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    朔也🐟

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    既刊「isgさん家のバブちゃん(握力80キロ)」の後日談

    kisがタトゥーを入れる話 世の中には、恋人の名前でタトゥーを彫る人達もいるらしい。

     いや、別にそれを否定しようって訳じゃない。ただ理解が難しいなと思うだけだ。それこそ価値観は人それぞれなんだから好きにすればいい。まあ他人事ってやつだ。

     潔なら別れた時のことを考えるとそんなリスク取れないし、何より日本ではタトゥーがあると温泉に入れない。日本人の潔にとっては死活問題だ。

     だから、タトゥーは入れない。それがたとえ恋人の願いであったとしても、だ。

     ――ただ潔の恋人の考えは違っていたらしい。

     人種の違いから抜けるように白い肌に自分の名前が刻まれていることを認識した潔は思わず悲鳴を上げた。

    「ギャー!!」

     何度、目を擦って確認してもそこにある名前はどうやら夢じゃないらしい。潔の悲鳴をどう解釈したのか、唐突な奇行に走ったカイザーは得意げに笑って見せる。

    「そんなに嬉しいのか、世一ぃ」

     今の悲鳴を聞いてそんな感想を抱けるなんて、こいつはサイコパスか。そう思わなくもなかったが、それよりも目の前の到底許容できないやらかしの方が優先だ。

     潔はティッシュを数枚取ると、タトゥーの入った部分を力の限り擦った。

    「お前、本当バカなの!? 本当にバカだわ! マジでありえねぇ!」

     当たり前だが、タトゥーは擦ったところで消えはしない。そういう物だ。

     何度も強く擦ったせいで赤くなった肌を見ながら潔はよろよろとへたり込んだ。

    「き、消えない……」
    「タトゥーが消える訳ないだろう? 世一はオツムが弱いのか?」

     OK、間違いなくこいつはサイコパスだ。じゃなけりゃ、恋人が落ち込んでいる時にこんなに酷い言葉をかけられるはずがない。

     潔は頭を切り替えて立ち上がった。タトゥーは消えない。――が、現代の医療技術を持ってすれば消すことも出来るかもしれない。

     スマホを手に取って〝タトゥー 消し方〟で検索をかけていく。

    「光栄に思えよ、世一。この俺の右脚に名前を刻むことができるのは、世界広しと言えどもお前だけだ」
    「…………」

     そう、こんなにも潔が怒髪天をついたのは何もタトゥーを入れたからだけではない。ピッチの上では値千金の価値がある唯一無二の右脚に潔の名前なんかを入れたからだ。

     いや、本当に何を考えてやったんだよ。意味分かんなさ過ぎだろ。

     これなら顔面に入れられた方がまだマシだった。それくらいカイザーの右脚は価値のあるものなのだ。たとえカイザー自身であろうとそれを蔑ろにすることは許せない。

     幸いにもタトゥーはレーザーで消せるらしかった。多少、跡は残るらしいが、それでもやらないよりは幾分かいい。

     潔はレビューを見比べて評判が良さそうな病院を探し出した。

    「カイザー、良い病院が見つかったから行くぞ。支度しろ」
    「何の病院だ? 具合でも悪いのか?」
    「んなの、そのタトゥーを消すために決まってんじゃん。跡は残るかもしれないらしいけど、少しでも薄くなった方がいいだろ」
    「…………」

     今度はカイザーの方が頭沸いてんのかという目で見てくる。沸いているのはカイザーであって潔ではない。ごくごく普通の反応をしたまでだ。

    「ほら、行くぞ」

     カイザーがいつまで経っても返事をしないので無理やり腕を引くが、体格差のせいでピクリとも動かない。苛立った潔は声を上げた。

    「おい、カイザー!」
    「――このタトゥーはミヒャエル・カイザーの右脚は潔世一の物だという意味で入れた。それでも消せと言うのか?」
    「いや、そんなこと言われたって……」

     美しいシュートを放つ右脚は天賦の才とカイザーの努力があって生まれたものだ。そこに潔は何の関与もしていない。それを受け取れと言われても、潔にはそんな資格はないとしか言いようがないのだ。

     何と返すべきか悩んで黙り込むと、カイザーが視線を逸らした。聞かなくても傷つけてしまったことがよく分かって潔は慌てた。

    「か、カイザー」
    「分かった。……もういい」

     カイザーは立ち上がると、自室へと下がってしまった。中途半端に伸ばした手が引き止められもせずに空を切る。

     バタンとしまったドアに潔は頭を抱えた。

     たしなめるにしても、もっとマシな言い方があったに違いない。相手はあのカイザーなのだ。情緒がバブちゃんな男を頭ごなしに否定しにかかれば、拗ねてしまうのも当然だ。

    「だからって、どうしろって言うんだよぉ……」

     世の中のお母さん達はこんなのを毎日相手にしてるんだから本当に尊敬だ。

     潔はすっかり頭から抜けていた。いくらカイザーの情緒がバブだからと言って、ガワは成人男性なのだから聞き分けるべきはカイザーなのだと言うことを





     いろいろと考えてみた結果、やはり潔にも非があるのではないかという結論に至った。ただの軽口だったとはいえ、カイザーを煽ってしまった自覚はある。その責任がこういう形で現れるとは思っても見なかったけれど

