性格改変ドラマパロ 00と03周囲に満ちた緊迫感。
それは、ここがヒトゴロシが収監される監獄だから…ではなく。
ドラマの撮影現場であり、今はカメラが回っている本番真っ只中であるから、だ。
今日はおれが演じる『囚人番号3番』の尋問の回を撮っている。
尋問、という事で『看守』を演じるお頭…エスさんとの共演だ。
「ぐっ…いいかげんにしろっ、てめぇ!!」
ヒトゴロシと言われ、動揺した事を指摘されて激昂し再び殴りかかるシーン。
机をバン、と音を立てながら立ち上がり、拳を振りかぶる。
「ぐぁっ」
その瞬間、勢いのあまりつんのめって、誰かに後ろから押さえつけられたみたいに上半身を盛大に机に打ち付けてしまった。
現場に、おれの頭と机が激突する痛そうな音が響き渡る。…実際、痛い。
(やっ、ちゃっ、たー…)
バランスを崩すというミスを起こしてしまった。
どう考えても、撮り直しだ。
お頭とスタッフの皆さんに迷惑をかけてしまう。申し訳ない。
切腹するしか無い。
ああもう、なんてタイミングでバランスを崩してくれたんだ、おれの足。
最初に殴るシーンでだったら、転びそうになっても前方倒立回転とかでなんとか出来たのに…ってそもそも転びそうになってる時点でダメだ。
囚人番号3番はきっとそんなアクロバティックな動きしないだろうし。
頭をぶつけたからか、さっきからズレた事ばっかり考えてしまう。…みこちーに言わせれば「ふうはいっつも思考回路ズレてんぞ」らしいけれど。
ああ、そろそろ監督から「カット」の指示が入るだろうな、謝らなきゃ。
「カッ…」
「本当に腰が抜けていたのか」
監督の声を遮る、朗々とした声。
頭を動かす事なく視線を向けると、お頭は笑みを浮かべていた。
…笑っているのは、お頭じゃない。
ミルグラムの看守だ。
「まともに立てないのに、また僕に殴りかかってくるとはな。威勢がいいな、お前は」
役に入り込んでいるのか、お頭は演技を続行させている。
おれは痺れた頭で考える。
ミルグラムは、視聴者の考察を前提としたドラマである。
だから、脚本は綿密な計算の上に作られており、アドリブが許される事は無い、と思う。
つまり、ここで演じ続けたって、使われる可能性は低い。
でも、今のお頭は『看守』だ。
目の前に、『看守』がいる。
だったらおれももう、おれではない。
この現場に…いや、この『監獄』にいるのは、『囚人番号3番』だ。
「…うっ…るせぇ!!ちょっと、足滑らせた、だけだ!!くそっ、見てんじゃねぇ!!」
「だったら、さっさと立ち上がったらどうだ。ほら、できないんだろう?」
「ちっ、げーよ!!ほら…あれだ、さっきも、邪魔してきた…あの壁みてぇなやつ!!あれがまた…出てきたんだよ!!」
「…まぁ、お前がそう主張するのならそういう事にしておくが」
咄嗟に考えた台詞を、お互いに掛け合っていく。
結構、良い感じにハマっているのではないだろうか。
それだけ、役が身に染み付いているというのは、嬉しい。
「それにしても、看守への攻撃はできないとわかっているにも関わらず、再び暴力を振るおうとして、よろけて失敗するだなんて」
睨みつけていた目を、嗤うように見つめ返される。
ぐ、と顎を持ち上げられ、顔を固定される。
「無様だな」
「っ…!」
言葉に詰まっている間に、顔が、近づいてきた。
「…そろそろSMプレイみたいになってきたからやめましょ?」
突然目の前にある表情が、揶揄うような笑みに変貌した。
…お頭、だ。
肩の力が抜けると共に、今度こそ監督がカットの指示を出した。
「申し訳ありませんっ!!切腹至します…!」
また机に頭をぶつける勢いで謝ると、お頭は「そんな事しなくていい」と言わんばかりに首を振った。
「ん」
「えっと…?」
手を出すよう促されるままに、手のひらをお頭に差し出す。
お頭は、おれの手を優しく掴むと、手のひらの上に指を動かして文字を書いた。
『た』『の』『し』『か』『っ』『た』『ね』
…優しいなぁ、お頭は。
「お頭っ、撮影が終わったらお詫びに肩を揉んでもよろしいでせうか?」
にこり、と微笑みながらそう声をかけると、お頭は椅子に座って足をぷらぷらと揺らした。
…足も揉んで欲しいみたいだ。
お頭の仰せのままに。