化物 カランカラン。今日もまた、来店を意味するベルが鳴り響く。ドタドタと駆けるようにやってきた狼男は、息を切らしながら受付をする黒帽子の男に助けを求めてきた。
「たっ助けてくれ!こ、殺されそうなんだ!」
「…そう。暗殺で良いか?」
酷く冷静な黒帽子は、その焦る様子を前にしても、殺されるかもしれない、という男の言葉にも、一切の同様を示さなかった。つまらなさそうに紙にカリカリと記入していくその姿は、まるで機械すら思わせる。
「あ…暗殺?いや、もうなんでもいい!俺の追っ手さえ殺してくれればなんでもいい!」
その様子と返された言葉に狼男は困惑したものの、自分の命さえ助かればどうでも良い。命が惜しい男はとにかく頷いて、早く話を進めようとしていた。この店の利用方法など知らなかったのだが、噂では「なんでもしてくれる」のだという。藁にも縋る思いで、男はここに来たのだ。
「了解。相手の特徴を」
「フードを被ってる全身黒の男だ!パーカーを着てて、岩を操ってくる!」
「ふむ」
その言葉を聞き、カリカリとまた記入する。黒帽子の男の表情は、帽子によって隠されて読めない。その無能のような雰囲気を漂わせる受け付けに、狼男は少し苛立っていた。人の命が危ういのに、なぜこうも気楽でいられるのか、と。
「…な、なあ。早くしてくれ、死ぬかもしれないんだ!」
「焦らなくていい。依頼を受け付けたら、必ず遂行する」
「だから、もう時間が━━」
チリンチリン。来客が増えたという意味のベルが鳴る。狼男の喉が締まる音がして、受付の男は立ち上がった。
「見つけた。逃がさないからね、このクソ詐欺師」
女と思われる声をするそのフードの人物は、片手に杖を持ち、もう片方の手には人の頭ほどの岩が浮かんでいた。その声色からして、相当な怒りを溜めているのが分かる。話が通じないことも。
「…あいつか?」
「そ、そうだ!た、頼む!奴を殺してくれ!」
狼男の指示のままに、二人の間に黒帽子が入る。立ち塞がるように立つその男に、女は苛立ちを隠せない。
「…邪魔よ。退きなさい」
「依頼をされたもんでな。お前さんを殺さなきゃいけない」
「はぁ?」
普通の感性を持っていれば、女の反応は普通だ。いきなり「お前を殺す」などと言われて困惑しない方がおかしい。ましてや、詐欺師の仲間など。堂々とそのような発言をする男に、女は笑った。
「あんたが?私を?随分と面白い冗談ね?何も魔法を準備してないあなたが私を殺せるとでも?」
「ああ。殺せるとも」
本来魔法を扱える人間であれば、相手がどのような魔法を準備しているか、どれくらいの魔力を保持しているかがある程度分かる。そこから相手との差を見極め、戦術を練るのが基本的な方法だ。
しかしながら、目の前の男は魔力はおろか武器すら手に持っていない。素手で殴るつもりだろうか。どれだけ早くとも、地面から針を生やして一瞬で串刺しにできるというのに。女は男があまりにもおかしくて挑発してしまった。
「じゃあ殺してみなさいよ!」
「ふむ」
「魔力も何もないあんたが、私のことを殺してみなさいよ!その手で、足で、どうやって私を殺すのかしら!?」
「…そうか」
男の見た目がまだゴツければ、女も多少警戒しただろう。しかしながら男は細身で、そしてそれほど身長が高いわけでもなく、弱々しい印象を与える。小突けばそのまま倒れてしまいそうなほどに、弱そうに感じる。
ただ、狼男だけはその男がどのような存在なのか、少しずつ気づいていた。いや、気づくべきではなかった。男の背中から、おぞましい何かを感じる。知るべきではない、人ならざる何か。ゴジュ、ズリュ、という本来人から聞こえるはずのない異音が、男の背中からかすかに聞こえている。今や、狼男の意識は女ではなく、その男の背中に向けられていた。
「それでは、遠慮なく」
「さあさあさあ!どこからでもかかって━━」
男が手を振り下ろす。女はそれを武器を取る合図だと思ったのだろう。すかさず自身の周りに壁を建てるように魔方陣を用意し、いつでも防げるようにした。こんな狭い室内じゃ、一瞬で押し潰せるわ、そんなことを思った。
男が手を振り上げた刹那、女の両腕が針によって千切り飛ばされた。
「━━━え?」
「店を荒らされては困るんでな」
女の腕が宙に舞う。赤い液体をキラキラと振り撒いて、二人の間を飛んでいく。
ドチャリ、カラン。杖が倒れるのと同時に、腕が床に落下した。どくどくどく、と血が地面へと広がっていき、辺りに鉄臭い匂いが広がる。
「……あ、がぁぁぁああアアアア!?!?」
「うるさいな」
「ゴホオァ!?」
女の喉を針が1本貫いた。ずるり、と抜けたそれは緑色をしていて、良くみれば、地面から生えているようだった。それが一体なんなのか、あ想像に容易い。ただ、なぜ人の身体を貫けるかどうかが、分からなかった。
「…殺せばいいんだったか?」
「…あ、あぁ」
「分かった。ほら、ご飯だぞ」
男がそう何かに話しかけた。しかし周りにそのようなものはいない。何か透明なものでも操っているのか、それゆえに喉を貫けたのではないか、そう考える。男は植物を操るように見せかけて、実のところ不可視の存在を操っているのではないか、と。
男の指輪が突如膨らみ、まるで生き物のように女を丸のみにするまでは。
「…ぇ」
ゴジュ、バキ、バキバキバキ、グジュジュ。プチプチ、パァン。ベキゴキ、ぬちゅ、ぐちゅ。その音が、あの女を補食しているのだと理解するのは、あまりにも簡単だった。女が悲鳴すら上げられず、一方的に貪られるその姿をみて、男は恐怖で震え上がるしかなかった。人の命をこんなにも軽く扱う存在が、なぜここに。
「…依頼終了だ。報酬の件だが」
「ひぃっ!?えっ、あっ、は、はいぃっ!」
「…金貨2枚でいい。それで十分だ」
「…へ…?」
金貨2枚。その価値が表すのは、現実社会でいう「2万」である。人の命を消すのに、たった2万だけなのだ。本来であれば金貨数十枚、いや百枚を越えるであろうそんな依頼が、たった金貨2枚。男は耳を疑った。後で殺す気なのか、とも。
「き、金貨2枚!?どういうことだ!?」
「そのままだが。金貨2枚で十分だ」
「人を殺したんだぞ!?それがたった2枚で済むかよ!」
人を殺すことは重罪に値する。金貨千枚そ越える罰金に、十年単位の牢獄。場合によっては同じ末路を辿るそれが2枚とは。男は恐ろしくて仕方がなかった。
「あ、あんたは、あんたたちは一体、何者なんだよ!?」
「私か」
名前だけでも知っておくべきだ。男は金貨を渡した後、命の危険を感じてそう叫んだ。男はその指輪を眺めながら、ため息をついて答えた。
「…旅人だ。そして、私たちはBLACK HATS、通称BH。なんでも屋だ」
男はそう説明をすると、そのまま受付へと戻り、席へと座った。未だに怯えた状態の狼男を前にして、男は言った。
「さあ、次の依頼は何だ。なんでもやってやるよ」
妖しくそう笑う男は、まるで悪魔の契約を持ちかけてきているようだった。