顔を見せてしまう。
「ん」
「ッ……」
それに加えて、彼女は酔うとタチが悪い。少しくっ付いては甘えてきて、僕の腕に頭を傾けてはチーズを無心に頬張っている。おそらく凭れてることも意識してない。
「(……僕は椅子……僕は椅子…)」
「…………」
「え、何?」
「腕、想像よりやわらかいんだなぁって思った。お前筋力落ちて太ったか?」
「ち、がうよ!!というか変態だよッその発言ッ」
「じゃあ私の腕触るか??それでお相子だろ」
「何でそうなるかなッ」
もう酔っぱらいの戯言は聞きませんと、カルエゴくんの前に水を置く。
「まだ飲む」
「だーめ!キミ朝弱いのに、余計に明日辛くなるでしょ」
「お前は時々母親のような物言いをするよな」
「こんな困った娘はいりません」
何故か僕がそう返すとわかりやすくムスッとした彼女は残ったワインをチビチビと飲み始めた。
「もう…、僕以外の前でそんな飲み方しちゃダメだからね」
「しない」
「本当かなぁ……」
彼女は少し女性という意識が低い。自分がそういう視線を向けられていたとしても気にもしないし、何よりも危機感というものを持たない。自分が高階級(ハイランク)で、魔力に自信がある彼女は組み敷かれるという考えを持たない。
はぁ……と大きくため息をついてはお酒が入った思考は言いたくもない言葉を簡単に言った。
「そういうの、好きなヒトできた時に困るよホント」
あ、やばっと思った時にはもうそれは言葉としてはっきりと言ってて、やっちゃったなと思っても、どうせ「うるさい」だとそれくらいの返答なんだろうと思っていた。
「いや、普通にいるが好きな悪魔くらい」
「…………え?」
「いくつだと思ってんだ…」
それは驚く程に自分から間抜けな声が出た。恋愛とか、そういうの面倒くさがっている風をよく吹かせてたくせに。そんなカルエゴくんに好きなヒト…?へ、へぇ…っと彼女から視線を逸らしては誤魔化すように酒を飲んだ。
「イイ男だぞぉ…私の好きな悪魔は」
「……」
急に心地良さそうに酔っては上機嫌にグラスを傾けた。
「知りたいか?」
「…あんまりそういうのは興味はないかなぁ」
嘘。喉から手が出るほどにその情報は欲しい。けれど同時に知りたくないと、彼女の口から別の男の名前が出ると考えただけで黒い感情に食われそうになる。
「フンッ、何だ面白くないな」
僕にとっては何も面白くないと素直に言えず、ただその想いビトを思い浮かべては少し微笑む彼女を睨む事しかできなかった。
「(ずっと僕と一緒にいるくせに)」
好きな悪魔に勘違いされてもいいの?こうやって二人っきりになるのに、僕に色んなこと許しているくせに、それなのに
「(イライラする)」
「シチロ、チーズ」
「どれだけチーズ食べるの…」
完全にお酒に溺れ始めたカルエゴくんからワイングラスを取り上げては、彼女自身を持ち上げる。
「ほーら、もう寝るよ」
「一緒にか?」
「そんな訳ないでしょ」
「そうか…」
わかりやすくカルエゴくんの耳が下がったのを見えないふりをしては、彼女を寝室へと運ぶ。着替えさせる訳には行かないので、服にチェルーシルを掛けてパジャマへと変えさせて、ポンポンとお腹を叩いてはベッドの中に閉じ込めた。
「おやすみ、カルエゴくん」
肩までしっかりと布団を被せると、優しく頬を撫でれては頭をポンポンと叩かれる。
「しちろ、おやすみ」
「ッ…」
__あぁ……もうッ
「(ズルいよ…)」
彼女が目を瞑ったのを確認すると、そのベッドの隅で小さく蹲った。
________________
「うわぁ……目つき悪ッ」
「……うるさい」
