勘違い蔵種失敗したなぁ、と思った。
部活が終わってから、飲みに行った。今度の大会の話とか、あの教授の授業は楽単だとか。そんな話をしながらええ感じに酔って。店を出て呑み屋街を歩いとったら、女の子に助けを求められた。
「知らない男に絡まれとるんです」言われたら、そりゃ修さんちょっと一肌脱いだろかってなるやん? ほんで庇ったったら、その男に何発か殴られて。相手チビやったから、リーチの差でそないダメージはくらわんかったけど。俺も酔っとったし気分悪いし、結構ふらふらになってしもて。
しかも結局その男彼氏やったみたいで、二人で仲良く帰ってった。何やねん、あいつら。
ノスケのアパートにタクシーが着くと、ノスケがアパートの前で待っとってくれた。大学一年生になったノスケは一人暮らしを始めて、俺もよう入り浸っとる。今日は気分悪いし、ノスケに甘えさせてもらお。
「ノスケ聞いてやぁ。ほんまに災難やったで」
「や、あの。警察行かんでもええんですか? 警察」
「警察はなぁ」
ノスケは温室育ちなんか、やたらと狼狽えとった。せやけどそこまでの怪我でも無いし、大会前に事件沙汰は困る。それに俺も何発か殴り返したったし、喧嘩両成敗でちゃんと捜査してもらえるとも思わへんかった。
「それよりシャワー貸してや。結構べたべたしてしもて」
アパートの外階段を上りながら、肌に張り付いた服を引っ張る。汗もかいたし壁に押し付けられたりもしたし、さっさとシャワーを浴びて綺麗な服に着替えたい。
「や、シャワーはまずいんやないですか?」
「え、何で?」
「やっぱり、警察か病院行った方が……」
「大丈夫やって」
外階段を上ってすぐ隣。そこがノスケの部屋やった。
「お邪魔しますー」
とりあえずは床を汚さんよう、座布団の上に座る。ノスケが麦茶をコップに注いだ。氷がぶつかってカチャカチャ鳴る。
「あの、俺と一緒に警察行くの嫌やったら、入江さんとか呼びましょうか?」
「ほんま大丈夫やって。俺かて何発か入れ返したったし、喧嘩両成敗やって」
「えっ」
ノスケの切れ長の目がくるんと丸くなる。やばいわ。手首壊したらどないするんって、怒られるかも。
「それは、その……。修二さんも楽しんだ感じなんですか?」
「楽しい訳あるか。せやけど、やられっぱなしも性に合わんし」
「なるほど……。思い知らせる為、みたいな感じですか?」
「せやなぁ」
受け取った麦茶が冷たくて気持ちええ。一気に飲み干せば身体が冷えて、やっぱり殴られたとこが痛むわと感じた。
ほんでふとノスケの顔を見ると、まるでドラマのワンシーンみたいに、頰にひとすじの涙が流れとった。
「え、何で泣くん?」
「すんません。泣きたいのは、修二さんの方やのに」
「大丈夫やって、泣かんでもええて」
「俺も、いつも修二さんのこと抱かせてもろて。それで気が済むんやったら、俺のこと抱いてもろても全然ええんで」
「え、何の話?」
どうにも会話が、噛み合ってへん。
「大丈夫です。浮気とか、言ったりしませんから」
「え? 浮気?」
「一番辛いのは、修二さんやから」
「え、俺がその男にヤられたと思っとるん?」
「……襲われたん、ですよね?」
「ちょお、そっちの意味ちゃうて」
まさかそっちの意味で勘違いされとるとは夢にも思わんかったから、俺も何やら脱力してしもて、笑いが止まらんかった。
「ふふ、ははは。俺みたいな男、襲う奴おらんやろ」
「おりますよ。修二さん、魅力的やから」
「えー。ほな俺が、そいつに何発もやり返したと思ったん? 俺、どんだけ絶倫やねん」
「結構、絶倫やないですか」
俺が笑っとるとノスケが「もうっ」って言いながら、俺をぎゅっと抱き締めてきた。その力が思いの外強くて、何やら俺も、目の奥がじーんと熱なってしもた。