土とも違うテルティウム駅と同じ硬い床を歩き、時々天井を見上げて吊り下げられたランプの火を確認する。少しだけ肌寒い通路は俺の足音だけが反響していた。
「………異常なし、と」
角を曲がると【1番】と書かれた案内板が目に入った。
テルティウム駅から少し進んだ所に謎の入口がある。そう聞いて最初は何かの冗談かと思ったが、調査に入った人と連絡が取れなくなりその後半日程してから急にキャンプへ戻ってきたという事を聞いて姿勢を正した。
戻ってきた人に話を聞いてみたが「よく覚えていない」といった情報から得られず、アルフィノと話し合ってバブイルの塔の影響でエーテルが歪み一種の異空間が出来た、そんな仮説で落ち着いた。そして俺はそれを調査しに来たわけだ。
しばらく引き返したり進んだりを繰り返したからか案内板は【5番】を指している。入った時に貼っていたポスターには『出口は【8番】です』と書かれていたから、出口まで半分を切ったところだろう。
「さむ……」
外では日も暮れてきただろうか。風は無いが空気が冷たい。角を曲がり通路に目を向ける。
「………え?」
目を疑った。通路の中ほどにユルスが着ていた物と似たような軍服の上にガレマルド製らしい厚手のコートを羽織ったエメトセルクが立っている。彼はポスターを眺めていたが、俺の視線に気が付いたのかこちらに頭を向けさもここにいるのが当たり前のような顔を浮かべた。
「なんで」
「なんで? 妙な事を聞くな。私だってここを使う時くらいあるさ」
「………そう、だね」
彼の言葉が脳に染み込んでいく。そりゃ彼はガレマルドで過ごしているんだからこの通路を使うこともあるだろう。そりゃそうだ。
「お前はなぜここにいる?」
「俺……はここの調査で」
「調査? 異常なんて無さそうだが……ご苦労なことだ」
俺が歩き出すと彼も不思議そうに通路をぐるりと眺めつつ横を歩く。案内板は【0番】を指した。
(あれ、何か見逃したかな)
特に異常は見つからなかったが、見逃してしまったのだろう。せっかくここまで進んだのに惜しいことをした。
「このポスター、いつもと違うな」
「うわっドアが開いてる。入らないでよ?」
「誰が入るか」
「寒いしコート着てきて良かったよ。へへ、エメトセルクとお揃いだ」
「……誰だって揃いのものになるだろ」
それから二人で進んだり引き返したりを繰り返してようやく【7番】まで漕ぎ着けた。肌寒いと思っていた通路も防寒着のおかげで気にならない。というかなんで肌寒いなんて思ったんだろう。こんなに温かいのに。
通路に違和感は無い。異常が無いならこのまま進んで出口を目指そう。そう思って足を進めるが、頭に反して体がそれを拒んだ。
「……? エメトセルク、異常あるかな」
「どうだろうな」
「ええー、教えてよ。さっきまで教えてくれたのに」
念入りに通路を見回すが特に異常は見当たらない。それなのに、体の奥底はざわざわと引き返すのうに忠告してきている。思わずコートを握りしめると柔らかい生地が拳の中に入り込んだ。
(あれ、コート、これだったっけ)
そういえばガレマルドに着いた時に着ていたコートはイシュガルドで買ったものだったような。でも、今着ているのは目の前にいるエメトセルクと揃いのものだ。
「異常は見つかったか?」
声がする。こちらをまっすぐ見つめる彼の目は金色に輝いていた。
(…………ああ、そうか)
「見つかったよ」
「そうか、では答えを聞こうか。英雄殿?」
肩を竦めた姿に乾いた笑いが小さく漏れた。
「エメトセルクがここにいること」
「……よろしい。ならば私を一人置いて引き返せばいいさ、それでお前が納得出来るならな」
その言葉に頷くことは出来なかった。分かってはいるけれど、随分と卑怯な事をされてしまったな。
「ほらさっさと行け。こんな格好をさせられて私は不満なんだ」
「……はは、ごめんね」
眉をしかめて鼻を鳴らす姿に確信を得る。彼に背を向け「じゃあね」とだけ呟いた。顔を見ないように小走りで引き返せば、案内板は【8番】を指していた。
コートのせいではないが少しだけ肌寒い通路を進むと地上への階段が見える。最後にもう一度振り返りたくなったが、首を振ってその思いを消し去った。
階段の先に見える景色は暗い。どうやら日は落ちきってしまったらしい。
上りきったあたりでアルフィノに連絡して状況を確認するとどうやら三日以上連絡が取れなかったらしく、次々に沢山の声が聞こえてきた。
俺が出てきた後くだんの奇妙な入口は消え去ったらしくエーテルの歪みが直ったのだろう、との結論でこの事件の幕引きとなった。
俺はというと中で何があったのか聞かれたが妙な通路があったことだけ伝え、詳しくは話さなかった。
あの時隣にいた彼はあの通路が生み出した幻覚だったのかどうかは分からないが、本当の彼のようだったなとは思っている。正解は彼しか知らない事だ。