3月21日がエドモンドの誕生日という事を知ったのはもう既に数日が過ぎてしまっていてからだった。
何がきっかけだったか、たまたま話題に少しのぼっただけでエドモンド本人も特に気にかける風では無かったが、知らなかったとはいえ「おめでとう」の一言もかけれなかった事はエイトの心にわずかなしこりを残していた。
「誕生日ねぇ……」
少し過ぎてしまってはいるがせっかくだから何かお祝いでもしようかと思ったのだが、いまいち何をしていいのか分からない。
エイト自身誕生日を最後に祝ったのはいつだっただろう。記憶を辿ってみても何となくしか思い出せない。恋人と……と言っても正直ヤってた事しか記憶にない。いや、どうなんだよそれ。と言う話なのだが事実なのだからしょうがないことだ。そもそも恋人だったかも怪しい存在もいるのだが今はどうでもいい話としておく。
「なんかプレゼント…って言ってもなぁ」
これまた良い物が思いつかない。首を捻ってみても思いつくのはエドモンドの痴態やいかがわしい物ばかりで、それもいいかも知れないがそればかりと言うのも面白みに欠ける気がする。そしてどうせ祝うなら素直に喜んで貰いたい。
エイトが考えている物も最終的には喜ばせることはできるだろうが、今回は純粋に喜んでもらいたいという気持ちもある。
さてどうしたものかと再び頭を悩ませてエイトは遂に閃いた。むしろなぜ思いつかなかったのか。最もオーソドックスでエドモンドに喜んでもらえるものがあるではないか。
後は行動に移すのみ。とエイトはエスターの元に足を向けた。
仕事が終わったら部屋に来て欲しいとエイトからの伝言を貰ったのはその日の昼を過ぎた頃だった。
幾度と訪れる内にもう顔見知りとなってしまったエスター邸の使用人の案内を断り、エドモンドはエイトの部屋へと向かうとその扉を開ける。
中ではエイトがテーブルのよこワゴンにボールやフライパンなどの調理器具を広げて何かを作っている様だった。
「お、いらっしゃい。いつもより早いな」
「あぁ、今日は交代が早い日だったんだ、それよりこれは……」
「なんだ、楽しみで早く来てくれたんだと思ったのに」
「なっ…そ、そんなわけないだろう」
そんな理由で職務を放棄してくるなど騎士として有るまじきことだ。とそっぽを向いてしまったエドモンドをみてエイドは意地悪くニヤリと笑う。
「ふぅん、楽しみってのは否定しないんだ」
「ばっ、だ、黙れその口をとじるんだっっ」
「そんな怒るなって、ジョーダンだよ」
これ以上言うならば帰るとまで言い出しそうな勢いで耳まで真っ赤にして否定するエドモンドにエイドはもう一度笑うと、まぁ座れって、と椅子を引いた。
そうされれば座らない訳には行かない。
エドモンドは、まぁ、確かにそれでも少し早めに出ては来たが、それは待たせすぎるのも悪いと思ったからで、これは礼儀上失礼が無いようにだ。そう、誘われたのが嬉しいだとか何かを期待したりなど絶対にない。絶対にだっっなどと内心言い訳をしながら席に着く。
そんな心な中が丸わかりなのだろう、エイドはその素直でない姿が可愛くてしかたないと思いながら、ワゴンの上の調理器具を手に取った。
「丁度準備も終わった所だったし、焼いちゃおうぜ」
「これは」
「パンケーキだよ、庶民の食べ物だけど知ってるか」
「それくらいは知っているただ……焼くのを見るのは初めてだ」
「そっか、店のとかに比べると普通かもだけどやっぱ焼きたてが一番上手いからさ」
そう言ってエイトは、持ち運び用の器具にフライパンをセットすると手慣れた様子で液を流し込み焼いていく。
暫くすると部屋の中に甘い香りが広がり、器用にひっくり返して皿に移せばまだ湯気の立ち上るふっくらとしたパンケーキが出来上がった。
「この間が誕生日って聞いてなんも出来なかったからさ、どっかの高級ケーキとかも考えたんだけど折角だしエスターに材料とか準備してもらったんだ。ま、俺にはこれぐらいが限界なんだけどな、誕生日おめでとう、エドモンド」
「いいや、十分だ。……ありがとう」
エイトは焼いている間に泡立てたクリームと切っておいたフルーツを盛りつけて、最後にシロップのたっぷりと入ったポッドを添える。
焼き上がるまでを興味深そうに見ていたエドモンドは差し出された皿とエイトの顔を見比べて僅かに顔を綻ばせた。
それは今まで貰ったプレゼントに比べれば質素なものであったし、飾り付けも、味も有名店のケーキにはとても及ばない、素人の作った平凡なものであった。祝いの言葉も今まで飽きるほど聞いてきた物だったが、ただ純粋な気持ちと言うのは今まで送られてきた何よりもエドモンドの心を満たしてくれた。
「今まで誕生日なんて煩わしいとばかり思っていたが、少し、悪くもないなと思えた」
「そう思って貰えたなら作ったかいがあったよ」
素直な気持ちを受け止め、屈託なく笑うエイドに少し気恥ずかしくなってパンケーキを一欠片口に含んだ。
なんだか少し絆されて悪くないという気持ちになってしまった、心なしか顔が熱い気もするが口の中に広がる甘みに集中して何とか心を落ち着かせる。
そんなエドモンドの姿を見て、今すぐにでも手を出してしまいたいとエイトの内心も落ち着かないでいた。今なら少し甘い空気を作れば簡単に応じて貰えるだろう。
そもそもエドモンドは「嫌」と言いながら、その実直さからチョロい所がある。何かきっかけさえあればそのまま雪崩込むこともできるだろう。
そう考えながらエイトは余った生クリームをほんの少し指で掬った。