風邪をひいたミッキーの話(仮)「シンジ、お前どうして…」
玄関ドアを開けてぼくを出迎えた親友はくしゃくしゃに顔を歪ませて、それから左手で顔を覆ってため息をついた。その姿に少し、胸が痛む。
「あれから具合はどう？大丈夫？病院には行った？」
「あぁ、あの後すぐ…。ただの風邪だったから、薬をもらって今帰ってきたところだ」
「じゃあちょうど良かった」
ぼくは手に提げていた袋を差し出す。
「コンビニで差し入れ色々買ってきたよ」
「ありがとう、助かる」
インスタントのお粥、冷凍うどん、プリン、ヨーグルト、アイスクリーム、ロックアイス、桃缶…。親友は袋の中身に目を通した後、500mlのスポーツドリンクに手を伸ばした。ゴクゴクと軽快に喉を鳴らして気持ちよさそうに飲んでから、彼は飲み口から唇を離してふぅと息を吐き、手の甲で口元を拭う。
「今日は悪かったな。あんなに楽しみにしていたのに。俺のせいで…」
喉が潤ってもまだ彼の声は少しかすれたままだ。いつも頑丈な親友が項垂れるとそれだけで痛々しい。ぼくは横目でそれを見ながら、残りの差し入れを冷蔵庫に放り込んでいく。
「ううん、気にしないで。君は悪くないよ。ぼくが勝手に帰ってきただけだから」
これは本当。親友は自分の体調が悪いのを隠してまで、一回限りの宇勇のOVA上映会に一緒に行こうとしてくれたし、今朝駅でそれがバレた後もシンジは行ってこいと背中を押して東京行きのホームに向かうのを見届けてくれた。会場についても親友が心配で仕方なく、結局はトンボ帰りで戻ってきたぼくが悪い。
「でもね、ちゃんと特典はもらってきたんだ！君の分もあるよ！」
イベントの為に描き下ろしされたイラストカードを渡す。彼の顔は晴れるどころかますます曇るばかりだ。今日を待ち望んでいたのはぼくだけじゃなく親友もだけど、こればかりはどうしようもない。
「会場に着いたらね、ポスターやスクリーンの前で写真を撮ってる人がたくさんいたよ。あぁ、ぼくと君以外にもこんなに宇勇が好きな人達がいるんだ！って嬉しくなっちゃった。チケットも全席完売してた。こんなに好評だったらまた次も開催されるんじゃないかな？」
だから、その時にまた行こう。ベッドに腰掛けた親友に声をかけるが、あぁ、そうだなと明らかな生返事が返ってきた。ぼくは親友の前にかがみこんで顔を覗き込む。申し訳ないのだろう。今日は彼の細くて鋭い目が朝からずっと弱々しく伏せられている。
「ねぇ、宇勇はいつでも観れるけど、ぼくの親友はたった一人だ。ぼくは君が無理して辛い方が辛いよ」
左手を伸ばしてゆっくりと親友の頭を撫でる。
「今はゆっくり休んで、早く風邪治そう」
彼はようやくのみこんで、小さな声であぁと呟いた。ぼくの言葉は少しでも慰めになってくれただろうか。ほんのちょっとだけでも気が楽になってくれたらいいな。
「じゃあ、そろそろ帰るね。お大事に」
手を離して立ち上がろうとすると、目の前の親友がぼくを呼び止めて両腕を広げた。一瞬何のことかわからなかったが、思い当たって彼に近づいてそっと抱きしめた。ジャケット越しでも高い彼の体温が伝わる。
「うわっ、あったかい」
思わず口に出すと彼はぼくを軽く抱きしめ返したままハハッと笑う。その声の明るさについ安心する。
「…ありがとうな」
「いいよ、だってぼくの方がいつも倒れて迷惑かけているから。ちょっとぐらいは返さなきゃ」
「それじゃあもう少しだけ甘えさせてくれ」
さっきよりもかすれた優しい声。ぼくは返事の代わりに熱を帯びた背中を、ぼくの肩に顔を埋めた親友が寝息をたてるまでぎゅっと抱きしめた。