no title1(上)「よぉ修二。合コンしようや合コン」
2限が終わって食堂へ向かう途中、悪友に声を掛けられた。こいつは高校の同級生。インカレやっとるからか、別の大学に進学したはずやのにしょっちゅう会う(この場合のインカレは、複数の大学にまたがるサークルの意)。
「合コンなんて行かへんて。俺、彼氏おるし」
「彼氏? 彼女やのうて?」
「せやで。めっちゃイケメンの彼氏☆」
「ほんまぁ? ほな写真見せてや」
「ええで。これとかめっちゃイケメンやろ」
俺はスマホで、最近撮った写真の中でも特に写りのいい写真を表示した。
「うわっ、ごっついイケメンやん。俺こいつやったら抱けるわ」
「やらへんて」
写真のノスケは、見慣れた俺でも惚れ惚れしてまうぐらいの男前で──と同時に、俺の隣ではにかんどる姿はえらい可愛らしくて。こんな写真を見たら、誰だって胸がキュンとして惚れてまうかもしれへんな。まぁ誰にもやらへんし、ましてや抱かせる訳ないけど。俺かてまだ抱いたことあらへんのに。
「ほな、その彼氏と別れたら合コン来てや」
「別れへんて」
悪友はそのまま近くにおった女の子をナンパし始めて、相変わらずのバイタリティのすごさに苦笑するしかなかった。
春、選抜の大会も終わった翌週。いよいよ高校3年生になるノスケの高校と、舞子坂高校テニス部との練習試合が行われることになった。ノスケと付き合い始めて丸2年、ようやく念願叶ったわ。いつもノスケの部活をしとるとこ見に行きたいって言うても、恥ずかしいからって断られてばっかりやったけど。自分の母校の応援に行くんやったら、ノスケに止められる筋合いはないからな。
俺ももう大学3回生になるから、今の高校生とはあんまり付き合いはないけど。母校の後輩らが頑張っとるのは嬉しいし、ええ刺激になるわ。
そうして迎えた練習試合の日。俺は舞子坂ベンチからノスケに合図を送ったけども、ノスケは会釈を返してくるだけやった。なんや、つまらん奴め。まぁノスケの学校の奴らからしたら、俺とノスケはW杯で知り合うたただの先輩と後輩やから、そんなんが妥当な反応なんやろうけど。ノスケは今はまた部長をやっとって、部員達からは彼女も作らんとストイックにテニスをしとる部長、って思われとるらしい。彼女がおらんのはほんまやけど、禁欲的では全くないんやけどな。
春休みやからか、舞子坂ベンチの方には他にもギャラリーが集まっとって。この春卒業した奴ら(つまり俺が高3の時の1年)やら、逆に俺の先輩もおって。懐かしい顔と一緒にやんややんやと観戦出来て、ほんまに楽しかったわ。
練習試合の後。一旦俺達はそれぞれの高校の奴らとファミレスに行ってから、その後こっそり二人で喫茶店で落ち合った。まぁこういう隠れたお付き合いっちゅうのも、ロマンチックで悪くはない。
俺が店員さんにコーヒーを頼むと、ファミレスで夕飯を食べてきたはずのノスケは、しっかりと1人前のサンドイッチを注文しとった。男子高校生の食欲、恐ろしいわ。
「ほんでな。今日来てへんかった先輩らにも声掛けて、一緒に泊まりでテニスしに行こかって話になったんやって」
「そんな話しとったん? ちゃんと試合見とった?」
「見とったで、ノスケの活躍」
「ほんまぁ? ……どこ泊まるん?」
「軽井沢。先輩んちの別荘があるんやって」
「軽井沢でテニス? シャレとるなぁ」
「ええやろ」
「ええなぁ」
「ノスケも行く?」
「え、行ってもええん? 俺、舞子坂ちゃうけど」
「聞いてみるわ」
スマホで先輩にメッセージを送ると、直ぐにOKとだけ返事が返ってきた。
「ええって」
「わ、ほんま? どないしよ、手土産とか何がええかな」
「酒やな」
「酒かぁ」
俺はいくつかアドバイスをしたんやけど、さすがに未成年が酒持ってきたらあかんやろって話になって。俺が酒(とノスケ用ジュース)、ノスケがツマミを差し入れすることになった。
それはええんやけど、やけにノスケの声が上擦ってはしゃいどるのが気に掛かる。男子高校生の欲求は、どうやら食欲だけでは収まらへんようで。俺は一つ釘を刺しておくことにした。
「言うとくけど、別荘ってただの家やからな。みんなで雑魚寝とかやし、ホテルとはちゃうからヤれへんで」
「そんなつもりちゃうて」
ノスケは慌てて否定をすると、俺の方へ身を乗り出して、声を潜めて言うた。
「せやから別荘に泊めてもろた次の日は、二人でホテルに泊まるとかはあかん? 親には、別荘に2泊させてもらうって言うとくから」
「……悪いやっちゃな」
清廉潔白、と周りからは言われとるらしい男からの、欲望丸出しの可愛いお誘い。それをばっさり断れる程、俺も落ち着いていられる年齢でもなかった。
俺はスマホで軽井沢までのルートを検索すると、初めての外泊デートに相応しい場所を探した。
「どこ泊まる? 観光したいとこある?」
「長野やったら蕎麦食べたいなぁ」
あかん、こいつ食欲と性欲しかない。
「諏訪湖とかどうや? 遊覧船とかあるみたいやし」
「船か……」
「あかん?」
「俺、船酔いするかも」
「船酔い? 情けないやっちゃなー」
「飛行機乗られへん奴に言われたないけど」
「それとこれとは話がちゃうやん」
「一緒やて」
その後、あんまり話はまとまらんかったけど、宿だけは即行で決めて予約した。店を出てから、ほんまはキスしたかったけど止まらんくなると困るから、物陰でハグだけしてそれぞれ帰路についた。初めての外泊デート、これは気合い入れていかなあかんかも。俺はバイト先に頼んで、デートの翌日のシフトは遅い時間にしてもろた。