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    かじたに

    気が向いた時の壁打ち
    さまささのみです

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    POIPOI 36

    かじたに

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    元部下視点の話
    夜海さんお誕生日おめでとうございます!

     パッと会場内が暗転し、にわかにどよめきが広がっていく。
     緊張と怒号が走る客席の中で、ひとり俺だけがうろたえなかった。でも、落ち着いているわけじゃない。ばくばくとうるさい胸に片手を当てて、深呼吸を繰り返す。これが正念場といわれる時なのだろう。混乱は長くは続かない。やがてスタッフから合図が送られ、いよいよだと思わず生唾を飲み込む。
     そして俺は意を決すると、握りしめていたスイッチを入れたのだった。


    ―――――


    「……せーのっ、あのトキ! どのトキ!? SAMATOKI'Sキッチン~! わー、パチパチパチ~!」
    「あ? ンだよそのダセえタイトル、聞いてねえぞ!」
    「シーッ! 左馬刻、もうカメラ回っとる」
    「今すぐ止めりゃあいいだろが!」
    「ち、ち、ち。一度回したカメラっちゅうのは、止めたらあかんもんなんやで。わかったらいつまでもメンチ切っとらんと、その眉間のシワ何とかしいや」
    「っ、わーったから指で伸ばそうとすんじゃねえ!」
    「んはは、すまんすまん。――ってなワケで今回も始まりましたSAMATOKI'Sキッチン!」
    「今回も何も初回だろうが」
    「メンバーはお馴染みコチラの碧棺左馬刻と、助手の白膠木簓でお送りしますぅ~」
    「だからお馴染みも何も初回だろうが。つーか、お前が助手なら俺様は何だよ?」
    「早速ですが左馬刻センセ、今日は何を作るんやっけ?」
    「先生か、悪くねえな……。作る? あー……『今日はショートケーキを作ります』だってよ」
    「カンペ丸読みはあかんで左馬刻……」
    「どうでもいいだろンなことは。ってか、てめえこそ『先生』つけんの忘れてっぞ」
    「いやいや、それこそどーでもええことやん」
    「ンだとコラ」
    「やからメンチ切るのはやめえっちゅーの!」
    「チッ……。そもそも合歓の誕生日でもねえっつうのに、何で俺様がこんなことやんなきゃなんねえンだよ?」
    「誰かさんが得意先で散々暴れてくれたおかげで、事務所が資金難になったせいやろが!」
    「あー、まぁ、そうだったな……」
    「『そうだったな……』やないでホンマに……。そんで金が必要やから、動画チャンネルでも開いてとりあえず100万再生取ったろか! って話になったんやないか」
    「そもそもケーキ作るだけで100万再生も取れンのかよ?」
    「確かに簡単なことではないけどな。でも、こんなコワモテのニーチャンがケーキ作るなんてオモロ……やなかった、左馬刻みたいなええ男がケーキを作るっちゅうこのギャップ! これはかなり数字採れる要素やと俺は思うで。芸能界におった簓さんが言うんやから間違いあらへん!」
    「……何か途中コワモテがどーのとか聞こえたんだが?」
    「とにかく! 事務所の危機を乗り越えるためにも、この動画は絶対成功させなあかんねん!」
    「すげえ気合い入ってんじゃねえか……」
    「ってなわけで今日作るケーキの材料はコチラ」
    「? 何で指ブラブラ振ってンだ?」
    「後でここにテロップが入るからや」
    「本当にテレビみてえだな」
    「で、俺らが使う材料はこっち」
    「……これキッチリ量ったんだろうな? 菓子作りは計量からしっかりやんなきゃ成功しねえぞ」
    「ハイ、ここで左馬刻センセからのワンポイントアドバイス~! 『お菓子作りは正確に量るのが成功へのカギ』なんやって! みんなしっかり覚えてといてな♡」
    「誰に向かって言ってンだ?」
    「視聴者の皆様に決まっとるやろ! 動画を撮るっちゅーことは、当然それを見てくれる人がおるってことや」
    「なるほどな」
    「ま、その辺のことは簓さんに任せてええから、左馬刻はケーキ作りの方を頼むな」
    「おー。――まずはスポンジ作りだな。材料を混ぜる前に湯を沸かしとけ。その間に型にキッチンペーパーを敷いたり、粉をふるったりしておけば後々手間取らねえで済む」
    「『下準備が大事』ってことやな」
    「そーだな」
    「何でお湯が必要なん?」
    「バター溶かしたり、生地混ぜたりすん時に湯煎すンだわ」
    「バター固まったままやと使いづらいもんなぁ。生地の方は?」
    「卵を泡立てやすくするためだ。でも、あんま高ぇ温度だとボソボソした食感になっから、沸騰した湯じゃなくて60℃くらいの湯を使え。……そうだな、薄く湯気が見えるくらいに沸かせば十分だ」
    「はー、何やややこしそうやなぁ……」
    「焦んねえでレシピ通りに作りさえすりゃあ、とりあえず食えるモンにはなっから心配すんな」
    「ハイ、また左馬刻センセから頂きました~。『焦らないで、レシピ通りに作りましょう』やって! ちなみにレシピはこちらになりますー。メモしといてな♡」
    「そこにもテロップ入んのか」
    「おん! ってもう生地できとる早ぁ!」
    「たりめーだ。――オーブンは先に予熱しとけよ。温度と時間はここを見とけ」
    「そこにテロップ入れればええん?」
    「ああ」
    「んふふ、左馬刻順応早くてええな! ――ほんで焼いとる間は何するん?」
    「別に。焼き上がってからでいい」
    「ほな一旦休憩ってことで。それではみなさん、生地が焼き上がるまで待っててな~!」

