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    mori_3_rio

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    少年Dについて
    とある女性の独白
    ※ ミス〇〇〇〇視点でかなり未来のおはなしです。知らない人しか出てこない特殊案件です。ご注意願います。すみません。

    確かに愛だった

    とある女性の独白春も近づく心地よい陽気を感じながら、その人は庭のベンチに腰掛けていた。田舎の2階建ての一軒家、手入れされた庭の片隅にはいくつかの野菜が育っており、家庭菜園もあるようだ。鳥の囀り、風に吹かれた木々のざわめきが聞こえると同時に家の方が少しさわがしい。窓も扉も大きく開かれ、箒や掃除機をかける音が混じってくる。そんな自然の音と人工の音をまるで旋律のように楽しみながら、彼女は本をゆっくりゆっくり読んでいるようだ。

    「おおばあちゃん」

    小さな子どもに呼ばれ、彼女は顔を上げる。白に染まった髪色、眼鏡越しの目尻には年数が刻まれた皺。彼女が長く生きてきた印である。
    家から聞こえる騒がしい旋律は引っ越し後の荷解きや掃除の音だ。片田舎に独りで暮らす老女を心配して孫息子夫婦たちが引っ越してきたのである。埃が舞ったり、重いものを運んだり、作業することがたくさんあるので、庭にいてくれと言われたのだ。
    体良く家から追い出された仲間がいるようだ。先程おおばあちゃんと呼んだのは孫夫婦の息子であり、自身にとってはひ孫である男の子だ。

    「おおばあちゃん、ままがこれはだいじ?って」

    そう言った小さな手には紙の束のようなものが十数枚、紐でまとめられている。遠目からは何かが書かれていることだけがわかる。
    それを見て、あら、と声をあげる。
    伸ばされた手からそのまま受け取って、内容を確認すると、目を細めた。

    「おおばあちゃんのお話を聞いてくれるかい?」

    男の子はうんと頷いて、にっこりと微笑む老女の隣に座った。


    これは私がまだミスと呼ばれていた時のことよ。私はとある施設に働いていて、とても頭が良いけれど、いつも泣いていた男の子の側で仕事をしていたんだよ。うん、今のお前よりはもう少し大きかったかな。その頃の私は与えられた仕事をこなすことに精一杯で、言われたことをただやっていたの。何の疑問も持たずにね。実はその男の子にとって、とってもいじわるなお仕事だったの。おおばあちゃんはそれに気がつくのに時間がかかってしまったの。最初はその子に対してぎこちない態度しかとれなかったわ。だって周りにそんな小さな子はいなかったし、どんな風に接していいかその時は本当にわからなかったの。
    あの頃の私に会いに行けたら、馬鹿なことはやめて、その子を抱きしめなさいと言うわ。
    抱きしめることは出来なかったけれど、私を見る目がとても穏やかなことに気づいたわ。仕事ではなく、その子を見ることが大事と思ったの。そうしたらどんどん良いところや優しいところがわかったの。その子に寄り添いたいと思ったわ。

    ゆっくりと男の子を見ながら、ときどき、遠くを見ながら、彼女は話した。長い月日が経ったことを物語る色褪せた紙の束をじっと見て、文字をなぞる。
    あの施設にいたのはほんの1、2年。白に包まれた白の建物。白い服に身を包み、白に近い銀色の髪をしたあの子。真白の中で、あの子の瞳だけが色を持っていた。

    「もっとずっと一緒にいたかったけれど、そこをばいばいすることになったのよ。」

    紙にはあの施設で過ごした日々のことを書いていた。日記というには拙く、業務上のメモのようなものだ。ところどころ読めなくなっているが、箇条書きでこう書かれている。
    ーーーあまり笑顔が見られない
    ーーーねずみにご飯を分け与えていた
    ーーーホットドッグを気に入ったようだ

    ああそうだ、あの子は、やさしくて、愛すべきかわいい男の子だった。

    「お話はこれでおしまい」

    曾孫であるこの子にこんな話をしてしまったのは数十年ぶりにこの紙の束を見つけてしまったからだろうか。じっと自分を見るこの子の瞳の色があの子と似ていたからだろうか。

    家の方から休憩にしましょうと二人を呼ぶ声が聞こえてきた。男の子ははーいと返事をして、走り出して家の中に入って行った。残された老女は手に持っていた紙をひとまとめにし、小さく折りたたみ、胸に抱く。

    さっきの話には、本当は続きがある。

    あれは結婚してすぐの頃だった。街中の雑踏であの子を見た。ずっとこちらを見ていたのか、目が合った。目が合って、瞬きをしたらいなくなってしまった。すっかり青年の顔をしていたけれど、面影があった。銀色の髪、碧の瞳を太陽の下で見たのは初めてだった。
    一瞬の邂逅。

    こちらを見て、

    微笑んでいた、とそう思いたい。
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