《性別反転》オトメン06とガサツ女子03-第一話-「あ〜っ!」
目があった途端、こっちを指差してきて叫ぶもんだから、アタシはびくりと一瞬凍りついてしまった。
「…うるせぇよ」
「ちょっとフータちゃん!?なんで濡れた髪放置してるの!?ダメだよ〜!ちゃんとドライヤーしないと!」
風呂上がり姿で睨みつけたが、マヒルはお構いなしに駆け寄ってきた。
「乾かさないと風邪ひいちゃうよ?」
「風邪引く程長くねぇわ」
「ウルフカットは十分長いよぉ。それに、髪傷んじゃうよ?髪は女の子の命なのに!」
「ハッ、男の癖に詳しいなぁ。年長者なのにヘラヘラしてるだけあってよ」
「ちゃんとケアしなくちゃ!マヒルがやり方教えてあげる!」
渾身の嫌味は朗らかな笑みでスルーされた。
そのまま強引に手を引かれて洗面台に連れてかれる。
腕を掴む手は、自分よりちょっと大きくて、しっかりとしていた。
「ちょ、おい!引っ張んなって…」
「ほら、座って座って〜」
無理やり椅子に座らされると、目の前にしゃがみ込んで、マヒルが謎のボトル片手に微笑んできた。
なんだかそれが気恥ずかしくて顔を逸らすと、クスリと笑われた気がした。
「ったく…何すんだよ…」
「まずはヘアオイルをつけるよ〜」
「…揚げんの?」
「揚げないよ!?」
マヒル曰く、そのヘアオイルというものは、ずばり整髪料の事らしい。最初からそう言ってくれれば理解できたのに。
これをつける事によって、髪が潤ってまとまりやすくなるらしい。
香料の入ったヤツもあるから、髪から良い匂いを漂わせる事もできるんだとか。わーすげぇどうでもいい。
「タオルである程度乾かして〜♪」
ごしごしとアタシの頭をタオルで拭くマヒルの様子は、鼻歌混じりでなんだか楽しそうだった。意味わかんねぇ。
自分の髪手入れして機嫌良くなんのはまだ分かる。共感は出来ねぇけど。
でも人の髪いじって楽しそうにすんのはなんでだ。何が楽しいんだ。
「ヘアオイルを出して、手のひらに馴染ませるよ〜。体温で温めてから使った方が良いんだって!」
「そうかよ」
多分一生使わねぇであろう知識をどーも。
ちなみにこのヘアオイルは、こいつが使ってるもんらしい。男女兼用なんだと。
しばらくしてから、「よし!」と頷いたマヒルがアタシの髪に触れる。
「中間から毛先に向かって、髪を握るみたいに浸透させていくんだよ〜」
「…ベタベタする…」
「我慢我慢!」
マヒルはその後も「フータちゃん髪質硬いね〜」なんて言いながらアタシの髪にヘアオイルをつけていく。
「テメェは髪柔らかそうだな」
「うん!だからよくぺたんってしちゃうんだよね…ふわってさせるの結構大変なんだよ?」
「よぉし!できた〜!」とアタシの髪にヘアオイルをつけ終わり手を叩いて喜ぶマヒル。そんなに喜ぶことか?
…たしかになんか髪から匂う気がする。
何だこの匂い。…柑橘系か?
「ヘアオイルをつけ終わったら髪を乾かして完成だよ〜♪」
ブオオ…という音と共に髪を乾かされる。
熱風が直接あたって少し熱いけど、自分でやるより全然気持ちいい。…やばい、眠くなってきた…くそ…人前で寝たくないのに…
「はい、終わり〜♪」
「ん…あんがと…」
うとうとしてたらいつの間にか終わっていた。
鏡越しに見えるマヒルは何故かニコニコしていた。
なに笑ってんだこいつ。
「手順覚えた?分からないところとかある?」
背後から自分の顔を覗き込んでくるマヒルの顔を、見上げながら見つめる。
「テメェ、向いてんじゃねぇの?」
「え?」
「こういう事。自分は何も得しねぇのにご親切にここまでやるとか、美容師向いてんじゃねぇの?」
言いたい事を言い終わったので、席を立つ。
さらり、と揺れた髪の毛から、ヘアオイルの匂いが鼻先をくすぐる。
その匂いがマヒルと一緒で、アタシは思わず息を吸い込んだ。
***
「…向いてる?」
フータちゃんが立ち去った洗面台。
マヒルはきょとんとしながら、フータちゃんに言われた言葉を反芻していた。
…美容師が、向いてるって言われた?
え〜?嬉しい〜!
思わず口元が綻ぶ。わ〜い。
美容師って選択肢もアリかなぁ?人をお洒落にするの好きだし〜、お喋りするのも好きだし〜。
知り合いに仲の良い美容師のお兄さんもいるしね!楽しそう〜!
ウキウキとその道について考えを巡らせる。
けど、フータちゃんの言葉に一つだけ引っかかるところがあってはた、と動きを止めた。
…「何も得しねぇのに」かぁ。
そんな事ないんだけどね。
むしろ、フータちゃんの髪を手入れしたのは、フータちゃんの髪が綺麗だから、もっと綺麗になったところが見たいなぁ〜っていう、ただのエゴだよ。
…それにしても。
「フータちゃんにも可愛いところがあるんだなぁ」
寝顔、すっごく可愛かった。