    (画面が一瞬途切れ、すぐに映像が切り替わる)

    「……せーのっ、あのトキ! どのトキ!? SAMATOKI'Sキッチン後半戦~! わー、パチパチパチ~!」
    「あ? 後半戦って一体どういうことだ!?」
    「うはは、めっちゃ息切れとる」
    「てめえが一度回したカメラは止めらんねえから、間ァ持たせるために筋トレ見せろっつったンじゃねーか!」
    「なあなあ左馬刻、停止ボタンって知っとる?」
    「てめえ」
    「いやぁ、でもせっかくやし筋トレも撮っとけば良かったな~! って痛ぁ!?」
    「当然の報いだ」
    「はー、冗談の通じひん奴やでほんまに……。あ、さすがに今のはコレで」
    「? 何カニの真似なんかしてやがンだ?」
    「後でこの出したらあかんシーンをカットするんや」
    「ンなことまでできんだな」
    「ってまあ、おふざけはこのくらいにしておいて。――ほんでコレが焼き上がったスポンジやな!」
    「型から抜いたら粗熱が取れるまで冷ましとけ。その間に生クリームを泡立てる」
    「今度は氷水を使うんやな」
    「ああ」
    「熱めの湯ぅに浸かったり、あっつい部屋に入ったり、最後は冷たい水に浸かったり……。何やケーキ作りって銭湯みたいやな! 風呂もサウナも水風呂もあるし」
    「言われてみりゃあ確かに似てンな。――つーか、汗かいたし銭湯行きてえ」
    「ほんならこのあと一緒に行こか。俺の回数券まだ余っとるから使ってええよ」
    「汗かいたのも元はと言えばてめえのせいだし、当然だろ。……うっし、これでホイップクリームの完成だ」
    「ほんで洗って切ったイチゴがコチラ」
    「……用意してたのか? まじでテレビみてえだな」
    「いやいや、こんなん基本やん。左馬刻はもうちょいバラエティーとか見た方がええと思うで」
    「知り合いが出てるわけでもねえのに、何でンなモン見なきゃなんねえンだよ」
    「知り合いが出てたら見るんやな……。ほんなら、もし俺が芸能界に復帰したとして、コッチの局に出たら見てくれるん?」
    「……簓は俺様に見てほしいのか?」
    「そりゃあ、見てくれた方が嬉しいやんな」
    「ふーん……」
    「あっ、そのリアクション、絶対見る気がないやつや!」
    「次はクリームをスポンジに塗っていくぞ」
    「無視すんなや!」
    「うっせえな……。そん時はちゃんと見てやっから、いちいち喚くな」
    「えっ、ほんまに見てくれるん……」
    「どっちだよてめえは……。――まあいい。ナッペはそこそこ難しいから、綺麗に塗りたきゃ練習しろ。適当に塗っても食えるンだから気負わずやれ」
    「って左馬刻ほんまに上手やん」
    「やるんだったら徹底的にやりてえからな」
    「料理とかやったらそれでもええけど、得意先を徹底的にやるんは勘弁やで……」
    「だぁら、それは悪かったっつっただろうが!」
    「ほんまかいな……。――それはさておき、あとはホイップを絞ってイチゴを飾れば」
    「完成だ。悪くねえ出来なンじゃねえか?」
    「悪くないも何も、めっちゃ美味そうにできとるやん! ってなわけで、早速切り分けてみましょうか」
    「オイてめえ、ンな切り方したら潰れンだろが。……ったく、一緒に持ってろ。こうすンだわ」
    「はー、なるほど。切り方一つで見栄えも変わるもんやなぁ」
    「どうせなら見た目も綺麗な方が美味そうだろ?」
    「せやな! あとは皿にのせてフォークを添えて、っと。……ってあれ、フォークが足りひん」
    「てめえ助手だろ、しっかりしろよ」
    「うーん、持ってくるの忘れたんかなぁ……。しゃあない、一本でも足りるやろ! ハイ、あーん」
    「っンでてめえが俺の分を寄越すンだよ!? しかもデケえ!」
    「まーまー、俺とお前で順番こに食べればええやん? まさかこのサイズも食べられへんの? 左馬刻はえらい口がちぃちゃいんやな~」
    「ふざけやがって、これくらい食えるに決まってンだろ! ――っし。おら、次はてめえの番だ」
    「待て待て左馬刻、いくらなんでもデカすぎやって! っむぐ……」
    「ハッ、口の周りクリームだらけになってンぞ。……って、こんな映像誰が見るんだ!?」
    「あ、正気に戻ってもうた」
    「ざけんな、ダボが! カットだカット!」


