「やぁ、珍しいね」
爛々と輝く対のタンザナイトに吸い込まれた。ミスタが寝て昼になっても起きないから、代わりに起きて散歩に出たらこれだ。コイツ、「俺」の知り合いなのか?ミスタ、おいミスタ、起きろって。……起きねーし。
「おう、オレのこと 知ってんのか?」
「んー、何となくね」
「あっそ」
関係ないだろうと思い、通り過ぎようとした。
「ミスタ、に伝言をお願いしたいんだけど」
「悪いな、生憎寝てるんだわ」
腕を掴まれたかと思ったら伝言かよ、トントンと胸を叩いて言って見せれば、そう、と言って離れていった。
「どこかで会ったっけな…」
気付けば、リアスの趣味ではないようなショップに入って、ノートを購入していた。名前も知らないやつの、記録を残すために。
「Hi ミスタ!調子はどう?」
「シュウ〜!元気だよ!今日はオフなんだ」
リアスとシュウが会ってから数日後、今日はミスタとシュウが話をしていた。
(……?なんだ、この違和感は)
たまたま起きていたリアスは、中から様子を伺っていた。ミスタがシュウと呼んだ人物は、どこか見覚えがあった。記憶が一日ごとに薄れていくリアスにとって、分からないことが多いのは仕方がないことなのだが、この違和感は初めて感じるものだった。
(どこかで会ったことがあるのか?)
考えても思い出すことはできない。
「またねシュウ!今度のコラボで!」
「うん、またね」
ミスタの友人ということ以上は分からなかったが、あのタンザナイトに惹き込まれていた。
夜、家に帰ったミスタに中から尋ねた。
(昼間に会ったあいつ、シュウって言うんだっけ?随分楽しそうだったな)
「うわ!急に話すなよ……びっくりしただろ、てかなんでシュウのこと知ってんだ?」
(それはどうでもいいだろ、教えてくれよ)
「お前忘れるから、なんか適当なのに書いとくわ……ん?なんだこれ」
そう言って、ミスタが手に取ったのはリアスが
記録用に買ったノートだった。
(お前!!勝手に開けてんじゃねーよ!!!)
「……ふーん、なるほどね」
頁をパラパラめくっていたミスタが、そう呟いた。
(なにが!なるほど、なんだ!)
「いや、俺は探偵だから、ね?」
そう言うなり、ミスタは何かノートに書き出した。
「おっと、リアスはちょっと寝てなよ」
(は……?ちょっとまt)
リアスを権限で寝かせ、ノートを改めて見る。俺も字は汚いけど、あまりにもたどたどしい字で書いてあることから、本当にコイツが書いたんだなと思う。
「仕方ないな」
好きな食べ物、趣味、活動の時間帯、俺が知っているシュウのプロフィールを書き出したつもりだ。何か足りないな、と思ってひとつ悪戯をしかける。
"Do you know sunshine"
「これでいいか……上手くいくといいな」
「あー、よお シュウ」
「どうしたの?急に」
「いや、その……」
「今日は少し忙しいんだ、またね」
次の日から、リアスのアタックが始まった。ノートに書いてあったプロフィールをもとに話そうと思っても、話すことはおろか、挨拶すら返してもらえているか分からない状態だ。最後の一文はマジで許さねえからな、と思うけれど、色々教えてくれたのでそれでチャラにした。
「待ってくれよ!」
「今日はミスタへの伝言はないよ、もう頼まないから大丈夫」
「そうじゃない、話を聞いてくれ」
「…分かったよ」
諦めたようにシュウが振り返った。
「オレはリアス、お前と仲良くしたいんだ」
「キミって、会話が下手なの?」
「うるせーな!ミスタより話す頻度が少ないから仕方ないだろ」
「ンはは、ごめんごめん」
「で?仲良くしてくれる気は?」
「すごい高圧的だね、まぁいいよ 改めてよろしく、リアス」
「おう……高圧的で悪かったな」
話すことができて嬉しくなったリアスは、また声かけるからなとそのまま走っていってしまった。
「ン〜、なんだかなぁ」
また今度でいいや、とシュウもその場を離れたのだった。
「あーー!!!話しちまった……」
(ハ〜?重要なことは話せてないのに?)