ダリ先生へ書類を届けに来れば、いつも以上に眉間にシワを寄せたカルエゴくんがデスクで事務作業をしていた。
「ほらやっぱり体調崩してるじゃん…」
「なぜ止めなかった」
「いや…めちゃくちゃに止めたけど?」
「覚えてない」
「それは酔っ払ってるせいです」
予想通りすぎる彼女に溜息をついて、そんな事だろうと水筒に頭痛緩和とリラックスできるように調合した魔茶をいれたものを用意し、アイマスクと共に彼女に渡した。
「相変わらず用意がいいな」
「そりゃあ毎回なってたらね?」
「毎回ではないわ」
「毎回です」
「………………とりあえず、ありがとう」
「どういたしまして。今日は残業しちゃダメだよ?」
「それはアホ共に言え」
生徒が真面目になってくれたら、ダリ先生が何も言ってこなければ、アホ理事長が無理難題を言わなければ残業することなんてないと、グチグチとカルエゴくんは歯ぎしりをして書類を睨むものだから、耳元で小さく囁いた。
「そんなに眉間にシワ寄せたら、好きなヒト怖がっちゃうよ」
「!」
「笑顔の方が可愛いしね」
「シチロウもそう思うのか?」
「え、んー僕はキミのその顔慣れてるし、特に何も思わないけど、そりゃあ笑ってる方が好きかな?」
「そうか。なら気をつける」
「…う、うん」
しかしなるものはなると眉間を抑えるカルエゴくんを細く見る。
「…好きなヒトにはやっぱり可愛いって思われたい?」
「それはそうだろ」
「キミでもそういうこと思うんだね。意外」
「!?」
「ちゃんと乙女らしいとこあるんだなって思って。可愛くていいんじゃない?」
「そうか」
懸命に顔を抑える彼女の姿が霧が掛かったように感じる。
「(…そんなに一生懸命になるくらい好きなんだ)」
カルエゴくんに好きなヒトがいる。それを知っただけで彼女が知らない誰かになった気がしてならない。女性への意識がないと思っていたのに、好きなヒトには可愛いと思われたかったり、実は一途に努力していたり、そんなもの今の今まで知らなかった。ずっと隣にいたのに昨日それを聞いただけで、たったそれだけで、知っている彼女ではなくなった。
知らないところで、熱い視線を向けて、僕には見せないもっと可愛らしい一面を見せては一生懸命アピールしているのかと思うと反吐が出そうになる。
僕の知っている彼女なら、追うよりも追われる側で、追われてもそれを冷たく跳ね返すようなヒトだと思っていた。実際それをずっと見てきたから。だから…だから
「僕でよければいつでも相談乗るからね。あんまり役にはたたないけど」
「……私の記憶が確かなら、興味ないとか言ってなかったか?」
「あ、ちゃんと覚えてはいたのね。まぁただカルエゴくんの助けになれるなら」
「ふーん、わかった。じゃあ頼む」
「はぁい」
__少しでも知らない彼女を知りたい。
__________________
「どうだ?」
次の日の昼休み、食事を持って、彼女は少し上機嫌に生物学問準備室に来ると開口一番にそう言った。何がだと首を傾げながら彼女を観察する。
「あ、口紅が違う」
「あぁ。どっちの方が私に合っている?」
「んー…僕は前かなぁ。今回の濃い色より、いつもの少しピンク?薄紫?なのかな。アレ可愛い」
「わかった」
強く頷くと彼女は椅子に座っては手鏡を持って、すっと口紅を落とすとすぐにいつもの色へと戻した。
「(ホント一生懸命だな)」
そんなに好きなヒトに可愛いって思われたい?口紅一つで、僕はキミへの気持ちなんて変わることないのに。
「(…僕ならいつでも可愛いって言うのにな)」
「よし、こんなもんか」
「ねぇ、好きなヒトの好みって?」
「知らん」