    ―――――


     指先をちょきちょきと動かす左馬刻さんのアップで動画は途切れ、会場の照明が再び辺りを明るく照らす。
     そのタイミングで、俺はプロジェクターのスイッチを切った。続いてスタッフが操作したのか、先程まで動画を映していた白いスクリーンがするすると天井の方へ上っていく。
     これで俺の役目はすっかり終わった。ただでさえ身に余る場所での大仕事なのに、招待客の客層も相俟って、緊張感がハンパなかった。半ばサプライズのような演出を兼ねていたので、暴動でも起きたらどうしようかと思っていたのだ。だけどそれは杞憂だった。動画が終わった今となっては、招待客たちはみな堪えきれない笑いをこぼして、会場は明るい雰囲気に満ちている。
     俺はそっと胸を撫で下ろし、高砂にいるお二人を見る。依頼人である簓さんは文字通り笑い転げているようで、一方、お隣の左馬刻さんは真っ赤な顔をして歯を食いしばっている。――あれ、俺あとで左馬刻さんに殴られたりしないよな?
     さあっと顔を青くしていると、気付いた簓さんがこちらを向いて、ぱちんと一つウインクをしてきた。思わず頬が熱くなってしまったのは、きっと酒のせいではない。しかし、その視線を追った左馬刻さんまでなぜだか俺の方をじっと見ている。……いや、見るというより睨んでいるのは気のせいだろうか? だけど簓さんに何やら耳打ちされて、司会がマイクを取ったところで左馬刻さんの視線は俺から外れ、金縛りのような心地からはひとまず解放されたのだった。
    「いやぁ、素敵な映像でしたね! まさか結婚する前にお二人がファーストバイトを済まされていたとは思いもしませんでした」
     会場がどっと沸き、あちらこちらで拍手が起こる。それから、その言葉を待っていましたとばかりに大きなケーキを載せたカートが高砂の側へと運ばれた。
    「それではこれからケーキ入刀に移りたいと思います。――きっと、先程の映像よりも大きくお口を開けてのファーストバイトとなるでしょう!」
     煽るような司会の言葉を受けて、さっと簓さんが立ち上がる。それから、にっこり笑って左馬刻さんへと手をのばした。左馬刻さんはまだちょっぴり渋い顔をしていたけれど、すぐにふっと苦笑して簓さんの手をとり、お二人はケーキの前へと歩み出る。
     招待客は続々とカメラや端末を構え始める。それで俺もようやくはっとして、慌ててスマートフォンのカメラアプリを起動したのだった。

