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    kk_69848

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    蔵種全年齢

    木の葉を隠すなら(中)人混みを通り抜けて奥の建物に入ると、ロビーみたいなとこに色んな部活やサークルの張り紙がしてあった。四天宝寺のみんなで探せば、すぐにテニス部の展示が見付かった。展示どころかその下には、出店で買うたらしい焼きそばを食べとる二人組がおる。
    「あの、テニス部の人ですか?」
    「そうやけど……あ、お前白石やろ。W杯見たで」
    「えっ、あ、はい。おーきに」
    昨年のU-17W杯は優勝したこともあってか、例年にないくらいTVでも取り上げられた。ほんでTVやなんてミーハーやから、決勝よりも準決勝よりも、フランス戦のキミ様の試合の映像を一番流しとって。ダブルスパートナーとして一緒に映っとった俺も、ちょっとした有名人になってしまっとった。嬉しいことやけど、少し恥ずかしい。
    隣におったケンヤが、「よっ、有名人」って冗談めかして小突いてくる。俺もケンヤに小突き返しながら、先輩に軽く頭を下げた。
    「それであの、テニス部の設備を見せてもらいたいんですけど」
    「あー、少し歩くけどええか?」
    「はい。よろしくお願いします」
    先輩らは焼きそばの残りをかっ込むと、施設の案内をしてくれることになった。急かして申し訳ないなって思ったけど、本人達いわく元々早食いらしい。
    「白石来るんやったら安泰やなぁ」
    「言うて何年後や? 今、高1とかやろ」
    「ほな、留年するしかないか」
    先輩らは軽口を叩きながら、人通りの少ない裏道を歩いていく。その後ろを、俺達四天宝寺のメンバーがぞろぞろと歩く。
    今日ここに来たのは、種ヶ島先輩に誘われたからで。来たからには折角やから、見学させてもらおかなって話になっただけで。ここの大学に進学したいとかは、全く考えとらんかったんやけど。
    せやけど見せてもろたテニスコートもトレーニングルームも、改修したばっかりらしくて、ほんまに綺麗で使いやすそうで。こういう所で練習出来たらええなって、見学すればする程、みんなのテンションは上がっていく一方やった。
    「めっちゃええやん。ほんまにここに進学しよかな」
    「ホンマにええとこやねぇ」
    「小春が受けるんやったら、俺も受けるで」
    「そもそも受かるんですか?」
    みんなは楽しそうに、あっち見たりこっち見たりしとって。俺もそうしたかったんやけど、俺の方はいまいち気分が乗り切らんかった。
    というのもさっき見た種ヶ島先輩の写真とか、ビリビリに破かれた写真とかが、ずっと俺の頭ん中をぐるぐると回っとったからやった。
    破かれたのは知らん写真で、種ヶ島先輩の写真ちゃうのに。まるで俺の気持ちごと、種ヶ島先輩の写真がビリビリに破かれたような、変な喪失感みたいなもんがあって。何でか知らんけど、ずっと心臓の辺りがずっしりと重くて。
    何か悪い事を仕出かしてしもたような、せやけど実際は何もしてへんし、何の反省も弁明もしようがなくて。許してほしいのに、誰に何を許してもろたらええのかも分からんくて。自分の感情がよう分からん袋小路に入り込んどって、出口が分からんくてどうにも苦しかった。
    「白石どないしたん? 腹でも痛いんか?」
    「や、別に……」
    「お前ら、トイレやったらそこやで。ほな最後にロッカールームも見せとくか」
    先輩が扉を開けて、俺達はロッカールームの中に入った。正面に大きな窓があって、壁にはロッカーが並んどる。普通の部室や。せやけど─
    「……え?」
    俺達の視線は、ある1箇所に釘付けになった。そこにはロッカーを1列潰すように、1枚の縦長のポスターが貼られとった。ほぼ裸の金髪美女の、等身大くらいのでっかいポスターや。
    「うわ……」
    「あらぁ、お盛んねぇ」
    「こういうの、貼ってもええんですか?」
    男しか出入りせえへん空間では、こういうことはままあるとは分かっていたけども。こんな場所で種ヶ島先輩が過ごしているのかと思うと、あんまりええ気はせんかった。
    「俺ちゃうて。これ貼ったの、種ヶ島やで」
    「種ヶ島先輩が?」
    「オーストラリアの、土産やって言うとったわ」
    言われてみれば確かに、背景にはいかにも合成っぽいエアーズロックが見える。
    「オーストラリアで、こんなん……買うてたんや」
    「雑誌もあるで」
    別に見たいとか言うてへんのに、先輩は勝手に金髪グラマー美女の雑誌を差し出してきた。誌面いっぱいに、異様に艶のある女の人の裸が見える。あかん。見えたらあかんとこが丸見えや。
    「や、あの、俺らまだ高1なんでっ」
    俺は慌てて雑誌を押し返すと、案内のお礼を伝えて逃げるようにその場を立ち去った。