「知らないのか…じゃあ何がいいかわからないねぇ」
「だからお前に聞いてる」
「まぁ…男からの意見の方が参考になるか」
彼女が気軽にそういう相談を出来る異性と言えば僕しかいないかと少しだけ得意気になる。
「(…それはただ意識はされてないって事だけど)」
「脚は出してる方が好きなのか?」
「え、僕?」
「あぁ。前に先輩に私は脚を出した方がいいと言われてな」
「もしかして急に制服それになったのって…先輩に言われたから?」
「そうだが?」
「……じゃあ好きなヒトって」
「おいッ気持ち悪い勘違いするなッッ」
「ち、違うの…?」
「誰があんな奴好きになるかッ!ただ意見のひとつとして取り入れただけだ」
「な、なるほど…」
「フンッ」
一気に機嫌が悪くなったカルエゴくんに軽く謝りながら、心の中でオペラ先輩が相手ではないと心底安心した。
「(あのヒトだったら絶対勝ち目ないしなぁ…)」
好き嫌いや得意苦手など含めて、カルエゴくんはオペラ先輩に特別な感情を抱いているとは思う。僕とは違う、なんというか別の何か。
学生時代はずっとあのヒトを意識していたし、憧れてもいた。もちろん毛嫌いしているのも事実だけど、本音はその強さに惹かれていたのを僕は知っているから、だからもしその憧れがふとしたきっかけで恋心になりましたと言われても納得してしまう。
そして同時に僕自身も先輩はすごいヒトだと思ってるから、彼女が先輩を好きになった時点で僕に勝ち目などなかったから、彼女の好きなヒトが先輩でなかったと聞いて少しだけ希望を持てる。
「ふ…くは、そうだなぁ。好きなの着て欲しいかな」
「へぇ」
「あぁでも、もし恋人がいたらあんまり短いスカートとかは嫌かな」
「何だ好きじゃないのか。お前露出の多い服好きなのかと」
「待って。キミの中の僕どうなってるの」
「オペラ先輩が、お前みたいなタイプはムッツリ野郎が多いって言っていたから」
「むっ…つ…ッ」
「違うのか?」
「………キミ、オペラ先輩の言うこと信じ過ぎ」
「何だ。違うのか」
「(……違くは…ないんだけど……)」
「男は肌見せておけばいいって話ではないんだな」
「それは…まぁ悪魔それぞれですけど。けど、キミ露出あんまり好きじゃなくない?」
「あぁ好きじゃない」
「じゃあ無理にしなくていいよ。好きな格好した方が断然いい」
「そうか」
難しいなっと言いながらカルエゴくんは昼食を食べ始める。僕も釣られて、マスクを取っては食事を始めるが、静かに何度も彼女を見てしまうのを首を振っては拒絶した。
「カルエゴくんってどういう基準で服選んでるの?」
「蹴りが出しやすいかどうか?」
「物騒ッ」
「半分は冗談だ」
「ちょっとは思ってるのね…」
「単純に明るい色が似合わないから、暗めの色を着ていることが多いな」
「え?そうかな。きっと明るい色も似合うよ?」
「…見てないから言えるんだ。あとは好きなブランドがあるからそこを選びがちとかだな。そういうお前はどうなんだ?」
「着れたらいい」
「…参考にしていいのかわからなくなってきたぞ」
「いや、ホントホント。僕の場合よく服のサイズ変わっちゃうし、だから着れるだけいいなって。毎回魔術かけるとかも面倒だしね」
「なるほど…大変そうだな」
「成長期なもので」
んわぁ…っと顔が言っているカルエゴくんは、すぐに食事へと戻った。寄っていたシワなどどこかに消え、カルエゴくんは食事を始めるといつも綺麗な姿勢が更に真っ直ぐとなっては、音を立てず、その空間だけが別世界のようなそんな錯覚さえさられるほどに美しい。
「(…いつかこうやって一緒に食事すらもできなくなるのかな)」
