フルト・ハユ「...あー...やっぱり良いね...平和ってさいこー...」

百鬼夜行に存在する部活のうちの一つ、遊楽創作部。半分ぐらいは幽霊部員だったり、私みたいな所謂「読者」に当たる存在だったりする。そのもう半分は、コミケに出す本のために色々線画を書いたり構想を練ったりして創作に励んでいて、そのせいで部室の中というのはとやかくやかましい。ペンが紙を走り、キーボードが叩かれ、誰かの口から話声が飛び出す。それはもう当然、まともにゆっくりと本が読めるという環境ではない。だから私はこうして、部室から少し離れた空き教室のソファーでゆっくりと本を読んでいたわけなのだけど、どうやら彼女が来たらしい。どたどたと足音を立ててそれは近づいてきた。

「フルト先輩フルト先輩！」
「なーに、どうしたの。そんなに慌ててると転ぶよ」

扉をがららららと開けて出てきたのは、私の友達...というかペット...いや犬...のような後輩こと白露ハユ。いつも以上に髪をぼさぼさにして現れてきた彼女は、先ほどまでのゆったりとした雰囲気を一掃していった。彼女は私がいつもここにいるのを知っていて、時々ここにやってきては構ってと言わんばかりに抱き着いてくる。一応彼女は猫、らしいのだけど、にしてはこんなに懐くかな...
息を切らす彼女に飲みかけの飲み物を渡すと、豪快にごくっごくっと全て飲み干した。その顔から垂れる汗をハンカチでぽんぽんふき取ると、先ほどの勢いはどこへやら、途端にふにゃあと表情が緩む。首をかりかりとマッサージすれば、今度は頭をこちらへと預けてきた。そのままソファーに引きずり、背中をぽんぽんしながらまた本を開く。今日も平和...と思ったのも束の間、彼女はまた突然跳ねるように離れて、違う！と叫んだ。

「そうではなくて！これですこれ！」
「んー...？」

そう彼女が突き付けた紙をよーく見てみれば、それは"先生失踪事件の裏"という、新聞紙の１ページだということに気づいた。やはりあの事件はずっと隠すことはできないのか、その事件の全貌...というにはあまりにも改変が過ぎるものが、壮大な言葉とどでかい文字で乗せられていた。事件が終わった翌日に全く同じ内容の本を渡されたときはどれだけビビったことか...はて、もしかしてここに私がいるのだろうか。一通り見てみたものの、特にそんな記載は一切ない。あんまり活躍してなかったけど、ちょっと悲しい。

「先生失踪...どでかいことだけど、これはもう数か月前のじゃないの？どうしたの」
「これですこれ！ここ！」
「...えーと...？なになに、"先生を誘拐した者はたった一人"...これが？」
「一人であの無敵の砦とされるシャーレのセキュリティーを通り抜けて誘拐したんですよ！？なんかすごいじゃないですか！」
「はあ」

...この子は周りによく流されやすい。それは今に限ったことではなく、過去にもいくつか部員の冗談を真に受けて修行ではなく実験をしようとしていて、ちょっと面倒くさいところがある。その影響はおそらく彼女が出会ったというとあるミレニアム生なのだろう。まあ、言うことをしっかりと聞いてくれるという点ではとても助かるけど。

「...えっと、他には？」
「ありません！」
「そっかあ...一緒に本読む？」
「読みますーっ！」
「わかったわかった...ほら、それじゃあ隣」

多分このことなんか明日には忘れているんだろうな、と思いながら、ソファーに空きを作る。すると、彼女は躊躇なくそこに飛び込んできて、吸盤のようにぴったりと張り付いてくる。そこまでしてくっつけとは言っていないし、そもそもくっつけとは一言も言っていないのだけど。ただ、まあ、うん。ふと外の様子を見て、ひらひらと舞う桜の花びらと雲の少ない晴天を見ながら、別にいいかなあ、と思って彼女を向かい入れる。彼女は頭を胸にこすりつけて、撫でてくださいと言わんばかりに圧をかけてくる。結局、今日も片手は彼女の頭の上に乗せたまま本を読むこととなった。