猫と鷹は合わせ柄起きたら、猫と共寝をしていた。
「……」
黒猫だな。
しかし猫ってのは、もっとこう…丸まって寝るもんじゃねえのか?
肝心な事に思い至れず、ぼんやりと傍らですやすやと安心し切った様に四肢を投げ出し眠っている黒猫を見ていた。
(堂々とした寝方してやがる…)
すらりとしているが引き締まった体。
ふわりとした長い尻尾が眠りながらでも時折ぱたぱたと揺れているのが愛らしい。
(夢でも見てんのかねえ…)
黒猫に対してか、はたまた己の現状か。
「……お鷹(よう)」
無意識に情人の名を呼んだ。
「…?みゃ…」
ぴくりと小さな耳が動き、投げ出されていた四肢がぴんと伸ばされる。
みゃあとまた愛らしく鳴いた黒猫が、しなやかな体を起き上がらせて、その琥珀色の瞳をこちらへ向けてきた。
「…まさか、だろ」
一瞬困った様な顔をした様に見えた。
ぺろり、と頬を小さな舌で舐められる。
また、丸い琥珀色の瞳がこちらを見詰めてきた。
手でそっと触れてゆっくりと頭から背を撫でてやると、ぐるる…と喉を鳴らし気持ち良さそうにうっとりと目を閉じる。
「こいつは…困った事になったもんだな」
なあ、お鷹?
妙な確信を得た高杉が黒猫ーーーこと隠し刀で情人の鵲へ声を掛けた。
みゃあと鳴いた鵲はんんと伸びをした後、高杉の顎に口付けのように口を寄せ、すりすりと体を擦り寄せたのだった。
「心に大きな負荷を?」
楢崎医師から聞いた話では、何か心に大きな負荷がかかった為に猫になってしまったのだろう…という事だった。
だが、日頃の様子を見ている限り思い悩んだ様子もないし、何かあれば些細な事でもきちんと話をしてくれる。
「何があんたをその姿にさせたのかねぇ…」
溜息をついて膝の上で居眠りを始めた情人の背をそっと撫でる。
俺が頼りなかったか?
口にできない何かを抱えていたのか?
猫という生き物の命は、人よりも儚い。
それを思い出した時、このままこの女が元に戻らなければ己はどうしたら良いのかと考えてしまった。
(…冗談じゃあねえ)
「冗談じゃねえ…俺よりも長生きしろって言っただろう…このままじゃ、あんた…」
知らず俯き、背を撫でていた手は止まり、膝の上で拳を握っていたようだ。
どうした?と体を起こした黒猫がすり…と身を擦り寄せ、琥珀色の瞳でじっとこちらを見上げてくる。
みゃあ…と鳴いたその声が、高杉には案ずるなと言っている様に聞こえた。
お前を一人になどさせるものか、と。
「…あんたに触れたくて堪らないのに、締まらねえよなあ」
いっそ俺も猫になれたら良かったのかねえ。
そう呟くと、黒猫は何事か考え込む様な顔をしたが、ぷるぷると身を震わせるとたしっと高杉の唇へ柔らかな肉球を押し当てた。
異を唱えたらしい。
「何だよ?嫌なのか?」
抱き抱えて首筋に顔を押し当てる。
すう、と匂いを吸い込むと、日向の様な匂いと淡く香の香りがした。
「梅花香か…あんたによく似合う」
そう言って顔を上げてきた黒猫の鼻先に、ちょんと唇を寄せた。
次いで口元へ。
「ーーーやれやれ…お前は本当に私が居ないと駄目なんだな…甘えん坊め」
黒猫がすぅ、と瞳を細めたかと思った瞬間。
抱き抱えていたその小さな体は、時を切り貼りされたかのように数日前まで腕の中にいた情人のしなやかな肢体へと変貌を遂げていた。
「…おや、元に戻ったか」
大した事でもないというその様子に、高杉は呆れていいのやら怒っていいのやら、喜んでいいのやらが分からなくなる。
抱き抱えられたまま、裸を隠そうともせず鵲は情人の首へ腕を回し、自ら呆気にとられたままで開かれていたその唇に口付ける。
その感触に我に返った高杉も、情人の腰へ腕を回してきつく抱き締め、強く吸い上げ息を継ぐのも惜しいとばかりに貪った。
「…あんた、なんで…」
「なんで、だろうな?」
はぐらかすなよ、と片手で頬に手を当てる。
鵲は本当に思い悩む事は無かったが…と言ったが、あるとしたらと困ったように微笑んだ。
「幸せだな、と。そう、思ったんだ」
「…なに?」
「幸せ過ぎて…己がそれを享受していて良いのかと、時折自問自答して…怖くなった。らしくも無く、な」
それを聞き、高杉はそんなもん俺にも言える事だぞ…と眉じりを下げる。
「他人がどう思うかなんざ、結局のところ考えたって仕方がないのさ。俺も、あんたも。誰かの、何かの犠牲の上で今があるとしても…だからって俺の人生は俺とあんたのもんだし、あんたの人生はあんたと俺との為にある。生き残った者が出来ることなんて…『逝った連中を忘れずしっかりしぶとく生きる』事、ぐらいだろう」
違うか?と羽織を脱いで肩に掛けてやりながら高杉は鵲の目を見た。
「…そうだな。その通りかもしれんな」
暫しそのまま抱き合っていたが、裸のままなのも風邪を引かせてしまうなと、高杉は立ち上がり鵲の手を引き立ち上がらせる。
「…着替えるのは後でも良くないか?」
不意に腰に腕を回し、潤んだ琥珀色の瞳がこちらを見詰めてきた。
願っても無い申し出に、高杉も目を細めて抱き返す。
「ほぉ?珍しく積極的だな…俺の肌が恋しかったか?」
「それはお互い様だろう?お前とて、私に触れられないと泣きそうだったではないか」
額を合わせて笑い合う。
お互い様だな。
ああ、お互い様だ。
再び、二人はきつく抱き締めあった。