カルエゴくんの恋が実ってしまえば、彼女の優先事項は変わってしまう。
僕の名前を呼ぶように、きっとそれ以上に愛情深くその相手の名前を呼んで、僕にしてきてくれたようにたくさんの気遣いをしているのを想像してしまう。
僕しか知らないはずの笑い方や、拗ね方、嫌いな食べ物、好きな音楽に好きなお店。きっとそれらは当たり前のように相手は知っていく。
僕が何年も何年もかけて知った事を、きっと意図も簡単に奪っていくんだ。
「………ねぇ、カルエゴくん」
「ん?」
「…可愛くなんてならないでよ」
「は……?」
空いた小さな唇を撫でる。まだ塗りたてのそれは僕の手袋を汚した。柔らくて、見え隠れする牙をじっと見て笑いかければ彼女の顔は困惑に歪む。
「なんてね。驚いた?」
「お前なぁ…」
「ふふ」
__あぁキミが憎らしいよ
____________________
カルエゴくんはあまり隙を見せない。…と思われがちだけども案外そうでもない。
もちろん危険察知能力は非常に高いし、そういう隙は見せないのだが、日常では流されやすいし好かれやすい。
「カルエゴせーんせい!!聞いてくださいよぉ!!」
「うざい…」
ロビン先生のように誰かれ構わず慕われるし、パーソナルスペースを他人に取られやすい。ロビン先生も女性だからと一線を引いているが、もしカルエゴくんが男だったらその距離は更に近かったと思う。そう思っていればあっという間に今度はダリ先生に絡まれては、言いくるめられているのを目にすると、ため息が出るものだ。こう…なんと言うか…男性ばかりにちょっかいを掛けられやすい…。
「(って…僕…)」
柱に体を必死に隠しては、自分の行いに頭を抱えた。カルエゴくんに好きなヒトが出来たと知った日から、僕の観察癖は悪化している。
一体相手が誰なのか気になるようになってしまっては、彼女を付き纏うストーカーのような事ばかりしてしまっている。
こんな事をするなら素直に誰か聞けばいいのにと思うが、そんな勇気は持ち合わせてなどいない。
「(…まず相手知ってどうするんだって話だけど)」
同じ職場とも限らないし、家の付き合いの相手かもしれない。もしかしたら僕の知らない彼女だけの時間に出会ったヒトかもしれないのだから。
「………うぅ…抹消…??」
「ふい?何をです?」
「ウッッッッワァァア!!!」
思わぬ声に荒らげてしまった自分の声を、彼女に聞かれないように慌てて手で抑えて振り返れば、スージー先生がニコニコと笑っていた。
「何かお悩み事??お話聞きますよ〜」
「……………」
えっと…っと困惑の声だけが宙に浮いて、そうしてしばらく考え込む。僕はあまり他の先生と世間話のようなことはできないし、スージー先生は数少ない対等にお話出来る関係。そして彼女も女性なのだ。ならばと強く頷いて、目線を合わせるように屈んではぺこりと頭を下げた。
「…よ、よろしくお願い致します」
「ふいッ」
「なるほどぉ。恋のお悩みですか」
「は、はい…。いや…あのそこまでハッキリ言われてしまうと…お恥ずかしいのですが」
生物学問準備室ではカルエゴくんに会ってしまうかもしれないので、植物塔でお茶会を開いた。カルエゴくんの名前はもちろん伏せては、悩みを打ち明けると彼女は嬉しそうに話を聞いてくれる。恋愛話に女性は食いつくとは本当らしいなと眉を下げた。
「お相手に好きヒトがいるなら、バラム先生に惚れさせちゃえばいいんですよぉ」
「え」
「アタックしちゃえってことです〜」
「あ、アタック…いやでも今まで…」
何度もアタックして気付かれてな…気付か…きづ……??