「ア"?オレ、話してなかったか?」
(質問を質問で返すなよ。駄目だったぞ)
嘘だろ!?と頭を抱えて蹲るリアスは、見たことないような新鮮な反応をしていた。
「ミスタ、俺にもう1日くれよ……」
(明日は依頼も入ってないし、いいぞ)
「ありがとな…埋め合わせは絶対する」
(いいってことよ、兄弟)
寝るか、などと呟いているリアスを横目に、こんな嬉しそうな顔を見たことはなかったなと考えていた。自分の顔なのに、嬉しいような、恥ずかしいような、そんな変な気持ちになっていた。
「やぁ、今日はリアスかな?」
「おう、よく分かるな」
「えへへ、何となくね……」
「最近よく会うけど、リアスは元気?」
「正直口封じたいくらい元気、うざいわ」
「あはは 元気ならよかった」
他愛のない会話が頭上で滑っていく。昨日は話せなかったような、最近お気に入りのカフェのこと、よく通る猫のこと、オレは知らない「俺」の同期のこと、前とは違い会話が続く。
「それはそうとして、リアス 前と変わった?よね」
「…え?」
「なんだろう、言い方は悪いんだけど前は愛想悪い、みたいな」
「あー、それは……」
「話しにくい内容とかなら気にしないで」
「いや、話さないといけないんだ」
息を吸い込み、そっと吐き出した。それが終わるとリアスは話しはじめた。
「俺の記憶は…………………」
「ン~、聞いたところ初めての部類かも」
「とにかく、記憶はメモに残しておけば大丈夫だから」
「……」
「おい、シュウ?…おーい」
「僕なら何とかできるかもしれない」
「は、おい!」
その日から、闇ノシュウを見ることはなかった。
Twitterも「しばらく活動をお休みするね!」というツイート以降、日課のようにしていたタグも漁った様子がなく、discordも、Steamも、オンラインになることはなかった。
「は?シュウと連絡がつかない?」
「そうなんだ、どうしようミスタ!こんなのPOGじゃないよ……」
「残念だけど、俺もよく分からないんだ」
「連絡もつかないのはおかしいでしょ……」
ルカとの通話で、誰とも連絡を取っていないことを知らされて、最後に会ったのはリアスなんだよな…と思い声をかけた。
(…ん"、なんだよ)
「いや、今シュウと連絡が取れないってはなs」
(ッ俺も知らないんだよ!!!)
急に中で叫ばれて、身体がビリビリした。
(なんでか分からないけど、何とかできるかもとか言って、それから会ってないんだよ!きっと俺のせいで何かしようとしてる……)
「シュウに聞いたわけじゃないから分からないだろ!?」
(でも……!!それ以外何があるんだよ……ッ)
「それは…………」
そう言うなり、また中の最深部へ潜ってしまった彼に、かける言葉を見失ってしまった。
「ぁ………」
深夜2時、目覚めたのはリアスだった。いつもは主導権を握っているくせに、最近は疲弊のためかそれも緩んでいた。
あまり表に出なくなったせいで、記録用に買ったノートも、ページの消費が緩やかなものになっていた。世界から彩度が消えていく感覚が気持ち悪い。結局、俺には何も残らないんだなと思うと、とても、悲しい。
「ぅ"ぁ"……なんで、」
なんで、どうして、世界が輝いていたのか。
電話……?電話が鳴っている。
「ッハ、シュウ!?」
無機質な液晶には、依頼主の番号。
「はい、こちらミスタ」
思わず無愛想に応えてしまう。連絡がつかなくなってから、2ヶ月近く経っているのだから。「あーはいはい、じゃあ納期はまだ先ってことね……次もご贔屓に」
ピコン という着信音とともに求めていた名前が映る。
「は……?」
(ハ……!?)
『心配かけてごめん、急だけど今から会えない?最寄りの……』
(おい、オレが行く、オレが行くから身体貸せ!!)
