「せーんせ。俺の事好き?」
「ああ、好きだよ」
恋人同士が顔を突き合わせて愛を囁きあう。額に口づけを落としハグなんてものまでしてくる。ああなんて健全で美しい光景なのだろう。片方が椅子に手首を縛られ足首に鎖が繋がれていなければ、の話だが。
椅子自体の座り心地はいい。だが柔らかな生地を張った背もたれに体重を預けようとすれば手首にかけられた手錠が音を立てるのが大変よろしくない。
「アゼム」
「どうかした? あっ、鍵は外さないからな?」
「はぁ……。喉が乾いた」
「うん。冷たいのでいいか?持ってくる」
アゼムがキッチンの方へ向かう足音を聞きため息を吐く。明日が平日なら私の姿が無いことに近所の誰かが怪しむこともあるだろうが、あいにく世間は今日から三連休で、遊びに行っているのだろうと思われるのが見て取れる。
どうしたものかと天井を見上げているうちに戻ってくる足音が響いた。
ストローの刺さったコップはアゼムの手の中でカランと氷の音を立てる。香りから察するにアイスティーだろう。出来は良いし妙な所で丁寧な奴だ。
何か入れられているのでは、なんて疑問も浮かぶがこうなっている以上拒否するだけ無駄か。吸い上げたお茶は私好みに淹れられていて柑橘の香りがするし、半分程飲んではみたが特に変わった味はしない。
目の前でニコニコと人の良い笑顔をしながら見つめられるのは、状況の特殊さを除けば普段と変わらないのが恐ろしい。
「せーんせっ」
「何が先生だ。お前と私は同年代だろう」
「はは、エメトセルク先生は随分生徒に慕われてるみたいだからさ。真似事だよ」
「それだけか?」
「んー?」
はぐらかすような言葉と目線の動き。おそらくワザとだ。長年の付き合いで多少はこういう演技も読める。
「アゼム。いつになったら」
「いつ?いつなんてないけど」
言葉尻をかぶせるように否定され眉間に皺が寄った。
「エメトセルク。俺は本気だよ」
「はあ……お前は猫を鳥籠にいれる趣味があったのか?」
「エメトセルクのおかげで新しい趣味が出来たのかも」
アゼムが私の前髪を撫でる感覚にゾワゾワと背筋に何かが走る。声色がいつもと変わらないゆえに底が見えない。
「こうやって一緒にいられるなら俺は幸せだよ」
「私の意思をなくしてか?」
顔を真っ直ぐ見つめて言う。瞳の青い炎が僅かにだが揺れた。
「俺のこと、好き?」
「ああ、もちろん好きだよ」
私が目を伏せると僅かに震える指先で私の頬に触れる。不安そうな様子が演技かどうかは読み取れない。
結局のところ私は、アゼムが私を檻に入れたいと願うならお好きにどうぞと首を差し出すのだろう。歪んだ愛情表現を歪んだまま受け入れるのははたして純粋な愛と呼べるのだろうか。ああ、毒ならば全て飲み尽くしてやるか。私にかけられた鎖がアイツへのリードとなるのならそれも悪くない。
「アゼム。少し行った所にアクセサリー屋が出来たそうだ。明日はそこに行きたい」
■■■■■
「せんせーおはよー」
「はいおはよう」
まだ朝礼も始まっていないというのにジリジリと夏の日差しが廊下の温度を上げていく。涼しい午前中とはもうこいつらにとって無縁のものか。
「うーわ。せんせー長袖で暑くないの」
少し日焼けした顔で眉をひそめる生徒に「別に」と返す。
「お前らと違って直射日光は疲れるんだよ。それにほとんど室内にいるしな」
「この前半袖だったような……」
思い出すように腕を組んだのを見て「どうだったかな」とそれらしい事を言っておけばまあいいかと表情を戻した。
教室へと向かうため小走りをする背中を見送り、職員室へと向かう。
歩く度にアンクレットが細い音を立てるのが聞こえる気がして、爪先が歌を奏でていた。