「あれ!?そういえばアタックとかしたことなかったかもッ!?」
「ふい、気付けて良かったですね」
「は…い…い、いやぁ…自分なりに気にかけていたつもりだったんですが、盲点でした」
「例えばどんな事を??」
「えっとそうだな……夜の送り迎えとかですかね?」
「素敵〜!」
「あとは殴り合いとか始めたら止めたりとか」
「ふい?」
「お説教も絶対するし」
「お、お説教…?」
「あ!あと嫌いな食べ物克服させたりもしました!!」
「…バラム先生、それは何だか父親みたい」
「ち、父親…!?」
「やっている事が好きな人を気にかけてるというより、娘のお世話」
「そ、そうだったんだ…」
自分なりに彼女を特別扱いしていたつもりだったのだが、その特別扱いの仕方が間違いだったことにショックを隠せない。
スージー先生に少し話しただけでそう思われてしまったということは、当の本人は…
「(余計に僕を父親に…??)」
つまり、今まで異性として意識されてない原因は僕の行い。そういえば先日の家では本人には母親って言われたっけ。そう…だからだから…
「(何してんのぼくぅ…)」
意識されていないのは、彼女が女性としての意識が低いからではなく、僕が男して振る舞わず、意識させなかったからなのだと唸り声と共に手で顔を覆い隠した。
「今からですよ!バラム先生」
「い、今から!」
「ふい!バラム先生かっこいい作戦開始ですッ」
_______________
『まず見た目!わかりやすい変化からの方が気付かれやすいですからね』
というアドバイスを受けて、スージー先生に教わった髪の結び方を何とか実践して、少し伸びた髪をハーフアップ?というものにしてみた。まだ短いので少しばかり跳ねてしまうが、いいだろうと休憩時間を狙って、自分のデスクで手帳を確認している彼女の元に駆け寄ってみる。
「ん?シチロウか。珍しいな、この時間に職員室の方に来るとは」
「え、あ、う、うん!」
「誰かに用か?今ほとんどどこかに休みに…」
「あー…いや普通にキミに会いに来た」
「ふーん?」
「………」
「………」
「………」
「…え?いやだから何だ用って」
「………トクニナニモナイヨ」
「め、目が死んでいる…」
えぇ…と声に出しては困惑する彼女をジト目で見ては隣の空いてる席に座らせてもらう。別に褒めて欲しかったわけではないのだが、こうも無反応だと釈然としない。
「……か、髪…結ってみたんだ」
「見ればわかる」
「……。ど、うかな…?」
「可愛いんじゃないか」
「かわッ…!?」
「……なぜ落ち込むんだ」
「………可愛いは嫌だったからです」
「そうか。それは悪いことを言ったな」
「別の感想が欲しい」
「別のって……」
パタンと手帳を閉じては、んーっとカルエゴくんは僕を見つめては首を傾げる。
「やはり可愛い髪型だな。いいおっさんがする髪型では無い」
「褒めてるの貶してるの?あと年齢はブーメランなのわかってる…?」
「似合っていると褒めてるんだが」
「だとしたらめちゃくちゃに下手くそな褒め方 だね」
「なんだ。何が不満だ」
あわよくばカッコイイだなんて言われたいだなんて本人に言えるわけないでしょと目線を逸らせば、彼女はまた首を傾げた。
「…髪型の感想とは違うがそれでもいいか」
「え、うん」
くるりと椅子を回転させては、正面だった顔は綺麗な横顔と共に頬杖で隠される。じっと彼女の言葉に耳を傾けるように近付いた。
「顔が見やすくなったのはいいと思う」
「顔…?」
「前はそんな事気にしたことなかったが、一度短くした時に見やすくていいなと思っていたんだ。長くなってまた目元隠れてたから、残念だな…と」
「ッ…」
「…それだけだ。悪かったな褒めるの下手くそで」
「う、ううん。何か嬉しかったから。ありがとう」
「あ、あぁ…」
カルエゴくんがそっぽを向いていてくれて助かった。今は上手く顔を隠せる自信が無い。熱くて、少し苦しくて、せっかく褒めて貰えた目元を髪で隠したくなるくらいにどうしようもなくなって、今だけマスクを付けてることに感謝をしてしまう。