「わかったよ」
近くのカフェを指定されたはずなのに、随分と道のりが遠く感じる。真っ直ぐの一本道だからだろうか、それとも、俺の心臓と比較しているからだろうか。
「シュウ!」
「やぁ、久しぶりだね」
「お前今まで何処に行ってたんだよ!連絡くらいよこせ、何で」
「落ち着いて、リアス、落ち着くんだ」
「ごめん」
今にも泣き出しそうなリアスを席につかせて、コーヒーを2杯頼む。
「まず、僕の自分勝手な行動だったことを先に謝るよ ごめん」
それからシュウは、今まで何をしてたかを事細かに話し始めた。時間軸が歪んでいたせいで一週間が2ヶ月に伸ばされていたことや、別人格にまつわる古本を見つけたこと、何故連絡が取れなかったのか。
「キミは、君であってキミじゃないよね」
「まあそうなるよな、主人格はミスタだし」
「古本に書いてあったんだ、きみがキミでいられる呪術が」
「本当なのか…?それって禁忌とかじゃないんだよな」
「もちろん、安全だし、誰もリスクを背負わないよ」
「オレのために、いやオレ達のためにありがとう」
「そんなにかしこまらないでよ、これは僕の自己満足なの」
じゃあ日時はおって連絡するから、と会計を済ませて足早にカフェを出ていった。同期やファンにまだ連絡していないらしい。そんなにオレのこと優先で来てくれたのか、と思うと心が弾む。色めいた世界に少し目を向けることが出来た。
「ふぅ、これで儀式は完了だよ」
オレ達は、双子として存在できることになった。
「シュウ、お前顔色が悪いぞ」
「ンへへ、ちょっと疲れちゃった」
オレは、ミスタとシュウのやり取りを何となく聞いていた。瓜二つの身体に、瓜二つの顔、テレビで見たことがあるドッペルゲンガーみたいで、変な気持ちだった。
「正確に言うと、精神を具体化してその上に身体をつけたような感覚かな。ミスタは今までの、リアスは新しいから継ぎ目が荒いよ。しばらくは気をつけて無理のないように生活すること」
「は!?お前が新しい身体なのかよ……うわー」
「うるせえ!継ぎ目が荒いって言ってんだろ、大変だから労れよ!」
ギャーギャー騒ぐ2人は、言い合っている癖にとても嬉しそうだった。
「さぁ、用も済んだし帰った帰った!僕はここを片付けないといけないからね」
「「オレ(俺)たちも手伝うよ!」」
「ン~、呪具って危ないものが多いから、取り扱いが難しいんだ。気にしないでいいよ」
わかった、またな!と言って帰る兄弟を尻目に、片付けに取り掛かろうとした、はずだった。
「う"ぁ……?!」
綺麗な紅で、床が染め上げられていく。ごぽっ、ごぽっ、自分の口から音がする。触れたそれは、異様なぬめりがあった。嗚呼、代償なのかと、受け入れるしかないのだと、脳裏にしっかりと刻みつけられた。
「これは禁忌だ。世界の理に干渉するものの代償として、使用したものの寿命が引き換えとされる」
そう、本を渡される時に言われた。触れる理が大きければ大きいほど、比例して代償も大きくなっていく。呪術師なら誰でも知っていること。
「片付け、ないと」
クラクラする頭で、片付けるものが増えてしまったな、と気を紛らわすように考えた。
「よう、シュウ!」
あの日以降、何故だか俺の記憶が補強され、日々の記憶を忘れないようになっていった。すっかり要らなくなったノートは、今や本棚を彩る良いインテリアと化している。
「やぁ、今日も元気そうだね」
「そう言うお前は青白いよな、本当に大丈夫かよ?」
「ンはは、風邪ひいちゃったかな……」
「そうか、大事にしろよ」
そう言った日のことを、今でも後悔している。
「リアス……?」
「もう、喋るなよ」
「ンはは 酷いなあ」
「酷いのはどっちだよ!!!!何を黙ってた!」
「ごめん、君の顔も、もう見えないんだ」
綺麗に輝くアメジストに映った、オレの情けない顔。
「文目の香りと、風の音、微かな揺らぎを添えて、君に祝福を……」
シュウの周りに光が宿り、霧散した。
「なに、してんだ」
「キミが、キミであれるように、また、」
雨は、止まない。
シュウが息を引き取り、続くようにミスタも息を引き取った。そうして何人も見送るうちに、ひとりになった。
シュウが編んだ術式は、編んだ本人が死んでから、更なる効力を示すものだった。記憶の補強と身体の強化、それが完成した、否、完成してしまったのだ。
僕のこと、忘れないでよね と今にも聞こえてきそうなくらい。ずっと、シュウのことを覚えている。
オレの、すきな ひと。
花言葉 文目(あやめ) :希望
石言葉 タンザナイト:高貴 知性 希望 神秘
アメジスト:高貴 誠実 愛情