    「白石ー、待ってや」
    人混みをかき分けてかき分けて。気が付けば俺は、全然人通りのない校舎裏におった。すぐに追い付いてきたケンヤが、苦笑いをしながら、まるで俺を諭すかのように言葉を続ける。
    「免疫なさすぎやろ。先輩らも笑っとったで」
    「免疫て……俺ら高1やろ。免疫ある方がおかしいやん」
    「それは、そうやけど」
    ケンヤは「真面目やなぁ」って言うと、ステップを踏むみたいに足をトントンとさせた。どうやらケンヤにはもう、免疫ってやつがあるらしい。別に俺かて、免疫を付けようと思えば付けられるんやけど。
    高校生になってから─や、中学の時もやけど。兄ちゃんとかがおる奴が、そういうやらしい雑誌を学校に持って来たりすることもあった。男子だけでこっそり集まって、みんなでわいわい見たりして。そういう時に俺は、真面目ぶって止めたりとか、邪魔したりはせんかったけど。愛想笑いしながら目ぇ逸らしたり伏せたりして。女の人の裸を直視せんようにしとった。
    それは別に、法律とか条例とかを気にしとる訳でもないし、そういうのが苦手って訳でもない。エロいことには、それなりに興味はある。せやけど裸っていうのはやっぱり、特別なものやから。そう簡単に見てええもんちゃうと思うんや。
    いつか俺が誰かを好きになって、その人も俺を好きになってくれて。付き合うようになって、デートとかして。ケンカとかもして乗り越えて、深い関係になった時。そこで初めて見られたら、それでええんやと思う。俺が初めて見る女の人の裸は、よう分からん女優さんのやなくて、初めて好きになった人のがええって。少し、夢見すぎかもしれへんけど。
    せやから今さっき、予定外なものをかなりはっきりと見てしもて。こんなんノーカンやん、忘れよ忘れよって頭を振ったんやけども。さっきまでの記憶とごっちゃになって、今度は俺の頭ん中で種ヶ島先輩の写真とビリビリの写真と、金髪美女のポスターと雑誌とがぐるぐると回り始めた。あぁ、ほんまに嫌や。よりにもよって金髪グラマー美女やったし。いっそもう、吐き気すらある。
    そんな俺の気持ちも知らんと、ケンヤは楽しそうに周りを見回して、大学生活を妄想しとるようやった。
    「ここのテニス部に入るんやったら、入学までに免疫付けとかんとなぁ」
    「別に、入るかは分からへんけど」
    「俺は結構気に入ったわ」
    「え、ここの大学に入るん?」
    「まだ先の話やけど、選択肢としてはアリやろ」
    「えぇ……」
    正直俺はテニス部の設備に興味はあったけども、ここの大学に入ろうとかは、そんなん全く思っとらんかった。そもそも入れるのかも分からんのやけども。入ったら何や、種ヶ島先輩の金魚のフンみたいやし。俺は俺で、別の大学で花開きたい言うか、頑張っとるとこを遠くで見守ってほしいなって思っとって。
    せやけどもしケンヤが種ヶ島先輩の後輩になるんやったら、それは少し納得がいかんとこあるわ。俺の方が先に、種ヶ島先輩に面倒見てもらっとったのに。俺の方がれっきとした、種ヶ島先輩の後輩やったのに。
    そう思うとケンヤにはここの大学に入ってほしくはないし、他の四天宝寺のみんなにも入ってほしくない。もっと言えば、こっちの大学を受けたりはせんやろうけど、幸村クンとか不二クンとかでも嫌やし、切原クンとか一番嫌や(切原クンは受からんと思うけど)。
    そもそも、種ヶ島先輩も種ヶ島先輩や。すぐに後輩にちょっかいをかけるし、面倒見ようとするし。あんなんやったら、後輩みんな懐いてまう。もう少し、節度を持って先輩やってほしいわ。
    ほんでその一方で、あんなポスター買うて部室に貼るとか、浮かれたことしとって。オーストラリアで先輩が港に向かう前に、俺、挨拶しに行ったのに。あの時にはもう、でっかいスーツケースん中に、あのエロいポスターが入っとったってことか? めっちゃ浮かれとるやん。
    W杯で色々あって、俺めちゃくちゃ尊敬しとったのに。俺のこと助けてくれて、導いてくれて。対等な位置にまで引っ張り上げてくれたって、そう思っとったのに。その裏であんなポスター買うとったとか、ほんまにがっかりやわ。さっきも女の子のスコートめくれとったって、紳士ぶっとったけども。あないエロいポスター、自分の部屋に貼るならまだしも部室に貼るとか、そんなん変態やん。
    俺は段々と腹が立ってきた。と同時に、さっきまで変な罪悪感を抱いとった自分がバカらしくなってきた。何で種ヶ島先輩は好き放題しとるのに、俺が気ぃ遣って真面目に生きなあかんのや。俺かて好きにしたる。種ヶ島先輩の腹が見えとる写真、俺、買うわ。
    「ケンヤ、俺寄るとこあるから、先にみんなのとこに行っといてや」
    「何やトイレか? 俺も行こかな」
    「ウンコやからあかん」
    「ウンコかぁ」
    俺はケンヤに背ぇ向けると、正門に向かって走り始めた。
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