「(…僕の顔見たかったんだ)」
そう思ってしまったら、もうその事しか考えられなくなる。完全に浮ついて、カルエゴくんのその言葉の正しい意味など気にしている余裕なんて無くなって、ただ自分の都合のいいように捉えて舞い上がる。
「それにしても急に髪のアレンジなんてどうしたんだ。今まで基本何もしてなかったのに」
「まぁせっかくイメージチェンジしたし、こういうのもいいかなって」
「へぇ、けど意外だな。髪結えたとは」
「へへ、実はねスージー先生にアドバイス貰って手伝ってもらったんだぁ」
「………髪くらい私もできたが」
「キミ昔は長かったもんね。でもまぁ……スージー先生に教えてもらうよ。他の先生と話せるいいきっかけだしね」
カルエゴくんに男として意識してもらうためのイメージチェンジを、彼女本人に手伝わせるなんて意味がわからなすぎるからね。えへへっと笑って誤魔化せば、カルエゴくんの口がだんだんと尖ってき始めた。
「?」
「あっそ。精々頑張れよ」
「う、うん頑張るよ…」
「……給湯室行ってくる」
「コーヒー?」
「あぁ」
「あ、じゃあ僕が準備し…」
「いらん。コーヒーは私の方が美味い」
「そ、そうだね」
スタスタと相変わらずうるさい足音に似合わない綺麗な姿勢で、早足で僕を置いてカルエゴくんは給湯室の方へと行ってしまった。
「(…あれ?)」
___なんでいきなり怒ってんの…?
さっきまでの有頂天は急降下。
他のヒトが見たらいつも通りのカルエゴくんなのかもしれないけれど、これは確実に機嫌が極端に悪くなった。
学生時代からカルエゴくんの怒りの沸騰はよく見ていたし、きっかけもわかるのだが、時たま本当にわからないタイミングで怒ることがある。ここ数年はなかったのに、なぜ今この時に…?
「あ、もしかして」
いつもカルエゴくんを頼ることが多かったのを、スージー先生に頼っちゃったから拗ねっちゃたのだろうか。自分が髪のアレンジができないやつと思われたとプライドを傷つけたとかそんなところだろうか。やってしまったと頭を抱えた。せっかく少しいい雰囲気になれてた気がするのに。
「アタックって難しい…」
___________________
「…っということで、うまく行ったのか失敗したのか微妙な結果になりました…」
「それは…」
また時間を作ってもらってはスージー先生とお茶会と言う名の相談会を開いてもらった。印象はよかったということ、けれどそのあとに怒らせてしまったことを隠すことなく説明すれば、スージー先生は可哀想にと表情を落とすかと思っていたが、予想とは真逆のやたらと笑顔になって、なんというかダリ先生のような不気味な笑を浮かべている。
「よかったですねッ」
「何がです!?」
「ふいッ、では次はプレゼントとかどうです?」
「プレゼント…?」
「不意の異性からのプレゼントはドキッとするものですよ」
「な、なるほど!」
ではっとスージー先生は一冊の雑誌を取り出すと、ひとつのものを指差した。
「この子を前欲しがっていましたよ〜」
「…え?さ、サボテン…?」
「購入を検討してたみたいですけど、バラム先生に買いすぎって怒られたって言ってたので、ここは先生がカッコよく『僕がプレゼントしたかったから』っと言葉を添えて差し上げれば、完璧ッ」
「ま、まま、待ってください」
「ふぃ?」
「………僕、相手言ってませんよ…ね?」
「あ、そういえば言われてませんね」
「………」
「知ってるので問題ないで〜すね」
「(問題ありますよッ)」
自分から相談しておいてなんだが、今すぐに逃げ出したくてたまらなく、強く足を掴んでしまう。バレてたという焦りと羞恥心。
「……そんなにわかりやすかったですか…僕」
「ふい、仲良しさんですからねぇ。バラム先生他にお話している方少ないし必然的に」
「うぐッ…」
「あと好きが漏れてる」