       □

    「ただいまぁ」
     誰もいない八畳間に自分の声がぽつりと響く。いつもならちょっと寂しい深夜の帰宅。だけど今日はそうではなかった。俺の胸はこの上ない多幸感で満たされているのだ。
     お二人の披露宴はとても素晴らしいものだった。二次会にも誘われてはいたのだが、明日はあいにく早番なので、後ろ髪を引かれながらもひとり帰ってきたのだった。
     そっと帰ろうとはしたのだけれど、あんなにも大勢の客人に囲まれていたというのに、お二人は俺の傍まで来てくれた。「ほんま最高やったわあ!」と晴れ晴れとした笑顔で言ってくれた簓さんと、「ありがとな」とぼそりと呟いた左馬刻さんの控えめな微笑みを見ることができて、俺は迂闊にも泣いてしまった。短い期間ではあったけれど、お二人と一緒の時間をすごすことができて、結局お蔵入りとなったあの動画を消さずにずっととっておいて、本当に良かったと心から思う。
     だけど、既に抱えきれないほどの引き出物を貰っているというのに、左馬刻さんがすっと厚めの封筒を取り出した時には正直焦った。そんなつもりじゃないんです! と何度も何度も訴えて封筒はどうにかしまってくれたけど、代わりにとても高そうな(そんな語彙と知見しか持たない自分が悲しい)酒を渡され、簓さんからも「ええから持ってき!」と言われてしまって、俺は恐縮しながらも受け取ることしかできなかったのだった。
     ふらふらとリビングへ行き、引き出物と酒の入った紙袋をテーブルに置く。ジャケットを脱ぎネクタイを緩めて、ふぅとその場に座り込んだ。
     まだ頭がふわふわしている。それは、美味しい食事と旨い酒、それからかつての仲間とともに大好きなお二人のお祝いをできたことが嬉しいからだ。気づけば頬はすっかり緩んでいて、自分でもちょっとどうかと思いはしたが、すぐにどうせ誰も見ていないからと開き直って緩めっぱなしにしておいた。
     ふと思い立ち、紙袋から酒を取り出す。意匠が俺には洒落すぎていて、何が書いてあるのかほとんど読めない。だけど、どうにかシャンパンであることだけはわかった。きっと、人生の大切な瞬間に開けるようなものなのだろう。
     この酒をどうしようかと考える。結婚の予定は当分無いし、親は去年古希を迎えたばかりだ。仲間と飲んでもいいのだが、あいつらとは安酒を浴びる方が楽しい気がする。
     しばらく頭を悩ませたけど、結局、今開けてしまおうと決心した。だって、今日この日ほど喜ばしい時なんて、きっとずっと先だろうから。
     俺はキッチンからオープナーとグラスを一つ持ってくる。脚なんてないただのタンブラー型ではあるけれど、しゅわしゅわと弾けるシャンパンを受けて、グラスは今までで一番の輝きを放つ。
     それからスマートフォンを取り出して、数時間前に撮った写真を開いた。6.1インチの小さな額縁。その中では、びしっと決めた衣装を着こなし、口の周りをクリームでいっぱいにしたお二人が屈託のない笑顔で寄り添い合う。
     俺は写真を眺めながら、なみなみと満ちたグラスをそっと手に取る。
     シャンパンのようなきんいろに輝いていたあの頃のお二人に。そしてもっときらめくお二人の未来に。
     それからこの最良の日に立ち会えた幸運に、俺は高く高くグラスを掲げた。


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