しばたった二人の姉妹なのだから。
大きなスクリーンで、チューベローズのような美少女二人が体と体をぴったりと合わせていた。姉妹間での溝をなくし、分かり合えたシーンだった。解語の花の睦み合いであった。
柚葉は失敗だったな、と垂れた生え下がりを耳にかけた。
弟の八戒は詰まらなそうに爪をいじり、もはや画面など見ていなかった。長躯を白のソファからはみ出させ、手遊びの方が面白いとばかりの態度だった。
先日、ようやく日本の実家に戻ることができた。ミラノでのショーを終えて、やっとのオフを迎えた。外へ出る気にもならず仲の良いマネージャーに何本かDVDを借りてきてもらって、その内の一本を再生したのだった。
「違うのにする?」
「……」
兄弟愛の話になるといつもこうだ。
柚葉たち柴兄弟には長兄がいる。躾と、愛と称して暴力を刻んだ魔物のような兄が。あるきっかけがあり、兄は家を出た。それから誕生日には差出人不明のプレゼントが届く。今はどこにいるのかわからないが、家族として、幸せに暮らせていればいいと思う。
しかし、八戒はそう思わないらしい。
母は早くに亡くなり、父はまともに帰ってこない。そんな八戒の中で父は大寿であり、母は柚葉だった。父が母を殴るような家庭で、絆など築かれるわけがない。そういった考えで、八戒は家族の絆に不信感がある。プレゼントは未開封でクローゼットの奥に仕舞われている。柚葉のことは信頼していても、兄弟愛は信じていない。
「お昼にしようか。何がいい?」
ボタンを押せばぷつん、とプロジェクターの電源が落ちた。二時間弱の稼働で背面が熱い。
「……柚葉が好きなもんでいーよ」
左の前腕で目を覆い、八戒は力なく呟いた。
「今食欲ない」
「そう」
こりゃ次のショーのウォーキングに影響が出るかもな。
廊下へ出ると、柚葉の影に反応してナイトライトがぽっと点いた。唇を触りながら、少し考えるそぶりをすると、柚葉はどこかへ電話をかけ始めた。
「ハッカイ!」
象牙色のセットアップを身につけた老人に、八戒が目を輝かせて抱きつく。真紅のシャツを中に着て、小物をゴールドで纏めている。服の布地だけでなくシグネットリング、カフスボタンなども質が良くてハイセンスだ。
「元気だったかね?」
老人とはあるショーで邂逅した。
資産家だと話していた。もともとはメゾンブランドのデザイナーで、クリエイティブ・ディレクターまで上り詰めたという。
「うん、すっごく元気!」
「食事はもう……?」
「んーん、まだ食べてねえよ。モンストラムさんがおいしいの食べさせてくれるって言ってたからさあ、オレ楽しみで昼抜いたの」
「覚えていてくれたのか……!ハッカイは賢くてかわいいなあ。それでいて、うつくしい」
八戒をすこぶる気に入ったようで、ロンドンを訪れる際は連絡をくれないか、と言われていた。八戒も懐いている。自分たち兄弟はどうにも親類との縁が薄いから、可愛がってくれる大人は希少だ。
「ユズハから聞いたよ、ハッカイ。落ちこんでいるんだろう?」
「別に落ちこんでなんかねーけどさ……」
「気持ちが乗らない。モチベーションがない」
「そう、そうなんだよな!モンストラムさんすげー!オレの心読んでる?」
「読めたら愉快だろうねえ」
食事を終え、目に見えて八戒のテンションが下がりだした。
明日は調整で、明後日からショーに向けてコンディションを整えていく。だからモンストラムに会ってテンションが上がってくれれば、と思っていたがそうはいかなかったようだ。
「ハッカイ、どうしても駄目かい」
モンストラムも元ではあるがデザイナーだ。最高の状態で服を魅せてほしい。八戒の気持ちがショーに向いていないことを察したらしい。
「……うん」
「なら、私がいいものを見せてあげよう。八戒が欲しがるかも」
「えッ」
「ただし、自らの成すべきことを成すんだ。その後。そうでないと見せられない」
八戒は迷子のような顔をした。そんな八戒を安心させるように、モンストラムは続ける。
「それだけ取っておきのものなんだよ。でも、ハッカイなら大丈夫だ。きっと君は成功する」
モンストラムのグレーの瞳が八戒を見る。
「モンストラムさんも、見に来る……?」
「もちろん」
「……オレ、頑張るからね」
柚葉はホッとした。
ショーの成功もそうだが、弟の調子が何よりも心配だったのだ。モンストラムに会わせてよかった。こうして持ち直してくれたからには、柚葉もだらけているわけにはいかない。