「漏れてる!?」
「結構」
「あわ…わ…」
「なぜバレてないのか奇跡なくらいにはですね〜」
「……アハハハハハハ…ホントなんで…ほ、本人にバレてないんですかねェ!」
「ふいっとぉーても面白いですッ」
「ハハ…ハ…」
__相談相手間違えたかも…ッ
マスクの下で引き攣る笑みを必死に元に戻して、咳払いをしては勧められたサボテンの写真をス魔ホで撮ってそっとポケットに仕舞った。
「あとこれ…」
「『魔ーガレット』ですか」
「開花時期はもうすぐなので、この子が咲くまでがタイムリミットと思えば力が入るかと」
「っ…な、なるほど。有難く頂きます…」
「花占い、にはピッタリでしょ?」
「はは、花言葉いいですよね」
「ふいッ乙女の楽しみですねぇ〜」
鉢植えに入れられた魔ーガレットにそっと保護魔術を掛けては受け取っては、休憩時間が終わる前にと頭を下げて、その場を去った。
「……よし」
_______________
「カ、カルエゴくん。今日もご飯持ってきてくれてありがとうねぇ」
「…別に」
生物学問準備室にいつものようにカルエゴくんが僕の分の食事とともにやってくる。テーブルをサッと拭いて、浮かせられた食事を僕が並べては、彼女はボスンっと音を立てて座った。
「(な、なんでいきなり機嫌悪いの…)」
何か嫌なことがあったのだろうか。
いや、無理難題を押し付けられたとか仕事の事とか生徒のこととか、そういう苛立ちは彼女はすぐ聞いてくれと話し出す。
そうじゃないということは…
「(僕何かしちゃったのかな…)」
「食べないのか?」
「た、食べるよ。…いただきます」
カチャリと音を鳴らしてマスクを外してテーブルに置く。そんな僕の動きをじっと見つめては、大きなため息をつかれて思わずギョッとしてしまった。
「え、あ、な、なに?」
「……いや、自分の器の小ささに呆れただけだ」
「え、えぇ…?」
「…よし」
すぅとカルエゴくんは胸に手を当てて、深呼吸をしては僕をじっと見つめてくる。
「私はしつこいぞ」
「し、知ってる…」
「!?しつこくないわッッ!!」
「今自分で言ったのに!?」
「チッ」
「えぇ…」
指でテーブルを叩いては僕を睨みつけて、ゆっくりと目を閉じた。そんな一つ一つの動作がやっぱり綺麗で、今度は僕が彼女を見てしまう。
「…明日、お前も休みだろ」
「うん?」
「私と買い物に行かないか」
「いいけど、何買うの?」
「服」
「わかった!荷物持ちは任せて〜」
「違う、お前は私の服を選ぶのを手伝ってくれたらいい」
「えッぼ、僕が…?いやでも女のヒトの服ってわかんないよ…」
「決定するのは私だから気にするな。それに私もお前の服を一緒に選びたい」
「キミが僕の服を…」
これはチャンスなのではと唾を飲み込んだ。カルエゴくんの好みを知れるし、何よりも"アタックする"には出かけるというのは丁度いい。お酒も絡まない、いつもの彼女に向き合えると僕はふたつ返事をした。
楽しみにしてると告げれば、彼女は柔らかく笑って「私も」と答えた。
「ッッ…」
「どうした?」
「な、なんでもないよ。けど珍しいね」
「…まぁ。その…アレだ。好みを模索中というか…」
「好み……」
ズンっと体が重くなった。あぁそうか。そうだった。彼女は…カルエゴくんは、今、好きなヒトのために可愛くなろうとしているんだ。僕と同じように振り向いて貰うために努力して、努力して、そうして、僕の知らない誰かを毎日想っている。
振り向いてもらえなくて辛い気持ちになったりしているのだろうか。それでも今もずっと頑張っていて、その姿は幸せそうで、その誰かのために彼女は彼女を変えようとしている。
僕が好きになったカルエゴくんを変えていく。
「素敵な服が見つかるといいね」
「そうだな」
___あぁ、相手さえわかれば、好みも全部調べて、そうして彼女に"嘘を"教えるのに。
「(……酷いな僕は)」
彼女の不幸を望んでしまっている自分が確実にいる。