     潔にカイザーの気持ちは分からない。なるべく寄り添いたいという気はあるにはあるのだが、それ以上にカイザーの言動が意味不明だからだ。

     わりと温厚な性格だと自覚しているし、あの個性の強いブルーロックメンバーとも上手くやれていたと思う。よって、潔の心が狭いという線はないだろう。――常識的に考えて

    「仕方ねぇし、相談してみるか……」

     とはいえ、潔もカイザーと仲違いしたままでいいとは思っていない。カイザーの愛情表現が規格外すぎて埋もれているが、潔だってカイザーが好きなのだ。

     潔はブルーロックのバブ代表に電話をかけた。

    『潔、珍しいじゃん。ようやくあのクソ薔薇と別れる気になった?』

     開口一番に酷い言われようだ。そんなにもすぐ破局しそうに思われてるんだろうか。

    「別れねぇよ。……喧嘩はしたけど」
    『ふぅん? あいつも随分と余裕じゃん』
    「いや、今回は俺も悪かったし」

     カイザーだって悪気はなかったはずなのだ。ちょっと価値観が違うだけできちんと話し合えば潔が嫌がる理由も理解してくれたかもしれない。

    「もしもの話だけどさ、……玲王がどっか行きそうになったら、引き止めるために自分の体に玲王の名前でタトゥー彫ったりとかする?」
    『玲王が俺を置いてどっか行く訳ないじゃん』
    「…………だよな」

     迷いのない返事に潔はがっくりと肩を落とした。あの二人のコンビは今でも仲がいい。単に玲王が面倒見が良すぎるというのもあるが

    『そんなこと聞くってことは、クソ薔薇は彫ったんだ?』
    「……ノーコメントで」
    『まあ、気持ちは分からなくもないよ。潔ってすぐ余所見するし』
    「そんなことねえって」
    『でもサッカー上手いやつは好きでしょ?』
    「そりゃあ、そうだけど」

     それとこれとは好きの方向性が違うだろと思ったが、凪がそう言うならそうかもしれない。潔だってカイザーが他の選手を見ていたら、ちょっとは嫉妬もするし。

     てことは、俺が信用されてねぇってことか? これだけ一緒にいんのに?

     モヤモヤした感情が募っていくのを感じて潔は黙り込んだ。理解はできるが、どうにも納得がいかない。

    「……別に浮気なんてしないのに」
    『それじゃあ、潔もタトゥー彫ってみたら?』
    「ハア!?」

     凪の提案に潔は素っ頓狂な声を上げた。

     タトゥーを彫られて困っているから相談したというのに、これでは本末転倒だ。二人で仲良く名前を刻み合うなんて冗談じゃない。

    『そしたら、クソ薔薇の気持ちも少しは分かるかもね』

     まあ俺はそんな面倒くさいことしないけど、という言葉は右から左へと通り過ぎて行った。

     確かに一理あるかもしれない。カイザーを変えることばかり考えていたが、時には潔から歩み寄る姿勢というのも必要なのだろう。





     玄関には、潔より大きなカイザーのランニングシューズが転がっていた。

     喧嘩すると度々ロードワークに出てその帰りに潔が好きそうな甘い物を買ってくるというのが定番の仲直りの流れだが、今日はまだ自室でいじけているらしい。

     あやすのも面倒くさいので自分から構ってもらいに来るまで放置するのが潔の教育方針だが、今回ばかりは強行突破でカイザーの自室に押し行った。

     ベッドの上にできたシーツの山が大きく震える。どうやら潔が怒っているという自覚はあったようだ。

    「カイザー」

     名前を呼ぶと、シーツの中から金色の頭が出てくる。

     ムスッとした表情のカイザーはさすがに威圧感があるが、前髪の寝癖とシーツに丸まっているせいで一生懸命虚勢を張っているようにしか見えない。

     潔は思ったより元気そうな様子に笑ってベッドの隅に腰掛けた。

    「……消さないからな」
    「でも、仕事にいろいろと差し障りがあるだろ」
    「んなもん、全部断ればいい」

     その顔の良さを買われて企業の広告塔としてモデルも務めているというのにあんまりな言いようだ。カイザーのワガママは頭が痛い。

    「その、なんつうか、……頭ごなしに消せって言ったのはごめん」

     滅多に口にしない謝罪の言葉に柄にもなく緊張した。これならPK戦の方がまだマシだ。

     カイザーは長く黙り込んでいたが、やがてこくりと頷いて見せた。緊張が解けて深く息を吐く。

    「良かったぁ……」
    「説得されても消すつもりはないぞ」
    「うん、分かってるって」

     本音を言うならまだ消して欲しいと思っていなくもないが、それを強要するのはカイザーの愛情を否定することに繋がるのだろう。潔もそこまでして消して欲しいとは言わない。

    「……重いと感じたか?」
    「へ?」
    「面倒だと思っただろう」

     弱気な発言に顔を見ると、カイザーは気まずげに視線を逸らした。仲直りしたら急に不安になってきたらしい。

     俺がこのくらいでカイザーのこと嫌いになる訳ないのにバカだよなあ。

     あまりに愛されてる自覚がないのも困ったものだなと思いながら潔は自分の襟元を引っ張った。

    「なッ、お前それ……!」
    「言っとくけど、重いとか言って逃げたら100%殺すからな」

     潔の首筋には新しく青薔薇が咲いていた。名前ほどインパクトはないかもしれないが、これが誰を示すのか見て分からないほど周りも鈍感ではないだろう。

     驚きすぎて固まっているカイザーに潔はいい気味だと思った。一生を共にする覚悟があるのは何もカイザーだけではない。

     アイスブルーの瞳がゆらゆらと揺れてすぐに涙が溢れてくる。

    「世一ッ!」
    「もぉー泣くなって」

     すっかりデカいバブちゃんと化したカイザーを抱きしめながら惚れた弱みって怖いなと笑った。
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